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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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ニコルの疑問

 玄関の方で物音がする度に、ニコルの肩は跳ねた。

 また何者かの襲撃に遭ったのかと、気が気ではなかった。

 おちおちと日記を書いてもいられない。使ったこともない機関銃を身体の前に持ってきては強張った表情で身構える、そんな挙動を繰り返す時間ばかりがいたずらに過ぎていった。

「大丈夫っスよ。もう片付いたんで」

 こうしてアルティマかネイティオの報告を聞くまでは肩の力を抜くこともできなかった。

 ふう、と深い溜め息をついて、ニコルは眼前のテーブルに突っ伏した。

「……貴方たちが羨ましいです」

「何がっスか?」

「何事にも動じないようになれる心臓が欲しいです……」

 ニコルの呟きに、ネイティオの肩の位置が下がる。

 彼はニコルの背後に歩み寄ると、その背中に優しく手を置いた。

「何事にも動じなくなったら機兵や屍兵と同じっスよ。ニコルさんは、今のままでいてほしいっス」

 顔を上げるニコルに、にこりと微笑む。

「おれらがいるうちは、皆には手を出させないっス。そのためのおれらなんだから、安心して……って言うのは変かもしれないっスけど、もう少し悠然と構えていてもいいんじゃないんスかね」

 がたがた、と玄関の方で何かが激しく揺れた。

 どうやら、また何かがあったようだ。何かと言っても殆ど決まったようなものだが。

 ネイティオは短く息を吐いて、ゆるりと物音がした方向を見やった。

「今のところはメルディヴィスしか来客がないから、アルティマさん1人でも何とかなってるんスよね」

 これでアナクトの人間まで押し寄せてくるようになったら出ずっぱりになるな、と後頭部をくしゃくしゃと掻いた。

「エルの秘密……まさか、此処まで周囲に影響が出るなんて、思ってもみなかったっスね」

「……アノンさんは、何故戦争を買うような行動をしているのでしょうか」

 元はといえば、アノンがエルピスを渡さないと頑なに拒んでいるせいでこの騒動は引き起こされているようなものなのだ。

 エルピスの命が惜しくない、というわけではないが、最初に追求された時点で彼女を大人しく相手方に引き渡していたら、あるいは要求を呑む姿勢を見せて会合する等の段取りを踏んでいたら、現在の状況に陥ることもなかったはずである。

「アノンさんの考えていることは、おれらにも分からないっス」

 ネイティオはニコルの背から手を離した。

「分かっているのは、アノンさんにはエルを手離す意志がないことくらいっスね」

「そのために貴方たちを危険な目に遭わせるのは構わないと?」

「元々そのためのおれらっスからねぇ」

 がしゃん、と窓が割れる音がした。

 続けて鳴り響く銃声に、ニコルの視線がそちらへと向けられる。

「僕……アノンさんに訊いてみようと思います」

「話してくれるとは思えないっスけど……そうっスね。訊く権利くらいはあると思いたいっスね」

 ニコルはゆっくりと席を立った。

 余程のことがない限り、アノンは工房にいる。今もそれは変わらないだろう。

 機関銃を背負い直して、ニコルは工房を目指して歩み始めた。

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