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砂の化石

「どうしてリサの体は復活しないんだ?。もうすべての骨の化石を集めたんだぞ。」

 誰も聞いていない谷に、俺の叫びが響き渡る。

「グー、集めるべきものは集めたんでしょ。でも天の息吹が吹き込まれないと…。」

 リサのなだめるような思念が広がる。俺が誤解しているというのだろうか。確かにここは預言された谷。何が足りないのか。

「なんでだよ。帝国では多くの復活がなされているじゃないか。どうして、ここでは復活がなされないんだ?。」

 ここは、秋の冷たく乾ききったエゼキエルの谷。目の前には無数の砂の山。これらはペットだった魑魅魍魎や異類異形たちが、愛する主人のために久遠の時を重ねて集めた細かい骨の化石の山。それぞれが数千回も拾い集める旅の末に、これだけの山を築いている。しかし、まだ時はきていないのか・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 俺の名はグー。喉を鳴らす音から、飼い主のリサが名付けてくれたもの。俺は太古の昔に死んだ飼い主リサの化石を探している。

 リサや多くの人間たちの骨は、太古の墓から投げ出され、あるいは水に流されて化石、そして塵となった。彼等のペットたちは、いつのころからか久遠の時を重ね、魑魅魍魎異類異形となって彼等からの愛を思い出した。こうして俺たち元ペットは、飼い主を思い出しては飛揚跳梁し、化石の砂を探している。

 その人間たちの骨の化石は、地球上の山々の地層に含まれていることがある。太古の人間達は、傲慢な多くが大陸の間で行われた大戦で多くが愚かな死に方をした。ただし、弱い者達は、砂の中に、島々の上に、悲しい死をむかえたという。そんな弱い人間たちの太古の地層が、褶曲した山々とともに現れている。その褶曲は、太古のインドネシアからインド亜大陸に及んだ星降りによって生じたという。ペルシャから欧州、アフリカは近くに大きくひずみを受け、瞬時に山々は動かされた。その災厄は衝撃波と津波によって、その大陸の全人類を滅ぼしたという。


 二か月前、俺は、ポントスアルプスの山間にいた。そこには、褶曲して地表に露出した地層の中に太古の飼い主リサの骨のかけらが散らばっている。俺は、数千回もその一帯を訪れ、探し回ってはリサの骨の化石を集め続けている。

 巨大化した夏の太陽が、いつもリサの骨の一部、塵のような骨の化石を光らせる。

「グルルル。やっぱりあった。」

 俺は満足だった。喉が鳴る。

「次は、あの下だ。」

 また近くの隆起した地層の間に、リサの体の化石を見つけた。もう、ほとんど集めているのだが、未だ胸骨の化石だけが見つかっていない。

「リサ、あったよ。あんたの骨の化石の残りが……。でも、まだまだかな。」

 独り言というより、祈りに近い。俺の近くにいると感じられるリサに聞こえているだろうか。


 二か月後の今、俺はユーフラテス川づたいに下り、ヘルモン山のふもとエゼキエルの谷に来ている。寒い秋風が吹き抜けゆく茶色く不毛な谷。両側の青い稜線の上に白い氷河が輝く。草木のない枯れた荒地の向こうを、大型のヤギ達が通る。谷一帯にはアリ塚のような無数の砂の山。それらはペットだった異類異形達が拾い集めた化石の山々だ。


 ポンティクの山地に行ってから、この谷に戻ってくる往復の行程に約四ヶ月かかっていた。

「よかった。未だ崩れていない。」

 俺はある砂山の周りに、持ってきた砂の化石を置いた。もう数千回もそうして積み上げてきた。この砂山が崩れたことはない。此処はそれほど静かな谷だった。

 砂山を積み上げるだけで飼い主のリサが甦るわけではないだろう。リサの存在を感じながら、かすかなリサの姿を重ねて、砂を整えてみる。しかし、それでも何も起こらない。雲が湧き、霧が立ち込め、寒さが増してきた。何かが起こるのか。愚かな俺の脳味噌では、なんとなくそんなことを思うだけだった。

「リサ、さあ、復活の時じゃないのかい?。」


 静かになった。何も起こらない。ここまで用意しても、まだ足らないのだろうか。何が足りないのか。祈りか、反省か、詠唱か、犠牲か。それとも、かつての人間たちや帝国の奴らが言うように七の七十七倍の仇を討たなければならないのだろうか。

 やはりまだ条件が揃っていない。

「帝国内では多くの復活がなされているのに…。なぜだ?」

 リサは無言のまま答えない。とにかく、まだ復活の時が来ていないのだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 リサの一家は、街の男たちに魔女の私生児として糾弾され、囚われていた。『危ないから、さあ帰りな』と言われて日干し煉瓦の牢の外に出されたのが、彼女との別れだった。次の日、その家族らは逃げ出したのだが、リサだけが逃げ遅れた。男たちはリサへの蔑みの上に憎しみを重ねた。

「お前みたいな魔女の、しかも不倫の上の私生児に、その家族に、俺たちがこんな目にあわされるとは。」

「私の母が何をしたというの?。私の母はただ貴方たちに尽くして来ただけではないの?。この言葉で媚びてあげたのに、手を握らせてあげたのに。」

「この生娘、手を握らせることが女の売り物だとよ。何にも知らされてねえみてえだぜ。俺が教えてやるよ。」

「どうせ不潔なことでしょ。そんな事を私の母みたいな無力な女に強いて来たんでしょ。その貴方たちが私たちを告発するの?。私達が全ての悪の元凶だと言うの?。」

「うるさい。この娘をすぐに黙らせよう。俺たちを悪者だと主張し始める前に。」

 男達の連れ合いや家族の女たちにバレる前に、勿論裁判などという公正な裁きの場などを避けるために、男たちはか弱い少女のリサを石で撃ち殺してしまった。俺が駆けつけた時、リサはボロ切れのように街の広場の処刑場にすてられていた。

「リサ!」

 俺の言葉にならない声は、喧嘩をする雄猫の雄叫びのように広場に反響した。コソコソとやって来たリサの母親が、リサを瓦礫から掘り出した。家族はみな復讐の怒号をあげた。

「あいつらが。」

「あいつらだ。」

「死を、死を。」

 それ以前の猫の俺は、愚かな野良猫になるはずだった。リサを忘れて目の前の獲物を追う、そのひぐらしの雄猫になり果てるはずだった。その俺に、人間たちは憎しみと敵意の言葉を教えた。人間たちの深い所に巣食う復讐の念。彼等は互いに怨讐を忘れず積み重ねていく……。七の七十七倍まで…。そして彼らは滅びた。今では既に人間は死に絶えた。リサも、仇と目された人間も、その子孫さえも、どこにもいない。

 それを受け継いだのは俺だった。俺は、リサへの思いとともに憎しみと敵意を理解した。それが、敵と感じた者は全て復讐すべき滅すべき相手と覚えて、ルシファーの下へと走った。多くの亡霊たちや魑魅魍魎たちとともに。彼の魔力の下に俺は猫又となり、一万年の年月を重ねていた。猫の怨念は尾を二又に分け、それにより走る力、相手の急所に瞬時に食らいつく力も得た。

 しかし、復讐と憎しみの渦の中に、リサに報いるべき手段はなく、リサへの道はなかった。やがて、俺は多くの亡霊たちや魑魅魍魎たちの中で孤独を覚え、ひとり地の底で嘆くことが多くなった。その地の底でリサを恋焦がれ待ち続けた。天への思い、飼い主リサへの思い。孤独な俺にはそれが全てだった。


 いつしか、地の支配域と天との間の仕切りに裂け目ができ、天の息吹が俺に吹き付けた。二つの息吹は、一つは聖なる風、もう一つはリサだった。そこまでは悟ることができた。しかし、愚か者の俺には風たちが語ることが理解できなかった。

「これほど愚かだとは……。先ほどリサのたっての願いゆえ、貴方にこの知恵を与えたのだが、それでもほとんど理解できていない。」

「俺、聡くなりましたよ。今の言葉が分かるから。言葉の先には相手がいることもわかる。生きている間は死という限界があり、その向こうには何があるかもわからないことも。つまりは、俺に知恵をくれたんだろ?。」

「貴方にはそもそも情念しかない。リサを思う一心しかない。言葉と相手が存在することを理解できたのは、今与えた知恵によるものだよ。」

「はあ。」

「仕方ない。」

 彼らは、こいつはどう知恵を得て頑張っても愚か者のままだ、と思ったのだろう。噛んで含めるように俺に説明をし出した。

「今までの貴方の力は、尾が二又に分かれていることに由来する。それは走る力、瞬時に相手の急所に食らいつく力。それは魑魅魍魎となって得た妖力にすぎぬもの。それは儚いもの。それに対して、ここにリサが来ている。未婚のまま死んだ乙女ゆえ、貴方の傍に漂雲する。これからはリサが言葉を貴方に与えるようになる。慈愛と正義を証する言葉だ。それ故にある時は言葉は剣となって貴方の前に現れる。その言葉のやり取りの向こうにリサがいる。貴方は手を伸ばして詠歌を奏でなさい。そうすれば口から出る言葉は思いであり、それが剣となって空をゆがめ、空を弾き、空を凝集し、空を散ずる。ただ、力によってはならない。慈愛の言葉由来の剣ゆえ、言葉の相手を理解する高い知を持って詠歌を奏でなければ鋭くならない。たとえ、リサが離れたとしても、この力は天があなたに与えたものだから、取り去られることはない。」

「一つ疑問があるのですが。愚かな俺になぜこのような恵みを?。」

「そうだな。魑魅魍魎の中で一番愚かで一番熱心だったからだろう。天主による選びであり、私が選んだわけではない。」

 この時に、俺は忍耐と考察というものを学んだ。考察は懐疑となり、この宮殿における互いの敵意と牽制とを前提にした相互関係、力による対抗関係に疑問を持った。


「お前、ルシファー様の宮殿で、俺たちの中にいながら、何を考えているんだ?。」

 周りの魑魅魍魎や龍たちは、目ざとかった。彼らの奸智は俺の変節を見逃さなかった。やがて招来した孤立と迫害。それは人間でいえばいじめに通じるものだった。

「おめえのいる場所なんざ、ここにはねえよ。」

「下に行って、俺たちの残飯でも掃除しておけよ。」

 小さな嘲笑と罵倒が続いた。見上げるような大きさの羅刹や龍たち,悪鬼たちが、俺を囲むようにして俺を嘲笑し、罵倒し、ついには集団で袋叩きにした。ルシファー宮殿では力による牽制はあっても力で対抗できなければ、一方的に虐げられるだけだった。

 俺は泣いた。泣き虫だった。所詮雄猫は甘えん坊なのだ。

 しかし、俺は屈辱と復讐の思いをたぎらせた。だてに尾が二又に分かれているわけではなかった。

「俺だって、力はあるぜ。」

 そういうと、尾に由来する力の通り、目の前にいた虚龍と呼ばれる龍の喉に食らいついた。しかし、次の瞬間に、ほかの龍たちが俺を火だるまにし、俺は苦しさの叫びとともにのたうち回った。多勢に無勢では到底かなわなかった。虚龍の尾を黒焦げにしたのは彼らだったはずなのだが、それも俺のせいにして、彼らは袋叩きを止めなかった。俺はルシファー宮殿の地下深くの底に落ちていくしかなかった。


「義のために迫害されるものは幸いである。」

 そんな伝説の言葉が俺をとらえた。果たして、俺のような愚か者に関係ある言葉だろうか。確かに天の息吹は俺に届いた。だが、俺の愚かさがそれを台無しにしている。

 それでも、地下深いところで気づくことがあった。心を静めると、ずっと会えなかったはずのリサを感じることができるようになった。言葉や思いによって感じようとしない限り、彼女が俺の横にいるかどうかはわからない。言葉を交わし感じようとしたときにのみ、居るか居ないかがはっきりわかる。話すことも触ることもできない、声も音も聞こえないのに、彼女は確かに俺の横にいた。


 それが分かってから、俺の中に相手との間に理解しあいたいという思いが強くなった。理解しあうという態度はルシファー宮殿にいる奴らにとって抹殺すべき異質なものだった。こうして、俺はルシファー宮殿の奴らから叩き出された。それが俺を直立歩行へと駆り立て、亜人となった。俺は直立歩行になっては手で小細工をなし、猫の姿になっては高速で逃げだした。煙に巻かれたように、だれ一人ルシファー宮殿から追ってくるものはいなかった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 地上は、かつての争いの地から、相互牽制の秩序をもって地上を支配する帝国の時代になっていた。「千年帝国」とバンパイアたちは彼らの国を呼んだ。彼らは、彼らの中から派生した亜人の誕生を「人間の復活」と呼び、魑魅魍魎たちの争いを皇帝の超越した声と力とによって鎮めた。

 だが、リサはまだ復活に至っていない。なぜなのか。今の帝国の秩序がリサの復活の妨げになっているように思えた。思えば、飼い主のリサには誰をも俺をもいつも受け入れるなにかがあった。まるで体じゅうから外へ滲み出ているなにかだった。


 亜人といっても、俺はバンパイアから派生した亜人よりも愚かだ。相互牽制どころか、いまだにリサへの思いとともに俺は憎しみと敵意が消えないそれが体の背中を渦巻く。それでも今の帝国が是とする敵意に基づく相互牽制には、賛成できない。

「本当は、帝国のいう相互牽制なんかで新しい世界が建設されるはずがない。帝国が本当の復活を邪魔しているのだろうか。」

 そう思う愚かな俺の心の中に、リサのなだめるような感情が流れ込んできた。帝国に対して俺が持ち始めた疑念を、彼女は理解しているのだろうか。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ふと我に返ると、谷は闇に包まれつつあった。砂山は崩れる気配はない。今までもこれからもそうだろう。俺は後ろを振り返りながら谷を後にした。

「復活に至っていないのは、なにかが足りないからだ。何かはわからないが。いま探しに行こう。」


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