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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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アノンの思惑

「何かと思えば、そんなことか」

 抱えていたやたらと長大なガトリングガンを作業台の上に置いて、アノンはニコルの方に身体の正面を向けた。

「話したところで意味があるとも思えないがな」

「意味はあります。現状に納得できる理由が欲しいんです。僕は」

 ニコルはアノンの双眸をまっすぐに見据え、視線をこれっぽっちも外そうとしなかった。

 視線を外したら話してもらえなくなる、そんな気がしたのである。

「偽りの絆かもしれないけど、僕たちは家族、なんでしょう? 事情くらい、説明してくれても良いんじゃないですか」

「…………」

 アノンの双眸が、すっと細まった。

 ゴーグル越しの鋭い視線を、真っ向から受け止めるニコル。

 やがて──ふっ、とアノンの口元に微笑が刻まれた。

「強くなったな、あんた」

「……え?」

 疑問に呆けるニコルから目線を外し、アノンは笑んだまま言葉を続けた。

「この馬鹿げた戦争を終わらせるため──と言ったら、信じるか」


 戦争を終結させるための条件は、ふたつある。

 ひとつは、勝敗が決すること。

 ひとつは、継続が困難な状況に陥った場合だ。

 この戦争は、アナクトとメルディヴィス、両都市の矜持と工房からの物資の供給で成り立っている。

 アノンは、戦争を終結させる方法として後者を選択したのだ。

「最初は、アナクトとメルディヴィスが争っていればいずれ戦争はいずれかの勝敗という形で終結するだろうと思っていた。だから俺は此処に工房を作って、連中相手に商売をしていたんだ。……でも、実際はどうだ。戦争は激化こそしても、終わる気配なんか微塵も見せなかった」

 工房から与えられた武力と自都市で開発した戦力で、各々の勢いは増徴するばかりだった。

 これでは、アノンが狙っていた戦争の終結にはほど遠い。

 彼の杞憂が現実のものとなるのに、大した時間は要さなかった。

「いたちごっこをしているうちに、エルピスの秘密が外に漏れ、連中の戦の矛先がこっちに向くようになった。それならそれで、せいぜいこの状況を利用させてもらおうと思ったのさ」

 仕向けられた兵たちをことごとく返り討ちにしていけば、いずれ戦える人間の数は少なくなる。その分戦争も早く終焉を迎えるだろうと、思ったのだ。

「エルピスを大人しく差し出していれば、戦の『勝敗』だけは決まるだろうな。連中がそうなると信じているからだ。──でも、敗者となった方が納得するとは決まっていない。最後の1人が姿を消すまで、戦い続けることに変わりはないんだ」

 アノンの口元から笑みが消える。

「……究極の不老長寿を求めたところで何になる。俺からすれば、それは単なる愚の骨頂だ。そんなものは都市もろとも吹き飛んでしまえばいい」

 何かを憎むような、そんな眼差しで彼は作業台の上の武器を見つめた。

「……あんたには、何ができる?」

「僕に、ですか」

 唐突に話の矛先が自分に向いたので、ニコルは思わず問い返していた。

「不老長寿の研究の権威のあんたが、俺の今の話を聞いて、何ができるかと訊いてるんだ」

 今更研究をなしにはできないだろう?と意地悪く言葉を投げかけるアノン。

「あんたが今の世の中を作った原因だと言っても過言じゃない。責任を取れと言っているわけじゃないが、ただ黙って物事を静観することだけはしないでもらいたいものだな」

「…………」

 ニコルは顔を伏せた。

 ふ、と肩の力を抜いて、アノンはかぶりを振りながら身体の向きを武器の方へと戻した。

「……少し言いすぎたな。悪かった」

「……いえ」

 アノンにしては珍しく感情的な態度だったなとニコルは独りごちた。

 それだけ、アノンが不老長寿に対して良い感情を持っていないということは分かった。

 戦争の原因となっている命題だから、当たり前と言えば当たり前のことなのだが──

 どうもそれだけではないような、まだ何か表には出ていない秘密の何かがあるのではないかと、ニコルは思ったのだった。

 訊いたところで、答えてはくれないだろうが。

「……僕、考えてみます」

 ニコルは自らの胸元に手を添えて、顔を上げた。

「科学者の僕には、考えることしかできません……ですから、一生懸命考えてみます。僕なりの、今の世のためになるような何かを」

「末期の世界に対してためになることなんて、あるのかね」

 アノンの態度は頑なだ。先程まではちらりと垣間見えていた愛想が、全くなくなっている。

 しかし、芯まで固まってしまっているというわけでもないようだ。ちらりと僅かにニコルの方へと目を向けて、彼は言った。

「……過度に期待はしない。せいぜい考え抜くことだな」

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