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砂嵐とポー

 ポーは葬る者でもあった。彼は、これまでも、これからも巨獣ベヒーモスの過ぎ去った後を追い続ける。今も、彼は恐ろしい光景を目の前にした俺達の面前を、黙って過ぎていく。散らばる犠牲者一人一人を見つけつつ、東風によって砂を呼んでは廃墟を砂で覆って弔う。砂である程度の面積を覆うと、彼は物悲しい狼の咆哮を捧げている。しばらくすると、一帯は何もなかったような砂漠となった。


 どこまでもポーは無表情、疲れも見せない。ベヒーモスの殺戮を前に心を閉ざしたまま、はるか背後を追い続けていく。彼の姿を見つめるグー達には一瞥もなかった。俺達は、無表情な彼の後を追って歩き始めた。


 西へ、西へ。ベヒーモスはむやみに進んでいく、犠牲の上に犠牲を重ねて。ポーは淡々と犠牲者達を弔うだけ。俺達は彼らの光景にのまれながら、後方を歩む。

 西の海峡に面した断崖。ベヒーモスの歩みが止まった。彼はいくべき道を誤っていた。南も既に獲物のいない砂漠となっている。貪欲な彼は愚か者のように目を血走らせる。

「獲物、食い物、我の生贄。」

 彼のその言葉は、空腹と貪欲と快楽への渇望が極まって発したもの。一通り荒れ狂った後に、彼は新しい餌食を見出した。それは何も知らずに近づいてしまった俺達。

「獲物は食い物、我が犠牲、全ての魂我が欲するところ。」

 ポーはそのベヒーモスの姿を見つめている。ポーはこんな時いつも距離をとる。ベヒーモスに襲われる前に、戦いを避けてきた。

 ベヒーモスはポーではなく、近づきすぎた俺達を見出していた。渇望からくる凄まじい殺気が付近に広がる。

 俺ははるか前からそれをおぼろげに感じ、自らは猫の姿に戻り、鳥達には空から様子を見に行かせている。そのソニック、続いてカラス仙が息急き切って俺のところへ帰ってきた。

「偵察報告、前方の巨獣はこちらを目指している。発している呪いのような言葉から、わかったんだ。」

「地上を走っても、追いつかれるぜ。」

「戦うしかないってわけか。それなら、レスターを連れて鳥達は急ぎ海上へ退避してくれ。」

「グーはどうする?。」

「簡単にはやられないさ。退避の時間は作れる。だから、早く行け。」

「逃げられる?。」

「いますぐ空に飛び立てば、海へ逃れられる。」

「グーは?。」

「もうすぐ夕暮れだ。なんとかなる。」

 そのやりとりを繰り返すところに、地響きが届く。馬の駆けるような衝撃音ではなく、山津波の地鳴り音といえばわかるだろうか。それは大猪達が作る火砕流だった。

「早く行け。」

 かろうじて飛び立ったソニック達からは、俺が土煙で隠されてしまった。

「グー!。グー!。」

 彼らの呼び声はかき消された。上空も黒雲が覆い始めている。この空中に止まっては危険だった。

「まだ空の見える海へ。そちらにしか飛んで逃げる隙がない。」

「早く、手遅れにならないうちに。」

 俺は叫んだ。その後、ソニック達は上下から迫る轟音に挟まれながら、夕刻の矮路を海へと逃れていった。


 俺は砂塵の中、一番の大猪の背中に飛び乗った。おいそれとは落とされまい。大猪の胴体を両足で挟み、背中の厚皮にに深く爪を立てた。大猪は俺を振り落とそうとしてぐるぐる回り始める。周りの猪たちは獲物を見失い、俺の乗った大猪の周りで渦を巻く。ベヒーモスの黒雲のような胴も、それに合わせるように渦を巻き燻りつづけた。

 今までの観察から、夕刻になればベヒーモスの黒雲のような身体から、動きが鈍くなっていく。その観察からあることを試す気になった。俺は右前足で空中を引き裂く。四散する黒雲。一瞬の夕日。左でも続ける。右、左……。何回続けただろうか。ほとんどの雲は四散して霧消していく。だが、肩で息をする俺には、もう力はなかった。

「あいつら、逃げられたかな……。」

 大猪達が次第に疲れを覚えて、渦を巻くようにして倒れ眠りこける。その際に、俺は夕闇にまぎれて、やっと海岸の近くの火山火口に身を隠すことができた。


 再び俺が目覚めた時、彼らも目覚め始めた。大猪の一匹、数匹、十数、数十、数百。上空には全て打ち払われたとみえた黒雲が上空に色を増す。ベヒーモスは再び元の形を表わしていた。その雲の下には、俺は気配を消したものの、残した匂いを巡って大猪の渦が再び作られた。俺は火口から出られなかった。


 やはり夕刻になると、全体の勢いが鈍くなって、黒雲の切れ目が生じている。俺はそこを目掛けて飛び出した。それを追って大猪達が黒雲の影の外へ出てくる。と同時に黒雲が地面へ降り立った。それは俺の背後に落ちてきた大足。様子を見にきたソニックの目の前で俺はつまづき、大足に抑え込まれた。ベヒーモスの怒りと足とに押さえ込まれた俺は、無念だった。

「リサ、すまない……。あなたを助けるどころか……。助けを求めている。私の助けはどこからくるだろうか。あの南の山々からか?。」


 南天には満月が雲の間から見えてきた。俺の無念を誰かが拾ってくれている。そう思ったとき、俺の心に聞いたことのない名前と声が聞こえた。

「ミルフィー。あなたのために!。」

 意識して内に深く秘めたはずの無念。失った主人への思い。突き動かす切ない怒り。俺は心の片隅に、ポーの心の共鳴を感じ取ることができた。

 人間のような声が響く。遠吠えなのだろうか。満月を背にした南の山々からのひと吠え。その叫びは地を揺るがし、その声は天を動かした。まもなく東風の気配が感じられた。東風は乾燥と灼熱の空気をもたらす。その後に続く砂嵐は、湿気や生命の匂いさえも消えさる聖域をもたらす。砂が全てを覆い尽くす。

 太古より、火の精霊ペレでさえ、砂嵐の前に吹き飛ばされ、その火が沈黙させられている。ベヒーモスはそれを聞いたことがあった。しかし、目の前に近づきつつある砂雲は、巨体のベヒーモスの前では単なる魑魅魍魎の遊び道具のように見えた。

 ポーの前には旋風が起きた。風が風を呼び込み、二重螺旋が砂を呼び込む。立ち上る砂の柱。ポーの遠吠えに共鳴した砂の柱は、ベヒーモスの横面を粉砕した。

 俺は突然解放された。俺を押さえ込んでいた黒雲は吹き飛ばされたあとだった。砂嵐がさらに黒雲を追い立てていく。遥か上空では、西の黒雲が再度湧き上がって立て直しをしているように見え、東風は砂の壁を立ち昇らせている。今にこの大地を巡る嵐が吹き荒れる。俺達はここから離れる必要があった。

「ここへ。」

 見知らぬ声が俺を呼ぶ。躊躇った。

「砂漠の獅子よ。ここへ。」

 獅子であれば大風の中でもたやすく進めたであろう。単なる猫又にすぎない俺は、旋風に翻弄され、目を開けられないまま声のする方へ逃れて行った。

「ここにてしばし休息を。」

 しばらくすると砂が丘を作り上げ、辺りをすっかり覆っていた。黒雲は四散し、大猪達は逃げ去っていた。

「砂漠の獅子よ。どこからきた?。」

 目の前にいたのは満月に照らされた灰色の狼男。俺は初めて狼を目にした。直立の亜人となっても犬は苦手であった。その犬よりも気高い彼の気品は眩しかった。

「俺は獅子ではない。そんな偉い獣ではない。」

「自己を否定する必要はない。動き方からヤマネコのように見えたのだ。」

「俺は主人をまだ集めきれていない。以前はタラスプーキーと名乗っていたが、名前負けしていたから今ではグーとだけ名乗っている。」

「私はポー。灰色狼だ。私も主人を救えなかった愚か者だ。」

 狼男と俺とは、手で振って砂を落とす。俺はポーが振る豊かな尻尾を眺めていた。

「何か付いているか?。」

「いや、眺めていただけだ。あまりに豊かで力強い姿なので……。」

「お前の尾は一部が切られている……。元は数本に分かれていたようだな。お前は猫又だったのか。」

「そう。今では非力になってしまった。」

「そうだったのか。」

 会話は途切れた。俺たちは海から帰ってくるソニックら鳥達を眺めていた。

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