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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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工房の争い

「ああもう、面倒臭いわね」

 アルティマは舌打ちして、踵を高く振り上げた。

 獅子のような顔をした6つ足の獣が顎を蹴り上げられ、宙へと吹っ飛ぶ。その横から飛び出してきた大蜥蜴のような全身鱗だらけの人型を更に繰り出した爪先で殴打し、彼女は華麗に着地を決めた。

「ネイティオがいれば楽なのに──」

 隣で申し訳程度に機関銃を構えているニコルを後方へと押しやりながら、毒づく。

「何処をほっつき歩いてるのよ、あの馬鹿!」

 ──穏やかな日常を演出してくれていた畑は、今や異形がひしめく戦場と化していた。

 この獣たちは、元は人間だったのだろう。ただの獣とは思い難い連携姿勢を取りながら、八方からアルティマたちを圧倒していた。それで戦況が不利にならないのはアルティマの戦闘能力の賜物なのだが、こう数が多いと思うように動けないのが悩ましいところだ。

 殆ど動けないニコルを庇いながらの戦闘は、彼女にとって負担が大きいのである。

「あんたは隙を見て工房に逃げなさい。此処にいられても邪魔なだけよ」

「は、はい」

「全く……アノンもアノンで何考えてるんだか!」

 右腕を翳す格好を取り、前方から迫ってくる異形たちに標準を合わせるアルティマ。

 瞬時に巨大なガトリングガンへと変形した右腕が数多の銃弾を吐き出し、次々と標的を吹き飛ばした。

 更に左腕をライトセイバーへと変形させ、間近に迫っていた異形を斬り捨てる。

 返り血を鬱陶しそうに払い除け、彼女は言った。

「今のうちよ。走りなさい!」


「今一度言います。あの少女を引き渡しなさい。あれこそが我らが捜し求めていたピュクシスの女であることは分かっているのですよ」

「承諾しかねるな」

 幾度となく魔術の応酬を繰り広げ、目茶苦茶になった店内の中心でアノンと魔術師の女は睨み合っていた。

 ぎぃと軋み音を立てる車椅子を右手で操り、女との距離を少しずつ詰めながらアノンは僅かに笑む。

「引き渡したところで、どうなる? 命題の『答』が分かると本気で考えているのか?」

「もちろん」

 女も笑う。妖艶という言葉がぴったりの微笑を口元に浮かべて、構えた祭器を指先で撫でる仕草をした。

「我らがメルディヴィスがこの戦争に勝利するためには、かの存在が必要不可欠なのですよ」

「夢想だな」

 くっくっとアノンは肩を揺らした。

「ピュクシスの女が究極の不老長寿についてを知っている? 何の根拠でそんな話ができたんだ。寝言を語るなら寝てから言うんだな」

 左手の剣を真横に構え、言う。

「ピュクシスの女はあんたたちが考えているような存在じゃない」

「──残念です」

 女の周囲の空間が歪む。

 圧縮して撃ち出された光の帯が、車椅子の車輪を片方吹き飛ばした。

 バランスを崩したアノンが床に投げ出される。無防備に背中を向ける彼に右手の指先を向けて、女は唇をちろりと舐めた。

「貴方を屠ってからゆっくりと中を探させて頂くとしましょう」

「アノンさん!」

 玄関から中に飛び込んできたニコルが声を上げた。

 女の注意が一瞬そちらに逸れる。視線までも外したその隙を、アノンは逃さなかった。

 彼は右手で上体を持ち上げると、左手の剣を女の足下から斜めに振り上げた。

 女が纏っていた法衣が裂け、手にしていた祭器が剣先に引っ掛けられて女の手から離れる。

 それを左手で剣を持ったまま器用に受け止めると、はっきりと大きな声で言い放った。

「影よ!」

 アノンの影が床に大きく広がり、波打ちながら幾本もの槍と化す。

 影の槍は、女の足を、腹を、胸を深々と抉り、突き抜けた。

「な──」

 驚愕で大きく開かれた女の口から、ごぼっと鮮血が溢れ出す。

 影の槍はすぐに実体を失い、塵のように霧散して消えた。

 穴だらけになった身体から口と同じものを吐き出しながら、女がその場に崩れ落ちる。

 屍賢者リッチならばこの程度の負傷などものともせずに動くはずだが、女は違ったようで、無防備に全身を横たえたまま動き出すことはなかった。

「……まさか、あんたに助けられることになるとはな」

 ずる、と下肢を引き摺りながら、アノンは身体の向きを反転させた。

 床に転がった車輪を拾い、横倒しになった車椅子を起こす。

「一応、礼は言っておこう」

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