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コーカサス高原のバイソン

 先ほどまでの穏やかな西風。かすかに含む湿気。朝日に銀色に光る狼。ポーは気高い狼の姿に戻り、その豊かな毛をゆらぎのある高原の風が揺らしていた。もう少し経てば、雨期が来る。


 先日からポーは俺たちの探し旅に同行している。しばらくは荒れ野を進む平穏な旅路だった。

 丘の上での休憩。気の緩みから朝の惰眠をむさぼる俺の首筋に、レスターが這い上がってきた。目覚めた意識は耳を立たせ、警戒と不安とが心を騒がす。空気を痺れさす緊張。地面に伝わる振動。ポーの脚と耳がたち、鳥達もまた上空へ飛び立った。皆は同時に動いていた。

 北に薄っすらと広がる土煙。遠くから響く轟音。無数の蹄。膨大なバイソンが目を血走らせ、悲鳴に似た低い声で呻いている。俺は鳥達を空に見ながら、声を震わせた。

「何が起きているのだろうか。以前に見た大猪達は自ら怒りに燃えるような姿だった。」

「たしかに、彼らは以前から愚かな心を何かに覆われて滅びに至ったように見えた。」

「牛達は、恐怖に追い立てられている。」

「恐怖は天の導きを消す。」

 ポーはそう語った。俺はポーが天を語ったことに驚いた。

「何故そう思う?。」

「主人が襲われた時、私が熱く嵐のように動けば、襲いくる敵を少しは倒せた。冷静であれば、主人を救い出せた。あの時私は怖かったんだ。逃げ出したんだ。」

 ポーは遠くを見る目で語り続けた。表情の読み取れないポーの顔に初めて気持ちの乱れが浮かんだ。その後悔が彼をつき動かしている。

「何故自分を責める?。」

「私は守れなかった。」

「その時にお前は何かしてやれたのか?。」

「出来なかった。庇えなかった。智慧がなかった。力がなかった。何もかも無かった。」

「それでも自分を責めるのか?。」

「じゃあ、悪いのは誰だよ。私の大切な主人を殺したのは、私だ!。」

「違うだろ、お前の主人を殺したのは、敵なんだろ?。」

「敵はたしかに殺しに殺しを重ねていく。彼らは自らに災いを招いて滅んでいく。だから、私も自らの死を望んだ。」

  「でも、天はそれも許さなかった。だから、生きるしかないじゃないか。」

 ポーはその言葉を聞いたのか、聞こえなかったのか、バイソンの行方を見つめた。


 突然、バイソン達は俺達のいる方へ向きを変えた。俺が知っている牛達はおとなしかった。そんな牛でも冷静さを失えば、前から止めることができない。ましてや彼らはバイソン、角に突かれて引き裂かれるか、踏み潰されるか。猶予はなかった。

「あちらへ逃げよう。巻き込まれるのはつまらない。」

 離れたところにいくつかの木立があった。大きな幹の上であれば助かる。狼男のポーであればよじ登れないだろうか…。必要なら俺がポーを運びあげよう。

「ポー。俺がお前を運び上げるから!。」

「そこまでしなくとも良い。私ごどきを。そうさな、砂の壁によって彼らを避けてみるさ。」

 罪の意識なのだろうか、ポーは木の上に俺達を残して立ち向かっていった。急速に立ち上がった砂の壁。バイソン達の目に確かに写っている。

「ここにはくるな!。」

 ポーの叫びは蹄の音にかき消される。バイソン達は高い声で叫びながらそのままポーの起こした砂嵐の壁に突っ込んできた。

「逃げろ。逃げろ。」

「逃げられない。逃げられない。」

「突撃。突撃。」

「止まるな。止まるな。」

「止まれると死ぬ。転ぶと死ぬ。」

 彼らの上には恐怖と混乱、狼狽とヒステリーの渦が見えた。ポーの叫びと姿は、激情と砂塵の中にかき消えた。


 ………………………


 夜になる頃、砂塵はやんだ。俺たちの登った大きな木の周りには、多くの足跡、薙ぎ倒された木々、群れの仲間達に蹴り殺された者、ふみ殺された子牛達が累々と横たわっていた。

「下の方に誰かがいる。」

 レスターは木の幹伝いに木の下の様子を見て言った。俺はレスターを樹上に残し、探るように降りて行く。聞こえてくるかすかな呼吸。狼の匂いと牛の匂い。ポーは俺たちのいた大きな木の洞に横たわっていた。

「私はまたも死を許されなかった。」

「当たり前だよ。そんな簡単に死んでくれるなよ。俺たちには大切な役回りがあるんだから。」

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