四話②
冬の寒さは和らぎ暑くはないだけども暖かいそんな季節の朝、涼はさわやかな朝に似つかわしい病気でもしているのではないかと思うような青白い顔と目の下のくまを蓄えた状態で忙しなく動いていた。
朝、母が目が覚めるよりも早く起きて朝食の準備をするのが涼の仕事である。朝は一日の動くエネルギー源であり決して手を抜くことは許されない。
献立は炊きたての白米、豆腐の味噌汁、あのあと酒を飲んで寝た母のために少し濃いめの味付けにしてある。ほかには、ほうれん草のお浸し、卵焼き、そして大事なたんぱく質であるほうれん草と豚肉の中華炒めだ。
ほうれん草の安売り時に買い込んでいたのだがそろそろ使わないとヤバいという所まで放置していたので今日はほうれん草がメインとなる。
コンロの火を止め最後に中華炒めを器に移したら自分の着替えに着手する。
息子と同じく目の下にくまを抱えた母が降りてくる頃には朝の準備は完璧に終わっていた。息子歴15年。その経歴は伊達ではない。
「頭痛い」
そう言いながら席につく。年も40越えると二日酔いは仕事に影響を及ぼす程度にはやっかいな物らしく当然普段の生活にもその影響は出ている。
「自業自得」
そう母親に冷たく言い涼は本日の朝食を全て机に運んだ。
「「いただきます。」」
学校までの残り時間一時間、十分に間に合う時間だった。
時計で時間を確認して箸を料理の前に運ぶ。まずは黄色の卵焼きだ。少し固めに焼いたそれは切ろうとすると少し反発するが箸の力には勝てずあえなく二つに分離される。中からほのかにピンク色の物体が見える。
涼は卵焼きを口にいれる。ご飯に合うように味付けされた卵焼きは少し塩気がキツイ味となっている。だけどもそんな物を吹き飛ばすインパクトが襲ってくる。紅生姜だ。
卵焼きの中に入ってる紅生姜が香り高く鼻を刺激し塩気すらも食欲増進の材料に変えてしまっている。
この塩気が消えないうちに白米を口一杯に掻き込む。ご飯の甘さと卵焼きの塩気が混ざりあい口の中で調和された。
そして味噌汁で一息。熱い味噌汁は酔っぱらい用に濃いめに味付けされているがこれを飲むと落ち着くあたりいかにも自分が日本文化に教育されたのかがよく分かる。
そしてメインの中華炒めに手を出す前にお浸しだ。その味わいは素朴。決してこれ単品では王者になることは出来ない。だけどもこれまでのインパクトある料理の数々がお浸しの存在感を引き立てているのだ。
少し落ち着いたらメインである。豚肉とほうれん草を箸で挟み米に乗せる。油がじわりと染み込み米を汚す。
だけども涼はそんなことを気にせず米と一緒にかっ込んだ。
ほうれん草のしゃきしゃきとした食感、豚肉の甘味、素材の味の間に微かに見える米の甘さ。そしてそれらをまとめあげる胡椒と生姜の香り。絶品である。
「うんいつも通り美味い。」
母もこの笑顔である。こんな何気ない食事を楽しみ涼は学校に向かった。
学校に着くとまだ開始10分前だというのに教室には大体の生徒が揃っていた。
当然そこには尊もいた。
「おはよう。」
「おはようっす。」
学生らしい気の抜けた返事が帰って来た。
「部活決めた?」
まだ説明会も始まってないのになんで決まってるんだよとか言いたかったが流石に会ったばかりで気安過ぎるかと思い適当に返事を濁しながら授業が始まるまで適当な相づちを打ち続けた。
教室に先生が入ってきた。
「これから部活動説明会がある。文化部は吹奏楽など例年人数が多い部活は説明会のあとに個別説明会も設けるからそのときに入部申請を出すことになる。一応後からも入れるが集団意識が強いところは入りづらいから説明会のあと、すぐに入るのをオススメする。」
先生の説明を聞いた生徒達は説明会の会場である第一体育館に向かう。
涼は体育館のなかに生徒が揃う頃彼女の姿を見かけた。柊谷滴である。
涼は昨日の彼女の動画を見たときからきっと演劇部に入るのだろうと思っていた。
話しかけて答えを知りたかったがそんな時間はなく説明会が始まる。