002.爺、思い立ったが吉日か?
テレビの番組が終わったあと、暫くは紹介された情報にて呆けておった儂なのじゃが…俄然、VRに興味がのぅ。
なにせ手足、いや体の動きが衰えて以前のように動けぬ、この体。
視覚、聴覚も衰え、食も細る一方じゃて。
時間だけは多く暇を持て余すほどじゃが、その時を過す術が限られる昨今、歳は取りたくないものじゃて…
そんな儂でもVRでは以前のような健康体を手に入れられる…
いや、仮想空間内という限定された空間にて擬似的とは分ってはおるぞぃ。
いまの体が若返る訳でも健康になる訳でもない。
それでもじゃ、その限定された空間では以前のように自由に過ごすことが可能と言う…
これは儂のような老人には夢のようなことじゃて。
ただ以前のように高価な代物であったならば考慮する価値もなかったであろうて。
じゃがの、テレビの情報どおりであるならばじゃ、今の儂にでも手が届く範囲ということじゃからのぅ。
これは手に入れる価値があろうというものじゃ。
そうと決まれば出かけるとするかのぅ。
ぬっ?何処へかじゃとな?
決まっておるであろう、VR機器を手に入れるために出かけるのじゃよ。
ヨタヨタと座椅子より身を離し立ち上がり出かける仕度を行うのじゃが、これがまた一仕事でのぅ…ほんに歳は取りとうないものじゃて。
身支度を終えた儂は杖を突きつつキャリーバッグを引いて家を出る。
老人用の融合住宅は全てバリアフリーとなっておるでな、老人が移動するのに色々と配慮されておるのじゃ。
これも老人が減ったことにより行政が行うことが可能となったケアの1つじゃ。
生き残った高齢者の多くが金持ちじゃった訳じゃが、そんな老人達をケアする施設が各地にのぅ。
庶民にて生き残った高齢者達も、そのお零れにあやかっておるのが現状なのじゃよ。
施設には当然食堂などもな、常駐しておる職員が色々と世話を焼いてくれておるぞぃ。
まぁ、主に家族が居らぬ者達が集められた施設なのじゃが、まぁ、高齢者専用マンションっといった按排かのぅ。
職員達が常駐する受付前を通り自動ドアを抜けて外へと。
っと、慌てたように職員の1人が駆け寄って来たわい、なんじゃろか?
「猪股さん、何処へ行かれるのでしょうか?」っとな。
ヨタヨタと歩む儂を危な気に見て労わってくれておるのじゃろうがのぅ、外へ向かうたびにこれでは少々鬱陶しいぞぇ。
ま、此処の職員としては住民がヨタヨタと外出して事故にでも遭われたら管理責任じゃろう。
そう考えたら仕方ないのかもしれぬがのぅ。
「うむ、VR機器とかいう代物が手に入らぬか行ってみようかとのぅ」
「VR機器ですか?」
儂が応えるとキョトンとした顔で儂に再度尋ねてきおったわい。
「うむ、テレビでな最近のVR機器は安う手に入ると知ったのじゃよ。
仮想空間内では自由に過せそうなのでのぅ。
ならば手に入れて仮想空間で過してみようかと考えた次第じゃて」
そう返すと職員は合点したように頷く。
「確かに最近のVRは良くできてますからねぇ。
値段も、ここ数年で庶民価格に落ち着いているということですし…
っと言うことは、テツヤですか?」
「うむ、彼処は近いでのな。
活字が読み辛ぅなってからは、とんとご無沙汰じゃったが…確かゲームなども扱っておったじゃろ?」
【テツヤ】それは本屋でもあり、ゲーム屋でもあり、ソフトレンタルや遊具販売をも行う店じゃ。
全国展開しておるチェーン店でのぅ、日本各地の町々にある便利な店なのじゃ。
そして施設の近くにも1店ほど存在しておる。
儂はの、そこへ向かう予定なのじゃよ。
「テツヤなら近いですから大丈夫ですね。
あっと、ヴァルジェは着けてますよね?」
念押しのように声を掛けて来る職員に杖で身を支えつつ右手を上げてヴァルジェを見せる。
【ヴァルジェ】とは昔で言う腕時計のような形をした携帯端末じゃ。
この端末は通話機能や情報取得などを行うだけでなく、人のバイタルチェックを行う機器でもある。
若い者達はヴァルジェから宙へ投影される映像を駆使して色々と行っておるようじゃな。
儂は目が衰えてからは映像機能は使用してはおらぬ。
どうも目が疲れて敵わんでのぅ。
職員は儂の腕に嵌ったヴァルジェを確認し安心したように微笑んでおる。
そんな彼女に会釈したあとで儂は集合住宅の敷地から外へと出かけるのじゃった。