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SHADE  作者: 青山 由梨
9/25

EPISODE9




「寝るんなら、オレの部屋を使え。一応、個室でカギも付いてる」


日も落ちて2時間ばかり過ぎた頃、ようやくイチシが起きてきたらしい。


暇過ぎて大欠伸をしていたリュクシーは、大口を開けたまま振り向き、見知らぬ若い男がこっちに向かって歩いてくるのに気づく。


「でけえ口だな。変なモン突っ込まれねえように気を付けろよ」


見た所、リュクシーと同じくらいか―――下手をすれば年下かとも思われるその少年からは、確かにあのイチシの声が発せられている。


「―――ああ、コレか?」

イチシは伸びっ放しの髭があったはずの顎を撫でた。


「もっと親父だと思ってたか?」

「その年でこんな仕事をしているのか?」


「こんな仕事?―――他にどんな仕事があるってんだ?男娼?それとも使い捨ての傭兵?ずっとマシだぜ」


「生まれつき依りましな訳じゃないだろう」


人が持つシェイドエネルギーは、先天的なものもないとは言えないが、その成長過程で大きく変動するものだ。

その成長過程でシェイドエネルギーに囲まれ、影響を受け続ければ、よほど強固な意志を持つ者でなければ廃人になってしまうのが普通だ。


「お前、捕縛士って知ってるか」

「―――ああ」


リュクシーは自分でも驚くほど平静に答えた。


「セントクオリスって国は気にいらねえが、オレは捕縛士って連中は認めてる」


イチシはリュクシーがどいた後、自分の定位置である舳先に座り込むと、ポケットから取り出した干し肉を口に咥え、腰に下げた水筒の口をひねる。


「―――飲むか?」


そしてふと、リュクシーが日中ずっとここに座っていた事を思い出し、気遣いを見せたイチシだが、リュクシーは自分のウエストに下げた水筒を軽く叩いてみせた。


「さすが、ジンはやる事早いぜ」


確かにリュクシーに水筒を差し入れたのはジンだったが―――どうして解るのだろう。


「―――で、何の話をしてたっけ?」

「捕縛士がどうとか」


気のない振りをしたものの、あの捕縛士を認めている理由とやらが気になる。


「セントクオリスの政府は他国を侵略、吸収しようと色々と汚ねえ手を使ってくるけどな、捕縛士って奴は自分の信念に基づいて動いてる。オレは一人の捕縛士と出会って、シェイドって力の使い方を教わった。―――そして今、この仕事についてるってわけさ」




―――外界に自由に出られるのは、第一級捕縛士たちに限られている。


第一級捕縛士―――――ソーク=デュエルを始めとする、ジャスパー=セライン、クレスト=シェトラ、ドラセナ=ロナス、マディラ=キャナリーの5人。


外界任務についているのは、たったこれだけの厳選されたメンバーなのだ。




「捕縛士が自分の信念を持っている?―――奴等はメダリアの総括に命令されて、興味対象の魔獣や人材を確保して、届けるのが仕事だろう。どこに意志が反映されると言うんだ」

言った後で、リュクシーはハッと口をつぐんだ。


―――イチシがじっとリュクシーの様子を見ている。


確かにイチシのこの観察眼は、リュクシーたちメダリアで養育された人工捕縛士と通ずるものがある。


「オレの持ってる捕縛士像とはどうも違うみたいだな」

「お前の見えているものと、私が見えているものが同じとは限らない」


「―――そりゃそうだ」


まさか自分が捕縛士としての養育を受けていたと知られるわけにはいかず、リュクシーは言葉を濁した。

もちろん、ごまかしきれたとは思っていないが・・・・・・


「オレが会ったのは、クレスト=シェトラって捕縛士だった。―――お前の知ってる奴とは違うんじゃないのか?」


外界にいる者のほとんどは、メダリアが捕縛士を養育している事を知らないのだ。

彼等にとっての捕縛士とは、実質5人―――進出鬼没な、圧倒的な力を持つ者たち。


彼等の目的を知らず、ただあの力だけを一方的に見せつけられれば、イチシのように心酔してしまうのも無理はないのかもしれない。


「私が出会ったのは―――ソーク=デュエル。自分の獲物には恐ろしいまでの冷徹さを、自分の側の人間には優しさを―――裏表のある男だった」


「誰でもそんなモンじゃねーのか、人間なんて」


イチシの言葉がリュクシーの胸に突き刺さった。

「―――そう・・・・・・だな・・・・・・」



リュクシーは暗い海へと視線を投げかけた。


暗い―――暗い海。

未来の見えない暗闇―――小さな明かりを灯して、その海を突き進むこの船は、まるでリュクシーそのものを表しているようで・・・・・・


「私が彼等を恐れたのは、私も《獲物》に過ぎないと―――体で感じていたからなのかもしれない」


「―――まあ、いいじゃねえか。捕縛士と何があったかは知らねえが、奴等と関わるなんて一生に一度か二度、あるかないかの事なんだ」


イチシはそれで済むかもしれないが―――そしてふと、先刻のイチシの言葉を思い出す。



(クレスト=シェトラにシェイドの扱いを習った―――?)



―――――それは、どういう意味なのだ?捕縛士の養育は外界でも行われている?

メダリアでの最高最新の教育を受けたものだけが、完璧な捕縛士になる―――そう言われ続けていたのに。


だが、リュクシーたちは第一級捕縛士による直接指導など受けてはいない。

彼等が学ぶのは、あらゆる実体験を伴った知識のみ。



(そんなもの―――アンドロイドに行動パターンを擦り込むのと大差ないじゃないか)



リュクシーたちは―――捕縛士になるために生きていたのではなかった?


捕縛士に必要なのは強い意志。シェイドと向き合っても己を見失わない強い自己。




「―――どうした?真っ青だぞ」



セントクオリスのドーム―――――あれだけの巨大な設備を動かしているシェイドエネルギー。


―――だが、カライを見ても解る。

人の持つシェイドエネルギーには偏りがあるのだ。生前の軌跡により、シェイドの属性変わる。


カライは死ぬ時に浴びた電撃の影響で、電気と光、そして翼による浮遊を得意としている。



(―――だが、ドーム内ではカライはただの照明道具にしかならなかった?)



「おい、どうした!?」


ガクガクと震え始めたリュクシーの両肩をつかみ、イチシは揺さぶった。



「私たちは―――――私たちが・・・・・・?」



メダリアが創ろうとしていたのが、捕縛士ではなく―――良質で高性能な《シェイド》だとしたら。



(私たちは―――ゼザは・・・・・・!!)



生きるも死ぬも、メダリアにとっては好都合―――生きれば更なる実体験を積み、死ねばシェイドとして使われる・・・・・・


(私たちは―――本当に餌でしかなかったのか・・・!!)

もはや疑うべくもない事実に、リュクシーは恐怖と憤りを感じる。


「何なんだ―――おい?」

イチシはふと、リュクシーの顔をこんなに近くで見たのは初めてだと気づく。


浅黒い肌にくっきりとした目元、艶やかな唇―――時折、不揃いの短い髪の隙間から見え隠れするうなじ―――どう見てもイチシやジンとは別物だ。別の生き物だ。



グッ―――――イチシの手に力が入り、リュクシーは肩の痛みに顔を上げた。




パァンッッ!!!




軽快の音がして、甲板に出ていた船員たちの視線が一斉に2人に集まった。


「いってぇな・・・・・・」

右頬の平手打ちを食らったイチシは、うめくように言う。


「―――妙なマネをするな」


「誘ってんのはお前だろ」

「私がいつ誘った!!」


突然、声を張り上げたリュクシーの腕を、イチシがつかむ。


「―――離・・・・・・!!」

無理やり抱き寄せ、首筋にキスしようとしたイチシを、リュクシーは反射的に投げ飛ばしていた。



グッッ!!!



しかしイチシは踏みとどまると、逆にリュクシーを押し倒す。



ダンッッッ!!!



「いいぞ、イチシ!!そのままやっちまえ!!!」

周りで囃し立てる声が聞こえたが、リュクシーにはそれどころではなかった。


(こいつ―――強い・・・・・・!!!)

今までは殺さない程度と思い、手加減もしてきたが、今はそんな余裕はなかった。


イチシがリュクシーを押さえつけているのは腕力ではない、シェイドだ。

腕力では男にも負けない自信があっても、イチシからほとばしるこのシェイドは―――


リュクシーもシェイドを解放させたが、イチシには全く効果がない。


それはそうだ―――リュクシーは宿業から逃げ回っている身、シェイドの扱いを心得ている者同士ならば、意志の強い者が勝つ。



(離せ―――離せ!!!!)



だが、イチシのシェイドに適わないのは体が感じていた。


(嫌だ―――ゼザ・・・・・・!!)

だが、ゼザの顔を押しのけるようにリュクシーの脳裏に現れたのは―――


「カライ!!!!!」





バチバチバチッッッ!!!!!





甲板を擦り抜け、飛び上がったその光る物体は、電気を帯びながら急上昇した後、リュクシー目掛けて急降下する。



―――――タンッッ!!



その光の線は、甲板に激突するかと思いきや、軽く到達する。



「お前、オレの女に何やってんだ?」


さすがのイチシも、これだけはっきり具現化しているシェイド体を見るのは初めてのようで、ここでようやくカライという存在の正体と潜在能力を認識したのか、すっかり固まってしまっている。


「―――どけ。一度しか言わないぜ」


静かな声とは裏腹に、カライがその激情を押さえ込んでいるのは、彼の体に沿って走る電気の帯を見れば明らかだった。



―――イチシはゆっくりとリュクシーから離れる。

イチシは正しく判断したのだ―――カライのシェイドの方が、断然上であると。


「立てよ、情けねーな」


だがピクリとも動かず、ただただカライを凝視しているリュクシーに自嘲的な笑みを浮かべると、カライはリュクシーのそばに歩み寄り、二の腕をつかんで引っ張り起こした。


「―――行こうぜ?」

カライが当たり前のように言ったが、リュクシーは怪訝な顔をする。


「勤務時間は終わりだろ」

反応の薄いリュクシーに、カライはニヤリと笑ってみせると、構わずに歩き出した。


カライにズルズルと引きずられ、厳しい眼差しでこちらを見ているイチシの視線を気にしながらリュクシーは尋ねる。


「どこに行くんだ」

「オレたちの部屋に決まってんだろ」


本当にうれしそうな顔をして―――この男は何を考えているのだろう。


「オレたちの?」


だが―――またしても、リュクシーはカライに救われた。

リュクシーの叫びに呼応して、カライは現れた・・・・・・


「カギ付きの個室がオレたちを待ってんだろ?」

カライはまるで子供のようにはしゃいで見えた。


「・・・・・・」

異形を見る船員たちの視線の中、カライにはリュクシー以外は見えていないようだった。




カライはもう、生前に関わった者たちへの想いは捨ててしまったのだろうか―――それが彼の選んだシェイド体としての生き方なのか。


(カライ―――それでいいのか?)

リュクシーはカライの背中を見つめた。


背に生えたその翼も、リュクシーの腕をつかもその手も皆、リュクシーのためだけに存在している・・・・・・


(私から離れれば、お前の望む安らかな死もあるだろうに・・・・・・)


「いいんだよ」

カライが言うと同時に、手に力がこもる。


そこから伝わるカライの熱―――あるはずのない熱。

リュクシーだけに感じる熱・・・・・・


「オレはオレのやりたいようにやる」


リュクシーの心の声が聞こえたのか―――だがその声は、いつもと違ってカライの本音の気がした。


「欲しいモンは手に入れる」


グイッ―――――



―――不思議と・・・この時は邪魔が入らなかった。


いつもリュクシーの大部分を占めているはずのゼザの幻も、その幻に頑ななまでに縛られている自分自身の他への拒絶も。


だが―――カライの唇は、ゼザのものとよく似ていた。

それはカライも感じている事だろう。


生と死で隔てられた2人は、自分の過去の体感を蘇らせる事でしか、触れ合う事ができない―――

リュクシーはゼザを、カライは別の女の唇を思い出し、触れ合っているように感じるだけなのだ。


「―――やめろ、カライ」


「何だよ」


「理由は分かってるはずだ」

2人が体を重ねても、残るのは空しさだけ―――――


「そんなの解るかよ」



―――バンッッッ!!



カライはすぐそばの船室を蹴破ると、リュクシーを連れ込んだ。


「な、何だてめえ!!ここはオレの部屋だぞ―――ぐわっ!!!」

そして休んでいた船員をシェイドの力で外に弾き飛ばすと、リュクシーをベッドに放り投げた。


「カライ―――無駄だ」

「何が無駄なんだよ」


リュクシーは抵抗しなかった―――答はカライ自身が気づくはずだ。






カライは荒々しく、この生身の少女に愛撫する。


だが―――少女は生きているにも関わらず、まるでカライを拒絶するかのように静かに瞳を閉じていて・・・・・・カライの手には、彼女のぬくもりが伝わってこなくて。






―――カライの手が止まり、リュクシーはゆっくりと目を開けた。


「・・・・・・」



―――ドサッッ!!



視界から姿が消え―――カライはリュクシーの横でうつ伏せになる。


「チッ―――」


「カライ・・・」


リュクシーは上半身を起こす。―――カライの背には翼がなかった。


今のカライは、メダリアの束縛を忘れるほどにリュクシーを欲している1人の男でしかない―――


「プラトニックなんかゴメンだぜ」


「お前となんか、プラトニックも御免だ」

言葉とは裏腹に、リュクシーの口調に刺々しさはなかった。


「―――まあ、いい。お前がいい女になった頃、またチャレンジするさ。オレが触れただけで濡れちまうような、大人の女になったらな。―――大体、処女は好みじゃない」


「そんな日は永遠に来ないから安心しろ」

リュクシーが小さく笑うと、カライは身をよじり顔をこちらに向けてくる。


「永遠―――ね・・・」


《悪魔》はすっかり普通の青年の顔に戻っていて―――メダリアの呪縛から解き放たれた代わりに、新たな呪縛を、リュクシーに捕らわれる事を望んでいるカライ―――


もし、リュクシーがこの世から消えてしまったら、カライはどうなるのだろうか。


「《永遠》の男なんだぜ?オレはお前の。―――もちっといい顔も見せてもらわねーとな」

カライはリュクシーの頭の布をずり下ろすと、その黒髪を撫でた。


「・・・・・・」

だが、ゼザに向けられていた笑顔が、再びここに宿る事はない―――何もかもが変わってしまった。

何もかもが失われたのだ。


「お前がトラブルを起こさないなら、私もため息ばかりつく事もないんだがな」

そう言って、またため息をつくと、リュクシーは頭を枕につける。


「―――寝る。お前と違って、疲れがたまっているんだからな、私は」


目を閉じ、寝の態勢に入ってしまったリュクシーを、カライは静かに見つめる。

見つめて見つめて―――カライには時間が経つのなど関係はなかった。


リュクシーを見つめ続けているうちに、船室の小窓から朝日の光がもれ始める。

―――こうしてカライは、1日が過ぎていた事に気づくのだ。


これからもこうして過ぎて行くのか―――目覚めを当たり前として、眠っていたあの頃には戻れないのか・・・


己の不確かさに、カライは横で寝ているリュクシーを妬み、時には殺してやりたいと思うほどの憎しみさえ感じた。


だが―――やはり一番に現れるのは、この少女への・・・生きている事への渇望と、同情。そして・・・・・・


「う、ん・・・・・・」


目覚めを迎える少女へと駆り立てられるこの衝動―――


(オレは証が欲しい。―――オレは死人なんかじゃない。オレにはこの体がある。名前もある――― メダリアへの復讐心もある。―――こいつがオレの名を呼ぶ。それだけがオレの存在している証だ・・・・・・)


―――そのためには何だってする。

憎もうが愛そうが、リュクシーの中に《カライ》がいればいい。


カライは既に、シェイド体として生きていく方法を知っていた。

だからこそ―――――リュクシーから離れられないのだ・・・・・・






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