出張万工房
「お待ちしておりました」
城砦と見紛うばかりの巨大な煉瓦造りの建物の前で、番兵と思わしき法衣姿の男はネイティオたちに深々と頭を下げた。
此処は物資を保管している倉庫なのだと、ニコルは後にネイティオから説明された。
「御注文の素材は全て揃っております。運搬用の道具が必要でしたら、人を集めて準備させますが」
「ああ、おれ1人で何とでもなるんで。心配無用っスよ」
ネイティオは番兵に笑って応え、それからニコルの方へと向き直った。
「さて、一仕事……っスけど、ニコルさんは此処で待っててほしいっス」
「え? でも……」
ニコルは小首を傾げた。
普段はネイティオ1人に任せているらしい仕事を、アノンはニコルに同行するように言いつけた。てっきり1人では大変だから労働力確保のために同行させたとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。
そう提言すると、ネイティオは微妙に困ったような表情をした。
「別に、一緒に来てくれても構わないんスけど……綺麗な仕事じゃないっスからね。それに手伝ってもらうこともないし」
「…………」
自分は一体何のために此処まで来させられたのだろう。
全く分からないアノンの意図を考えるも、結局考えても分からないし無駄なことと結論付けて、ニコルは手元の杖を強く握り締めながら言った。
「一緒にいます。仕事に関係することなら、少しでも見て覚えたいので」
「ん。了解っス」
なら傍から離れないように、と注意付けて、ネイティオは番兵に扉を開くように言った。
細身の外見からは想像も付かないような腕力で、番兵が閉ざされていた扉を静かに開く。
ぎぎぎ、と金属が軋むような音を立てながら扉は左右に押し開かれた。
瞬間。
ぎゃあっと潰れた悲鳴にも似た奇声を発しながら飛び出してきた何かが、ニコルを押し倒してその上に覆い被さってきた。
一見すると人間だが、耳元まで裂けた口や8個ある眼、長い舌など、明らかに普通の人間のそれとは違う身体の構造にニコルは全身を強張らせる。
変異した身体は、メルディヴィスの人間の中ではありふれた特徴のひとつだ。店番をしていた時からそれは幾度となく目にしてきたものなので、今更それについては驚く要素はない。
ただ、この場で急に飛び掛かられることは想定していなかったので、単純に驚愕で喉がごくりと鳴った。
「おっと……」
ニコルに噛み付く寸前のところでそれの頭を後ろから鷲掴みにしたネイティオが、番兵に向けてだろう、苦笑する。
「元気がいいっスねぇ」
「厳選した、と話は伺っております」
まるで世間話でもするように、場違いな微笑みを浮かべて番兵がそれに応じる。
まさか、素材って──
身動きが取れないまま、ニコルはついと目線を倉庫の内部へと向ける。
薄暗い空間の中、蠢く無数の手足。言葉になっていない言葉を喋る頭。床を這いずろうとする歪に変形した胴体。
人間の成れの果て──とでも形容するべきか。そういったものがこちらに近寄ろうとしている光景が、視界に飛び込んできた。
「ニコルさん。ちょーっとそのまま動かないで下さいね」
空いた方の手で、法衣の胸元を飾っていた金具を弄るネイティオ。
そのまま法衣の片面を勢い良く横へと捲る。
ぶじゅ、と果汁のように鮮血と体液が飛び散って、ニコルの額と髪を濡らす。
圧し掛かっていた存在は、幾許かの肉片をネイティオの掌中に残して綺麗さっぱりとそこから消え失せていた。
代わりにニコルの目に映るのは、蛇のように引き伸ばしてうねらせた内臓のような器官を数多腹から生やしているネイティオの姿。
器官の一部が籠のように丸まり、くちゃくちゃと咀嚼の音を立てている。
「危ないから、ちょっと離れてた方がいいみたいっスね」
「………… すみません」
ニコルは小さく謝って、さっと身を起こすと番兵が立っている位置にまで下がった。
メルディヴィスの人間は、本当に化け物ばっかりだ。
ひょっとして、この番兵も……?
何となくそちらを見やると、番兵はニコルの視線に気付いたのか彼の方を向いて、笑いながら言うのだった。
「お兄さん、綺麗な身体してますね。美味しそうに見えたんでしょうねぇ」
……本当に、まともじゃない。
愛想笑いを浮かべて後頭部を掻き、ニコルは『仕事』に取り掛かるネイティオをやや遠巻きに見つめた。
腹から伸ばした器官で片っ端から『素材』を飲み込んでいく彼も、結局は自分とは異なる人種なのだと思わざるを得ないのだった。




