第6話 抱擁
翌日の朝。
俺はベッドで布団を被っていた。
うざったい陽射しが朝を知らせる。
朝に弱い俺は、いつまでもベッドに潜っている。
しかし今日に限っては、理由はそれだけでは無かった。
「一華……」
昨日ことは今でも鮮明に思い出せる。
あの悲しそうな顔。
友人だと思っていたのは俺だけだったのか。
「どうしてだよ……」
わからない。
俺に気に入らない所があれば、一華は直ぐに言ってくれるのに。
そんな関係だから、とっくに友人だと思っていた。
今までだって言い合いや、軽い喧嘩などは多々あった。
つい最近は、目玉焼きは胡椒か醤油かの言い争いが記憶に新しい。
一番大きな喧嘩は日を跨いで続いた。
あの時はお互い譲らず、授業終了後直ぐに言い合った。
最後は俺が折れて、幕を閉じたんだったな。
そんな気を使わない、遠慮の無い関係がとても気に入っていた。
だから気づかなかった。
――一華が俺を友人とすら思っていないなんて。
「お兄ちゃん、朝ごはん出来たよ?」
薄暗い部屋に聞きなれた声が入ってきた。
見なくても分かる。
妹の声だ。
「まだ昨日の事忘れられないの?」
「百合に何が分かるんだよ……」
「お兄ちゃんの事はよく知ってるよ」
被っている布団を剥がされ妹と目があった。
優しい。
とても優しい目をしている。
「あんな女の子の事は忘れなよ」
「……本当に一華は俺の事を何とも思ってなかったのか?」
その質問に妹は目を伏せた。
俺の気持ちを理解しているのか、ゆっくりと言葉を選んでいる。
「友人としては見てなかったね」
「そうか……」
その言葉を聞いて少し諦めがついた。
そうさ。
今更何を考えた所で、現実は変わらない。
一華の気持ちは変わらないんだ。
この一年と数ヶ月。
一華と共にいて俺は楽しかった。
最初はぎこちない話し方だったが、次第に名前で呼ぶほどの仲になった。
学校の行事でグループを作る時だっていつも一緒だった。
何をするにも一緒で、どんな時も側にいてくれた。
それがとても温かくて、とても嬉しくて。
とても幸せに感じていた。
「お兄ちゃん、好きだったんだね。あの人のこと」
「!」
その言葉を聞いて漸く理解した。
俺が一華に抱いていた感情の正体。
――恋。
知人よりも上。
クラスメイトよりも上。
友人よりも上の関係。
そんな関係に一華となりたかった。
そうか。
俺は一華に恋をしていたのか。
全てを理解した途端に涙が出てきた。
俺の意思とは無関係にどんどん溢れてくる。
「俺、フラれたんだな……」
涙が止まらない。
こんな歳にもなって、妹の前で泣きっ面を見せている。
兄としての威厳もない。
「大丈夫だよ」
「!」
そんな俺を妹は優しく抱擁してきた。
泣き噦る息子をあやす母親の様に。
「お兄ちゃんには私がいるからね」
「百合……」
頭を抱かれ、優しく撫でる妹に安心させられる。
狭い空間にいる時の感覚。
壁を背にしている時のあの感覚。
それにとても近い。
信用できるものに守られている感覚だ。
「あんな奴――忘れちゃいなよ」
「でも……」
「どうせ転校するんだよ?」
そうだ。
来週には転校する。
こういったことは今まで何回もある。
親の転勤で転校。
俺みたいな人間はいると思うが、回数が比じゃない。
年一で行われている。
「結局残されるのはいつも私たちでしょ」
「……」
「でも私は裏切らない。お兄ちゃんも裏切らないしね?」
「はは、確かにな」
疲れているのか乾いた笑いが出た。
普通の人間なら、妹が言っていることに恐怖するだろう。
今の俺はそんな考えに至らない。
それだけ昨日の件が効いているという事だ。
「疲れたでしょ?」
「色々な」
普段の妹とは思えない程に、今日は優しい言葉をかけてくれる。
それが今はとても癒された。
「朝ごはんはいいから、もう少し寝なよ」
「ああ、ごめんな」
枕に頭を乗せて目を瞑る。
暗闇の中、俺の頭を優しく撫でる感覚がある。
その温かさに触れ、再び意識を暗闇に手放した。




