欺瞞の千年帝国
「あの先代皇帝と結託するのか?。」
九十年前の即位の時、俺達はそう言って皇帝となったミルフィー達と袂を分かった。それ以来、今はエデンの東ノドの地をはるかに超えた東瀛と呼ばれた地へと逃れ、隠れて生活をしている。ようは隠遁者だ。
ここへ逃げてくる前に訪れたエゼキエルの谷は、夏にもかかわらず静かだった。木々は遥か昔に枯れ果て、草さえも生えていない。無味乾燥した風が吹き抜ける。未だ息吹のないことは、人間達の真の復活など未だ先であることを示していた。万策尽きた俺は、むなしさと悲嘆の中でメデューサとサヤを呼び出す声を上げるしかなかった。
………………………
帝国は、バンパイアから人間の遺伝子を濃く生まれ来る亜人達を用いて、各地に植民していった。それを彼らは“復活の人間”と称した。ミルフィーが皇帝になって九十年。亜人の増大とともに、帝国の版図も西へ東へ、アフリカの地への拡大。それも彼等の言う復活なのだと言う。また、新体制の帝国を千年帝国と宣言し、伝説の王国が成立したかのように宣伝した。
ミルフィーは、先代の皇帝を亡き者にしたのち、エカテリノダールの郊外の草原で、イメルリの助力を得てオーブル軍団を撃破した。その会戦の直後に皇位を簒奪した。そのように見られている。
しかし、再びエカテリノダールの城塞に帰還した時、先代の皇帝は、誰もいないはずの玉座から思念により俺たちに呼びかけている。
「ミルフィーよ、これでは勝った事にはならんよ。こんなやり方は不完全な人間らしいよの。」
その時のミルフィーは、今までの快活さを失った別人だった。このまま、先代皇帝と結ぶのか。俺はそう思ってミルフィーとポーに目を向けた。二人とも俺たちと目を合わそうとしない。俺は構わず、声を上げた。
「オーブランと結託するのか?。それが真の復活をもたらすのか。『不完全な復活をし、滅びの呪いを纏っているから、用心深くなければ生き残れない。』とあんたは言ったんだぜ。酷い賭けに出たもんだぜ。」
ミルフィーもポーも、黙っている。
「やはりな。俺はもう抜けるぜ。」
俺は城塞を後にした。
そのあとのことは、城塞に残ったソニックから聞いた。先代の皇帝はミルフィー達に語りかけ続けたそうだ。
「色々不完全な者どもよのう。まあ良い。お前はこの老婆の帝位をまんまと簒奪したことにしよう。しかし、余を追い払う気も力もないだろう。つまり、その心が未だ欠けがあるのじゃ。それでよい。この帝国を新しくなったと宣伝して導け。」
先代の皇帝は俺の反逆など屁とも思わず、その新しい帝国建国をミルフィーに任せた。それは、高官達にも思念でこう伝えたと言う。
「此奴が余の次世代となる。余が選んだのだ。一族のものよ、この者の叡智を生かせ。余が殺されることはあり得ぬ。余はこの世の守護者。ミルフィーよ、余を受け入れよ。」
ミルフィーは、さらにひとりで先代皇帝の思念を心に刻んだらしい。
「このオーブル族は古い種族。かつて祝福されたはずの人類の血塗られた知恵を引き継いでいる。残念なことに、カインの受けた地の呪いもな。時期になれば、復活した人間達の千年の王国が成立する。そうしたら、お前はこの帝国から人間の王国へ行くのだ。帝位を捨てて、な。そして我々が宇宙へ広がったように広がり、血塗られた智慧と地の呪いを受け継ぐことを、教えるのだ。復活後の彼等は賢い筈だ。お前は彼等をして天を拒み、地の呪いをも飲み込む力を知らしむるであろう。お前はおそらく帝位を維持しようとして仲間達に敵対される。『正義を見失った者』としてな。しかし余が共に居る。雄々しくあれ。」
そうして、ミルフィーは女帝となり、ポーは常時付き従う護衛の狼となった。
………………………
俺は帝国国境の東へ逃げた。クビルという狐の魔物が支配する東瀛。人間やその復活とはほぼ無縁な所で、俺の力さえ隠して居れば目立つこともなく平和に隠遁出来る。やがて、時は経ち、今では時々西のオーブル族の帝国の噂を聞くようになった。
ある春の日、俺の住処の木の上に、小さな白鷹が止まっていた。ブナの若葉と白い羽が陽の光に照らされて煌めいている。老獪な魔物…白い羽が多く混じるようになったとはいえ、それはソニックだった。止まった枝を時々揺すり、丸くなって寝入っている俺を起こしている。
「猫はやはり怠け者だ。気付いていても起きようとしねえ。起きてくれよ。化け猫!。」
「休息の場に駆け込んでいきなり怒鳴りこむのか?。俺は怒鳴られる理由はないはずだ。」
怒鳴り返すと、ソニックは俺の髭を咥えて引っ張りやがる。こんな仕打ちはやっと忘れていたのに。
「オーブル族のミルフィーが、進出してきた。東へと。魔石を求めて!。」
「どういうこと?。」
「帝国では、東瀛に使者を出し、併合により一気に版図を東の果てに拡げようとしている。彼等は、この東の果てに魔石を産出する火山があると信じている。」
「魔石を?。なぜ、また新たに求めるのか?。それに、さまざまなガーネットを産出するのは、このはるか北の果て、カムチャッカの地だぞ。ここの支配者、クビルが簡単に従うとも思えないし……。」
「復活した人間の千年帝国に従え、と言うのが帝国の錦の御旗。クビルも抵抗はしているが、なかなか対抗できていないらしい。」
「あの女狐女王が負けると思えない。一体何があるというのか。」
「私には分からなかった。」
その二ヶ月後の夏、遠くに響く轟音。もうオーブル族の帝国がここへ達したのか。しばらくして、轟音は静まった。
続けて、大きな爆弾のような衝撃が、どんどんとリズムを取ったように近づいてくる。こちらに爆弾を投げてきているのだろうか。俺は慌てて木の上の方へと登った。
地響きは大きな蹄の音だった。巨大なバイソンの一頭が群れからこちらの方へ歩んで止まった。辺りを見下すように、何かを探している。ブナの若葉を毟って食べようとでもしているのか。
「ぐーうー、わぁーいー、まーすーかー。」
なにかの呪文だろうか?。
「ねーこーまー、たーのー」
耳が痛い。何かの臭い飛沫が其処らじゅうに飛び散る。ラッパのような声が上から降ってきた。逃げ出すに限る。耳を伏せ、尻尾を丸めてブナの林から逃げ出す。気づかれたのか、大声がまた飛んできた。
「ぐーうー。あー。コーラーにー、げーるーなー。」
後ろを振り返ると、昔見たベヒーモスほど巨大ではないものの、普通の獣、魑魅魍魎の二十倍ほどの大きさだ。俺に呪文と共に何かを振りかけて溶かそうとしているに違いない。
「グーウーノー、バーカーヤー、ローウー。」
その大声を背後に聞きながら、俺はなんとか逃げ切ることができた。
 




