紅き箱庭
工房の生活は一変した。
穏やかな時間というものはなく、いつでも緊張で満たされた環境の中に身を置くことを余儀なくされた。
皆集っての食事の時間も、常にアルティマかネイティオのどちらか一方が欠けた淋しいものとなった。
アノンは、相変わらず工房に引き篭もっていた。
今までは客のために作っていた武器の数々を、自分らで使うために作るようになっていた。
ニコルからすれば、それらは息の詰まる戦場での光景と遜色なかった。
これが本来のこの世界での生活に他ならないのだとアノンは言った。
彼が守っていた平穏な生活は、もう何処にも存在しないのだとでも言うように。
「アルティマさん」
仁王立ち姿のアルティマに、背後からネイティオは呼びかけた。
「確かに、此処はもう店として機能してないっておれは言ったっス」
肩越しにアルティマが振り返る。
彼女の金の髪が揺れ、火薬の臭いがふわりと漂った。
「けど、だからって壁ごと吹き飛ばしても構わないって意味にはならないと思うんスけど」
「だって面倒臭いんだもの」
今度は全身で振り向いて、アルティマは肩を竦めた。
彼女の足下には、数えるのも面倒なほどの数の薬莢が散らばっている。
周辺にはガラスの破片等の瓦礫の山と、元の姿が何だったのか分からないほどに微塵にされた肉塊が幾つも転がっている。
血臭は砂と火薬の臭いに紛れて薄れてはいるが、辛うじて嗅ぎ分けられる程度には存在感があった。
まさに戦場跡、とでも言うべき有様の店内を無造作に見回して、アルティマは大丈夫と言わんばかりに笑顔を作った。
「どうせ魔術ですぐに直せるんだから、細かいことはいいじゃない」
「魔術は万能じゃないんスからね?」
ネイティオは肩を落とした。
「アルティマさんはおれのことを何でも屋扱いしすぎっスよ。事ある毎におれを当てにするのは勘弁してほしいっス」
「男が細かいことに拘るんじゃないの!」
アルティマの爪先が綺麗に弧を描く。
ばすん、と腰を強打され、ネイティオは悲鳴を上げた。
「うぅ、女尊男卑っス……苛めっス」
「ほら、さっさと直す! 次が来たら直すどころじゃなくなるでしょ!」
「……せめて肉の処理はして下さいよ? そこまで面倒見きれないっスからね、おれ……」
ネイティオは両手を前面に翳し、ぶつぶつと小さく言葉を紡ぎ始めた。
かたかた、と辺りの瓦礫が揺れ動き、宙に浮かび上がる。
ひしゃげた窓枠が元の形を作り、そこに吸い寄せられるようにガラスの破片が集まって繋がっていく。
砕けた壁の材木が組み上がり、剥がれた塗料がその上を綺麗に覆う。
金具が吹き飛んで単なる板と化していた玄関扉がゆっくりと起き上がり、元の位置に収まった。
幾分もせずに、大穴を空けていた壁は元の綺麗な状態へと戻ったのだった。
後に残った薬莢の山と肉塊を順番に見つめて、ネイティオは翳していた手を下ろした。
「はい、後はアルティマさんの仕事っスよ」
「はいはい」
手近な位置にあった肉塊を無造作に蹴飛ばすアルティマ。
「これ、畑に置いといたら肥料になるかしら」
「……食欲失せるんで遠慮願いたいっスね」
「死体を丸飲みにしてる奴の台詞じゃないわね」
冗談よ、と言いながら、アルティマは肉塊を右手で拾い上げた。




