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彼女と整形と僕とタトゥー

作者: 葛糸 胡瓜

【少しでも開いていただきありがとうございます。楽しんでいただけるとうれしいです】

 彼女の頬を殴る。いくら本気では無いにしてもそれなりの力強さで殴ったのだけど、彼女の骨格が変わっている様子はなく、人間の骨は強いなあと、またそう簡単に人の顔はかわらないんだなと思う。

 彼女の両親とも面識のある僕が、彼女が「整形したい」と言い出したときにご両親の顔を思い出し「親にもらった顔だぞ」と激怒するのは難しいことではなかった。彼女に激怒した僕は彼女の頬を強くぶち、彼女は僕の前から去っていった。だが私は自身の行動は一切反省の余地は無いと考えている。 そもそも親にもらった体で、傷をつけないように大切に育ててもらった体だ。わざわざその体にメスを入れるなんて言語道断だ。私は整形やまたタトゥーを入れているものが気に食わなかった。特にタトゥーなど低俗である。そう考えている僕がこんな場所にいることになるとは思わなかった。


 教授に簡単なバイトだからやらないかとの質問に長期休業中で暇だったこともあり二つ返事で了承したのだが、まさかその仕事が「タトゥーに関する意識改革の座談会」の司会だとは知らなかった。

「えーではこれから座談会を始めさせていただきたいと思います」

 円形に囲まれたながテーブルに座る人たちの姿は異様で、おのおのの皮膚に刻まれたそのマークや動物などが見えなければ一見、何の共通点があるのかさえ分からない。正直いかにもな人もいるし、今風のクリエイターと呼ばれそうな人、かなり若い人や女性、それにスーツを着たごく一般的なサラリーマンのような人もいる。

 司会進行はあらかじめ内容が決まっていて、教授からもらったレジュメに沿ってプログラムの進行をすればいいだけなので楽なバイトではあるが、こんなにも興味のない内容を聞かされるのは苦痛だなと、腕時計を確認する。

「それでは皆さんのタトゥーを入れた理由をお聞かせください」

 自己紹介や自分の入れている部位などの話が終わり、より深入りした話になった。座談会自体は盛り上がっていて時折歓声が沸く。

 タトゥーを入れた理由なんてどうせかっこいいからとかラッパーに憧れてとか若い頃のノリがメインだろう。言いたく無い人以外は時計回りに理由をおっしゃってもらうようにと指示を出す。

「えーでは俺から」

タンクトップから伸びる太い腕には虎が牙を剥いている。

「やっぱかっこいいからですかね」

笑い声が上がる。聞いていられない。くだらないにも程がある。一生残るものだという意識はあるのだろうか。

「親父が亡くなって、親父はすげー厳しくてずっと俺は反抗してきたんですけど、いまになって親父は俺のこと心配してくれてたんだなって気づいたんです。ガキの頃は強くなるようにって、なんども動物園で虎見せられて。お前も虎みたいに強くなれよって、それで虎入れるってのもバカだってわかってるんですけど」

拍手がなって、男は座る。男とは目は合わないが腕の虎と目が合う。その腕の太さとかでは測れない強さを感じる。

 次の人はデザイナーで派手すぎないがどこか癖のある服装で彼もまた幾何学模様のタトゥーが入っている。

「私は、実はこう見えて医者を志していたこともありまして、それはというのも両親がどちらも医学に関わっていたので何となく自分も医者になるのかと考えていました」

 医者になれという親に反発してタトゥーを入れたのかなと勝手に考察する。

「両親はずっと私の夢を応援してくれていて、ある時から自分はデザインの仕事に興味を持つようになって、それも両親は応援してくれたんです。むしろ自分がデザインの仕事だけで食べていく自信がなくて、もちろん簡単な話では無いですけど医者になった方が安定するんじゃないかって悩んだんです。でもデザインで食べていくことを決めた時にもう逃げたくないと思って、タトゥー入れたんです」

 話を聞いていくうちにもちろんその場のノリで入れた人もいるのだがそれ以上に生き方や覚悟といった意見が多いことに驚いた。始まる前まではなんども腕時計を見ていたのに自分の腕を見て自分だったらどんなデザインにするかと考えていた。何をばかなことを考えているのかと顔を振る。

 座談会は順調に進み、質疑応答というか雑談の時間になった。皆それぞれに会話をし盛り上がっている。そんな時にふと質問が飛んだ。

「司会者さんはどう考えてるんですか?タトゥーについて」

金髪で大した意図もなくタトゥーを入れた青年だった。中学生の頃などはクラスに一人はいただろうなと思える風貌で何となくイラっとする。どう答えようか悩んでいると周りからも「入れてない人の意見も聞きたいよな」と話題の輪が広がりしんとなる。

「親の顔が思い出されないのかなって思うんですよ。いろんな理由があっても親に大切に育てられた体じゃないですかその体に大人になったからって自分で傷つけるってやっぱ納得いかないです」

 ついカッとなってやってしまった。せっかく盛り上がっていた会だったのに。質問した青年が勢いよく立ち上がる。

「そうだよな、俺は入れた時親のことなんて全然想像できなくてそれでめっちゃ怒られたんすよ、一生残るってこと分かってるのかって、お前に子供ができた時のこと考えたのかって言われたんですよ。意見ありがとうございます」

そう言って彼は座った。喧嘩になってしまうと思って身構えた自分が情けなかった。他の参加者も真剣に私の意見について話し合ってくれる。

 座談会はほとんどの人が満足げな表情で帰っていって終わった。私は机の上に準備されていた飲みものや机自体を片付ける。会場には教授だけが残っている。

「今日はありがとうございました、どうでしたか今日は」

「このような会だとは思わなかったですけど、普段触れないような意見を聞けてよかったと思っています」

教授はとても優れた方で、この人のゼミに入りたいと大学での勉強をしてきた。柔軟な考えで生徒の意見を否定しないため多くの生徒に好かれている。

「ぜひとも君にこの会に参加していただきたくてね」

「それはなぜ」

「君は率直に意見をすることができるし、それに」

「それに何ですか」

「タトゥーに強い嫌悪感を持っていると思ったんです」

「それは……」

「なぜ私がわざわざこのような会を開いたか分かりますか」

「それはタトゥーに関する考え方を変えようとしたのではないですか」

「もちろんそうです。ですが一番の理由は、私もタトゥーが入っているからです」

「えっ」

「それは驚きますよね、この歳になると誰かに裸を見せることもないですから知らないのは当然です」

教授はいつも通り優しく笑っている。おもむろにシャツをたくし上げるとお腹を見せる。歳の割に引き締まった体に確かにタトゥーが入っている。

「私は若い頃は貧乏でだったんですよ、女房には苦労をかけました。私の娘は知っていますよね」

教授の娘さんは高校の教師をしていて何かの機会で大学にも来ていただいたことがある。

「私は本当はその前に子供ができているんですよ、お金の無い私たちはおろすしかなくて、女房にだけ傷をつけるなんて嫌だなんて言って入れたんですよ」

座談会でも感じたが、理由を知らなければ私は偏見の目で見ていたはずだ。私の考えが変わった気がした。

「何か考えは変わりましたか」

「はい、私はタトゥーについて偏見を持った目で見てしまっていました、その考えが変わりました」

考えが変わった自分自身に誇らしくはっきりとした口調になる。

「だめですよ」

「えっ」

「そんな簡単に考えが変わってはだめですよ。あなたは頭がいいんだから、もっと慎重に考えてみてください。私の意見だから考えが変わったのでは無いですか」

そう言われると座談会でも納得はしてはいたものの、考え方が変わるまでには至らなかった。

「何を言ったかよりも、誰が言ったかを気にする用ではまた考えは固まってしまいますよ」

「はい」

「アインシュタインは言いました。常識とは18歳までに培った偏見の寄せ集めであると。様々な意見を聞いて自分なりの答えを見つけられるといいですね」

「はい」

あまりにも的を得たアドバイスに何をすればいいかわからなくなる。

「ひとつ質問いいですか」

「はい」

「教授にとってタトゥーはどんなものなのですか」

「タトゥーを入れるのは意外と簡単です。あっという間にできてしまう。それで一生残るのです。ですがその信念やメッセージはもともとその人の心の中にあったものなのですよ。整形も一緒では無いですかね、思いつきとかではなくずっと考えて来た理想の姿になるのでは無いでしょうかね。そう考えると私にとっては内側から滲み出たものとも言えますね」

整形の話が出て来たのは驚いた。僕にとっての信念や内側から出るものは何だろう。


 帰り道、月明かりの下で正しさについて考える。もしかしたら何が正しいとか間違っているかなんてことはないのかもしれない。喧嘩別れした彼女の意見をフラットな気持ちで聞いてみたいなと思い。帰路の足取りは軽い。

読んでいただきありがとうございます。内容や文体何でもいいので意見いただけると嬉しいです。

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