30
マハン王国を出て七日が経った。
幾つかの町や村を越え、国境も越えてラトゥバ王国へと入国し、更に東へと向かった。
特に何が起こる訳でもなく、代わり映えのしない景色を眺めながら移動を続けていたのだが、ゴタード一家と別れてからアマンダの様子がおかしい。
兎に角やたらとくっ付いて来るのだ。
最初の内は寂しさから来る一時的なものかと思っていたのだが、元に戻る所か酷くなって行く一方だ。
立ち寄った町の見物に行けば腕にしがみ付いて来て歩きにくいし、食堂に行けば隣に座って身を寄せて来るので食べにくいし、寝る時も抱き付いて来る。
野営の時はもっと酷い。焚き火を起こしている時や調理中は後ろから抱き付いていて離れないし、今なんて座っている俺の膝の上に横向きに乗って抱き付いて来ている。「爆発しろ」とか「もげろ」とか言われる状況だ。
俺も男なんで可愛い女の子にくっ付かれたら当然の様に嬉しいのだが、こうもあからさまに変わられると気になってしょうがないので話をする事に。
「あ~アマンダさんや。最近ちょっとくっ付き過ぎじゃないっすかね?」
「え~良いじゃない。ニールが嫌だったら止めるけど、この方が落ち着いて幸せなのよねぇ~」
「あ~・・・嫌じゃない・・・・・嫌じゃないんだが・・・何と言うか、町中とか人が居る所ではちょっと控えて欲しいと言うか、何と言うか・・・・・」
「ん~・・・じゃぁ~その分今くっ付くぅ~・・・ぎゅ~・・・むふふ・・・幸せぇ~ニールもぎゅ~ってしてぇ~・・・・・」
「はあっ?!・・・えっ?・・・・・あ・・・いや、その~・・・・・何これ?どう言う事?・・・・・」
「・・・・・ねぇニールゥ・・・今度は一緒に戦わせてね・・・・・もう一人になりたくないんだぁ・・・ずっと傍に居てね・・・・・」
その台詞で我に返り、目覚めた時の事を思い出した。見た目は兎も角この子はまだ子供なんだと。
「大丈夫だ・・・お前は何も心配しなくて良いんだ・・・・・俺は死なないしお前と離れる事は無いから安心しろ・・・・・」
そう言って俺はアマンダをそっと抱きしめ頭を撫でてやった。
* * * * * * * * * *
私が生まれたのは戦場だった。
初めてめて目にしたものは厳しい顔で私に付いた血糊を丁寧に拭き取るご主人様だった。
ご主人様は敵には容赦なく私を振るい、圧倒的な力で敵を蹂躙して行った。
雄々しく気高く力強く、それでいて慢心する事の無いご主人様は寝る時も、湯浴みの時でさえ私を傍らに置いてくれた。
ああ・・・なんて素晴らしい主に私は巡り逢えたのだろう・・・・・
幸せだった。戦場を巡り、ご主人様に振るわれる事が何よりの喜びだった。
それに気が付くまでは・・・・・
御屋敷に帰り、出迎える奥様と奥様を見るご主人様の瞳・・・・・私に向ける厳しい物では無い瞳。
だからあの時・・・・・奥様が亡くなられた時にこう思ってしまったのだ。
『これでご主人様は私だけの者になる』のだと。
でもそれは叶う事は無く、ご主人様は奥様の後を追い、奥様を抱きしめる様に亡くなった。けして離れる事は無いと言うかの様に。
何よりも欲した者が目の前で消えて行く焦燥感を抱いたまま私は眠りに付き、目が覚めた時にご主人様と奥様の亡骸は無くなっていた。
―――全ては夢であったかの様に・・・・・
私は長い間隠れ家から出る事無く、殆んどその場から動く事無く過ごした。
生きる意味も目的も何もかも失ってしまったからだ。
じっと床に座ったまま瞳に何を映す事も無く、唯只時間だけが過ぎて行った。
ある日、入り口の扉が朽ちて倒れ外から光が差し込み、私はその光に導かれる様に外へ出た。
そして泉に映る自分の姿を見て自分が嫌に為った。
奥様がご主人様の元へと遣って来た頃の姿だったからだ。
この姿になればご主人様が生き返るとでも思ったのだろうかと。
宛ても無く彷徨い気が付くと数人の男達に囲まれていた。
男達は言う事を聞けば良い思いをさせてやるとか言っていたが、私の振るった鎌で皆息絶えた。
人は簡単に死ぬ、私の飢えを満たしてくれる事は無いだろう。だから同族を探した。
隠れ家の有る山を中心に同族を探しては眠りに付く。そんな時をどれだけ過ごしただろうか。
漸く見つけた同族には主が居た。だから主を狙った。主を殺せば本当の意味で同族と為れると思ったからだ。
だが主を乗せたそいつは逃げながら進化し、私から逃げ切ってみせた。今まで私から逃げ果せた者など居なかったと言うのにだ。
だからそいつの後を追った。あれが手に入るなら隠れ家を離れる事など戴した事ではなかった。
あいつの足跡を辿り南へと向かったが途中で邪魔が入って長い間迷ってしまい、一度隠れ家に帰る事にした。
帰る途中に奇妙な建物を見つけ、この中にあいつが居ると確信し出て来るのを待ち続けた。
幾度季節が廻ったのだろう。あいつが何時出て来ても良い様に建物の上で寝て過ごし、漸く出て来たと思えば無言で入り口を閉められた。
変な奴だった。黒髪は然程珍しくないが黒い瞳は始めて見た。そいつは人として振舞う事を条件に私を連れて行っても良いと言った。
従いたくなかった。だけどそれ以上に独りに為りたくなかった。だから泣いて縋って引き止めた。
眷属になったりとか最初は戸惑いも有ったけど、大人しくしていれば怒られる事も無いだろうと彼を観察していたら何故か誉められた。
彼は私に戦うなと言う。殺すために生まれ戦う事しか知らなかった私に。
城で兵に囲まれた時も私は戦う事を許されず、彼は一人で兵士達を蹂躙した。
ドラゴンに襲われた時も私に待機を命じて一人で立ち向かって行った。
彼が身体を貫かれた時、ご主人様が亡くなった時を幻視して泣き叫んだ。
その時に気が付いたのだ。
彼がご主人様と同じ位に欠け甲斐の無い者と為って居た事に。
だから二人きりに為ってからは彼に思い切り甘えた。
「・・・・・ねぇニールゥ・・・今度は一緒に戦わせてね・・・・・もう一人になりたくないんだぁ・・・ずっと傍に居てね・・・・・」
「大丈夫だ・・・お前は何も心配しなくて良いんだ・・・・・俺は死なないしお前と離れる事は無いから安心しろ・・・・・」
そう言って優しく抱きしめてくれた彼の言葉が私の心を満たしてくれた。
だから私は・・・・・
「ありがとう・・・ニール・・・・・」
そう一言告げて彼の胸に顔を埋めた。
ここまで読んで頂き有難う御座います。




