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帝国の生命線

 未明の闇に火の精霊ペレが目の前にそびえ立つ。巨牛バイソンのイメルリでさえ、とても小さく見える。シューシューという鼻息はイメルリのそれとは異なり、声のような喉の音が響いている。赤黒いその足元には、豆粒ほどの帝国軍の戦士達と狼達とが陣を敷いている。俺たちは、もう少し早く逃げ出せるはずが、囲まれてしまっていた。


 ………………………


 魔石は使うたびに劣化する。質量が減ったり、結晶構造が崩れたり、機能しない断裂部分が生じたり、と。それ故、帝国は新種の魔石を大量に使用し始めてから、その採掘と輸送量を飛躍的に増大させてきた。また、火山活動などにより多くの魔石を産出するカムチャツカ半島を、その版図に含めるためとはいえ、軍の展開力を越えて広げすぎていた。


 サヤたちは、帝国内の物流を調べたことによって、その流れを把握した。彼らは主に、カムチャツカにほど近い魔石集積地で工作し続けてきたらしい。すなわち、魔石のすり替え。オーブルの帝国本国へ届く物は、ことごとく偽物だった。すり替え用の石など、カムチャツカの火山の辺りを巡れば、大量に手に入れられたのである。


 其処へ、一度は帝国軍がすり替え防止のために来たという。それがイメルリ達に撃退された。其処でこの度ペレが来たのだった。


 殆どの仲間達は、昨夜のうちに逃げ去った後だった。焦りばかりが募ったものの、残りの本物を運び出さなければ、戦略目標を十分にあげたとないえなかった。ただ、出発をもう少し早めれば、夜討ち朝駆けの帝国軍と鉢合わせになることもなかっただろう。

 こちらは俺の他にサヤ、荷車を引くイメルリだけ。足の遅い俺たちが逃げるにしても、見晴らしの良い高い山の上になんとか登るしかなかった。暗い夜の間であれば、洞穴に魔石を満載した荷車を隠せる。何もかも終える頃には、朝の光が満ち始めるだろう。

「この洞窟なら、奥に隠すことができるわ。」

「なにをしているんか?。」

「少しばかり小細工を。この洞窟の匂いはここに溜まっている石油よ。だからこの液体にこの石を細かく砕いて混ぜようと思ってね。」

「なにが起きるんか?。」

「この石はチャバサイト。ここまでペレが来たら、火の技を使わせるように仕向けるのよ。高温になって石油が分解して爆発しやすくなる。うまくいくかはわからないけどね。うまくいけば、同時に荷車の魔石たちも埋没させることができるわ。そうしたら、私たちは逃げ出すだけでいい。」

「いろいろ知っているなあ。」


 太陽が昇るとともに、麓の秋の枯れた草原に帝国軍の陣営が見えてきた。バンパイアと引き連れた狼。それらが鶴翼の陣形をとっている。俺たちを絶対逃さない、その決意がわかるほどだ。目の前の人間のサヤは格好の食い物であり、魔石は必ず取り戻したい、というところだろう。


 ペレは未だ陣営の後ろに控えている。ペレの目線が、ちょうどこの山の頂きと同じ程度の高さだから、こちらの動きも筒抜けだろうと思われた。風は、こちらから敵陣へ吹き下ろしている。そろそろ相手の突撃を誘う頃合いだろう。

「イメルリはこの山の反対側へ降りて待っていて。私たちは一旦あいつらの方へ降りて攻撃する姿勢を取りましょう。あいつらが殺到してくるでしょうよ。」

 こちらが麓へと駆け下りて行く。それに合わせて敵が動き出した。突撃なのだろう。綺麗に陣形を保ったままで、この山の麓へと殺到してくる。

 十分に彼等を引きつけてから、俺たちは踵を返した。

 俺たちが逃げ始めると、ペレが火を吹いた。少し深入りし過ぎてしまった。火炎が近くを襲う。こちらから吹き下ろす風が、火の勢いを麓の洞窟辺りにとどめている。

「これを待っていたのよ。」

「どういうこと?。」

「洞窟に溜まっていた石油が接触分解を起こしているはずよ。さあ、爆発に巻き込まれないうちにここを離れないと。」

 俺たちは懸命に逃げる。いつ爆発するのか、間に合わないか、間に合うのか。走り上がるサヤの顔を見ると、夢中で息咳切って駆け上がって行く。もうすぐ山の尾根だと思ったその時に、山体に地響きが広がる。サヤを庇って後ろにつくと、遥か下の洞窟の口から火が噴き出た。続いて洞窟の周りに広がった可燃性ガスに引火した。

「早く!。」

 俺が彼女に続いて尾根に駆け上がろうとした時だった。山麓一帯のペレや軍勢が爆発的な炎に包まれ、地響に山は崩れ、軍勢は壊滅していた。その方向へ振り返った時、俺は衝撃波に吹き飛ばされた。


 ………………………


 顔が、布でグルグル巻きにされ、手や足も何かに縛り付けられている。顔も身体中も染みるように痛い。火傷をしたのだろうか。

 ユッサユッサ。

 何かに揺られながら、全身をくまなく調べられている。また全部見られ、全部触られた。

「やめてくれよ。」

 と言ったはずなのだが、出たのは唸り声だった。

「わかったわよ。顔と身体中の毛が焼けちゃったから、火傷がないかどうか調べてあげただけじゃないの。飼ってやっているんだから、管理責任があるのよ。」

 俺は唸り声を上げた。

 三日後に包帯は取られた。俺は、イメルリの頭の角に縛り付けられていた。火傷も怪我もないという。おまけに身体中の毛も全てなくなっている。

「見たな。」

「治療してあげたんだから、当然でしょ。」

「全部見たな。」

「だから何よ。そんなチンケなもの、大したものじゃないわ。」

 そう言い争いをしている時だった。あたりを滝のように光が降り注ぎ、息吹が吹き抜けた。エゼキエルの谷で感じた息吹。俺たちは顔を見合わせた。俺たちを励ます風なのか。


 その直後、地震が伝わってきた。その震源は俺たちがペレとオーブル帝国軍を壊滅させた場所だった。

「なにが起こったの?。」

 ソニックが見にいくために飛び立った。

「ペレか?。羅刹と同じほどの巨体だ。死んだとは思えないから……。」

 未だ時々地震が続いている。待てども不安は募るばかりだった。その頃にソニックは戻ってきた。

「まずは報告。ペレが立ち上がった。また見に戻るよ。この地震は埋もれた岩石を放り出すたびに、地が揺れ動いているんだ。あの炎に包まれたはずのペレが立ち上がった。」

 ソニックは慌ただしくまた戻って行く。

「やはりね。あれは火の精霊だから、燃料の炎程度では何も影響を受けないのかもしれない。」

「あれは普通の油じゃない。俺はあんな油は舐めない。爆発性でしかも高温だ。影響を受けないはずがない。」

「だから、三日も動いてなかったのよ。あれで死んだのかもしれない。」

「じゃあ、なんで動いているのさ。」

「天からの光の後に、うごきはじめたわ。」

「天からの光?。天がなぜペレに味方するんだ?。」

「おーい、ペレがこちらを追いかけてくるぞ。」

 議論の間に、ソニックが俺たちの側に降りてきた。

「あいつは俺たちを追撃してくる。オーブ軍の敵討ちか?。」

「そうなのね。」

 サヤは人ごとのように言う。

「あいつ、俺たちを追いかけてくるんだぜ。何か策はないのか。」

「あるけど、これはあの子の鱗だから、大切にとっておきたいのよ。」

「それは役に立つのかよ。こんな話をしている余裕はあるのかよ?。」

 イメルリは、何か言いたそうだ。サヤはそれに気付いてイメルリの角に大きな赤い紐を結びつけた。

「突っ込むと言っても、貴方一人ではあまり意味がないわ。」

 その一言で、イメルリは足を止めて、眼下の俺たちを睨み、大きな擬似声音を頭に響かせた。赤い紐の機能なのだろうか。

「僕は貴方達に命をもらった身です。今は、逃げるためにその命を使うとき、燃やす時です。」

「ダメよ。」

「この赤い紐は貴方と私の間の新たな誓約の印。私が貴方の死を許さない。さあ、前に進みましょう。」

「今は早く逃げよう。」

「ペレはあまり早く動いていない。」

「それなら少し急げば、突き放せるだろう。」


 ………………………


 俺たちは急ぎ進んだ。ベレの追撃の速度は遅かった。俺たちは、それを幸いにして、帝国の建設した輸送路や、輸送車をことごとく破壊しながら、帝国中を巡った。それでも帝国は魔石を手に入れる努力を続け、次々と多様な石を運ぼうとしていた。それが俺たちの工作をより効果的にした。魔石は以前にも増して不足しがちになったという。

 帝国の末端の者まで懸命に石を採取し運んだ。魔石かどうかを詳しく見ることもない。俺たちの襲撃を不完全なものに見せて、一部の石を残して撤退すると、彼等は喜んで運び続けた。それらは、サファイア、マグネシアなどの酸化金属や、マグネシアのみを還元してしまう触媒石、そして硝石。彼らの思いが強すぎるゆえに、魔石らしいと見ればなんでも多くの集積地に運び込んだ。次第に、多くのマグネシアと、マグネシアのみを還元してしまう触媒石と、硝石とが集積地に集まるようになった。


 それは、何も手を加えずとも、速やかな結果をもたらした。集積地の爆発は、ひと山が吹き飛ぶほどの強さだった。それが立て続けに起き、帝国内の数々の集積地を次々と吹き飛ばしていた。


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