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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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災厄に転じる希望

 赤い。

 空が赤い。大地が赤い。何もかもが赤い。

 潰れてひしゃげた肉の塊と鉄屑と化した機械の残骸が、血を被って赤く染まっている。

 それらを傍観するように、エルピスは立っていた。

 工房の敷地の外。戦場の一角。

 息を切らせて到着したニコルが見たものは、それだった。

「……エル……」

 焼けた脂肪で粘度の増した空気が喉に痛い。呼ぶべき名前が、最後まで形にならない。

 それでも、エルピスには届いたようで。

 彼女はゆっくりと、血の付いた顔を振り向かせてニコルのことを見た。

「お兄ちゃん」

 笑っていた。

 屈託のない笑顔で。場に不釣合いな、幸福そうな表情で。

「皆が喜んでくれるの」

 ぺたぺたと赤い手形が付いた頬を触りながら、彼女は朗々と語る。

「エルが皆を壊すと、皆が喜んでくれるの」

 見えない何かの力が働いて、肉の塊がくちゃりと押し潰される。骨が突き出て、中に残っていた血がぴゅっと鉄砲水のように噴き出した。

 それがエルピスの仕業であることを、ニコルはすぐに把握した。

 エルピスは魔術を使うことができる。魔術を使えば、挽き肉をひとつふたつ作ることくらい造作もないことであろう。

「もっと壊したら、もっと喜んでくれるのかなぁ?」

「……エルピスちゃん……ネイティオさんが探してますよ。帰らないと……」

「お兄ちゃんも嬉しい? エルが皆を喜ばせたら、喜んでくれる?」

 エルピスはニコルの言葉には応えずに、ふわりと宙に浮かび上がった。

 血の染みたワンピースを風に翻し、妖精のように舞い踊りながら、手をひらりと虚空に泳がせる。

 ぱきん、と機械の表面が殴られたかのようにへこむ。

 辺りに漂う機械油の臭いが目に沁みる。粘っこさを感じた目を手の甲で擦りながら、ニコルはエルピスを呼んだ。

「エルピスちゃん! 帰らないと、皆が心配してますよ!」

「皆が喜ぶ顔、もっと見たいなぁ」

 エルピスはそのまま遠くの空へと飛んで行ってしまった。

 後に残された残骸に目を向けて、ニコルは焦りの色が混じった溜め息をついた。

「……大変だ……」

 踵を返し、彼は工房に向けて駆けた。

 遠くで何か警報のような音が響いている。エルピスが去っていった方向から聞こえてきているような気もするが、今の彼にはそれを気に掛ける余裕はない。

 早く、皆にこのことを伝えないと。その思いで、彼の頭は一杯になっていた。

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