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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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賽は投げられる

「…………」

 ニコルから事の顛末を聞いたアノンは、ニコルとは対照的に微動だにもしない表情を彼へと向けたまま、手にしていた鑢を作業台の上に置いた。

 明確な反応らしい反応がないことが、ニコルにとってはかえって恐ろしかった。

 てっきり、怒るか呆れるかすると思っていたのに──

「……ネイティオ」

 傍らで荷運びをしていたネイティオを呼ぶ。

「何スか?」

「行けるか」

 端的な言葉だが、それでネイティオにはアノンの意図が通じたらしい。ネイティオは荷物を足下に下ろすと、やや困ったように眉間に皺を寄せた。

「アノンさんはどうするんスか」

「俺のことはいい」

 アノンはゴーグルに指を掛けた。

 人前では絶対に外そうとしなかった緋色のレンズをゆっくりと額に持ち上げて、真紅の双眸を晒すと、言った。

「アナクトやメルディヴィスに遅れを取る前にエルピスを回収しなければならない。後手に回った時点で詰みになる」

「……そっスか」

 了解っス、とネイティオは頷いた。

 荷運びでよれていた法衣を引っ張って整え、窓の外を見る。

 すっかり日が暮れた外は、藍色の闇で満たされている。

 探し物をするにはいささか難儀な状況だが、ネイティオやアノンにとっては関係ないのだろう。

「御無事で」

 ネイティオは一言だけ残し、工房の外に出て行った。

 アノンはネイティオが運んでいた荷箱の方まで移動すると、それまで事の成り行きを黙って見つめているだけだったニコルを呼んだ。

 箱の蓋を開け、中に入っているものを彼に取り出させる。

「……服、ですか?」

 それは、軍服だった。

 アナクトの兵隊が身に着けているものに似ているが、細部のデザインや胸元に刺繍されている紋章の形が異なる。漆黒を基調とした、落ち着いた雰囲気の服だった。

 他にも、ベルトや靴といった装束一式が細々とした武器類と一緒に入っている。

「あんたの服だ。対人用装備だが、何もないよりはマシなはずだ」

「……状況が掴めないです」

 衣服を箱に戻し、ニコルは問う。

「一体何が起きてるんですか」

「賽は投げられたんだ」

 別の箱の蓋を開け、そこから何かを取り出すアノン。

 彼の身の丈はあろうかという、長い刀身を持った細身の剣だった。

 鞘もカバーも付いていない抜き身のそれを左手で軽く振るう動作をして、彼は言葉を続けた。

「エルピスがピュクシスの女だと発覚するのは時間の問題だ。あいつを隠し通してきた俺たちは、アナクトやメルディヴィスにとって裏切り者以外の何でもない。すぐにでも不可侵条約を破棄して此処を襲撃してくるだろう」

 無作為に外の人間を殺して回るエルピスを、兵たちは敵方の新兵器と誤認して攻撃するだろう。

 しかし、エルピスは不死の存在であるが故に、死ぬことは決してない。

 その事実を前にした者たちは、口を揃えて言うであろう。この少女こそ、命題の答を握るかの女に相違ないと。

 彼女が工房に住んでいたという事実は、実際に見て知っている者も多い。

 そうなれば、工房は事実を知っていながら隠蔽を続けてきた存在として見られるのも必然というもの。

 攻撃の対象とされるのは、時間の問題なのだ。

「此処にいる人間は皆殺しになる。事実を秘匿し続けた罪人として扱われてな」

「そんな……目茶苦茶な理屈じゃないですか!」

「目茶苦茶だろうが何だろうが、それが世間にとっての常識なんだ。いい加減自分のものさしで物事を見るのはやめろ」

 ニコルはうっと言葉に詰まった。

「簡単に潰されはしない。そのために打てる手は打っておくんだ。分かったらさっさと着替えろ。やるべきことはまだまだ山積してるんだ」

 アノンは鋭い眼差しでニコルを見据えた。

 ゴーグル越しでは決して分からなかった視線の冷たさに気圧されて、ニコルは反射的に頷いたのだった。

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