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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
12/42

営業時間外

 どん。どん。

 何かが店舗の玄関扉を叩いている。

 野生の獣の類はいないはずなので、外を徘徊している何者かの仕業であることはすぐに分かった。

 何事かと身構えるニコルに対し、アルティマは肩を竦めた。

 食卓を立ち上がり、捲れ上がったスカートを引っ張って直しながら言う。

「時々いるのよね。営業終わった後に押しかけてくる奴」

 アルティマはニコルと共に店舗まで移動し、照明を点けて、面倒臭そうに玄関へと向かった。

 入口の鍵を外し、ノブを傾ける。

 と、どさりと音がして、法衣を纏った人間が倒れ込むようにして店内に入ってきた。

 全身血塗れで、元の色が何だったのか分からないほどに変色した法衣は胸から下半分が中身ごとなくなっている。はみ出た臓腑が帯のように引き出されてなくなった下半身の代わりに引き摺られており、途中から擦り切れて血ではない何かの液体を吐き出している。そんな外見の男である。いや、髪が男のように短い女だろうか。うつ伏せの状態では、どちらなのか判別は付かなかった。

「足を……」

 低い声で、それは呻くように言葉を吐き出した。男だったようだ。

「足を、付けてくれ……此処は何でも扱っているんだろ……」

「一体何だ。騒々しい」

 ぎっ、と車椅子の車輪を軋ませて、奥の工房からアノンが姿を現した。

 彼は男を足下に臨める位置まで移動してくると、呟いた。

屍賢者リッチか」

「俺はまだ戦える……足を、自由に歩ける足を……」

 男はうわ言のように繰り返す。

 アノンは無表情のままこめかみの辺りを掻いた。

「悪いが営業時間外だ。此処まで這って来れる体力があるなら、メルディヴィスに戻った方が早かったんじゃないのか」

「……足を……」

「…………」

 はぁ、と溜め息をついて、アノンは傍らのアルティマに言った。

「アルティマ、ネイティオを呼んで来い。あいつに処理させる」

「どうせ外に放り出すだけでしょ? あたしじゃ駄目なの?」

「メルディヴィスの奴を捕まえて引き渡す。あんたじゃいらん騒ぎになる可能性があるからな」

「ま、いいけど」

 さっさと店の奥に引っ込んでいくアルティマを見送って、ニコルはアノンに尋ねた。

「足を付けるって……そんなこと、できるんですか?」

「動いて喋ってるとはいってもどうせ死体だからな。部品になる材料があれば可能だ」

 死体には拒絶反応もないからな、と付け加えて、アノンは男から離れた。

 アルティマに連れて来られたネイティオに事のあらましを説明して、男を店舗の外へと運び出す。

 後に残った血痕を見て、ニコルに掃除するように告げ、彼は工房へと戻っていった。

 此処まで這ってきたということは、外にも血痕が残っているのだろう。

 明日の庭掃除は大変そうだな、と独りごち、カウンターの奥からモップを持ってきてニコルは溜め息をついた。

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