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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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アナクトとメルディヴィス

「うわっ」

 ずるっべちゃっ、と砂利を磨り潰したような音がしたので、ネイティオは歩みを止めてのんびりと振り返った。

 2歩分ほど離れた位置で突っ伏しているニコルの金茶色の頭に枯れ草が付いているのを見つけ、苦笑しながら足下に落ちている小型の杖を拾う。

「これで何度目っスかねぇ」

「うぅ」

 ニコルはもたもたと上体を起こした。

 身に着けている衣服の裾を踏んづけているせいで立ち上がろうとしている傍から転びそうになっているが、それでも何とかネイティオの手を借りずに立ち上がる。

 付いた砂やら草の切れ端やらをばたばたとはたいて落とし、ネイティオから杖を受け取った。

「動きづらいですね。魔術師の法衣というのは」

「普通はそんなに裾を長くはしないんスけどね……アノンさんの趣味だから、しょうがないと思ってほしいっス」

 間に合わせの素材で急いで誂えたものだから仕方ない、とは思っていたが、とんだ災難だとニコルは胸中で呟いた。

 現在の彼は、普段の白衣姿ではなく、乳白色を基調とした魔術師の法衣を纏った姿をしていた。小型の杖を持ち、傍目からはネイティオの弟子か何かのように見える格好である。

 いや。見える、ではなく、実際にそう周囲に思わせるための格好なのだ。

 これから赴く土地は、そういう人間しか足を踏み入れることが許されない場所なのだから。

「メルディヴィス……どういう都市なんですか?」

 歩き出すネイティオの横に並ぶ形で1歩を踏み出すニコル。

 ネイティオはそうっスねぇと顎に手を当てて唸りながら、のんびりと口を開いた。

「それを話すなら、この国の成り立ちから説明した方が早いっスね」


 ネイティオは語り始める。戦渦で満ちたこの土地についての話を。


 この国には、大きく分けてふたつの都市が存在する。

 ひとつは、アナクト。機械都市、と呼ばれる科学文明が発展した都市。

 ひとつは、メルディヴィス。魔術都市、と呼ばれる魔術文明が発展した都市だ。

 文明技術の発展の方向性が真逆の両都市は、とにかく仲が悪い。事ある毎に衝突し、小競り合いを起こすのが日常茶飯事であった。

 それが最低最悪の戦争にまで発展するきっかけとなったのが、両者の間に持ち上がったひとつの命題だった。

 人は、不老長寿を追及すると何処まで生き永らえることが可能となるのか?

 より長く、より若く。究極を追求する両者は、各々が得意とする分野で業績を上げた。競うように、上げ続けた。

 そして究極の形として実現したのが、人体の改造、変異であった。

 機械を用いて人体のパーツを模型の如く組み替えて、誕生した改造人間を究極の不老長寿と謳うアナクト。

 魔術を用いて人体そのものをより強靭な肉体へと変異させ、誕生した変容生物を究極の不老長寿と謳うメルディヴィス。

 実績が手元に存在するならば、後に起きるのは型押ししたように繰り広げられる論争である。

 口で言い争っているうちに、次第にどちらの『成果』がより優れているかを証明しようという流れになり。

 果てに至ったのが、現在起こされている戦争だ。

 もはや何のために戦っているのか分からない、そんな疑問を抱きつつも戦場に駆り出されている兵士は数多いる。

 それでも、自陣営の勝利を目指して彼らは戦い続けているのだ。

「…………」

 ネイティオの話を聞き終えて、ニコルは顔を伏せた。

「僕が、研究を完成させなければ……」

「それは違うと思うっス」

 ぽん、とニコルの背を優しく叩いて、ネイティオは微笑んだ。

「ニコルさんはただ、人類のために不老長寿の研究をしてただけ。本当に愚かなのは、それを変な風に解釈した後の人類の方なんスよ」

 500年も経てば、世界がそういう風に変わるのも仕方がない。

 空を仰いで、彼は言う。

「仮死状態でうちの畑に埋まってたのを見つけた時は何だって思ったっスけど、きっと、何か理由があるからニコルさんは此処にいるんスよ。今の世の中に自分が生きてる理由、卑下したりしないで、前向きに考えてほしいっス」

「……はい」

 ニコルは頷いた。

 自分がアノンたちに拾われて目覚めた時、自分が生きていた時代から500年が過ぎていると知って、最初は愕然となった。

 何故自分が、500年も後の時代で再び生きることになったのか。

 贖罪なのかと、最初は思った。今でも時折思うことがある。

 この世界を生み出す原因とも言える研究を世に出したから、罰を与えられたのかと。

 そうではないと言われて、ほんの少しではあるが、救われたような気持ちになった。

 自分にできることを少しずつやりながら、世界の有様を見続けよう。そう、思えた。

「話してる間に着いたっスね」

 ほら、とネイティオが前を顎で指し示す。

 煉瓦を積み重ねて作った壁にぐるりと囲まれた街並みが、2人の目の前に広がっていた。

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