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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
19/42

変わらぬ10年

「ニコル、ちょっと手伝ってくれる?」

 夕飯の後。食卓の片付けがひと段落ついたところで、アルティマがニコルを呼んだ。

 言われるままにニコルが連れて来られたのは、店舗のカウンターの外側。

 店仕舞いをする際に清掃した床が、数多の銃火器で埋め尽くされている光景がそこにはあった。

「明日アナクトに納品する物なんだけど、梱包がまだ終わってないのよ」

 小脇に抱えられる程度の大きさの機関銃。砲台に取り付けて使用するのであろう対戦車ライフル銃。物々しい形状の火炎放射器。

 ニコルにとってはメルディヴィスの魔術師が好んで扱う祭器よりは馴染みのある道具が揃っている。

 カウンターの上には、梱包用に用意したらしい布や箱の数々が置いてある。

「布で包んで箱に詰めれば良いんですか?」

「うん。宜しくね」

 言いながら、アルティマはさっさと布を片手に武器を包みにかかる。

 ニコルも真似をして、適当な大きさの布を選び手に取った。

「アルティマ、お外に行くの?」

 梱包作業を始めて幾分か経過したところで、カウンターの奥から声がした。

 エルピスがこちらに来たのだ。

「明日ね。エルピスはネイティオと留守番しててちょうだいね」

「いいなぁ」

 ずるずる、と何か固いものを引き摺る音。

 しばしがたがた音がしていたかと思うと、ひょっこりとエルピスの上半身がカウンターの奥に現れた。今のは椅子を引き摺ってきた音だったらしい。

「エルもお出かけしたいなぁ」

 ──エルピスを、外の世界と接触させるわけにはいかない。

 アノンの言葉を思い出し、ニコルは面持ちを固くした。

 アルティマはそれを知っているのかどうかは定かではないが、駄目よと首を横に振った。

「外に出るのは、もう少し大きくなってからね。アノンが心配するでしょ?」

「……はぁい」

 しゅん、と分かりやすく残念そうな顔をして、エルピスは椅子から下りたのか、カウンターの上から顔を引っ込めた。

「この遣り取り、何度目かしらね。あたしたちが此処に身を置くようになってからだから、もう数えられないくらいよね」

 アルティマは武器を納めた箱を次々と積み重ね、側面に何かを記したメモを貼っていく。

「10年……もっとか。アノンもいい加減、過保護癖を直してあの子をもう少し自由にさせてあげればいいのに」

 言ってから、ふと気が付いたように、梱包の手を止めて呟く。

「そっか……もう10年以上になるのか。あたしたちが此処で働くようになってから」

 時が経つのは早いわね、と言って笑い、ニコルから梱包を終えた武器を受け取る。

 あれだけ床を占領していた武器たちは、すっかり綺麗に片付けられていた。

「見た目が変わる人がいないから、時間感覚に疎くなっちゃうのよね。どうしても」

「……そうですか」

 アルティマもそうなのかどうかは分からないが、ネイティオは屍人アンデッドだから当然歳は取らない。

 公には秘密だが、エルピスも不老不死なのだから外見が変わることはない。

 アノンは歳を取っているはずだが……10年くらいなら、まぁ外見上の変化がなくても何ら不思議なことはないだろう。

 何気ない世間話のように思える会話だが、ニコルは複雑な表情をして今の会話を脳内で繰り返していた。

 エルピスが歳を取っていないことを、アルティマは気付いているのだろうか。

 そして世間は、エルピスがずっと幼い少女のままでいることを疑問に感じてはいないのだろうか。

 もしも、疑問に感じさせるようなことがあれば。エルピスが不老不死ピュクシスの女であると感付く者が現れるかもしれない。

 可能な限り、エルピスは人前に出してはならない。アノンが危惧していることを、今更ながらに理解した彼なのであった。

「やっぱり2人で片付けると早いわね。ありがとう、助かったわ」

「いえ」

 ニコルは希薄な微笑を浮かべてアルティマに応え、カウンターの奥に目を向ける。

 エルピスは、ネイティオのいる方へ戻っていったのだろう。先程までカウンターの向こうにあった彼女の気配は、今はもうなくなっていた。

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