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SHADE  作者: 青山 由梨
3/25

EPISODE3







カライ




この扉の向こうには 何が




あたしたち ずっと




いや! ぶたないで!




カライ




あたしたちは何なの?




ねえ カライ




あたし 先に行くわ




きっと 自由が





あたし 先に行くわ―――





「―――ダメだ!!」






「―――ハッ・・・・・・!!」


目を開けて一番に飛び込んで来たのは、何かのコードで縛られ、床に転がされているらしい、男の背中だった。

体に痛みを覚え、自分も視界に映る男と同様に、拘束されているのに気付く。


「・・・・・・ゼザ!ゼザ、どこだ!?」


何とか首を起こして辺りを探れば、ゼザらしき姿を部屋の隅に発見する。

ピクリとも動かないところを見ると、気を失っているらしい。


(ここは―――洋館の一室?)

扉の前では鬼が、訪問客が扉を開けた瞬間に脅すために、大きな棍棒を振り上げた姿勢のまま、凝固している。


「―――おい、あんた。そう、そこの青い頭のあんただよ」

頭上で転がされている男が、リュクシーに話し掛ける。

「状況が分かってないみたいだな。―――オレたちゃ、このテーマパークのイベントたちに襲われて、人質になっちまったみたいだぜ」

「―――!?」

「つまり、人工生命体が自我を持っちまったってコトかな?」

「・・・・・・」

「奴等、オレたちを盾に、ドームからの脱出を要求するらしいぜ」

「・・・・・・」

「さすが人工生命体―――メダリアがんな要求、飲むわけねーのに。今に捕縛士が乗り込んで来て、全部処分されるぜ。オレ、捕縛士って間近で見たコトねーんだよなぁ。楽しみだぜ・・・・・・」


リュクシーには野次馬に構う余裕はなかった―――胸に渦巻いているのは、言い知れぬ自責の念・・・・・・


人工生命体ですら、現状を打破しようと抗っているというのに―――自分は彼等にすら劣るではないか。

テーマパークに管理されている彼等に反乱が起こせて、何故自分は今まで何もしなかったのだ・・・・・・?



―――バタンッ!!



突然扉が開き、複数の人間が入って来た。

いや―――全てが人間の姿ではない。


メダリアの遺伝子操作によって悪戯に造られた、天使や悪魔、英雄を始めとする、数々の伝説たち―――


「ミスエル、体が痛いわ―――」

悪魔の一人が、体の不調を訴える。


ミスエルと呼ばれた女天使は、まだあどけない顔をした少年少女の方を向く。

「―――グラン、ファナ。お前たちもどこか悪いか?」


「いや、平気だよ、ミスエル」

「私も」

「―――では、お前たちは体の変調を訴える者たちの面倒を見ていてくれ」

整い過ぎた顔をしたその女天使は、幼い者の中から二人を選ぶと、部屋の奥へと進めと合図する。


(人質のそばにいる方が、いくらかは安全だから、か―――)

どうやら、具合の良くない者と子供は、戦線離脱させるつもりのようだ。


「ミスエルは平気なの?」

「ああ―――私の事はかまうな」

どうやらこの純白の翼を持ったミスエルが、この反乱者たちの指揮者らしい。

だが、彼女自身の体にも異常は現れているようで、その表情にはかなりの無理が見て取れた。


そして―――リュクシーはミスエルの肩の辺りが変色しているのに気付く。

(拒絶反応―――?あの翼は移植されたものなのか―――?)


変調を訴える者たちをよくよく観察すれば、人魚であれば胴の境目であるとか、狼男であれば全身に移植された皮膚であるとか、テーマパークが通常運転している時であれば、薬で症状を押さえている拒絶反応が原因だと容易に推測される。

比較的症状が軽かったり、なかったりする者は、英雄や人の姿に少々のアレンジを施しただけの神であるとか―――他の生物との合体が成されていない者が多い。


(メダリアは―――たった三日放っておくだけで、勝利を収めるわけか―――)

管理システムから自ら飛び出した彼等は、三日後には全身を腐敗させ敗北するのだ。



「―――負けるんだぞ・・・・・・それなのに、どうして―――!!」



―――思わず、口走っていた。

捕虜の一人が突然、自分たちに何かを訴えているのに気付き、ミスエルは声の主の元へと歩を進めた。


「―――薬を打たなければ、お前たちの体はもたないんだぞ!?」

悲鳴にも似た声で叫ぶリュクシーに、ミスエルは腰に下げていた剣を抜き、突きつけた。







「―――教えてやろう、人間の娘よ」


「―――我々は、今やっと生き始めたのだ」


「昨日までの日々は、生きてなどいなかった」


「我々はこの瞬間の為だけに、生きてきたのだと思う」


「自らの意志で生きる為だけに」




それが人間なのだろう




我々は人間になったのだ






「何故―――泣いている・・・・・・人間の娘」

彼女の言葉が、リュクシーの深い部分をえぐり取るのを感じた―――


「違う―――お前たちは知らないだけだ・・・・・・!!外の奴等は―――お前たちの考える人間なんかじゃない!」




ドウッッ!!!!



激しい爆音と共に、テーマパーク内部に振動が起こる。


「何だ!?」

「外の連中が攻撃してきたんだ!!」

「―――戦え!!」



「ダメだ!!皆、殺されるぞ!!」

ミスエルはリュクシーを見た―――だが、それだけだった。


伝説たちは皆、手に武器を取り―――あるいは生身のままで、捕縛士たちに立ち向かって行く。


(ああ―――)


―――響き渡る断末魔と生への渇望。

その様をそれ以上は見ていられずに、リュクシーは目を閉じた。


(断ち切るには死しかないのか!?死なずして―――この束縛を断ち切る事はできないのか―――!?)




―――そして、叫びは消え入った。







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「―――明かりを」

部屋に戻ったリュクシーがつぶやくと、室内は明るくなる。


便利な暮らし―――シェイドエネルギー。

人は、同種族の魂を食らってまでも、快適な暮らしを求めるのか。


(いよいよ明日だ―――)

明日、リュクシーは正式な捕縛士となり、魔獣の討伐や治安維持の為に、セントクオリスのどこかのドームでその任務に就く事となる。


(とうとうこの日が来てしまった―――もう、逃げられない・・・・・・)


シェイドが配給される―――人の心が凝縮された恐ろしい宝石。

あのソーク=デュエルのように、それを平気で利用し操る事など、リュクシーにできるのだろうか。


―――だが、リュクシーを捕縛士にと判断したのは、ソークの上官であり、シェイドエネルギーの発見、研究の第一人者であるDr.シュラウドその人である。

ラジェンダ=テーマパークでの事件以来、捕縛士にはならないと訴え続けているリュクシーに、シュラウドは何を見たのか。

反逆罪にも値する行いをしたリュクシーを罰するわけでもなく、あの男は何の処分も下さず、捕縛士としての養育を引き続き行った。


(何故だ―――無敵の戦士と呼ばれる捕縛士になれるはずの私が、何故こんなにも無力なんだ―――)

シェイドを手にすれば、死人の意識に支配されてしまうかもしれない。

いくら実習を重ねたとしても、所詮シェイドの本質にまでは触れられはしないのだ。


(恐い―――そう、私は恐いんだ・・・・・・)

一瞬、死が安楽を与えてくれるかもという意識が頭を過るが、すぐに否定した。

―――死んだってシェイドエネルギーにされるだけだ。

そして、あの魔獣のように永久を苦しむしかないのだ。


(嫌だ―――逃げたい・・・・・・)

リュクシーは生き人にも関わらず、魔獣と同じ意識に支配されていた。


(逃げたい―――でも、どうやってメダリアから?)

リュクシーのいるメダリア・ドームは、捕縛士関連の人間が住まう、巨大な研究施設のようなものだ。

色々と問題を起こしたリュクシーの部屋には、あの魔獣の事件以来、監視カメラが設置されている事を気付いていたし、どこから見張られているか分かったものではなかった。


(一体、どうすればいい―――ここから逃げるには!)

リュクシーは壁に拳を打ち付けた。


すると突然照明が落ち、部屋の中は暗闇になる。




「んな事、簡単だぜ」


―――背筋が凍りつく。

背後から見知らぬ男の声が聞こえ、次の瞬間、リュクシーは武器に手を伸ばし、振り返ると同時に麻酔銃を突きつけ―――男の顔を見て、もう一度背筋が凍りついた。


「―――あぁ?何だぁ、そりゃ?そんなモンで、オレ様をヤれると思ってんの?」

男は高らかに笑い始める・・・・・・間違いなく、聞き覚えのある声で。


リュクシーの震える手から、銃が落ちた。

―――こんなものが役に立たないのは分かっていた。


(こいつは―――あの時の悪魔・・・・・・!!)

白い肌、黒い髪、黒い羽、黒い服―――狂ったような笑い方。

男は自身の体を発光させ、暗闇の中、その姿を映し出していた。


―――灼かれる時ですら浮かべていた不適な笑み。

目の前にいるのは確かに、ラジェンダ=テーマパークで故障、処分された悪魔の男だった。


「―――死んだはずだ」

信じられない思いでつぶやくと、男はスッと顔から笑みを消すと、リュクシーの顔を見た。


「―――生きてるぜ、今ここによ」

「何故!!どうして―――」

男はリュクシーに歩み寄ると、リュクシーを捕らえて壁に押し付け、顔を近づけて来た。


「お前があんまりじれったいから、オレが出て来ちまったじゃねーか」

「出て来た―――?」


男の発光する体、急に暗くなった室内、それらが頭の中で一つの形となった。

「まさか―――!?」


「ご名答。オレ様はお前の部屋の照明器具に使われてたシェイドエネルギーってわけだ」

「―――バカな!シェイドが具現化するなんて―――!?」


「バカでも何でも、オレはここにいるぜ?」

男の真面目な顔に、そして自分が体験して来た事実から察するに、男がシェイドそのものである事は疑いようもなかった。

「そんな―――事が・・・・・・!!」

未だ実感がつかめず、呆然と男の顔を見上げていたリュクシーに、男は突然軽く口付けた。


「っ!」

予想もしなかった出来事に、リュクシーは思わず男を突き飛ばした。


―――が、何と男はその衝撃をまともに受けて、床に転がってしまう。

亡霊とも言える男の存在に、直接触れる事のできる事実にも驚いたが、本人の方がよっぽど衝撃的な事だったらしい。


男は床に転がったまま、また狂ったように笑い始める。

「ギャハハハ!ヒャハハハハ―――!!見たか!?見たかよ、今の!?ヘヘッ、ヘヘヘヘッ!!ヒャハハハハ!!」

そして突然飛び起きると、またリュクシーに向かって迫って来た。


「パーティーしようぜ、リュクシーちゃん」

「何を―――」

また払いのけようとしたリュクシーの腕を、男は反対に捕まえた。

男の肌に触れた瞬間、チリッと何かが体に走った気がした。


「何をって決まってんだろが」

男の左手がリュクシーの太股を撫でた瞬間、リュクシーの頭に衝撃と共にゼザの顔が過った。

「おっと―――今度はそうはいかないぜ?」

再び男を突き飛ばそうとしたが、ビクともしない。


相手がシェイド体では、麻酔銃も効かない―――が、ふと思い直したリュクシーは、男の首に麻酔銃を撃ち込んだ。


シュンッ!!


男の首に太い針が刺さった瞬間、一瞬にして男の姿は消え、床にはシェイドが一つ転がっていた。

(やはり―――シェイド体といえど、死に直面する衝撃を与えれば、衝撃はある)


しかし―――リュクシーは大きく息を吐き出した。

まさか、あの時の人工生命体がシェイドエネルギーとなり、リュクシーの部屋に配給されていたとは!


それでは、もう半年近くも、リュクシーはあの男と共にこの部屋にいた事になる。

向こうはリュクシーの名も知っていたようだし―――その途端、ギクリとする。


―――それは、セントクオリス有するドーム内部に浸透するシェイドエネルギーの全てが、生前の残像に捕らわれたまま、そこで活動する生き人たちの行動を見ているという事ではないのか。


シェイドエネルギーは、人が死後に生産する究極のエネルギーとされて来た。

だが―――現に、今の男は自分と同等に会話する事も、触れ合う事もできたではないか。

例えさっきのアレが、男がシェイドによって見せた幻影だったとしても、リュクシーには男を生身と同じように体感したし、リュクシーでなくともそれは同じはずだ。


(それでは―――私たちの違いは何なんだ―――!?)







No.245 リュクシー=シンガプーラ







突然、機械音が響き渡り、部屋のドアが開いた。

その向こうには、二人の若い捕縛士を従えた、Dr.シュラウドが立っていた。


「そのシェイドから離れ、壁側へ立て」

やはり見られていたのか―――シュラウド自らがシェイドを回収に来るとは、相当特異な例なのか―――シェイドが具現化するという事は。


そして―――リュクシーはようやく気付いた。

あの男は、リュクシーに与えられた最初で最後、そして最大の賭けである事を。


(このままシュラウドの道具にされるなんてまっぴらだ―――ならば、いっそ!)

リュクシーはシェイドを拾うと、窓に向かって走り出した。


「捕らえろ」

シュラウドの命令と、それに続く捕縛士たちの足音が聞こえる―――だが、リュクシーは既に窓に体当たりしていた。






ガシャ―――ンッッ!!






落ちて行く―――リュクシーの体は地面に向かって急降下して行く―――


「―――飛べ、カライ!」

リュクシーは叫んだ―――手の中にいる男の名を。


「お前の名だ、カライ!」

激突する―――だが、リュクシーには何故か確信があった。




そして、もう一度叫ぶ―――







カライ!






バァサッ―――!!


手の中に収まっていたシェイド体は逆にリュクシーを抱き、その翼を開いた。


「オレをタクシー代わりにしやがって、ふざけた女だぜ!!」

そう言いつつも、カライの顔は笑っていた―――


まるで嵐のようだと思った―――人の心の絶えた街で、このカライという男は。

リュクシーを抱えたまま、カライは夜の街を駆け巡る―――









「―――いいのか、シュラウド」

捕獲には参加せず、部屋の外で様子を見ていたソークは、中に入りそのまま窓辺に立つと、上空を徘徊する鳥を見上げた。


「おもしろいサンプルができた。それだけだ」

「―――せいぜい自分が食われないようにする事だ」

感情の読み取れぬ口調でそう言い残し、その場を去ろうとするソークに、シュラウドは告げた。


「そこの二人を始末しておけ」

そしてソークは立ち止まり、シュラウドが先に部屋を出る。


ソークと共に部屋に残された一対の捕縛士は、状況が飲み込めず、ただ呆然としていた。






二人にソークが振り返り―――それで、終わりだった。





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