四話⑤
校舎裏影になっている所、これだけ並べればこの後涼が辿る運命は予想がつくというものである。
「なぁお前さぁ」
ヤンキーぽさが露骨に伝わる言葉使い。涼の心の今まで調子にのって肥大化していた部分が針で穴を開けられた風船のようにしぼむのがよくわかった。
「…なん…でしょうか?」
涼は怯えながらも精一杯答える。肥大化した心は完全にはしぼんでいなかったようだ。
「あいつのなに?」
あいつとは誰のことだろうか?部長、尊、それとも柊谷さんのことだろうか。大体の想像は涼にはついていたが一番最悪の予想はしたくないので脳内で言い訳をたてるが自分の心には嘘はつけずお昼時の彼女の笑顔がさっきから何度もフラッシュバックしていた。
「あいつって?」
「あいつって?じゃねぇよ!柊谷だよ!柊谷滴!お前が最近よくつるんでるじゃねぇか!」
あぁ最悪。涼はそう思わずにはいられなかった。最近人生上手く行っていたのにどうしてここでヤンキーに絡まれ、好きな人との関係性を探られなきゃいけないのか。きっと自分は神様に恨まれてる。
いくら恨み言を思ってもこの状況は改善されることはなく目の前のヤンキーの恐怖が積もるだけだった。
「ただの…友達です。」
「友達だぁ?入学してから事務的なやり取りしてる女が男と楽しそうに飯食ってる時点でただの友達なんて理屈が通じると思ってんのか?あぁ?」
自分に歯向かうだけの勇気があればそう思ってもいくら思っても状況は改善されない。
涼には覚悟を決めるしか選択肢しか残っていなかった。
「離してよ、痛いよ」
「ちっ」
嫌そうな顔をしながら肩を掴む手を離すヤンキー。
「大体なんだよ、僕が一緒にご飯食うのに君に不都合があるのかよ、どうして君にそんなに言われなきゃいけないんだ!」
目をぱちくりしながらチワワに手を噛まれたみたいな状況についていけないヤンキーは涼の剣幕にわずかにたじろいだ。
「なんだよ、お前まともに喋れんじゃん。」
だが腐ってもヤンキー、所詮チワワがいくら吠えて噛みついたところで土佐犬には敵わないのである。
「で、不都合?あるに決まってるだろ。いったい何人の男があの上玉狙ってると思ってんだ?いいから諦めろ。お前みたいなヘタレには似合わない!」
涼は背も小さく、比例して度胸も声も小さい。最近の立て続けのイベントによって度胸の方はいくばくか改善されてきたがやはりベースはヘタレなので押さえつけられるとすぐに黙ってしまう。
「……」
似合うか似合わないかなんて誰が決めるんだよ。綺麗な女の子に惚れるのがそんなにいけないことなのかよ。
喉もとまで出そうになった声は結局喋られることなく涼の頭のなかだけで完結する。いくら文句を言おうと涼も分かっているのだ。だからその言葉は自信を持たず消える。
そのあとヤンキーに解放された涼は部活に参加し極力部長や他の部員にバレないように振る舞った。
だけども部長の何か疑いを持った眼差しを見るたびに実はこの部長にはなんでもお見通しなのではないのだろうかと涼は思っていた。
涼は家に帰り日記をつける。その日記は普段は迷わずスラスラと書けているのに今日の日記は所々迷った後があり時折強く書かれた跡が残っていた。