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SHADE  作者: 青山 由梨
23/25

EPISODE23




「ヘリオンの事、探してるの?」


ジンと二手に分かれ、住居地区と学校の聞き込みを行っていたリュクシーだが、ようやく彼女を知る人物に会う事が出来た。


「あなた、管理局の人?―――違うわよね」

年はヘリオンと同じくらいだろうか―――リュクシーに疑いの視線を向ける少女は、続けて吐き捨てるように言った。

「政府の奴らが、ヘリオンを探すわけないもの」


「私はリュクシーと言う。ヘリオンの父親の知り合いだ。―――彼の頼みで、ヘリオンの行方を捜している。何か知っているのなら、教えてほしい」


―――この少女は知っている。

そう思ったリュクシーは、彼女の答えを待った。


「―――いいわ、教えてあげる。でも、どうせ……」

言いかけて、少女は首を横に振った。


「ううん―――何でもない。ヘリオンなら―――三日前、黒い車に連れて行かれちゃったわ。一応、管理局の奴らが調べに来たけど……それで終わりよ」


やはり、ヘリオンは何者かに拉致されたと考えるのが妥当だが、問題はその後だ。

管理局の調査が入ったのに、データに登録されていないとなると―――仕事が遅いだけ、という間抜けな結末はないとした前提だが、ヘリオンをさらったのは《国の人間》なのだろう。


国家が裏で人身売買を行っているという話は、このご時世、どこにでもあるものだ。

ましてヘリオンは、外から来た中途移住者―――身内が不在だし、文句も少ないと思ったのだろう。


《外》の人間は、《中》に入りさえすれば、豊かで安全な暮らしが手に入ると思っているだろうが、実際は―――隔離された保護地区こそ、偏見に満ちた貧しい世界なのかもしれない。



「―――分かった、ありがとう」

国に拉致、そして外国に売り飛ばされるならば、迅速な行動が要求される。

さらわれたのが三日前というのなら、まだ国外へと連れ出されていない可能性もある。



(だが―――微妙だな)

ヘリオンが無事かどうかの話ではない―――いつだって、危ない橋を渡る羽目になる自分についての感想だった。


「―――ねえ!」

行こうとしたリュクシーを、少女が呼び止めた。


「ヘリオンのお父さん―――帰って来てるのね?ヘル……お父さんの事、ずっと待ってたのよ。ずっと……」


《父》の帰りを待つ《娘》―――ジンを待ち続けたヘリオン。

―――それは、どんなに離れても、生死の有無さえ分からずとも、信じて待ち続けるという事だ。


「心配するな。―――ヘリオンは必ず助け出す」

「―――うん。絶対だよ」

少女に対し頷いてみせると、リュクシーは再び歩き出した。




―――リュクシーの中に、ヘリオンを助けようという意志は確かにあった。


変わらないもの―――信じ続ける心。

それがたとえ、《血》という確かなもので裏付けられているものだとしても―――リュクシーはこの目で確かめたかった。

もはや何の繋がりもない―――敵に別たれた2人にも、希望はあると信じたかった。



(それでも―――)

まるで正反対の衝動に駆られる自分に、リュクシーは戸惑うしかなかった。


(私は―――ヘリオンと出逢う事を恐れている)


―――正確には、答えから逃げているのかもしれない。

どうしても認めてしまいたくない、答えから。


「………」

―――考えていても始まらない。進むしかないのだから。


力無く首を横に振って雑念を払うと、ジンと合流する為に、リュクシーはカードの検索を始めた。







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「―――国が犯人だと!?」

合流し、事情を説明したリュクシーに、ジンは声を張り上げた。


「声が大きい―――」

呆れてため息を吐いたが、ジンには全く耳に届いていないようだ。


「やっぱりゴデチヤって国は信用ならねぇ―――カレドを潰した次は、ヘルの奴まで奪おうってのか―――!!」



(カレド?―――潰す?)

ジンが口走ったのは、どこかで聞き覚えのある言葉―――リュクシーはそれが何なのか、記憶の中を探してみる。


「くそぉぉぉっ!!」

―――が、ジンがショッピングモールのど真ん中で、店の外壁やらオブジェやらに当り散らし始めたのを見て、リュクシーの思考は中断される。


「ジン……」

「くそっ―――畜生!!」

「落ち着け!!」



―――バキッ!!


ヘリオンの事でジンが取り乱すのを、見るに耐えなかったリュクシーは、ジンの頬を殴りつけ、平静を取り戻させようとする。


「今はそんな事言っても仕方ないだろう!そうやって取り乱す時間が惜しいとは思わないのか!! ―――何もしないうちに諦めるな!その怒りを、次の行動へと変えればいいんだ!」

「オレは―――!!」


自分が生きて来た価値観の中では、今ヘリオンはかなり厳しい状況の中にいるだろう。

自分を信じて、外へと送り出してくれた娘の事を思い出す度に、ジンは胸を締め付けられる思いがした。


「オレは―――お前みてえに、冷静に考えられそうにねえ……」

ジンのその一言に、リュクシーの緊張の糸がブチンと音を立てて切れた。



「私が―――《冷静》だと?」

リュクシーがどんな想いで、ジンの娘探しを手伝っていると―――この胸の内にあるどんな想いを知っているというのだ、赤の他人であるこの男が。


「お前に―――私の何が……!!」

リュクシーの頬に伝うモノを見て、ジンはようやく自分の言葉が少女を深く傷付けた事に気づく。


「何が分かるというんだ!!」


「おい、リュー!!」

ジンは慌ててリュクシーの背中を追う―――だが、思うのほか足の速いリュクシーに、見失わないようにするのが精一杯だ。


「待て、リュー!!オレが悪かった!!」

―――だが、リュクシーは止まろうとしなかった。




(オレは―――あんな成長しきってない―――ヘリオンとほとんど変わらねえ子供に当たるなんて、何を考えてんだ…!!)


リュクシーといると、彼女が自分よりも十も年下である事を忘れてしまう―――だが早熟と思えるリュクシーも、中身は不安定な年相応の少女なのだ……

捕縛士の少女―――だが、彼女は自分と同じ人の心を持って、異形と向き合っているのだ。


(悪かった―――オレが悪かった!)


わずか15歳の少女が、あのセントクオリスから逃げ出したのは、どれほどの苦難だったろう―――親しい人間も全て捨てて……

女の身でありながら、外の世界を生きていくのに、どれだけの虚勢を張って来ただろう。




「ハアッ、ハアッ、ハアッ―――くそ、見失っちまった……」

雑踏の中、リュクシーの姿を失ったジンは、肩で息を切らしながら、後先考えないで動く自分の口を呪った。


「どうしても―――ハアッ、ハアッ、見つけなけりゃ……」

ジンはふと、ズボンのポケットにしまい込んだカードの存在を思い出す。


「そうだ―――確かこれを使えば、あいつの居所が分かるんじゃないか?」

機械に弱いジンにしては、珍しくまともな事に気づいたが―――


「ちっ―――何だ、どうすりゃいいんだ!」

しかし所詮は機械オンチ、どこをどう触っても、リュクシーの居場所を検索する機能は見つからなかった。


「おい、そこのお前!」

手近にいた男の胸倉を荒々しくつかむと、ジンはグイッと力任せに引っ張り寄せる。


「わあっ!!な、何すんだよ!!」

「これの使い方を教えろ!―――くそう、早く言え!!」

「は、ははははっ、はいっ!」

この乱暴でデカい男に怒鳴り散らされては、《中》の男に太刀打ちできるはずもない。


「つ、使い方って、何がしたいんですか……?」

「人の居場所を探してえんだよ!時間がねえ、早く言え!」

「ぐえっ、く、苦しいっす―――」

「いいから、早くしろ!」


しかし交渉事にも弱いジンは、ますます時間を浪費するばかりだった。







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







高層ビルの屋上に逃げ込んでいたリュクシーは、ゴデチヤの町並みを見下ろしながら、小さくつぶやいた。


「冷静―――か」

先刻までの激情はなりを潜め、今あるのは空しさだけだった。



(そんな事―――言われたのは初めてた)


元々、リュクシーは理性的な性格ではない―――どちらかと言えば、直感で行動するタイプだ。


そう―――いつも理性的だったのは……



(慣れない事はするものじゃない―――か)


今まではリュクシーが情に走っても、止めてくれるパートナーがいた。

だが今は―――自分の足りない部分を補おうとしても、所詮一人では限度があるのか。



「………」

何でこんなに落ち込んでしまうのか―――あんな男の言葉一つで。




―――そんなの分かっている。

リュクシーはもう気づいている―――ただ認めたくないだけだ。




(―――バカじゃないのか)

自分に言った言葉だった。


(これじゃ気づいてくれと言ってるようなもんじゃないか)

リュクシーは涙の跡をゴシゴシとこすった。



「やめた」

少しだが、一人になった事でリュクシーは平常心を取り戻した。


(戻ろう)







ドウゥゥゥゥンンンンン!!!







そして顔を上げたリュクシーに、突然の爆音と空気の振動が襲い掛かる。


「―――なんだ……!?」

気が付けば、遥か先のドームの外壁付近に黒い煙が立っている。





ジ―――――ジジ………ジ、ジジ―――――





爆発に程近い地域の電源が落ち、ドーム内の一部が暗闇になる。






ビーッ、ビーッ、ビーッ!!





「テオ地区に避難警告が発生。遮断壁が作動します。住民は退避してください」






(まさか―――カライ……?)

だが、その考えはすぐに打ち消される。


カライが無生物相手に、あれだけのダメージを与えられるとは思えない。


(外壁付近―――イチシか……?)

イチシがあの爆発を引き起こしたとは思わないが、巻き込まれた可能性もある。


「………」

ジンの事はどうしようかと一瞬考えたが、一緒にいればまた面倒な事になる―――イチシと合流したわけでもなし、ヘリオンを見つけたわけでもなし、今は別行動でも構わないだろう。


―――どうせ居場所はすぐに分かる。

カライもそばにいない事だし、たまには一人になってみるのもいい。


「―――行くか」







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「―――何?何の音!?」

突然の爆音に、狭い部屋の中に詰め込まれた少女たちは騒ぎ始める。





避難警告 避難警告 避難警告





「いやー、出して!!ここから出して!!」


響き渡る警告音、何かの焼ける臭い、窓の外に立ち込める煙―――

異常な事態に泣き喚く者、震えて座り込む者、開かない扉を激しく叩く者―――色々いたが、彼女は違った。



「ちょっと!君、扉から離れて!!いいから、ホラ、君もだよ!!腰抜かすんなら、奥でやって!!」

この部屋にいる娘たちの中でも、一際小柄なその少女は、ドアの周りに群がる少女たちをどかせると、辺りを見回した。


(ロクなものがないよ―――絨毯ばっかり立派で嫌味だね!)


少女は窓辺へ駆けるとよじ登り、カーテンレールを引き剥がそうと力任せに引く。


「貸しな、手伝うよ」

別の少女も、彼女のやろうとしている事が分かったのか、2人で協力して引き剥がす。


「こっちもだ」

そして2人の少女の手には、何とも非力な武器が一つずつ残る。


2人はそのままドアの陰に移動すると、そこで視線を合わせた。


「いい―――顔を狙うよ」

「オッケー、あたし、パトリナ。あんた、名前は?」

この場しのぎの相棒に、少女は答えた。


「ヘリオンだよ」




プシュ―――!!




「お前ら、外へ出ろ!ここにも火が回るぞ!!」

扉が開き、一人の軍人が飛び込んで来た。



バキッ!!ガチャッ!!!


いささか軽い音ではあったが、その男をひるませるのには十分だった。


「何だ、お前ら!―――くそっ…!?」

ヘリオンは男から短銃を盗み取ると、その額に突きつけた。


「ボクたちを外に出すんだ!正面からじゃなく、ちゃんと逃げられる場所からだよ!」

「早くしな、クソ軍人!!」




「わ、分かった―――分かったから、落ち着け……な?」

「妙なマネしないでよ。ボク、本気で撃つからね。―――ほら、皆!外に出るよ!!」

ヘリオンは声を上げたが、相手は小さな少女、男は銃を取り上げようと、隙を見て飛び掛って来た。



ドウゥゥンン!!



「言ったはずだよ。―――本気だって」

「うああああ!!み、耳が……!!!」

「それくらいで死んだりしないよ!ほら、案内して!!」

ヘリオンが冷静に耳たぶを吹き飛ばしたのを見て、パトリナは感嘆のため息を漏らした。


「すっごい腕前だね」

「外じゃ当たり前だよ。―――さあ、ボクたちはどっちに行けばいいの!」

「ほらほら、ご主人様の命令を聞きなよ!!」

少女たちは男の後ろについて、通路へと出る―――



「何だ、お前ら!?」

「女!?」

「くそっ、見つかったよ、ヘリオン!!」

だが、すぐに別の軍人たちと鉢合わせしてしまう―――まずい事に今度は数が多い。



(どうすれば―――!!)

今目の前にいる相手を撃ち殺すのは容易い―――だが、軍人は次から次へと出てくるだろう。

捕まった時、殺人を犯した場合とそうでない場合では、雲泥の差がある。


(また捕まるの―――?ジンに会えないまま、ボクは売り飛ばされるの!?)

ゴデチヤから出てしまったら、ジンとは一生会えなくなる。





いいか、ヘル―――どんな奴でも、殺していいって事はねえんだぞ





だが、殺人はジンにも止められていた事だった。


「………」

―――銃を下ろすしかなかった。

ヘリオンが暴れて、後ろにいる少女たちの命も危険にさらす事はできない。


(誰か―――助けて……)

どうにもならないとは分かっていたが、ヘリオンは願わずにはいられなかった。


「ガキども!!何しやがった!?」

「このガキ、オレの耳を吹き飛ばしやがった!!ただで済むと思うなよ!!」

ヘリオンに傷を負わされた男が、少女相手に悪態をつき、今にも殴りかかってきそうだ。


「待て、こいつらは―――……だぜ」

「何!?じゃあ、移さないとヤバいな―――おい、ガキ共!死にたくなかったら、ついて来るんだ!」

軍人たちは少女らを取り囲むと、銃を突き付けた。

「ほら、歩け!!―――おい、お前も頑張って付いて来い!救護班はこの爆発事故で行方不明だ、病院で治療しなけりゃ……」


このままでは、別の搬送口に移され、予定通り外国に売り飛ばされてしまう。

最大のチャンスと思われるこの時に、何もできない非力な自分をヘリオンは悔しく思った。




「うっ―――!?」

突然、少女たちの背中を見張っていた男が、うめき声と共に崩れ落ちた。


「どうした!!」

異変に気づいたもう一人が振り返ろうとした瞬間―――彼女は疾風のごとく動いた。



―――ドンッッ!!!バキッ!!



「おい、ホーリー……」

「なによ。子供相手に銃突き付けてる奴らなんて、まずブッ飛ばしても問題ないわね」




ヘリオンが目にしたのは、鮮やかな青髪の少年少女―――何なのだ、この2人は?


普通の人間で、こんな色の髪が有り得るのだろうか。

いや、それより先刻のこの2人の強さは―――


「付いてきなさいよ」

その一言に、彼女たちの正体よりも、この場から脱出する事が先決だと思い出す。

ヘリオンは頷くと、彼らの後を追って走り出した。




「ヘリオン―――こいつら、大丈夫なのかな?」

「わかんない……でも今は信じるしかないよ」

パトリナと小声で話し、2人の背中を追い続ける―――




ドゥン!!―――キィンッ!!!


時折、先導する2人に軍人が襲い掛かるが、たった一動作で撃退してしまう。


(何?何なの、この力―――)

彼らの不思議な力を目撃する度、ヘリオンの中に黒い記憶が蘇る。





これは―――まるで、あの時に見た……





「ヘリオン!?」

急に立ち止まったヘリオンに、パトリナが振り返る。


「こいつら人殺しだよ!付いてっちゃダメだ!!」

「何ですって!?」

人殺し呼ばわりされたホーリーが、怒りを露にして振り返る―――が、ヘリオンは逆方向へと走り出していた。



「ジラルド、あんたはこのまま出口まで!あたしはあのガキを追うわ!」

「ホーリー、ほっとけよ!中に入るんだろ!?」

ジラルドの忠告も空しく、ホーリーは既に角を曲がって姿が見えなくなっていた。


「……」

パートナーが先走るのは毎度の事なので、心配はしていないというか、やはり心配というか―――だが、後ろにいる女の子たちを放っておくわけにもいかない。


(いきなり人殺しなんて言われたら、ホーリーじゃなくても怒るとは思うけどさ)

これでもジラルドたちは、世の役に立つ事を目標に頑張ってきたのだ―――誰かに恨まれるような事をした覚えはない。


もっとも―――特級捕縛士たちは、セントクオリスの軍事機構に所属し、かなり非道な任務もこなしているという噂もある。

あの少女は、セントクオリスの軍略の犠牲者なのだろうか……


(オレだって―――セントクオリスのやり方が絶対正しいなんて思わないけど。でも、誰かがやらなくちゃいけないんだ)


それが―――メダリアで創られた捕縛士の務め。


何も出来ない子供だった自分に、力を教えてくれたのはDr.シュラウドだ。

自分にも何かを成す力があるのだと教えてくれた―――だから、ジラルドは今目の前にいる少女たちを助ける。

今度はジラルドが誰かに何かを与える番なのだ。


(ホーリーなしでも、これくらいこなしてみせるさ!)

株を上げるチャンスだ―――ジラルドは襲い来るゴデチヤ軍人たちを叩きのめし、出口を目指した。







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「―――!?」

爆発のあった建物に到着したリュクシーは、飛び出して来た少年と衝突しかける。

その顔を見て、リュクシーは顔を顰めた。


「わっ!!リュクシー!?」

「ホーリーもいるのか?」

また厄介を起こすのはご免とばかりに辺りを見回したが、天敵の姿はない。


「お前には関係ない。オレたちは任務でここにいるんだ」

まさかホーリーの頼みでリュクシーの所在を探していたと正直に言うわけにもいかず、ジラルドは適当にごまかした。


「任務―――」

ジラルドの後ろから続々と脱出する少女たちを見て、リュクシーは思い至る。


(まさかヘリオンがいないだろうな)


悲鳴を上げて走り去って行く少女たちの中に、ジンの娘はいやしないかと視線を彷徨わせたが、それらしき姿はなかった。



「おい、どこ行くんだよ!!」

建物に侵入しようとしているリュクシーに、ジラルドは声を張り上げる。


「お前には関係ない」

リュクシーは同じ言葉を、そっくりそのまま返しただけだった。


「待てって!もうすぐ武器庫に引火して、大爆発を起こすぞ!!」

リュクシーが中に入るのを何とか阻止しようと、適当な事を言ってみたが、相手は振り返る事すらしなかった。


「完全無視かよ……」

そういえば、ジラルドはリュクシーが得意ではなかった―――というより、苦手の部類に入るのを思い出した。


大人びた人目をひく風貌、ニコリともしない顔、ジラルドよりもある背丈、とっつきにくい口調―――そして、シュラウドのお気に入り。

端から見れば、《美しい》と表現できる容姿も、年端のいかない少年から見れば、近づき難い要因に過ぎない。

―――どう考えても、自分とは親しくなれそうにないタイプだ。


(―――って、何考えてるんだよ、こんな時に)

如何にリュクシーが苦手かを再認識してしまったジラルドは、ハッと我に返る。


「でも、ホーリーも怒らせるとマズいんだよな……ハァ」

このまま逃げてしまおうかという気持ちがちょっとだけ芽生えかけたが、諦めた表情でホーリーを探しに引き返す事にしたジラルドだった。







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「こらぁ、待ちなさいよ、ガキ!」

ホーリーはいきり立って不届き者の姿を追う―――逃がすわけにはいかない。


いきなり自分を《人殺し》呼ばわりするとは……あの少女、捕縛士について何か知っているのか?

ホーリーの知らない何かを―――リュクシーは知っている《何か》を。



「捕まえたわよ!」

ヘリオンの背中に飛びかかり押し倒すと、体を裏返して組み伏せる。


「あんた、あたし達の何を知ってるっていうのよ!さあ、言ってみなさいよ!」



ガリッッ!!



「つっ!!」

突然ヘリオンに噛み付かれ、ホーリーは右手を引っ込めた。



ダッ―――!!



「往生際が悪いわね!逃がさないわよ!」

その隙に逃げ出そうとしたヘリオンに、呪縛のシェイドをぶつける。


「っ!は、離して!!ボクはお前なんかに殺されないぞ!!」

身動きが取れず、芋虫のように床に転がったヘリオンを見て、ホーリーは勝ち誇ったように言う。


「だから言ってんでしょ。あたしは人殺しじゃなくって、捕縛士だってのよ」

「そうだ、セントクオリスの捕縛士だ!お前達は輸送機事故を起こしてカレドを潰した!エレファを殺した!皆殺した!ボクの家族を奪ったんだ……!!」


「カレド?―――輸送機事故……」

ヘリオンの必死の訴えを聞くに、嘘を言っているとは思わないが―――ホーリーの思い至った結論は、お粗末なものだった。


「ああ、思い出した。―――カレド地区、転送機のライン上に勝手に住居を作った不法住居区ね。あの事故は自業自得じゃない。不法住居区に住んでた以上、危険は分かったいたはずだわ」



カレド―――セントクオリスとデスタイトの国境付近にあった町。


あの地域は土地が死んでいて、普通では作物は育たない。

だが、地中に埋め込まれた無数の転送機管によって排出される熱で、一部では動植物が育つ環境ではあったらしい。

それに気づいた保護地区には事情があって入れない者たちが、不法に住み着き、町としたのだ。


人々は土を掘り起こし、家を建て、畑を作り―――その負担は、確実に転送機管を侵していった。

そして―――事故は起きたのだ。


「転送機内で大爆発が起きたのは、管が腐食して変形し、高速移動のカプセルが詰まったせい。全てはあんた達の責任じゃない。捕縛士は死傷者を助け出し、生存者を保護し、別の住居を与えたわ。それが何で人殺しよ!!」

「嘘だ!あいつも仲間なんだろ!?ボクら生き残りは皆、犯人の顔を覚えてる!変な力で、ボク達を焼き殺そうとしたんだ!虫を殺すみたいに!」

次第に顔を真っ赤にして興奮するヘリオンの姿に―――ホーリーは戸惑った。


(変な力―――このガキの言う事が本当だとして、この子が見た《犯人》は一体……)


捕縛士であるのなら―――一体、誰だ。

外界任務につき、それほどの力があるとなると、ソーク=デュエルか―――いや。


(あの時の―――)

ホーリーの脳裏に浮かんだ人物は別人だった―――どうして彼だったのかは分からない。


だが、彼を見た時の何とも言えない重圧感、歪んだ空気、何を思い返しても―――ホーリーの直感が《ドラセナ》ではないかと告げていた。


「捕縛士の言う事は全部ウソだ!ボクは女だったから保護地区に送られたけど!だけど……それ以外の人たちは……!」

怒りか悲しさか、ヘリオンは涙を浮かべて叫び続ける。

「中の人間は皆そうだ!ボクらの事なんか、同じ人間と思ってないんだ!!」




「うるさいわね!分かったわよっ!!」



もう聞きたくない―――捕縛士の悪評については。

非人道的な事をしているだろう事実は解った―――だがそれは、ホーリーとは別の捕縛士の話だ。


ホーリーの目指すのは、そんな捕縛士ではない。

そんな事をする為に、捕縛士になったのでは断じてない―――


「―――もういい。分かったわよ」

ヘリオンを捕らえていたシェイドを解き、小さくつぶやいた。


「あんたの町を襲った捕縛士は、あたしがケリを付けてやるわ。そんなの捕縛士と呼ばせない。あたしと同じだなんて、認めない」




「………」



―――ヘリオンは、目の前にいる捕縛士を見上げた。

自分と大して年も変わらぬ少女―――それが何故、こんな不吉な力を奮うのだろう。


(まるで死神みたいだ―――ボクももうすぐ死ぬのかな……)

泣き疲れたヘリオンは、ぼんやりとそんな事を思った。






避難警告 避難警告 避難警告






ザッ―――――!!

照明が点滅を繰り返し、天井のスプリンクラーが作動する―――



「ほら、行くわよ」

「………」

ずぶ濡れになった2人は、しばし見つめ合った。




「あたしは、あんたを助ける。それが―――《捕縛士》だから」




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