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第一話 プロローグ 黒百合

『お兄ちゃん、今から私の部屋に来て?』


 休日の昼下がりに俺、黒川睡蓮くろかわすいれんに一件のメールが届いた。

 相手は妹――黒川百合くろかわゆりで、俺はそのメールを確認後、今日は自室から出ない事を決める。


 普段の妹は特別人と関わらず、必要最低限の接触しかしない。

 しかし俺が関与する事に対しては、積極的になるが――とても冷酷で無慈悲になる。


 しかしその可愛らしい容姿のお陰か、皆は百合の本当の顔を未だ知らずにいた。


「お兄ちゃん、なんで来てくれないのー?」


 閉じ篭る事を決めて数秒後、ドアの向こうから手を伸ばしてしまいそうなほどの可愛らしい声音が俺に尋ねてくる。

 しかしそれには脅迫の様な圧力も乗っていた。


「ご、ごめん百合。今行こうとしていたんだ」

「そうなんだ、迎えは要らなかったみたいだね――じゃあ待ってるから」


 最後の一言がとても冷たかったが、声の主は部屋へと戻って行く。

 身体の芯から凍える錯覚を起こすあの声音から、今すぐにでも逃げたいという感情が溢れ出した。


 しかし向かうと言ってしまった以上行かなければならない。

 俺は意を決して妹の部屋に向かう。


「いらっしゃい、お兄ちゃん」

「ごめんな、待たせた」


 妹の部屋は白が主体で、とても清潔な雰囲気を醸し出している。

 しかしその穢れが一切無い部屋が――俺の目には不気味に映った。


 そんな部屋の中心で、手を後ろで交差して立っている少女が目に入る。


 大きな瞳が特徴的なその童顔は、全ての男を魅了する程に愛らしい。

 しかしウェーブが掛かっているボブヘアーが、上品でお淑やかさを表現している。


 大人っぽさと幼さが上手く同居した、完璧な存在がそこにいた。


「お兄ちゃん、来てもらって早々悪いんだけど後ろを向いてくれるかな?」


 片手で髪をくるくると指で弄り、頬を赤らめて恥ずかしそうに俺を見てくる。

 その反応に俺は違和感を持った。


 普段はあまり部屋に呼び出さない妹が、今日に限って呼び出した。

 しかしそれだけでは判断出来ない。

 もう一つ何か無いかと探すとあることに気づいた。


 あの後ろに回している『両手』だ。

 先程から何かを隠すような動きが伺える。

 背後に何を隠しているんだ。


「……何をするんだ?」

「どうして?」


 たった一言の後、妹の瞳から光が消えた。

 黒い瞳が深淵まで闇に染まり、周囲の光を吸収しているように映った。


 その闇が背後から漏れ出し、手のような形を作る。

 それはゆっくりとこちらに近づき、俺の首元を優しく締め付ける。


「どうして?」

「がは……」

「どうして?」


 闇の手が現れてからは、妹は壊れた機械の様にただ同じ言葉を繰り返す。


 回数を重ねるごとに締め付けが強くなり、息苦しくなる。

 闇の手を引き剥がそうにも、実態が無いので引き剥がせない。


「どうして」

「わかった……から……」


 俺の声を聞いた途端、闇の手はゆっくりと妹の影に消えて行く。



「げほっ……げほ!」

「ホントによかった――お兄ちゃんが物分りが良くて」

「はあ……はぁ」

「じゃあ後ろを向いて?」


 呼吸をするのに必死な俺を他所に、妹は嬉しそうな顔をして冷たい言葉を放つ。

 結局背後の物を知らぬまま、指示通り回れ右をする。


「これでいいか?」

「うん、おっけーだよ」


 その愛らしい声に魅了されるが、はやく部屋に戻りたいという欲求で心が埋め尽くされる。


 そして首元に――見たことのない首飾りが現れた。

 それが完全に嵌った瞬間、妹は大いに喜んでいた。


「よしっ、終わりだよお兄ちゃん!」

「これを俺に付けたかったのか?」


 見た感じチョーカーの様なアクセサリーに見えるが、少し重めに造られている様だ。


「うん、これでお兄ちゃんは私がいないと()()()()()()身体になったね」

「……は?」


 その短い言葉に俺は唖然した。

 必死にその言葉を理解しようとするが、妹は懇切丁寧に説明し始めた。


「今の設定は……『主人から数メートル離れると立ってられない程の苦痛で、意識が朦朧とする』かな」

「なにを……」

「これは後からでも変更ができるみたいだね、まあ基本はこれで行くけど」


 その華奢な腕についている時計型の機械を確認しながら俺に教えてくる。

 俺は困惑した。


 それはつまり行動がかなり制御され、妹と居なければ満足に生活できないという事。

 そんな中、自由を求めるのなら妹の監視下にいなければならない。


 限定的な自由を『自由』と呼んで良いのか分からない。

 これは最早リードを付けた飼い犬の扱いに近いだろう。


 主人から離れぬようにと、リードを首に付けられ散歩する。

 しかし俺の場合は家に戻ってもリードを付けられたままで、偽りの自由すらない。

 青くなった俺に対して、妹は笑顔を向けてくる。


「心配しなくても、身の回りの事は全部私がしてあげる――だからお兄ちゃんは私から離れないでね?」


 恍惚し、悶え、妹は自身の世界に入ってしまった。

 俺は恐怖心が限界を迎えて自室に走り出した。


「お兄ちゃん、危ないよ?」


 背後から声をかけられたが、そんな事を気にせず向かう。

 ただその場から離れたい。

 そう思い駆け出した。


 しかし自室のドア前に着いた途端、自立出来ぬほどの苦痛に襲われ膝をついてしまった。


「はぁ……はぁ」

「危ないって忠告したでしょ?」


 ゆっくりと俺に妹が近付いてくる。

 すると首元の痛みが無くなり出した。


 この首輪のある間は、俺は妹から離れられない事を身をもって理解した。

 何故こんな人道に反する事が出来るのか……。


「……どうしてこんな首輪をつけたんだ?」

「お兄ちゃんと一緒に居たかったから?」

「だからってこんなの……最早奴隷じゃないか!」


 これは飼犬ではなく奴隷だ。

 自身の人生が決まっていて、ただ主人に従い、そして生涯を終える。

 そういった『呪い』を妹は俺に掛けたのだ。


 声を荒げて妹に怒鳴ると、妹は目を細めて口元を酷く歪めた。


「だってお兄ちゃんが大好きだから」

「……は?」

「他に理由がいるかな?」


 訳がわからなかった。

 好きな人を拘束する奴の気持ちなど、常人の俺には理解できない。

 俺は床に膝をついたまま、思考を停止してしまった。


「そんな所にいたら風邪引くよ?」

「……ほっといてくれ」


 今は何も考えたくない。

 このまま消えて無くなりたい気分だった。


「仕方ないなぁー」


 四つん這いの俺の横に、妹がしゃがみこんで来た。


「もしお兄ちゃんが私のことを愛してくれたら、それを外してあげるよ?」


 その言葉で俺は妹の顔を見る。

 首輪の無い生活をするか、一生奴隷でいるか。

 二つの選択肢が現れた。


 その答えはとっくに出ている。

 首輪がない人生を送りたいに決まっている。

 しかしこんな事をする奴を、愛すことなど出来るはずがない。


 俺は進む道が見えているにも関わらず、その道を進めないでいた。




 黒百合の花言葉は『恋』『愛』そして『呪い』

 百合には全て当てはまるだろう。

 しかし前半二つが歪んでしまい、本来の意味ではないものとなっていた。







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