1.女騎士は神官長(男)に興味がない
「土霊振壁!!」
突如現れたドラゴン相手に、その男は魔法で土の壁をつくり、ドラゴンの行く手を阻もうとする。
――ああ、無駄ですね。ドラゴン相手にそのような土の壁では障害にもなりません。
本来、のどかな小高い丘を【神の愛子】と言われる神官を護衛して移動する――
という簡単な任務のはずだったのだが、何故か移動中ドラゴンが私達の前に立ちふさがった。
逃げ惑う神官や騎士達をぼんやりと見送りながら、私はたった一人でドラゴン相手に戦おうとする男をただ見ていた。
今回、私たち田舎騎士が命じられた護衛対象。
神官達をすべる長。右腕に神々の紋章をもつお方。神官長と呼ばれる男は突如現れたドラゴン相手に護衛たちを逃がし一人で戦いを挑んだのだ。
ああ――正義感の固まりですね。素晴らしいですね。
慈愛と博愛の精神ですか?偉いお方はやることが違います。
私の一番嫌いなタイプではありますが。
この手のタイプは一度ご自分が痛い目をみないとわからないのでしょう。
たかがエルフごときが、ドラゴンを相手にしようなどと、思い上がりもいいところです。
死なない程度のダメージを負った所で助けたほうがいいですね。
いざというときは結界をはってあげますから適当に戦っていただきましょう。
私はぼんやりとその戦いを見学することにする。
ドラゴンが土の壁に体当たりして、その壁を壊した瞬間。
『水霊拘泡』
事前に用意していたのであろう、水の塊がドラゴンを包込んだ。
水がドラゴンを包み込み…その弾力で力を吸い取りながら行く手を阻む。
――ああ、なるほど。力を弾性力で相殺ですか。なかなか考えますね。
先程の詠唱から考えれば恐らく彼のオリジナルの呪文でしょう。
すっかり勢いを削がれたドラゴンはその視線を逃げ惑う神官や騎士から、ドラゴンに立ち向かう彼へとかえた。
ドラゴンが男に向かってブレスを吐くが――
男は風の魔法を身にまとい、エルフの身体能力を超えた跳躍をみせるとその攻撃をなんなく躱す。
ひょいひょい攻撃を躱していく男とドラゴンの戦いをぼんやり眺めながら――私は男への評価をかえた。
この男、単なる無謀な博愛主義者というわけではないらしい。
ドラゴンは男を攻撃しているつもりなのだろうが、その実、男に攻撃を誘導されている。
そして、ドラゴンの攻撃でドラゴン自身が気づかず大地に描いてしまった魔方陣が完成した。
『魔冥縛檻陣』
冥王ナースより力を賜りし束縛魔法がドラゴンを一瞬で闇の檻へと包み込む。
「ぐがぁっ!?」
ドラゴンが驚愕の声をあげる。
まぁ、流石に伝説級の魔法をうけるとはドラゴンも思っていなかったのでしょう。
この束縛魔法はどんな格上相手でも確実に動きを止める術ですから。
その分、術者への負担は大きいですが。
チラリと見やれば、ところどころ傷を負った神官長が錫杖片手に必死で魔方陣を制御している。
なかなかやるエルフですが――見たところ、この男が魔方陣を維持できる時間はせいぜい30分。
しかし、仲間を遠くに逃がすには十分な時間かもしれません。
もちろん、術が切れれば、もう彼に魔力は残っていないでしょうから、ドラゴンに八つ裂きにされる未来しかありませんが。
自分の死をもって仲間を逃がすとかご立派ですね。
私にはとてもできません。ええ。そういう行為が一番嫌いですから。
「神官長!!」
逃げなかった一人のエルフの神官が男の役職を叫ぶ。
「フランツ!?なぜ逃げなかったのですか!?」
神官長が叫んだ瞬間……集中が切れた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」
ドラゴンが咆哮をあげ、術を破り男に襲いかかる。
流石にこれにはエルフも対応できなかったようで、棒立ちのまま固まっている。
――そろそろ出番ですか。
私は絶望の表情の男の前にちょこんと飛び降りると、迫り来るドラゴンに。
殴りかかった。
ぐしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
肉がえぐり取られるような音とともに。
自らの風圧と私のパンチで、ドラゴンの身体は押しつぶされ、血飛沫をあげながらぐちゃぐちゃに飛び散る。
「……え?」
血と肉片が飛び散る中、私は唖然とする男の方に振り返り
「神官長!!助けに参りました!!」
と、これから先何度も言うことになるセリフをとりあえず言う。
これが――私と彼の出会いだった。