バンパイアの帝国
「待て。どこから来て、どこへ行く?。」
白い吹雪の中、俺たちはオーブル族の辺境警備兵らに見つかった。ミルフィーは、出生がもともと彼等の同族であるはずなのだが、警備兵の慌てふためく様子からすると、ミルフィー達が疑われている様子だった。
………………………
ミルフィーを得てのち、我々はエゼキエルの谷を出て黒海へ上って行った。ベヒーモスを避けるためだった。黒海の沿岸、コーカサスの麓、ここはオーブル領の辺境。黒海の海面には、雪をいただく大コーカサスの峰々が映る。その雪の壁の山々を抜けるには、黒海沿岸に沿って北へ進むしかない。
当初は単純に湖畔を歩き進もうとした。その案に、新たに加わったミルフィーは、浮かぬ顔だった。
「私は不完全な復活をしてしまいました。遅かれ早かれこの身は再び滅びの呪いを纏っています。何時、どんな形で滅びがくるか分からない今、余程用心深くなければ生き残れません。」
北へ抜けきれば、そこはもうオーブル領の奥深くだった。それまでは目立ちたくない。彼女やポーが発見される事態を警戒して、ミルフィーは全身を青黒く、またポーは全身を黒く化粧している。その上で、我々は領域となる黒海沿いを避け、人気のない峰々の中腹を進んで行く。それでも、領内の辺境近くであれば、発見されるのは時間の問題のように思われた。そのことを意識して、ミルフィーは何事かを画策しているようだった。
雪の中を進むと、道なりの岩陰に人陰がみえた。狼を従えたオーブル族の警備兵達。典型的なバンパイアのスタイル、つまり典型的なオーブル族の一団。こちらも黒狼に化粧したポーを連れたミルフィー、つまりオーブル族の出立のはずだった。
縛りあげられて彼等の砦に連行されると、数人の将官らしいオーブル族が尋問の席に座った。
「改めて、もう一度聞く。お前達、どこからきて、どこへいく?。」
「我は、この者達と長い間各地を巡る旅をしてきた。宝を集め、オーブル族の首領オーブランへの献上をなすため。」
「そうか?。」
奥の指揮官席にいた男が立ち上がった。ミルフィーは、その視線を見返す。指揮官は、ミルフィーばかりでなく、ポーにも目を向けている。尋問の際には尋問官の目を見返すことは、よくないことなのかもしれない。
「どこかで見たことのある顔だ。」
彼はそう言って、仲間達を別室へ連れて行ってしまった。
「俺たち、完全に疑われている。」
ソニックはミルフィーの方を見る。
「ミルフィーの顔とポーの顔を見て、何かを感じたらしい。」
「多分、手配書か、なにかだろ?。」
「ミルフィーは、ここでは死んだことになっているんだぜ。」
「じゃあ、指揮官の一人がポーの顔、ミルフィーの顔を知っていたのか?。」
ポーは先ほどから無言で考え込んでいる。
「ミルフィーと私が戦った騒乱で、対峙した敵の誰かが指揮官だったのかもしれない。あの騒乱の時、ミルフィーや私は、バイソンの助力を得てオーブル族を撃破したことがある。一度目の戦い、二度目の戦い。彼らオーブル族はミルフィーの頭の良さと、私達やバイソンの勇猛さに恐怖したのだろう。それ故に、巨獣ベヒーモスをこの地に持ち込んだのだ。今やベヒーモスはいまだにこの地を蹂躙し続けている。ミルフィーや私は彼らにとって、悪夢そのものでしかないのだ。」
「私の顔は復活前とほぼ同じなんだろうね。皮膚の色は彼らと同じ青黒く化粧しているから、私とは分からないと思ったのだが……。そうならば、即何らかの動きがあるはず……。」
「黙って。彼らが返ってきたぞ。」
指揮官達は、ガヤガヤ言いながら彼等の椅子に踏ん反り返った。指揮官の一人が再びポーとミルフィーの顔を睨みつけている。その牙のある口は血生臭く、何かの食事をしてきたのかもしれない。
「おい、女。お前は俺たちの敵に成り下がった人間種の一人に似ている。俺たちの中から生まれたのに、俺たちを裏切り、敵のバイソンを呼び入れた女だ。この狼も、彼女の連れによく似ている。」
「私たちは確かにオーブル族や狼族のもとで生まれました。しかし、私の顔、この狼の顔を盗んだ奴らがいました。彼等は私たちを遠く東の果てに捨てました。今になってやっと帰国ができたのです。」
「それを信じろというのか。」
「そうおっしゃるなら、この魔石ガーメットをお示ししましょう。これは、東方の北の果てカムチャッカの火山群でしか手に入らないガーメットです。」
「それで?。」
「これはヤグと言っても、強い光を発することができます。これを皇帝陛下に献上し、持って帰国できた感謝を申し上げたいと……。」
ミルフィーが皇帝への謁見を求める画策を描いている。現皇帝オーブランに面識のある俺が手を貸すべきだろうか。いや、返って彼等が俺に頼ってしまうかもしれない。彼等の持っている切り札を、俺のような外乱に影響させてはいけない。彼等が切り札を十分に役立たせることこそ、ミルフィーの企ての成功の鍵だろう。今は静かに耐えるべき時。ここは静かに係官達の言うことを聞こう。
「ほほう?。」
指揮官達はヤグを手に取ったが扱い方を分かりかねているようだった。
「どうやって使うのだ?。」
「それでは特別に。」
ミルフィーは、ヤグと呼ばれる石を取り出した。対向する面が鏡面仕上げにしてある。その石を窓辺に置くと、ヤグに陽の光が当たった。突然に出たヤグからの光。ニードルのようなビームは、指揮官達の頭を音もなく、一瞬で蒸発させた。指揮官達だった複数の体は、椅子に座ったまま頭部を失っている。
ミルフィーは、同じような背丈の指揮官を選び、制服と先ほどまで着込んでいた服とを交換して、生き残った指揮官を演じた。同時に壁を爆発させ、ポーや俺たちを外へ出してしまった。
「捕虜たちが襲って来た。助けに来い。」
一人残ったミルフィーの前に程なく駆けつけたのは、若い末端の兵士たちだった。
「此奴が俺以外の士官を射殺してしまった。俺はなんとか反撃できたのだ。死体を片付けるから、手伝ってくれ。」
ミルフィーは、慎重かつ大胆だった。
こうしてミルフィーは、指揮官に偽装することができた。そのままミルフィーは軍人としてスマした顔で、冬の首都エカテリノダールへと進んでいつた。ポーは勿論ミルフィーに付き従う狼を装っていたが、俺たちは、餌のおこぼれにありつこうとするノラ猫とその連れと言う役柄を演じるしかなかった。
エカテリノダールへの街道の両側には、肥沃な土地にイネ科の草原が続く。そこには、最近、戦いの末に捕虜となった雌のバイソンたちが飼われている。街道沿いの食堂と思しきところでは、オーブル族の食事が用意されている。
バイソンとの戦争で、オーブル族はバイソンの新たな利用術に目をつけた。今、オーブル族の食事は虐げたバイソンを文字通りしゃぶり尽くしていた。彼等は、捕虜だったはずのバイソンの生き血と精神エネルギーとを貪り、生命を維持できなくなった肉を、しゃぶり尽くして生きているのだった。オーブル族が「食堂」と呼ぶ施設でのその光景に、ミルフィーは耐えられず、呪いの言葉とともに嗚咽した。
我々の食べ物は、もっぱら草原のイナゴの脂と野蜜だった。




