表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/35

罠、帝位簒奪

嗄れた濁声が、ドームに響く。

「余に応えよ。汝の願いを我につげ知らしめよ。」

 オーブラン。オーブルのエカテリーン朝第二十四代皇帝。見た目は、大きな玉座の上で非常に前屈みになり、切りそろえた白髪が前に垂れ下がる小さな老婆の姿。かの皇帝の前に、従者達はもちろん敵にも敵うものはいなかった。ミルフィー達が、狼以外の四つ足たちを連れたまま簡単に会えたのも、その強大な力に裏付けられた自信の表れだった。


 謁見の間と呼ばれる大きなドームに案内された。非常に煤くさい。奥の玉座へと長く延びる真紅の絨毯の両側に、二列のあかりの炎が燃える。中空に赤黒い煙が立ち上り、靄がかかって天井は見えない。

 ミルフィーと狼のポーは、両側を衛士に挟まれて、皇帝の前へ案内された。俺たちはその後に続く。


 皇帝の白く濁った目が、ミルフィー達に向けられた。俺たちには目もくれない。俺たちは雑魚なのだろう。

「この目は見えぬのじゃ。しかし、そなた達の行動、考え、価値観は見てとることができるのじゃぞ。」

 老婆が合図をすると、立ち上がる老婆は若い男達に助けられながら玉座から降りてきた。

「久しぶりじゃの。グー・タラプースキー。随分と人間に近づいたよのう。余はこのとおり、若い男達が必要でな。ろくに歩けぬ。運動もできぬ。」

この言葉に、皆、遥か後ろに控える俺に注目している。ポーやミルフィー達も驚いている。俺は大したことではないとゼスチャーをして見せる。

「陛下、お久しうございます。まさかお気づきになるとは。光栄でございます。」

皇帝は驚く風を見せず、言葉を続けようとしている。その様子を見て、ミルフィー達も落ち着きを取り戻した。

「さて、この国を導いて六百年。今の今まで余の驚くようなことを持ち込んできたものはおらぬ。」

 皇帝は予めミルフィー達の件を知らされていたらしい。

 皇帝にミルフィーは答えた。

「恐れながら、我が敬愛する皇帝陛下。我ネザラウド、五十年の月日を費やし、東の果てへと参り、ここに帰参いたしました。」

「古き伝説?。東の果て?確かに古き伝説にはエデンの東ノドの地という話を聞く。それが如何いかがしたのか?」

 皇帝はやはりノドの地の呪いと伝説を知っていた。ミルフィーは騙そうと考えていたようだが、騙し通せるとは思えない。それどころか、偽物になっていることさえ、見抜かれているかも知れなかった。

「我々は東の果てにあった石をここへお持ちしたのです。」

「東の果てでは、大地に呪われしカインの末裔が住むというが。お前達は本当に行って来たのか。」

「どの程度東の果てに行き着いたかは、分かりません。ただ費やした年月は五十年余月。さまざまな魍魎達とも遭遇しました。確かに、かつてはノドに限らず、東の地には多くの人間が住んでいました。すなわち、地に呪われたカイン族の末裔達です。人間が滅ぼさせる前、彼等は大陸の東を支配していました。今ではその地は見る影もなく荒れ果て、作物は育たない。ただ、私たちは恵みを得て栗などの木の実に助けられて来たのです。ここに手に入れたガーネットも、魍魎達の伝承により東瀛の地と聞いた限りのものであります。それでも、私はそれを発動させることができます。」


「嘘は言っておらぬな。お前達が当初言おうとした言葉をそのまま語っていたならば、その場で粉砕しておったわい。」

 皇帝は、伝説を知っていた。ミルフィーは知らぬまま知ったかぶりをして嘘を考えた。それでも、『ガーネットを発動できる』という言葉は、士官ネザラウドの確かな言葉であることを皇帝は知っている。


「ここで、その魔石を発動させてみよ。」

「陛下、この発動にはいささか細かい術式が絡みます。それらは、秘密に属する物。なれば、お人払いをお願いできますか。」

 衛士達が気色ばんだ。俺やソニックたちも、ミルフィーの企てが見通せず、驚きは隠せなかった。


「待て、陛下を闇討ちにするつもりか?」

「ポー、なんとかしろよ。」

 皇帝とミルフィーだけが落ち着き払っている。

「待て。余は大丈夫だ。余を誰だと思っておるのか?。」

「ははっ。」


 皇帝は玉座に戻り、衛士たちや高官は、ほとんどが部屋から出ていった。皇帝が一人になった。傾き始めた陽の光が差し込み始める。多分ミルフィーの狙い通りなのだろう。ヤグガーネットを取り出し光に晒すと、突然ビームが短く発した。皇帝に向かって……。


 ショートビームは皇帝の三メートル手前で局在し、反射阻止された。光はそのまま絨毯を焼き払う、と同時に思念がミルフィー達を覆った。


「余はこれで良い。お前達は余に勝ったと思ったか。」

 先ほどまで老婆がいた玉座には、誰もいなかった。何事かと戻ってきた衛士や高官達にも思念の声が響く。俺たちはミルフィーを除き、何が起こっているのかわからなかった。


「皇帝陛下が襲われたぞ!。」

 衛士達が大声をあげた。

「余の前ぞ、待て!。」

 この思念は、俺たちや高官達に向けられたもの。ほとんどの者は立ち止まった。だが、皇帝の思念が衛士達に伝わりきらなかったのだろう。狼を引き連れた衛士達が、俺たちめがけて殺到してくる。

 ミルフィーはガーネットを取り出した。短いビームでドームの一部が吹き飛ぶ。俺たちはそこから外へ。俺はできるだけ遠くへ逃げ出したかった。

 ミルフィーは少しだけ走った後で、急に立ち止まった。

「なぜここで立ち止まる?。」

「皇帝陛下の言った言葉を思い出せ。彼女は私たちに敵意がない。」

「皇帝を受け入れるのか?。それに衛士達はあんなに大勢殺到してくるぜ。」

「皇帝云々の議論は後で。今はあいつらから逃げる時。このガーネットは光のあるうちにしか力を発揮しない。」

「光あるうちに、てか?。」

 ミルフィーはそう言うと、ヤグガーネットを取り出した。一瞬のひらめきとともに外への退路が開けた。俺たちは全てが外へ。そこは、大草原の所々に岩と針葉樹林の草原。俺たちはある丘の岩山の上で待つ事にした。

 陽が傾いた頃、俺たちを囲むようにして、衛士達が呼集した帝国の軍団や、オーブル族の軍団が、鶴翼陣形を構えた。突然、鬨の声とともに、狼達が超速で突進してくる。陽はだいぶ傾いているが、日差しは未だ強い。ヤグガーネットにその光が当たると、第一撃。狼の第一波は、ひらめきとともに蒸発し、後続のバンパイア達は軍団単位で吹き飛んだ。残ったオーブルの帝国軍は、慌てて元の位置に引き上げた。

「第二波、ベヒーモスが来た。」

 ポーが叫んだ。帝国軍の背後に急にせり出した黒雲が立ち昇ると、ミルフィーはその鼻面にビームを投射。忽ちに雲も四散した。

 遠くから、蹄の轟音が近づく。若いバイソン達、吹き飛ばされたはずのイメルリ達だった。勢いを失ったバンパイア達は、敗走し始めた。

 それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ