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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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フィロソフィアが織り成す物語

「僕、決めました」

 皿を洗う手を止めて、ニコルはふと思い出したように言った。

「人間らしく定められた年月を生きることが人間本来のあり方だと、世の中に伝えていきます」

「生き残りの連中にか」

 マグカップに付けていた口を離して、アノンが問いかける。

 はい、と頷くニコル。

「不老長寿の研究をしていた僕が言うのも変な話なのかもしれませんが……それが此処での僕に与えられた役目なんじゃないかと、僕はそう思うんです」

「どうやって伝えていくつもりだ。巡業でもするのか?」

 アノンの意地悪めいた質問に、ニコルは笑って返した。

「此処に……工房に来てくれたお客さんに、少しずつでもいいから話をするんです。そこから広まっていけばいいなと」

「工房に?」

 アノンは怪訝そうに言って小首を傾げた。

「工房はもう機能していない。店を開く意味はないぞ」

「何を仰ってるんですか。これからじゃないですか」

 ニコルは振り向いた。

「これからは都市を再建しようとする人たちが、そのための資材や道具を求めて此処に来ます。工房を閉めるにはまだ早いですよ」

「…………」

 言うべき言葉を探しているのだろうか、アノンが沈黙する。

 こめかみの辺りを指でとんとんと叩きつつ、視線をあさっての方向に向けて、彼は、

「……あんたの発想には脱帽させられるな」

 肩を竦めて、ふっと微笑した。

「隠居するにはまだ早い、か。ならアルティマとネイティオにも、今の話をしなければならないな」


 後日。ニコルが予想した通りに、工房には都市再建のための資材を求める人々が大勢訪れた。

 アルティマとネイティオは戦時中以上に、忙しく工房と2都市を往復する生活を余儀なくされている。

 店が繁盛するのは良いことだと笑うネイティオに、アルティマの回し蹴りが炸裂するのもいつも通りのこと。

 ニコルは、店番を務めながら訪れる顔ぶれに話をして聞かせた。

 これからは人間らしく生きよう、と。長生きなぞできなくとも、それが人間本来のあり方なのだと。

 その話が万人に伝わり、受け入れられていくかどうかはまた別の話であるが。

 科学者ニコル=ルーヴィエとその周囲に生きる者たちが紡ぐ逸話は、これからも末永く続いていくことだろう。

 これは、紅き箱庭に生きる人間が織り成した、叡智と人情が描いたひとつの物語である。

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