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バイソンの鎮魂歌

「ああ、あのバイソンの頭領か。確かにあいつだけは勇敢だったな。しかし、大義の前に、従わないことは許し難い。彼だけは、八つ裂きにしてやった。」


 ………………………


 ペレはバイソンの群れを追い詰めて姿を現した。それは俺たちが旅を再開し、子牛達を連れた荒れ野の旅を再開した数日後のこと。荒れ野から別の杉林に入ったところだった。


 俺たちが木の根元のウロに逃げ込むと同時に、杉林に次々と逃げ込む群れ。ペレに追い詰められた群を目の前にして、イメルリは怒りで赤黒くなった。俺は思わず、イメルリの肩に手をかけて落ち着かせようとした。

「今は耐えろ。出ていくな。」

「あいつが姿を見せた。間近に見ることができる。今しかないのです、僕のような小さな者が彼奴に対峙できるのは……。」

「確かにそうだ。しかし、対峙して何かを言っても、彼には響かない。それよりも、虫のように飛ばされてしまうだけだ。今は耐えろ、耐えてくれ。」

 俺は彼ら子牛達が氷雨の中で耐えている姿を思い出していた。人間の目覚めという大義と小さな者への憐み。それらの想いの前に、俺には一つしか言葉がなかった。

「耐えてくれ。」

 ペレは俺たちに気付いていなかった。容赦なく降り注ぐ火。迫りくる火炎柱。俺たちの周りのレバノン杉にも、火が映っていた。

 俺がたじろいだ隙をみて、イメルリは杉林の外へ飛び出してしまった。他の子牛たちも……。

「ペレ!。父上の仇。」

「誰の仇だと?。」

「勇猛王だ。」

「そうか、お前はあの頭領のせがれか!。」

 ペレはイメルリの姿を見出し、大声が響いた。

「ああ、あの頭領。確かにあいつだけは勇敢だったな。しかし、大義の前に、従わないことは許し難い。彼だけは、八つ裂きにしてやったぜ。」

「何だと……。」

 イメルリは呻いた。

「緋色の紐。お前が持っていたのか?。これで完成だ。」

 イメルリはペレに向かっていったと同時に、ペレが容赦のない火を吹いた。俺の横からなぜかポーも大風をイメルリにぶつけた。

 一瞬ののち、子牛達は吹き飛び、バイソン達は焼き尽くされた。


「彼等は焼き尽くされた。」

 ポーは淡々と語る。

「これで人間の、ミルフィーの復活の道は開かれた。清められた。」

 俺はポーを睨みつけた。

「ミルフィーとお前との関係は、俺の主人と俺との関係と同じはずだった。それをお前はエセものにしてしまった。このままではお前はミルフィーの本当の復活に到達しない。」

「ミルフィーは復活する!。」

「いや、滅びの呪いをまとった生が再び繰り返されるだけ。これでは不幸が繰り返されるだけだ。」

 ポーは俺に視線をよこさなかった。彼は淡々と清めの成就を言葉で表し、イメルリや赤い雌牛がいかにこの儀式にふさわしい者だったかを、繰り返した。


 それは、ミルフィーとの逃亡、ミルフィーとポーが知り合った後のイメルリとの生活、勇気と努力を惜しまなかった男の子牛イメルリの物語だった。


 ………………………


「イメルリはコーカサスの勇猛王の子供だ。話は、バイソンの群れがここまで追われてくる遥か六万年前に遡る……。

 コーカサスの西、バルカンの地。代々続くバンパイアのオーブル族長と一族が勢力を増しつつあった。

 もともとバンパイアは人間たちが居た頃には人間たちを捕らえ、吸血しつつも種の純潔性を保っていた。今では、捉えた人間と交わることで純血種は滅び、混血のバンパイアしか生き残っていない。混血の彼等は人間の堕落を何世代にもわたって蓄積し、貪欲、憎悪、殺意、嫉妬、傲慢を幾重にも外身にまとっている。

 いつしか人間は滅び、バンパイアは狼と共にバイソンや羊などの草食獣を捕らえるようになった。狼は獣の肉を、バンパイアは獣の血を得ることで満足するはずだった。純潔のバンパイアであれば、そうだった。しかし、人間の貪欲と傲慢を外身に纏った混血のバンパイアは、それでは飽き足らなくなった。

 一千年前に、彼らは支配領域をノドの地いっぱいに広げた。バンパイアに潜む人間の遺伝子が顕在化してバンパイアから生まれた亜人。亜人の誕生を“復活”と称し、あろうことか獲物とし始めた。これが欺瞞に満ちた千年帝国の始まりだ。


 この頃から、ある動きが始まる。少し前、狼一族に異端の白狼が生まれた。同族から忌み嫌われた白狼。それが私だ。そして、バンパイアから生まれた亜人の中で、特に人間の遺伝子のみから成る人間の娘ミルフィーが与えられた。これらは偶然のなせるものと思われたが、彼女と私は二人だけ昼間に活動してた。帝国内では灰色の子ら、異端の子らとして忌み嫌われ、灰色の肌に人間を意味する緋色の紐と魔封じの呪いが込められたという魔石の袋を首に下げさせられた。

 帝国は、実は人間の真の復活が近いことを悟っていたのだ。


 帝国内では、同時期にバイソン達の反発が強くなっていた。バイソン達の中に勇猛王と言われた雄牛が生まれ、彼等は帝国の中心近くで大規模な反乱を起こすに至った。反乱軍のバイソン達は各地でバンパイアや狼達を襲うようになった。

 その後のバイソン達とバンパイアとの戦いは、厳しかった。多くの者が倒れ、また傷ついた。バイソン達は勇猛王のもとに王国を建設し、帝国の支配地域を大きく侵食した。

 エカテリノダールの近郊で激しい戦いがあった。帝国軍は私たちの住むところを放棄して逃げていった。その時、撤退する帝国軍や皇帝は、幼いミルフィーと私をこの地に置き去りにした。何か計算があったのか、ちょうどよい厄介払いだったのだろうか。

 勇猛王とそのバイソンたちは、子牛イメルリ達とともに私と彼女を育ててくれた。いま、イメルリの首に巻きつけてある緋色の紐は、ミルフィーが勇猛王への感謝の意味を込めて巻きつけたものだ。

 帝国は失地回復を狙い、皇帝のオーブランとそのオーブル族は、竜巻のような脚を持つ巨獣ベヒーモスを伴って王国を襲ってきた。その会戦で我々は負けた。勇猛王は戦死。敗走するバイソンとは離れ離れになり、ミルフィーと私は子牛たちを庇いつつ逃げた。

 最後に私たちはある古城の廃墟に追い詰められた。青黒い姿のオーブルたちバンパイアと、背後に蠢く黒雲の巨獣ベヒーモス。彼ら帝国軍は、私たちの篭る町の門、城壁、建物を全て押しつぶした。ミルフィーは瀕死の怪我を負い、私たち小さな群れは廃墟の穴に逃げ込んでいた。

『逃げて!。貴方は野生に戻るのよ。ここにいたら、奴らに殺されるわ。』

 その言葉に伴う悲しい思いが、こころにきざまれた。

『あなたたちだけは逃げられるわ。だから、逃げるの!。逃げるのよ。これは命令よ。』

 敵わぬ戦いで包囲されたミルフィーは、魔石を使って何かをしようとしたのかもしれない。ミルフィーは私達を穴の外へ押し出し、私をして子牛達を先導させ、逃亡をさせた。と同時にミルフィーのいた場所は、爆発によって吹き飛ばされた。

 生き残ったのは、イメルリなどの子牛たち、そして白狼の私。私はイメルリや子牛達が足手まといとなり、ミルフィーを死に至らしめたと思った。私と彼等は敵対し、別れた。緋色の紐を首に巻いた子牛イメルリのみは戦い続け、他の子牛たちも逃げ出した。

 イメルリは大義のために生きる子牛。私はそう感じた。私は伝説の一つを思い出した。かつてイメルリへ与えられた伝説の言葉。それは、イメルリが対峙し、彼等を虫螻の如く扱ったペレへの呪いの言葉でもあった。


『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。このわたしがあなたの味方だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。あなたに向かっていきりたつ者はみな恥辱にまみれ、あなたと争う者たちは、壊滅する。あなたと言い争いをする者は負け犬となり、あなたと戦う者たちは滅び去る。わたしが、あなたの右の手を堅く握り、「恐れるな。わたしがあなたを助ける」と言っているのだから。』


 まことに祝福を受けたイメルリは、儀式の赤い緋色の勇者。彼は全く式にふさわしい。」


 ………………………


 ポーは語り終えた。彼は遠くを見つめ、俺へ振り返った。

「ミルフィーの遺骨と魔石は揃っている。エゼキエルの谷へ行こう。もうミルフィーも復活の時。」

「いくら人間の復活のためとはいえ、この所業!。許されると思うな。」

「この儀式は必要だった。誰かがやらねばならなかった。」

「それが言い訳か。それでベヒーモスに対峙しなかったんだな。裏切りだぞ!。イメルリを、あの子達をベヒーモスの好きなようにあしらわせておいて……。」

「この儀式は必要だった。誰かがやらねばならなかった。」

「こんなことで天が人間を復活させるのか?。」

「そうだ!。この儀式は必要だった。誰かがやらねばならなかった。」

「不完全な儀式で復活が成し遂げられるのか。」

「そうだ。昔から、天は礼拝式の不完全さを許してくださっている。それ故、復活もなされる。」

「おまえ、わかっているのか?。不完全な復活は再び人間の滅びを招く。それを知っているのか。認識しているのか?。」

「そうさ。私の願いはただただミルフィーの復活。彼女さえ復活できればいい。あとは天が補ってくれる。」

「そんな考えは傲慢だ。そうでなければ浅知恵だ。」

「そうもかもしれない。しかし、それはどうでも良いこと。ミルフィーさえ復活できればいい。」


 ………………………


 ポーは、俺が以前話したエゼキエルの谷へと向かった。俺たちも後を追った。

 エゼキエルの谷は、静寂に包まれていた。何か動きがあれば、遠くであっても音が聞こえるほどの静寂。足音だけが響くな。その足で向かうのは、はるか丘の上。そこには積み重ねられた骸があった。ポーが以前、犠牲のバッファローの皮に、ミルフィーの骨と魔石を入れ、ここまで運び込んでいた。近づくと、積まれた骸のある中央の丘の上で、石積みの崩れる音が響いた。

 ポーが走り出す。俺たちも後を追った。走りながら目を凝らすと、二足歩行の姿。つまりミルフィーの姿だった。


「ウォン、ウォン。」

 駆け寄ったポーは、ミルフィーの顔目掛けて何度も跳ね上がった。彼はただ泣くだけ。言葉が出てこないらしかった。ミルフィーの周りに集まった俺たちは、おもわず歓喜に踊っている。

「ポー、貴方なの?。生きていたのね。貴方は助かったのね。」

 二人は多分、バッファローと彼らが保護していた子供達が襲われた時に、ミルフィーが犠牲になって以来の再会だった。

「私……。一度死んだのね。」

「そうです。でも、やっと貴女の姿を見ることができた……。あとは、貴女を見捨てた私の大罪を償うのみ。」

 ポーは、再会の喜びと別れの覚悟とを心に納めながら、話を続けている。

「私は、貴女を見捨てて今日まで生きながらえてきた極悪人、裏切者です。」

「ポー、何を言っているの?。」

「私が貴女を見捨てる直前にこのように会話ができるようになったのも、貴女への罪の告白と贖罪のため。それゆえ、ここにて喜び、ここにてお別れを告げるのです。」

「ポー、何を言っているの?。」

「飼い主であった貴女の代わりに私が犠牲になるべきでした。その思いゆえに、貴女を待ち、妖獣に成り下がって言葉を得て、知恵を得ました。」

 ミルフィーは、ポーの言い分に納得していない。

「私が貴方に命じたから、貴方は逃げたんじゃないの?。それだけはよく覚えているわ。私の元を去ると言いましたね。今去ることを私は許しません。」

 ミルフィーは怒りを含んだ言葉で、ポーを抑えつけた。

「それよりも、何故復活は私だけなのかしら。」

 本来ならば、エゼキエルの谷で多数が復活するはずなのに、確かに彼女のみだった。

「ポー、私だけなのね。何故かしら。」

 ポーは許を突かれたように驚いた顔をした。彼を、見ながら、彼女は続ける。

「私を裏切ったことよりも、この孤独な復活の方が恐ろしい罪を含んでいるのではないですか。まさか、時満ちぬままに緋色の紐の儀式をしたのかしら?。」

 ポーは答えなかった。

「貴方、何をしたの?。イメルリはどうしたの?。」

 事情を俺たちから言うのは容易かった。しかし、それではポーの罪の贖いは得られない。俺たちは、黙っていた。ミルフィーや俺たちはポーを待つしかなかった。ポーはそれ以来無口になった。


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