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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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彼らの役割

「そっちに行ったぞ、逃すな、追え!」

 ばらばらと機関銃を乱射する音に混じって、人の声が響いている。

 舞い上がる砂埃、きらきらと流星のように輝く弾丸の嵐、車両が砂粒を踏み潰しながら進む音──

 戦の光景を遠巻きに眺めながら、アルティマは傍らのネイティオに問いかけた。

「エルピスは?」

「アノンさんが部屋にやってたっスよ。そろそろ日が暮れるからって」

「そう」

 巨大な光が、光線のように2人の目の前を横切っていく。

 光に触れた銃弾が蒸発していくのを見、ネイティオは大きく息を吐いた。

「正直、複雑な気分っスね。おれたちが作った道具が、戦争を続けさせているんだって考えると」

「商売だもの。あまり深く考える必要ないんじゃないの?」

 アルティマは足下に落ちている潰れた銃弾を拾い上げた。

 この銃弾も、工房が注文を受けて製造したものだ。

 それだけではない。弾を撃つための銃、戦場を走る車、それらを迎撃するために用いられる魔術師の杖。全て、工房が作ったものなのだ。

 今や、工房の存在は世界にとってなくてはならない存在なのである。

「だからあたしたちが必要とされてるんだし。役割があるうちは喜んでいいんじゃないかしら」

「役割、ねぇ……」

 指先で頬を掻くネイティオ。

「結局おれたちも戦争のための道具ってことなんスかね」

「何を今更」

 銃弾をその辺に無造作に放り投げ、アルティマは肩を竦めた。

「純粋な人間じゃない時点でお察しってやつよ」

「ニコルさんが可哀想っスね」

「……何であの坊やが出てくるのよ。そこで」

 ネイティオは己の腹を軽く撫でる仕草をした。

「今の世の中、普通の人間でいる方が辛いっスから」

「……エルピスみたいに何も知らないか、アノンみたいに達観した人間じゃないとやってられないって?」

 流れ弾か。銃弾が2人の方に飛んできた。

 ひとつ間違えば自分の身体に穴が空く代物を、アルティマは素手で掴み取った。

 微妙に変形した鉛弾を足元にぽいと捨てて、彼女は、

「普通の人間だろうとなかろうと、今を生きてる『人間』だったら同じことよ。どう足掻いても、世の中が変わるわけじゃないんだから」

「そうなんスかねぇ」

 ネイティオは天を仰いだ。

 夕日が沈み、金から藍色に変わりつつある空を見つめて、そろそろ帰らなきゃと呟く。

「統計取るのはもう十分スよね? おれら2人が工房を出払ってるのって、よくよく考えたらマズイんじゃないスか」

「そうね」

 言う割に危機感を全く持っていない様子で、アルティマは工房がある方向に向かってのんびりと歩き出す。

 それにやや遅れてネイティオが付いて行く。

「あの坊やがもう少し銃火器の扱いに慣れてたらいいんだけど」

 アノンだって扱い慣れてるのに、と言って、耳の上辺りの髪を掻き上げるアルティマ。

 眉間に微妙な皺を作って、ネイティオは小首を傾げた。

「ニコルさんは無理矢理戦色に染めなくても、あのままでもいいと思うんスけどねぇ……」

 工房の灯が彼方にうっすらと見えてきた。

 銃声やら何やらで相変わらず騒がしい戦場を、2人は並木道散策でもしているかのように歩いていく。

 あれこれ意見を交わしつつも、結局はこれが彼らにとっての日常なのだ。そう宣言しているかのように、平然とした歩みだった。

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