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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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ニコルの日記帳

 今日は仕事でメルディヴィスという魔術都市に行った。


 やや古びた日記帳に、ニコルは万年筆で簡潔な文章を書いている。

 この日記帳は、アノンから使っていない品を譲ってもらったものだ。

 これにその日の出来事を書き記すことが、ニコルの数少ない日課になっていた。


 メルディヴィスの人間は、戦場に駆り出されている兵士以外にも魔術師がいるらしい。工房に来る者とは異なり、気さくに話せる人物が多い印象を受けた。


 筆を走らせながら、昼間あった出来事を思い返し、複雑な表情をした。


 それでも、何処かがまともじゃない。いや、現代においてまともじゃないのは自分の方なのか。自分にはとても理解できないような人間ばかりだ。


 ふう、と小さく溜め息をつく。

 ふと顔を上げると、窓の外で輝く夕日が目に入り、思わず目を細めた。

 そろそろ店を閉める時刻だ。そのようなことを心の片隅で考える。

 店番をしながら日記を書くのは店員としてあるまじき行為なのかもしれないが、色々と普通ではない世の中なのだから、これくらいは大目に見てもらえるだろう。

 客が店内で斬り合ったり撃ち合ったりするのが許され──ているわけではないが、そういうこともあるのだから、それと比較したら可愛いものだろう、と思う。


 変容してまで長寿を求める彼らの考え方は、間違っているとは断言できないが、自分の研究から派生した理論であるとはどうしても思えない。変容してしまった時点でそれは人間とは呼ぶに呼べない代物だと思うのだが、その辺り、彼らはどのように考えているのだろう。


「そろそろ時間だ。店を閉める準備をしろ」

 奥の方から、アノンの声がする。

 はい、と振り向きながらニコルは返事を返して、カウンターの陰のところに立て掛けてあった箒を手繰り寄せた。


 僕の研究は、世に出さない方が世のためだったのだろうか。


 最後の一文を綴って日記帳を閉じ、ニコルは席を立ってカウンターの外に出た。

 目を凝らせば分かる程度に落ちている砂を玄関から外へ掃き出しながら、空を見る。

 雲ひとつ浮かんでいない黄金の空が、視界一杯に広がっている。

 明日も晴れそうだ。そのようなことを考えながら、ニコルは黙々と掃除の手を動かし続けた。

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