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寒月の帝都要塞

 百五十層にも達する楼閣群。頂点の丸い帽子屋根が雲間に僅かに見える。その上空から響く遠吠えとそのコダマ。

 それは警報だったのだろう。城塞はまだ遠い俺たちに、門番の衛兵達が殺到して来た。


 俺たちは、ミルフィーの後を追うように、オーブの東の要衝、要塞都市エカテリノダールの門へと向かっていた。そこは、帝王が冬の宮殿と呼ぶ避寒用の別荘のある都市でもあった。

 その門で、厳しい検問があるとは思っていた。だが、猫の姿で近づいた俺が虎か獅子のように見えたのかもしれない。門番の衛士達が俺を目掛けて殺到していた。

 先をいく士官の制服のミルフィー、引き連れているポーは、偽造した身分証で検問をやり過ごしている。カラス仙や鷹のソニック、ネズミのレスターは、すでに城壁を軽く超えて、城塞都市内に入り込んでいる。検問のはるか手前で、俺のみが残っている。俺は衛士達に追い払われるようにして道を引き返すしかなかった。

 振り返り振り返り進む俺に向かって、衛士たちはまだ何かを叫んでいる。

「バケモノ!。近づくな!。」

「黒虎が来ていい場所じゃあない。」

 手綱など繋がれていないはずの狼達も、キャンキャンうるさく吠え続ける。猫又の尻尾をいくつも失い、長く見すぼらしい一本の尻尾。俺はゆっくり動かざるを得ないことが、奴らには迷惑な虎に見えたのかもしれない。


 しばらくいくと、針葉樹と岩場の混じった場所に着いた。見通しが効かないここは、身を隠して休息をとるには最適な場所。道端の日の当たる岩の上に、夕暮れを待って休むことにした。


 寒月の十五夜。俺は一人だけ音もなく門の前へと進む。

 明かりは俺の艶のある黒毛に一瞬反射する。城壁の石も微かな月光を反射させている。門は堅く締め切られ、中には警戒中の衛士達が凍えながら語り合っているのが聞こえる。

 夜の闇に俺の黒毛は溶け込む。音もなく庇から庇へ、屋根から屋根へ。ミシッと軋む音。

 彼等が見張っていても猫又の忍足に気付くものはいない。そのまま街中に消えて行くのは、造作もなかった。


 音と匂いを掴めれば、カラス仙やミルフィー達を見つけることは難しくない。程なく宿に逗留している彼等を見つけることができた。ミルフィーはどの部屋にいるのだろうか。その部屋の中や屋根の上に、ポーやソニック達が控えているはずだ。

 ある低層の建物。簡単な屋根の上に、鷹のソニックの姿があった。暗闇の俺の姿に気づいてずっと眺めていたらしい。俺のヒゲが、背後に静かに着地したソニックの気配を感じた。

「グー、ポー達は五階のペントハウスに居る。士官の格好をしたミルフィーは特別扱いを受けているよ。ポーは脂の滴った子牛の肉を与えられている。バイソン達の哀れな末路を目にして、よくもそんな食事が出来るものだよ。呆れるぜ。」

「子牛の肉かよ。俺はイメルリの泣いた顔を思い出しちまう。俺には、油さえあれば十分さ。」

 階下には小さな料理屋。ここには多分調理用の脂ぐらいあるもの。屋根裏から忍び込んだレスターが鍵を開け、脂の瓶を探し出してくれた。


 さて、食後にポーの匂い、ミルフィーの匂いの強い窓際へ。ミルフィーは寝台でポーを抱きかかえて寝入っている。鼻面を胸深く抱きしめようが、殴ろうが蹴とばそうが、ポーは何も言わない。彼等は以前からこんな寝方をしていたのだろう。

 夜が更けていく。満月の光が窓から差し込み始めると、ポーの姿が男の姿に変幻し始めた。このような姿は初めて目にした。ミルフィーが隣にいるためだろうか。

 彼女はそれに構わず、彼の顔を抱きかかえたま眠り続けている。鼻面が低くなった為か、抱きかかえられたポーは呼吸を満足にできていない。

「息が出来ないのか?。」

 俺は静かに窓を開け、部屋に入り込んだ。ポーは気づいているはずなのだが、抱き締められたまま動こうとしない。

「ポー!。横を向けばいいではないか。」

 愚かな狼男だ。そう思いながら声をかけた。彼はやっと苦し紛れに顔を横に向けた。

「愚かな奴だ、そうすれば息ができるではないか。」

 彼の目の前には豊かなミルフィーの胸。ポーはゼーゼー息を切らし、俺を横で睨みながら何かを伝えようとしている。

「私は……。」

 ポーの声と口が目の前の彼女の盛り上がりを震わせると、ミルフィーがポーを余計に締め付け始めた。

「い!や!。」

「ぐっえっ。」

 ミルフィーは目覚めた。前をはだけさせ、顔を真っ赤にした彼女。たちまち、俺たちは窓の外へ叩き出されてしまった。

「ポー、助かったな。なぜ激怒されたのだ?。何が起こった?。」

「この仕打ちはミルフィーと離れ離れになる以前にはよくあった。久しぶりだ。」

「どういうことだ?。」

「昔から、ミルフィーは私をあのように勘違いして扱っている。寝ぼけては締め殺そうとし、目覚めては叩きだすのだ。」

 次の朝、ミルフィーは非常に機嫌が悪かった。哀れなポーは尻尾を振って一生懸命取り入ろうとしていたが、ことごとく失敗していた。


 夕刻、ミルフィーはポーとともに身繕いと変装を終え、士官として冬の離宮へ向かった。皇帝との謁見を求める為だった。

「オーグル士官ネザラウド、皇帝陛下に魔石獲得のご報告を申し上げたく、ここに参上。」

「魔石だと?。まず、俺たちに見せてみろ。」

「そうおっしゃるなら、そのようにしてください。」

 ミルフィーは日のとっぷりとくれた控え室に通された。当番士官は魔石を手にしたが、何も起こらなかった。

「士官ネザラウドよ。これが魔石なのか?。何もないではないか。」

「それはそうです。夜の今は何も起こりません。しかし、この魔石を算出する東の果ての火山群の地には、様々なガーネットの石を算出しています。ふさわしい方々であればその身に見合う様ガーネットの石を見つけることができます。これは私に与えられた石、私にしか動かすことができないのです。」

「何、俺たちではうごかせないのか?。お前ならできる?。本当か。」

「はい、昼間なら。」

「明日の朝、もう一度こい。その時、皇帝陛下にもお出ましを願っておく。」

 こうして、ミルフィー達は宿に戻ってきた。

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