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SHADE  作者: 青山 由梨
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EPISODE5




「まずはお前のその翼を隠さなくてはならないな―――これを着ろ」

人気のない路地に潜んでいた2人―――追っ手の姿がない事を確認してから、リュクシーは自分が着ていたメダリアから支給されたコートを脱ぎ、カライに渡した。


「オレに女モンを着ろってか」

不満気にそう言ったカライだが、リュクシーは女にしては長身だったし、捕縛士になるための訓練を受けていたせいか、着痩せしてそうは見えないが実は引き締まった体をしていたので、背こそ高いが細身のカライなら、肩は平気で入りそうだった。


「メダリアの制服は男女兼用だ」

「ダッセーなぁ、捕縛士ヤローの制服ってヤツは。オレだったらよ―――」

そう愚痴りながら、自分の体を見下ろしたカライは、ある異変に気付き、また狂ったように笑い出した。


「ヒャハハハハ!!!―――おい、見ろよ!!そうそう、こんな服が欲しかったんだよ」


コートを突っ返してきたカライを見て、リュクシーはギョッとする。

―――いつのまにか、カライがロングコートを身にまとっているのだ。


「お前が―――創造したというのか……?」

元々自分や第三者に暗示をかけ、そこに在るだけの実体のないカライは、服を変える事も意志一つで出来るらしい。


「さあな、知らね。―――まぁ、どーでもいいぜ、んなコトは」

「ならば意志一つで、その翼も消せるんじゃないのか?」


「―――本当かよ?」

カライは突然まじめな顔になり、目を閉じるとブツブツと何かをつぶやき始めた。


「ない―――ない―――ない―――って、無くならねーぞ」

どういう事だと言わんばかりにリュクシーに向き直るカライに、この不可解極まりない現象について、自分なりに考えてみる。


「―――お前は翼がある事を意識しているか?」

「は?言ってる意味がわかんねーな。―――背中がムズムズすんのはあるけどよ」


―――生前に強烈に擦り込まれたものは、感嘆に取り払えないのではないか?


薬によって拒絶反応を押さえていただろうカライは、背中にある翼の違和感から、取り外しが効かない…… そうは考えられないか。


「体に一部を消すには、生身の体の一部を切り落とすくらいの度胸と特異な状況が必要って事だろう」

「じゃー、服とかは自由なのかよ?」


「―――おそらくは」

リュクシーに正解を求められても困るが、現時点での答はこんな所だろう


「で?―――それは他人に対しても有効なんかよ?」

カライが嫌な笑みを浮かべるのを見て、この男が自分にとんでもない服装をさせようとしている事に気付き、この非常事態において、と苛立ちを感じた。


「私は捕縛士になる訓練を受けてきた。シェイドに対する耐性も並みの人間よりは高い。 ―――シェイドエネルギーは、同じ衝撃を受け続ければ《慣れる》事が可能だからな。 ―――だから、そんなくだらない事を考えるのは時間の無駄だ」


「つまんね」

もう一度コートを着直すリュクシーを見て、カライはつぶやいた。


カライにとっては、相手の存在や潜在能力さえも興味の対象ではなく、ただ単に思い通りの反応が得られないのがおもしろくないだけらしい。


「で、どーすんだよ?お堅い捕縛士のリュクシーちゃんはよ」

「真面目にやれ!!追ってくるのは、間違いなく上級捕縛士たちだぞ!!」


「―――ヘッ、上級だろうと何だろうと、オレの邪魔をする奴は焼き殺してやる。奴等がオレにしたみたいにな―――」

カライが残忍な笑みを浮かべたのを見て、リュクシーの脳裏にあの瞬間の光景が蘇る―――


―――カライは間違いなく死人なのだ。

無の世界に逝きそびれた生の残像―――死霊なのだ。


何て恐ろしいことだろう―――人の心を食らって大きくなり続けるこの街で、今度はその心が人を食らう為に意志を持ち、力を得た。

人の手の内になど収まるはずのない力で、このドームは動いているのだ。


「―――聞け。脱出の手順を説明する……」

早く離れた方がいい―――セントクオリスからも、カライからも。


この国は異常だ―――その思いがリュクシーを焦らせた。


「フン、どーすんだ?あんまり地味なのは却下だぜ」

「ここを通過する」

リュクシーが今いる路地の一画にある、転送機用の巨大な管をガンガンと叩いてみせた。


「ああ?―――何が楽しくて、そんなクサイとこ潜るんだよ?」

だが言葉とは裏腹に、カライの表情は楽しそうだ。


「一度、ミンティア・ドームに戻り、そこから外都市へ向かう。外都市への転送路はミンティアにしかないからな」


「バッカくせーなぁ。何でわざわざセントクオリスの中枢に近づく?ここの後ろには、鬱蒼とした森が広がってるんだぜぇ?―――ビレイラのすぐ後ろに。森に紛れりゃイイだけの話だろ?大体、外都市だってセントクオリスの属国だろうが」


「森林地帯にも村が点在しているらしいが―――ビレイラからハイド地帯へ向かうコースは捕縛士たちに読まれているだろう。捕縛士の待ち伏せにあって終わり、だ」


「捕縛士なんて、このオレがブッ殺してやるぜ」

カライが憎悪に満ちた瞳でそうつぶやくのを見て、リュクシーは背筋が冷たくなるのを感じた。


あまりにも違い過ぎる―――30秒前のカライの顔と。


「余計な争いは無用だ。脱出が最重要事項だ」

無表情を装った声でそう言ったリュクシーの顔をじっと見て、再びあの自分が優位であると言いたそうな生意気な笑みをこぼすと、カライは言った。


「―――それだけか?捕縛士に会いたくない理由は」


「余計な事はいいと言ったはずだ!!」

リュクシーは思わず声を張り上げる―――正直、図星を指されてギクリとした。


だが、それをカライに悟られまいと顔を背け、懐からナイフを取り出すと、転送機のドアへ小走りに歩み寄る。

ナイフでこじあければ、非常用システムにひっかかるだろうが――― どこかの企業が所有しているこの固い扉を開くには、暗号が必要だ。




リュクシーの捕獲、そして処刑―――そうなれば、彼の性格からして、ゼザ本人がやって来るはずだと思った。

パートナーであるからこそ、裏切りの報復は自らの手で下すのだ。

自分がこうして逃げ出す事で、ゼザの心も、これからの人生さえも変えてしまうのは分かっていた。


―――ゼザは苦しむだろう。そして、リュクシーの存在を消し去る事に解決策を見出すだろう。


だが―――ここは人の心の途絶えた街。

そして、リュクシーも紛れもなくここの住人―――隠し切れなかった本音は、何よりもまず、自分がどう生きるかという事だった。


その為にゼザを裏切り―――カライさえも利用する。


そんな自分の卑怯さを噛みしめながら、リュクシーは手に力を込めた。


「どけよ」

中々進展しないのにイライラしたらしく、リュクシーを荒っぽくどかすと ―――カライは何と素手で鋼鉄の扉を打ち砕いた。


「―――ヘッ、見ろよ。オレは無敵だぜぇ?」


―――カライにとっては、相手が薄っぺらな紙切れだろうと、厚い鉄の扉であろうと問題ではないのだ。

自分の拳で目標を打ち砕く映像を思い浮かべたなら、それが現実になる。


まるでカライが人から化け物に移り変わる瞬間を見てしまったかのように、胸の鼓動が高鳴っていたリュクシーがふと目をやると、得意げに言った割には、本当にに異常はないのか、とチラチラと自分の手を気にしているカライがいて、少しだけホッする。


カライにはまだ、自分の骨が砕けていない異常さに完全に馴染んではいないようだ。


(そうだ、私が気を付けなくては―――こいつは無茶をすればするほど、人であった時の感覚を忘れ、本物の魔人になってしまう)


人間という、生きているという枠から完全に外れてしまえば、それはリュクシーに相手の出来るモノではない。


「今後は無闇にシェイドを使うな。普通の人間の力で出来る事に、大きな力を割く事はない」

「―――シェイド?オレはただ、この手でブチ破っただけだぜ?」


「ならば、私にも可能か!?―――言わなくても気付いているはずだ!!お前を織り成す力が何なのか!!―――人でいたいという気持ちがあるなら・・・!!」

そこまで言って、妙に興奮している自分の姿に気付き、リュクシーは肩の力を抜くと嘆息した。


「今は―――やめよう。時間はない。―――さあ、転送路に入るんだ。私と行く気なら」

何故、こんなにムキになる必要がある―――そう考えたリュクシーは、声の音量を元に戻した。


カライはまた笑うと肩をすくめてみせる―――そして、コートの裾をはためかせると、転送機の中に飛び込んだ。

そしてリュクシーも呼吸を整えると、身をよじらせながら中へと入り込む。







ビュッ―――!!!







そして、転送路の中に降り立つと同時に、リュクシーに突風が襲いかかる―――

転送カプセルが、リュクシーの目の前を高速で通過したのだ。


「ケケッ、もう少しズレてたら、内臓ブチまけてたな」

カライがおかしそうに笑っているのが見える―――相変わらず、暗闇で発光してしまう体質のようだ。







キィン――――――




二本繋がった転送路の向こうから、次のカプセルの迫る音が聞こえてくる。


「カライ、次のカプセルを止められるか?」


「力は使うな、じゃなかったのかぁ?」

「―――状況によると言っただろう」


「都合のイイ奴だぜ」

そう言いつつも、カライはリュクシーと反対側の通路へと立つ。


そして目を閉じ、精神統一するかのように大きく息を吸い込むと、両手を掲げた。


(カライの手に―――光が集まる……?)

まるでショートしているかのように、カライの周りを電気を帯びた光が駆け巡り、手の中にあるシェイドエネルギーは、次第に剣の姿を象り始める。


(この―――光景は……)

カライの姿が、あの瞬間にダブる。







ブゥン――――――





あるはずのない音が、リュクシーの耳に届く―――

カライはカッと目を見開くと、握り締めた剣を迫り来るカプセルに向かって叩きつけた!!







バチバチバチッッッッ!!!!







カプセルはカライの剣で押し留められ、転送路にめり込んだ。


(まさか―――)

カライの肉体が滅びた時とまるで同じ光景に、リュクシーは声もなく見守る事しかできなかった。







シュ―――――ッッッッ!!!!







だが、カライの体から白い煙が立ち昇るのを見て、リュクシーが我に返った。


「ギャハハハハハ!!!ハハハハハ!!!!」

狂ったように笑いながら、カライの姿は次第に薄れていく―――


(消える―――!?死を再び体感する事で、カライは消滅する―――?)


カライが消滅―――それはリュクシーにとって益となるのか、それとも―――

そんな考えが、一瞬の内に頭の中をかすめた。


(だが―――)

この男は、あのラジェンダ=テーマパークで反乱を起こした男―――そして、メダリアの束縛から逃れる可能性を秘めた男―――




(どうすれば救える―――――どうすれば!!)


死の体感―――そんなものから、カライを救うには……!!


「カライ―――カライ!!」

カライにリュクシーの声など届かない―――死にも勝る生の体感など、リュクシーが与える事なんてできない。




このまま、再びカライを死なせていまうのか―――?




「………ッ!!」


リュクシーは自分の行動が信じられなかった―――

足が勝手に走り出すと、その腕はカライを捕らえ力の限りに抱きしめたのだ。


「カライ―――!!」

カライの味わった苦しみがリュクシーの体をも侵し始め、ものすごい電流が体を駆け巡っているのが分かる。


「思い出せ、人の体温を―――!!」

リュクシーは力の続く限り、カライの激しいシェイドに耐えた。







「思い出せ、カライ!!!!」







そして最後に絶叫すると、リュクシーの意識は遠のいた―――カライを押さえていた腕の力は抜け、体はゆっくりと倒れる―――


ガシッ!!


「まったく―――バカする女だぜ」

今度はカライの腕がリュクシーを抱きかかえた。


カライの姿が再びはっきりと具現化する―――薄れかけた意識の中、リュクシーは自分を抱きしめる偽りの体温を感じていた。


(―――ダメだ……ここで気を失ってる暇なんてない―――)

カライの胸に体重を預けているのは不本意だったが、今は一刻も早く、カライのシェイドから立ち直らなければ―――


だが、カライのシェイドはあまりにも強烈で―――

(―――――!?)


ドンッッ!!


突然、体をまさぐられているのに気付き、リュクシーはクラクラする頭を押さえ、もう片方の手でカライを精一杯の力で突き飛ばした。


「お前、どこを触っている!!」

リュクシーは怒鳴り付けたつもりだったが、声はかすれていた。


「―――なんだよ。テメーから抱き着いてきたクセに」

カライはしれっと答える。




(―――最悪だ)

カライなどあのまま消滅させれば良かったのだ、という感情を押さえながら、リュクシーは衣服の乱れを直す。


(実体がないだけに、死の体感から解放されたら、その瞬間からいつも通りか)

こっちの生身の体は、かなりの打撃を受けたというのに――― そんなリュクシーの体を触るとは、この男の神経が信じられない。


だが―――カライは弱っている獲物を見逃すつもりはないようで、またあの笑みを浮かべながらリュクシーに歩み寄る―――







ビーッ、ビーッ、ビーッ!!!!







だがタイミング良く転送路内部に異変が起きた。


「何だ?」

「アレに反応したんだ」

リュクシーは破壊されたカプセルと転送路に目をやった。


「―――捕縛士が来る……」

リュクシーは何とか立ち上がると、壊れたカプセルの中身を確認する。


―――中身は重火器などの武器が詰まっていた。

リュクシーは、その中から自分が扱えそうなものを取る。


これを使う事にならなければいいが―――丸腰ではあまりにも不利だ。

捕縛士と戦うにしても、ドームの外へ出るにしても―――


「さあ、行くぞ。内部に異物が入ったりして転送路が塞がると、カプセルの移動は停止する。ここからミンティアに向かうまでにはカプセルが点在しているはずだ。その中には―――メダリアに運ばれるものもあるだろう。解除パスワードは知っている。メダリア行きのカプセルを全て解放して、彼等に紛れて逃走する」

「―――彼等?メダリアは何を仕入れてるんだ?」


「―――お前だ、カライ」

かつてビレイラ・ドームで人として生活していたカライ―――メダリアはその身の発展の為、欲望の為、新たな生け贄を求め、日々弱きものを狩り続けている。


「―――お前の知り合いもいるかもしれない」

リュクシーの言葉に、カライの顔にあからさまな反応が現れた。


「―――メダリアから逃げるのに、私たちだけでは役不足だ。―――悔しいがな。でも、だからこそメダリアに吠え面かかせてやる。―――《食われる》側が足元をすくってやる」


「―――ヘッ、いいぜ。お前に協力してやる」

今の2人を結ぶのは、メダリアに対する復讐と憎悪―――それで十分だ。


「地味なんは好みじゃねーからな。ハデにやってやるぜ」

そう言うとカライはリュクシーの隣に立ち、腰に手を回す―――


「なんだ―――」

また自分にちょっかいを出す気かと顔をしかめたが、違った。


カライはリュクシーを抱えると、転送路の中で翼を広げた―――














「これがお前の初仕事だ」

モニターに映ったソークは、無表情だった。


画面が切り替わり、そこにはビレイラ・ドームのスラム街が映し出され、その一画がさらにズームアップされる。


こじ開けられた転送機の中に、そこから上級住宅地へと進入しようとしているのか、それとも中で無防備に転がっているカプセルを狙っているのか、スラムの住人たちが次から次へと内部に進入していた。


「転送機内に《異物》が進入。《異物》を排除し、カプセルを回収せよ。くだらん仕事だが、油断は禁物だ。―――では、現地で会おう」

「了解。直ちに現場に急行します」

モニター内のソークに敬礼すると、ゼザは電源を切った。


―――悟られてはならないと思った。


シュラウドの信頼の厚い、最強の捕縛士であるソークなら、新人捕縛士の考えている事などすぐに見抜いてしまうだろう―――


(―――リュクシーだ)


この騒ぎを起こしたのはリュクシーに違いない―――


決別したとはいえ、2人はパートナーだったのだ。

彼女がやったという確信を、ゼザは状況証拠だけで感じる事ができた。


「まさか―――本当に逃げ出してしまうとはな」


一人で受けたシェイドの継承式―――ゼザが手に入れた、背中にあるシェイドの埋め込まれた剣が、2人の今の関係を表していた。


捕縛士と逃亡者―――2人の道は離れたのだ。


「―――逃げられやしない。だからこのオレの手で……捕まえてやる」

その時初めて、ゼザは一人前の捕縛士となるだろう―――


(―――お前の終わりが、オレの始まりだ)


―――ゼザは机の上の写真に目をやった。

そこには、同じ道を歩んで行くはずだった2人の姿があって―――


カタ。


ゼザは写真立てを伏せると、任務を遂行する為―――シェイドと共に戦いへと繰り出した。





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