レベル上げたら弱くなって魔王戦
「《メテオライトバスター》っ!」
渾身のスキルが炸裂すると同時、5m級の巨大ゴーレムがあっさりと地に沈んだ。
崩れゆく瓦礫を眺めて、思わず落胆。最後のボス戦だと期待していたのに、手応えがまるで粘土細工だった。……ちょっと強くなりすぎたな、俺。
戦闘終了。辺りに静けさが戻ると、岩陰から仲間達がコソコソ顔を出す。
「ほぇ~、すっごーい……。相変わらずカイトの戦闘力ってバケモノよねぇ」
「最難関ダンジョンのボスを一撃って……。あんなのチートだろチート」
「俺は努力で強くなったんだ。不正呼ばわりすんな」
愛剣を背中に収めつつ、仲間の一人、アキラを睨む。アキラは「わりぃわりぃ」なんてへこへこ謝ってきた。……本当に悪いと思ってんのか?
「てか二人とも、いつまでそこに隠れてんだ? もう周囲に敵はいねえだろ」
「そうは言ってもよ……」
「カイトと違って、私達のレベルは人間並みなのよ? ここは魔窟の最奥。一瞬の油断が命取りなんだから」
そう言ってもう一人の仲間、アヤネが首をひっこめる。
二人のレベルはまだ低い。俺が人外並みかはさておき、確かに二人だけじゃ、このダンジョンの敵相手に10秒と持たないのは明白だ。
「だったら、何でここまでついてきたんだよ?」
「えへへ……だってさぁ」
「俺達、友達だろ?」
「その顔……ドロップアイテム狙いか」
盛大に嘆息する俺。やはり連れてくるべきじゃなかったな……。今更ながら後悔する。
このゲームまがいの異世界に飛ばされて以来、俺達三人はずっとパーティを組んできた。だが今や戦闘を行うのは俺一人だけ。二人とのレベル差も日に日に開き。いまや彼らの役目といえば、気休め以下のサポート魔法と荷物持ち程度だ。
それでも二人の同行を未だ許しているのは……、まあ単なる馴れ合いだな。
魔物が一向に現れないのを見て、どうやら安全だと判断したのだろう。二人はきょろきょろしながらも、岩陰から出てきた。
「ふぃ~コワかったぁ。やっぱダンジョン内のスリルは格別だよな」
「おまえ何もしてねえのによく言うな」
「まあまあ。それより見てカイト。ゴーレムの中から宝玉が出たわよ」
「はぁ……ったく」
俺は崩れたゴーレムの瓦礫を登ると、中央で光る宝玉を拾い上げた。
これは魔王戦への鍵となる重要なアイテム。そしてたった今、それが5個すべて集まった。あとは魔王との直接対決を残すのみだ。
とそのとき、頭上からファンファーレのような効果音が鳴り響いた。どうやら先の戦闘でレベルアップしたらしい。
「おいおい……。おまえまだレベル上がる余地あったのかよ……」
「そういえばカイトのレベル、これでいくつになったの?」
「257」
「ゲェェ、いつの間に……。俺らの10倍以上あんじゃん」
「むしろ何でおまえらはそんな低レベルなんだよ」
ちなみに街のうわさを聞く限り、魔王のレベルは70前後らしい。
それでこの世界を支配する凶悪存在と恐れられているのだから……俺の破格っぷりがよく分かる。
「おい、てことはステータス値は? まさかの全能力値一万越えとかあるんじゃね?」
「んなもんとっくに超えてるよ。ええと、ちょっと待ってくれ」
アキラに促され、俺はステータスウィンドウを呼び出してみた。
この世界では個人の能力値はすべてレベルと紐づけされている。つまりどんな幼子でも、レベルさえ高ければ低レベルの大人は力で勝てないってことだ。つくづくゲームっぽい世界観だが、ここへ来てもう2年は経つ。今更もう慣れた。
さてさて、今回はどれだけ成長したかな。俺も少し気になってたところで――
『名前:カイト 職業:《ソードマスター》 レベル:1
HP 24/24 MP 7/7
攻撃力 1
防御力 2
魔術力 0
魔法防御 1
素早さ 2
幸運 1 』
「「「………………ん?」」」
…………あれ? なんだこの数値?
確か戦闘前に確認したときは、軒並み10000は超えてたよな? HPに至っては12万いくつかだったはず。なのに、どゆこと? レベル1って、え……?
「…………おい、これって……」
まさか……っ! 俺はこのとき、一つの可能性に思い至った。
この世界はシステムから世界観まで、すべてゲームを模倣している。
ゲーム、つまりはプログラムの世界だ。
そして戦闘前の俺のレベルは、256。
その数字にピンときた。これは、ゲームではごく稀にある初歩的なバグ。
すなわち、
「……オーバーフローしてるッ!!」
「な、なんだとっ!!?」
「え? ち、ちょっと、どういうこと?」
どうやらアキラには事の重大さが伝わったようだ。目を驚愕で見開いて、冷や汗をだらだら流している。
だが一方、アヤネはイマイチピンと来ていない様子。彼女は日本にいた頃からゲームやコンピュータに疎かったからな。
俺は震える声のまま、アヤネに説明する。
「……ゲームの世界だとさ、大抵の場合、レベルとかに一定の上限値が設けられているんだよ。今回の場合だと、どんなに頑張ってもレベル256より上にはならない、みたいに」
「え、それじゃあ、普通256で頭打ちになるんじゃ……」
「普通は、な。でも稀にあるんだよ。……上限を超えたら、0に戻ってカウントし直す仕様のクソゲーってやつがさ!」
「な、何よそれッ!!?」
今度はアヤネの絶叫がダンジョンに鳴り響く。
もうこうなったら収拾がつかない。
俺達3人は一気にパニック状態に陥った!
「どうすんのよこれ! カイトが弱くちゃもう私達の冒険成り立たないじゃない!」
「知らねえよ! つーかおまえらがレベル上げサボってたのがいけないんだろ!」
「てかこれ魔王戦どうすんだ!? 主力が消えてどうやって戦えってんだよ!」
「魔王なんてどうでもいいでしょ! それより帰還は!? これじゃダンジョンからも帰れないじゃん!」
「帰りくらいおまえらが何とかしろ! テメエら俺に頼りすぎだ!」
「はあ!? そもそもカイトのレベルが原因でしょ! 帰りも責任とってよ!」
「レベル上げただけで責められるとか理不尽過ぎんだろボケが!」
「まてまて一旦落ち着け! 落ち着けっておまえらぁっ!」
ぜぇ、ぜぇ、と息を荒げつつも、アキラの仲介で何とか場が収まる。
もう、いくら暴れてもレベルは元に戻らない。あまりに残酷な事実に、アヤネが頭を抱えうずくまる。
「どうしよう……。私達、これからどうなっちゃうの……?」
「とりあえず、このダンジョンから出る方法を考えよう」
「無理よ……! 今の私達じゃ、ザコ一匹倒せないのに、どうやって……」
アヤネの声は震えていた。……いや、泣きたいのは俺の方なんだけどね! これまでの努力が全部パァだし。帰れるかの心配もそうだけど、正直今はそっちが悲しい。
しかしそんな中、アキラだけは冷静だった。
「……帰る方法ならあるぜ」
「「え?」」
「ほらこれ。……正直、使い道ないと思ってたけど、売らなくてよかった」
そう言ってアキラが取り出したのは、魔術石だった。
魔術石。それは魔術の込められた宝石型のアイテムで、一回限りだがMPを消費せずに魔法を使うことができる。
「これは……《テレポート》の魔術ね!?」
「ああ。これがあればダンジョンから街まで飛べる」
「で、でかしたぞアキラ! ようやくおまえも役立つときが来たな!」
「ようやくは余計だ。……否定できねえけど」
ともかく、これで街まで帰れれば一安心だ。根本的な解決には至ってないが、……まあ今はよしとしよう。
生きて帰れりゃ儲けモン。また一から頑張ればいいだけさ。
とりあえずはそうポジティブに考えておく。
アキラはさっそく《テレポート》を使おうと、魔術石を掲げた。
……が、そこで動きを止める。
「……なあカイト」
「どうした!? まさか……何か不都合でも」
「いやそうじゃなくて。……なんかその宝玉、光ってね?」
言われて手元を見ると、先程ゴーレムから得た宝玉が確かに輝いていた。
しかも心なしか、徐々に光の強度が増していく……。
「……いや、それよりまずは帰還が先だ!」
「お、おう、そうだったな! すまんすま――うおぁっ!?」
次の瞬間、アキラの懐から光る宝玉が飛び出した。
続いて俺やアヤネの懐からも。それらは俺達が以前別の場所で集めた宝玉で。気づけば5つ全ての宝玉が、宙に浮かんでいた。
5つの宝玉は円を描き、共鳴するように輝きを強める。
そして何処からともなく、声も聞こえてきた。
『よくぞ5つすべての宝玉を集めたな、勇敢なる冒険者たちよ。我輩は魔王。この世界を支配する、偉大なる魔族の王なり!』
「……おい、なんかこれ強制イベント始まってね?」
「ナニナニ、何が起きてるの!? ねえカイト? アキラっ!?」
「待て待て待て待て! これってまさか……っ!」
イヤな予感が加速する。
だが魔王と名乗ったものの声は止まらない。
『これより、冒険者諸君を我が戦場へと招待してやろう。貴様らの力、我輩が試してくれようぞ!』
「な、なんだ!? 魔法陣が……魔法陣が足元にっ!?」
「あれ? ちょっと動けないんだけど!? この魔法って……!」
「…………転移魔法だ!」
てことは……まさか、このまま魔王戦に突入するのか!?
ダンジョンすらまともに攻略できない二人と。
オーバーフローで最弱化した俺の三人だけで!?
「うそでしょ!? 絶対勝てるわけないじゃない!」
「ちょ! 無理無理無理無理無理っ! 死ぬっ! 死ぬってこれマジでっ!」
「おいここはゲームの世界なんだろ!? なら一度街で戦いの準備させろよ! それが無理なら、せめてセーブくらいさせろぉっ!」
『では最後の戦いを始めよう! 準備はよろしいかな、冒険者たちよ!』
「「「よろしくないですぅぅぅっ!!」」」
直後、一層の輝きを放った宝玉を前に、
俺達は成すすべなく、光に飲み込まれた。
***
視界が開けたとき、そこは広大な空間だった。
ただし普通の大地ではない。紫色にゆがむ世界が、はるか地平線の向こうまで続いている。
そして目の前には、見上げるほどに巨大な悪魔の姿。
魔王である。
『ククク、冒険者たちよ、魔界へようこそ。ここは貴様らと我輩のためだけの戦場。思う存分暴れさせてもらうぞ』
「あわわわわ、ど~しよ~……。ホントにホントに魔王戦じゃない……」
「しかもこれ、絶対特殊な結界張られてるよな……。おいアキラ、《テレポート》の魔法は?」
「ち、ちょっと待て。いま試す」
アキラは魔術石を掲げると「テレポートっ!」と叫んだ。
しかし何も起こらない。起こる気配がない。
「ダメだ。やっぱりこのエリア、脱出魔法が封じられてる」
「えええっ!? ちょっとどうすんのよ!」
「どうするも何も……」
戦うしかない。
逃げる道も方法も断たれたのだから。
万に一つも勝てないと分かっていても、選択肢が他にない。
「何とかならねえのかカイト! おまえめちゃくちゃ強力なスキルとかいっぱい持ってるじゃねえか!」
「MPが足りねえよバカ。覚えてるだけじゃ何の意味もねえ」
「で、でもほら! カイトの剣ってすごいレアな武器なんでしょ!? レベル低くても、武器の力で何とか倒せたりしない?」
「逆に聞くが赤子並みの筋力値で魔剣が扱えると思うか?」
『……どうした冒険者たちよ? 来ないのなら、我輩から行かせてもらうぞ!』
そう言うと魔王は邪悪なオーラを纏い、何かを呟き始めた。
これは……明らかに攻撃魔法のモーション!
「クソッ! 何としてでも止めるぞ! アキラ、アヤネっ!」
「無茶言うなよ! 一体どうやって!?」
「分かんねえけど、とにかく攻撃だ! アヤネは援護を頼むっ!」
「わ、分かったわ!」
俺は腰からショートソードを抜いて構えると(背中の魔剣とは別物だ。そっちはレベル規制があって持てない)、魔王に向かって突撃した。
隣ではアキラもナイフを両手に走り、アヤネは魔法の詠唱を始める。
剣が重い。それでも、片手剣を両手で持って懸命に走る。
そして魔王の足元までたどり着くと、
「くらえぇぇっ!」
全身全霊を込めて叩き込んだ!
……それだけ。
特に何の手ごたえもない。強いて言うなら手がジンジンに痺れました。
まるでバットで岩壁を殴ったような感覚だ。
さすが攻撃力1! 非力ってレベルじゃねーぞ!
「はぁ、はぁ……! ダメだ、まったく効いてねえ!」
「私も無理! MP使い切ったけどビクともしないわ!」
全力を叩き込み、疲れ果てる俺達3人。
その様子を、魔王が嗜虐的に嗤う。
『クク……ならば次は我輩の番だ。圧倒的な力を喰らうがいいっ!』
魔王が両手を広げた、刹那、
爆音をあげて辺りを稲妻が迸った。
「全員伏せろぉぉオオっ!」
「うぉあああっ!」
「きゃぁああっ!」
まるで世界が崩れんばかりの轟音。雷撃。
運よく直撃は避けられたものの、俺は余波だけで吹き飛ばされ、ごっそりとHPが削れてしまった。
まったくかすりもしなかったのにこの有り様。さすがは防御力2!
「ィッテテ! ……ぅぐぅ!」
「だ、大丈夫カイト!?」
「おいしっかりしろリーダーっ!」
俺が何とか上体を起こすと、すぐさまアヤネとアキラが駆けつけてきた。
だが……差し出された手を、俺はあえて拒む。
「……俺のことは、いい。それよりも……早く、逃げ、ろ……」
「……何言ってやがる」
「今の俺達じゃ……挑むだけ無謀だ。せめて俺が、囮になって……」
正直、二人を巻き込んでしまったのは、俺が原因だ。
本来なら実力やクエスト難易度的にも、俺はソロ活動をすべきだった。だが二人についつい甘くなってしまい、同行を許した結果がこの有り様だ。責任を感じずにはいられない。
だったらせめて、二人の命だけでも。そう思っていたのだが、
「出来るわけないでしょッ!」
俺の言葉を、即座にアヤネが打ち消した。
彼女の顔は見たこともない程怒っていて。同時に少し悲しそうだった。
「これまで私達が、どれだけあなたに助けられたと思ってんの! これ以上あなたに守られるのなんて、ごめんだわ!」
「そうだぞカイト。一人だけカッコよく死のうとすんじゃねえ」
「絶対に3人、生きて帰る。異論は認めないわよ。いいわね!」
「…………ああ」
……ハハ、まいったね。まさかこんな形で仲間に助けられるとは。
今まで、戦っているのは俺一人だけだと思っていた。
だけど……それは間違っていたみたいだな。
『ほほぅ、面白いものを見せてくれるな冒険者たちよ。これが仲間の絆というやつかな?』
「……黙れよ魔王」
「へっ、笑うなら笑いやがれってんだ」
「そうよ。私達はあんたなんかに屈しないんだから!」
二人に肩を借りて何とか立ち上がると、俺は魔王を睨みつけた。
魔王は、とても愉快そうにゲラゲラと嗤う。
『クハハハハ! 面白い! 面白すぎるぞ貴様ら! ……どれ。ではそんな貴様らに、我輩からプレゼントだ』
そう言って魔王は指先を地面につける。すると強力な魔術が展開した。
『後ろを見てみよ』
魔王の言葉に振り向くと……少し離れたところに魔法陣が形成されていた。
その数は二つ。遠くからでは確認できないが、俺達がここへ転移されたときのものとよく似ている。
『ククク、見たところ貴様ら、我輩と闘えるだけの力を持っていないようだな。ならば今回ばかりは見逃してやる。その魔法陣に乗れ。人間界へ帰してやろう』
「「「な……!?」」」
『ただし、二人だけだ! さぁ……貴様らの絆とやら、ここで試させてもらおう!』
一体、何のつもりだ? 一人を犠牲に、あと二人は見逃してやるってか? 絆を試してやるとか言ったが……なるほど、タチが悪い。
しかし見逃してやるというのは、願ってもない申し出だ。ここで俺が犠牲になれば……。
……いや、ダメだ。さっき3人で生き残ると誓ったはずじゃないか! そんなこと言えば、むしろ二人に申し訳な――
「「んじゃカイト、あとよろしくな(ね)」」
「…………は?」
……おい、どういうつもりだ?
どうして二人とも、俺にさわやかな顔してサムズアップするんだ? しかも回れ右して、走りだ――
「ってちょっと待てやゴラァっ!」
――そうとしたところをダイビングキャッチ! 二人の裾を掴んで、全力で阻止する!
「テメエらぁっ! さっき3人で生きるとかほざいてたのは何処のドイツだおい!」
「だってあんときゃマジで帰れると思わなかったもんよ!」
「それにほら、カイトだって「俺にかまうな」的なこと言ってたし、いいじゃない!」
「アホか! 置いてけとは言ったが、ホントに置いてけとは言ってねえ!」
「どういうことだよ!?」
「お願い放して! 私達はまだ死にたくないの!」
納得いかねぇ! 結果だけ見れば俺が望んだ形だけどっ! 何故か納得いかねえっ!
というか筋力値が低いからか、二人が止まらない! 俺をずるずる引きずりながらも、二人は確実に前へと進む!
「大丈夫だ! カイトなら一人でもやれるって! 今までだってどんな困難も努力で乗り越えてきたじゃないか!」
「その努力がついさっきパァになったんだよバーカ!」
「カイト、今だから言うけど……私、進んで自己犠牲できるあなたが好きなの……!」
「うるせぇヒモ女予備軍! いま目薬差したの見えたぞ! ってちょ、待て! いやホント待って! 待ってくださいお願いしま――あっ」
気づいたときには、二人は両足をすっぽり魔法陣に乗せていた。
全身から血の気が引いていく。顔が一気に青ざめたのが分かった。
そして、魔法陣は突如輝きはじめ、俺を残して二人の姿が消えて……
……いくことはなかった。
何も起こらない。
数秒の沈黙。その後魔王が再び嗤いだした。
『クハハハハ、バカめぇ! ウソに決まっておろう!』
そのときのアキラとアヤネの顔といったら、それはそれはいい絶望っぷりだった。
俺は思わず二人を睨む。と、二人そろって気まずそうに視線を逸らしていた。
テメエら……! あとで覚えとけよマジで……!
『クックック! なんて面白いんだ貴様らは! ますます遊びたくなってきたぞ!』
にんまりと、下卑た笑顔を見せる魔王。
もう奴の視線に、明確な殺意は感じられない。
……だが安心できるかといえば、逆だ。むしろその表情は、良質なおもちゃを得た殺人鬼のようで。いかに嬲り殺してやろうかと、残酷な意志が垣間見える。
『我輩はな、貴様らのような冒険者の絶望した顔が大好物でな。もっともっと、いい表情を見せてもらうぞ』
「……何をする気だ?」
『さぁてな。クク……では手始めに、貴様らから魂の一部を奪い、パワーアップしてやろうか』
パワーアップ、だと……!
おい待て、今でさえ絶望的な戦力差なんだぞ? これ以上差を広げられたら、戦うにも逃げるにも、今よりさらに苦しくなる! それに魂の一部って……一体何を奪うつもりだ!?
『クハハハハ! そう! その顔だ! その絶望顔を我輩は欲しているのだ! ……では、さっそくいただくとするか!』
「や、やめ――」
やめろ、と叫ぼうとした直後。
魔王はどす黒い霧のような魔法を放つと、俺達3人を包み込んだ。
それだけで、俺達はがくりと膝をつく。
「な……何、これ……」
「力が……力が抜ける……っ」
隣で二人は、生気を絞り取られているような表情で呻いている。
そして俺の身体にも違和感が……。身体の中の見えない何かが、ガリガリと削られていくような感覚。
……だが、なぜだ?
不思議と、俺には二人のような脱力感は感じられない。いやむしろ、
と、ひとしきり正気を吸った黒い霧は、俺達を離れて魔王の元へゆらゆら飛んでいった。
そしてそれを魔王は、バクリ。
うまそうに飲み込むと、表情を愉悦に歪めた。
『フフ、驚いたか? こんな感覚は初めてであろう。そう、この力こそ、我輩が魔物の覇者として恐れられる由縁っ!』
魔王は、さぞ楽しそうに、ゲラゲラ嗤い声をあげながら、
自身の能力を高らかに語った。
『我輩は人のレベルを喰うのだっ! 貴様らのレベルは下がり、我輩のレベルは上がるっ! そうしてどんどん、どんどんと貴様らは衰え、我輩は力をつける! これがどれほど凶悪な力か、身をもって知るがいいっ!』
「ん?」
「え?」
「あ?」
流れが変わった気がした。
高笑いする魔王。だが対照的に、俺達は3人、顔を見合わせる。
レベルを、下げる? 今コイツ、俺らのレベルを下げるって言ったよな?
今の俺、オーバーフローしてレベル1なんだけど。もう下がる余地ないんだけど……これって、もしかして……。
「……なあ、カイトのレベル、戻ったんじゃね?」
アキラに指摘され、俺も気になってステータスウィンドウを開く。
そこに記された数値は、
『名前:カイト 職業:《ソードマスター》 レベル:256
HP 122059/122079 MP 56572/56572
攻撃力 81796
防御力 76904
魔術力 40329
魔法防御 518――――
「《メテオライトバスター》っっっ!!」
『ぐおおおおおおおっ!! バカなぁぁあああああっ!!』
俺はステータス値をすべて見る間もなく魔王に切りかかった。
そして一撃で決着。多少の手ごたえはあったが、たかが知れている。全くもって俺の敵ではなかった。
「ま、魔王ですら一撃って……」
「おまえ、マジ人間辞めてんな……」
後ろでは仲間達がドン引きしていた。……というか俺自身が一番驚いている。確かにアキラの言うとおり、人外だわ俺。全く否定できねえ。
ま、まあともかく、これで平和を取り戻せたことには変わりない。
めでたしめでたし!
と、魔王の残骸を見ると、そこにはどす黒い宝玉のようなものが残っていた。
あれが魔王の核に当たるものだろうか。
「おいカイト、その黒の宝玉を壊せ! それで全部、一件落着だ」
「よかったぁ……! 私達、ようやく帰れるのね!」
「……ふーん」
そうか、これを破壊すれば魔王は消滅するのか。そうなればこの閉鎖空間も消えて、俺達も元の世界へ帰れる、と。
…………。
俺は宝玉を拾い上げると、懐に仕舞った。
「? 何やってんだカイト? 早く壊せよ」
「あーうん、壊すよ。でもそれはいつでもできるだろ」
「そうだけど……なら今すぐにでも壊した方が――」
「それより二人ともさぁ」
俺が後ろを振り向くと、二人はビクッと身を縮めた。
……思い当たる節があるって様子だな。そりゃそうだよなぁ。なんせついさっきの出来事だし。
「……あのとき、俺を人柱にしようとしたよな」
「いや……あれはその、一時の気の迷いって言うか……」
「ま、まあまあ落ち着いてよ。せっかく誰も犠牲にならずに済んだんだしさ。ここは結果オーライってことで、ね?」
「…………」
あーまあ、確かに。気の迷いなら仕方ないよな。
よし、俺も懐深いリーダーだ。今回の失態は、特別に水に流してやろうじゃあないか。HAHAHAHAHA!
「って笑って済まされるとでも思ったかボケがァァァァああっ!!」
「「い゛ぇぁぁぁああああっ!!」」
俺は愛剣を抜き取ると二人めがけて切りかかった!
《メテオライトバスター》。魔王すら瞬殺した俺の最強にして最凶の一撃はしかし、二人に間一髪で躱される!
「ぅおおぃっ! 今の攻撃っ! 完全に俺ら殺しにかかってたろ!」
「……安心しろ。優しいやさしいカイト様は、殺すギリギリの力でセーブしてやるよ」
「魔剣抜いてる時点で全く説得力ないんだけど!?」
「ダメだアヤネ! 今のコイツには何言っても聞こえてねえ! 逃げるぞっ!」
アキラとアヤネは、一心不乱に走り出した。
でも無駄だよ。
この閉鎖空間、どこまで逃げたって同じだ!
「てめえら……許さねぇっ! 地の果てまで追ってでも、シバキ倒してやらああっ!」
「「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!!」」
こうして、ほぼ俺一人の活躍により、世界の平和は取り戻され、
人知れぬ魔界で、勇者による仲間狩りが幕を開けたのだった。
カイト=魔王第二形態