EPISODE6
「これだ―――!!」
リュクシーがカライをライト代わりにして覗き込んだカプセルの中身は、9つ目にしてようやくメダリア行きの魔獣用のものに行き当たる。
その中身は、文明の汚染によって産まれた異形の生物たち―――
「捕縛士が捕獲した魔獣だ―――よし、開けるぞ」
「―――お?いいのかよ、お前……」
カライがギョッとした顔をしたが、リュクシーは既に解除パスワードを打ち込んでいた。
プシュ―――――!!!!!
カプセルが開くと同時に、《外》の臭いが辺りに立ち込める。
その土臭い空気を吸った時、リュクシーの脳裏に、一瞬だが懐かしい映像がかすめた。
(これは―――外の記憶か……?)
ゼザと違い、外からメダリアに連れて来られたリュクシーには、微かながらドーム外の世界の記憶があった。
だが、そんなものを思い出した所で意味などない―――今はメダリアからの脱出が第一なのだから。
《ウウウウウ―――――グウウ・・・・・・!!!!》
狭いカプセルから解放され、気を失っている者、死んでいる者もいるようだが、目覚めてメダリアの制服に身を包んだリュクシーを目にし、明らかな殺意を持つ者もいた。
《ガアアァアア―――――!!!!》
その魔獣はリュクシーをメダリアの者と判別できる点から見て、人間であるらしかった。
だがそれと見ても、人間とはとても思えない。
顔は崩れ落ちかけ、腰は曲がり、足も曲がって引っ付いていて、全身は毛むくじゃらだ。
コロシテヤル
声ではなく、想いが―――――リュクシーの中に響く。
アンタタチナンカ
リュクシーは構えた。今はもう、3年前の無知で脆弱な子供ではないのだ。
己の身は己で守る大人―――捕縛士にはならずとも、あそこでの訓練は、これからに役立てる事ができよう。
コロシテヤル
《ガアアアアッッッ!!!》
ドスッッ!!
飛び掛かって来た魔獣の動きから目をそらさず、リュクシーは正確に相手の急所を突いた。
《ギャアア!!》
空中で動きを封じられ、地に落ちた魔獣に向かって、リュクシーは素早く動く。
腹から蹴り上げ再び魔獣を宙に浮かすと、そのまま上がっている足で踵落しを敵の肩に食らわせる。
《ギェエエエッッ!!!!!》
魔獣は腹を蹴られ呼吸の出来ない苦しさと、砕けた肩の痛みに耐え兼ねて、呪いの言葉のようなうめき声を出す。
「ケッ、やるじゃねーか!―――おっ、後ろ……」
感嘆の声を洩らしたカライが教えるより早く、リュクシーは横に飛びのいた。
(もう一人いたか)
「くそっ!!!!よくもモモネを―――許さねぇ、殺してやるぞ、メダリアの犬め!!」
少年は奇襲をかわされて毒づくと、再びリュクシーに襲いかかる。
2人目の敵は、さっきの魔獣(おそらく少年の言うモモネという名の人間の女なのだろう)とは違い、はっきりと聞き取れる言語を操り、手には割れたカプセルの破片を握り締め、リュクシーを串刺しにしようと凶器を闇雲に振り回しているだけだ。
その動きは魔獣に比べれば断然遅く、余裕を持って追撃をかわす事ができる。
だが、早々相手にしている時間はないリュクシーは、隙を見て少年の手から破片を蹴り飛ばすと、後ろに回り込み、手首をねじ上げた。
「その女を連れて去れ。私も争いは望む所ではないんだ。―――だが」
「くそぅ、離せ!!」
「この制服に身を包んだ私が憎いと言うのなら、相手になってやる。―――ただし、命はないと思え」
そう言って突き放すと、少年は一瞬どうするべきかと模索したようだが、痛みに這いつくばるモモネの姿を見て決断したようだ。
「―――いつか殺してやる……メダリアも、ソークも、お前も!!オレたちをこんな目に合わせたお前らを、オレは絶対に許さねぇ―――絶対に!!!」
そして少年はモモネを背負うと、リュクシーとは逆方向に走り出す。
「………」
カライの光の範囲を抜け、闇に消えてしまった少年たち―――
だが、彼等の向かった方角には、リュクシーたちが侵入したビレイラドームがある。
―――途中で捕縛士と鉢合わせするだろう。
「―――行くぞ、もっと多くのカプセルを解放するんだ」
あの2人の行く末などにかまけている暇はないのだという事を思い出し、リュクシーはカライを促す。
「こいつらはこのままでいいんかよ?」
残ったカプセルの中身に視線をやると、軽い地団駄を踏んだカライだが、リュクシーの反応は薄かった。
「放っておけ。目を覚まして逃げればそれも良し、このまま放置されていても、捕縛士以外は関心を示さない」
「ふ〜ん……それより、解除パスワードってヤツをオレにも教えろよ。その方が手間もはぶけるだろ。一々地面に降りて、解除して回るなんて面倒だぜ」
―――リュクシーはカライの顔をじっと見る。
「―――なんだぁ?ようやくオレにホレたのか?」
「いいだろう、教えてやる」
カライはメダリアとの完全な決別を望んでいるわけではないようだ―――いや、望んでいるからこそ、メダリアの機密コードを知りたがるのか?
メダリアのパスワードを知り、カライが良からぬ事を企んでいるのは、やけに多い口数と、不真面目な彼にしては筋の通った考えから、容易に想像できた。
だが、脱出後にカライがメダリアに復讐を仕掛けようが、リュクシーには関係ない事だ。
「パスワードは《RYU4CCHL2B》だ」
リュクシーは簡潔にそれだけ言ったが、カライの方は自分の思惑がバレてやしないかと、さりげなくこっちの様子を伺っているようだ。
(もっとも、こんな事件のあった後では、メダリアは一斉にパスワードの書き換えを行うだろうがな)
しかし、リュクシーのあまりに協力的な態度をカライが訝しがっているようだ。
「手伝うんだろ、早く次のカプセルに行け」
「―――チッ、何だよ、バレてんのかぁ?―――つまんね」
リュクシーがダメ押しの一言を発すると、カライはうんざりとした声をもらす。
「早く行け」
「やるかよ、んなメンドくせー事。それに、オレが離れるとお前、逃げんじゃねーのか?」
―――今度はリュクシーが図星を指された番だった。
「―――《逃げる》?何か思い違いをしているようだな。―――私たちはメダリアから逃げるという目的は一致しているが、ここまで来れば、私とお前が違う出口を選んだとしても、それは《逃げる》ではなく《別れる》というんだ」
「―――お?思い違いはオメーの方じゃねーのか?オレは『しばらくお前と行く』って言ったはずだぜ」
シェイドに魅入られてしまった―――メダリアから逃れられたとしても、付きまとうカライの姿を容易に想像できる自分の未来に、リュクシーは限りない不安を覚える。
「全く、女ってヤツは素直じゃねーな?『死なないで―――!!』って抱き着いてきたと思えば、『構わないで』ってか?」
リュクシーは、カライのこの緊迫感のなさにいい加減腹を据えかねていたが、今更何を言っても無駄な気がしてきた。
「もういい……お前は黙ってろ」
リュクシーは完全に無視を決め込んで、ミンティア・ドームに向かって走り出す。
「―――――やっぱり来たな……」
ふいに前方に広がる暗闇から、よく見知った声が聞こえ―――リュクシーはギクリとして立ち止まった。
「実際……こんな日が来る予感も、半々くらいはあったのかもな―――」
「―――ゼザ・・・!!」
お互いの立場が正反対になっても、2人はパートナー、ここで出逢ってしまった事に2人は驚くほど冷静だった。
だが、リュクシーの抱えている焦燥感は全く別のもの―――
「―――逃げろ、ゼザ」
「何だと?」
リュクシーの理解不能な言葉に、ゼザは眉をひそめた。
だが、リュクシーの背後に集まる光の集合体―――カライの狂気に満ちた表情を見て、パートナーが如何にして、あのメダリアから脱出を可能にしたかが答となって現れる。
「くたばれ、《青人形》!!」
バチバチバチッッッッ!!!!!
カライのシェイドは一瞬にして獲物を捕らえた―――ゼザは電撃の刃を体に突き立てられ、数メートル後ろにすっ飛ばされる。
ドサッ―――!!!
「待て、カライ!!それ以上はよせ!!」
続いて攻撃を仕掛けようとするカライを制し、リュクシーはゼザの元へ駆け出した。
カライの光で顔がはっきり判別できるまでに近づくと、リュクシーの歩速は自然と落ちていく。
ピクリとも動かないゼザに―――リュクシーは言い知れぬ不安を覚えた。
カライの攻撃はまさに死の体感―――メダリアで受けた疑似体験とは違う。
いくら並みの人間よりは、捕縛士の方がシェイドへの耐久性があるといえども―――リュクシーはゼザの傍らに跪いた。
(息をしていない―――)
―――これがシェイドの威力か。ゼザを一瞬にして死に至らしめた。
「………」
カライはその様子を呆れて見ていた。
(―――なんだぁ?人工呼吸なんかして、生き返らすつもりか?オレが味方で、あっちが敵って事忘れてんじゃねーよな?それとも……メダリアのプログラムには逆らえないってワケか?)
メダリアや《捕縛士》についてのウワサは色々とあった―――
メダリアの研究者たちから見れば、全てにおいてモルモット的存在である《捕縛士》。
その生殖行動も管理するために、最高の相性を持つ精子と卵子の持ち主の頭を少々いじり、特定の異性の像を擦り込ませるとか―――――捕縛士たちの青い髪は、薬害によるものだとか。
(―――単なるウワサってワケでもねーみたいだな)
必死にゼザの心臓を叩いては、空気を送り込んでいるリュクシー。
その2人の髪は噂通り、カライの光を浴びると青黒く反射する。
「ゲホッッ!!」
突然、ゼザがむせ返る。
(しぶとく生き返りやがったか―――)
ゼザが息を吹き返すと、リュクシーはさっと飛びのいた。
「お前よ―――」
「何も言うな」
揚げ足を取ろうとしたカライだが、今回ばかりは有無を言わせぬ口調だった。
「―――お前の言いたい事は十分解ってる」
リュクシー自身、自分達に施された実験の副作用は解っているつもりだ。
ゼザを見放せないのは、メダリアによる脳内操作のせいなのか―――?
「―――さあ、外都市へ行こう。―――邪魔者はいない」
ゼザの性格からすれば、1人で来たのは明白だった。
後は事故処理に回る捕縛士たちの目から逃れ、外界へ向かえばいい。
(この地を離れれば―――メダリアの呪縛も薄れるんだろうか)
だがそれは、この胸に沸き上がるゼザへの衝動を忘れる時―――そんな時が本当に来るのだろうか。
(来なくても、私たちは別々の道を行く。―――ここでお別れだ、ゼザ……)
そしてリュクシーは再び走り出す―――二度と振り返らないように。
そんなリュクシーの上を飛びながら、カライにはある予感があった。
(こいつは必ず戻って来る。―――メダリアに。限りなくそんな気がするぜ)
そして2人はいつか見える光を目指して突き進む。
自由と暴力が待つ、外都市を目指して―――――