EPISODE21
「ったく、何であたしが床掃除なんかしなくちゃなんないのよ―――」
ホーリーは床を磨きながら、愚痴った。
マディラに仕事が欲しいと言えば、
「床でも磨いたら」
先輩のテラと大ゲンカしたホーリーだったが、マディラはその事には一切触れず、そっけない返事をしただけだった。
「ああ、それと―――ここにいる気なら、シェイドは使うなよ」
捕縛士にシェイドを使うな、とは―――仕事をするなと言っているも同じではないか。
(何の為の捕縛士よ―――何で私、こんな汗まみれになって床なんか―――)
「磨いてるわけっ!?」
ホーリーは叫びと共に立ち上がる―――と、視界に1人の少年の姿が目に入った。
「クスクス―――」
ズボンの裾を膝までまくり上げ、泡の付いたタワシを握り締めているホーリーを見て、少年は小さく笑う。
「マディ、いる?」
「―――え?」
突然問われたが、ホーリーに理解する力はなかった。
何で美しい顔をした少年だろう―――透き通るような白い肌、サラサラと流れる柔らかそうな髪。
そして―――深い緑の瞳……
(まるで吸い込まれそう―――)
「マディは奥?」
少年は再びホーリーに尋ねる―――が、応えは待たずに奥へと進み始める。
「マディラ様の事?だったら今、往診に行ってるわ」
この少年は何者だろう―――マディラの患者だろうか。
「そう。じゃ、部屋で待たせてもらうよ」
「あ、ちょっと!」
マディラの部屋はよっぽどの事がない限り入ってはいけないのだと―――クィンが言っていた。
「あ―――そうだ」
少年は立ち止まると、ホーリーに振り返った。
「君の名前は?」
君の名前は?
少年の言葉に、ホーリーは心臓を鷲掴みにされた気がした―――
「―――女性に名前を尋ねる時は、先に名乗るのが礼儀じゃない?」
動揺を隠して、ホーリーは少年を軽く睨み付ける―――名前を教えてはいけないと、本能的に嗅ぎ取っていた。
「そうかもね」
だが少年は、またあの澄んだ微笑みを浮かべると、そのまま行ってしまう。
―――トスッ。
その音に、自分の手に握り締められていたはずのタワシが、床に落ちているのに気づく。
(何なの、今の―――)
美しすぎる少年。まるで―――純白。
この世の醜いもの全てから遮断されているような―――彼だけが特別だとでもいうような。
(一体―――何者?)
見てはならないものを見てしまった―――そんな気がしてならない。
「そんな所で突っ立ってんじゃないよ、邪魔だろ」
別の声に振り向けば、マディラが往診を終えて帰って来た所だった。
「あんた、本当に床磨いてたの?―――ワガママなんだか、素直なんだか……」
「な―――!!」
仕事が山ほどある中、余計な面倒を起こす子供の世話などする気のないマディラは、シュラウドが若い捕縛士を送り込んで来ても、追い返してしまう事が多々あった。
「ホーリー、お前に別の仕事をやるから、ここ片付けてあたしの部屋に来い。ただ―――あんたには、今度の仕事だって、床磨きと同じ価値しかないかもしれないよ」
我は強いが、やる気はあるらしい―――そう判断したマディラは、ホーリーにも自分の仕事を手伝わせる事にした。
「マディラ様!!」
そのまま行こうとしたマディラを、ホーリーは慌てて呼び止めた―――その剣幕がすごかったのか、マディラは思わず立ち止まる。
「どうした」
「訪問者が―――」
少年の存在を報告しようと口を開いたが―――あの笑みを思い出した瞬間、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「部屋で少年が待ってます。―――真っ白な少年が」
ホーリーの表現は、決して間違ってはいなかった。
そしてマディラは知る―――訪問者の正体を。
「―――そういえば、国から支給されるはずの医療器具が届いてないんだ。あんた、取りに行くついでに、役人共に文句言って来な」
遠ざけねばなるまい―――未来ある、若い捕縛士たちから。
「分かったね」
アレに近づくんじゃない―――マディラの瞳はそう語っていた。
そしてマディラは白衣の裾をはためかせると、一番奥にある自分の部屋へと向かう。
残されたホーリーは、足元の泡が消えて行くのを見つめる―――
(アレは―――何者?)
ホーリーには夢がある―――シュラウドの元で、彼と共に理想国家を創り上げる事。
そして―――そして、1つの思想の元、争いのない世界を創る。
(シュラウド様―――)
その為には、ホーリーは自分の力を証明しなくてはならない。
シュラウドに認めてもらわなければならない。
それには、マディラの手伝いをしているだけではダメなのだ―――チャンスは確実につかまなければ。
(―――やってやる)
捕縛士たちは皆、シュラウドに試されている―――シュラウドは探しているのだ。
自分の片腕となり得る戦士たちを。
(あたしは選ばれてみせる―――世界を変えるあの人に)
ホーリーは、先刻から体中を走っている震えを無理やり押さえ込むと、視線の先を睨み付けた。
―――――◆―――――◆―――――◆―――――
「お帰り」
少年は、窓辺で外の景色を眺めていた。
だが窓から見えるのは崩れかかった町並みと、そこに詰め込まれた人間たち―――
純白の少年には不釣合いな風景だ―――そこから聞こえるのは、人々の争う音。
―――マディラは、少年が外を眺めながら薄く笑っている事に気づいていた。
「一年前、この町には混沌が溢れていたけど―――」
少年が振り返る―――マディラはこの顔をよく知っていた。
「マディの手にかかると、僕の芸術も台無しだね」
次の瞬間、少年はマディラの首に腕を回し、熱い抱擁を交わしていた。
「会いたかったよ、マディ」
「ドラセナ―――」
この少年の正体を知っていても―――マディラの腕は、彼を抱きしめていた。
いけない―――
頭の中では分かっている―――だが、マディラはこの少年を拒絶する事ができない。
「マディは相変わらずだね。―――でも、そろそろゴデチヤも飽きたんじゃない?」
ドラセナはマディラから離れ、横にあった仕事机に腰掛けると、悪戯っぽく微笑んだ。
「あんた―――今度は何をやった!?」
マディラが悲鳴に近い声を上げると、ドラセナは心底うれしそうな表情を浮かべる。
「そんなに慌てないでよ。僕はいつだって、マディに最初に報告に来てるでしょう?」
ドラセナの笑みはいつだって清らかで―――彼の創りだす深い闇は、一体どこから来るのだろう。
「ドラセナ―――あんたを止める方法はないの」
「そうそう。ねえ、マディ、ランドクレスっておもしろいんだよ。水上都市の割りには水道も電気も完備されてるし、保護地区なんてモノで人間を区別していない」
ドラセナの耳には、どこまでマディラの言葉が届いているのだろう。
「何が一番おもしろいかって―――そこに住まう人間たちさ。彼らの正義感の強さって言ったら」
「ドラセナ!!」
含み笑いするドラセナを、見かねてマディラは怒鳴りつけた。
だが―――それも全ては無意味な事……
「ねぇ、マディ。考えただけでゾクゾクするよ―――彼らにはどんな地獄がふさわしいと思う?」
マディラは知っている―――この少年の中にある狂気の正体を。
「やめなさい!!」
少年が狂気へと変貌した瞬間を―――マディラは知っている。
「―――もう、これ以上……!!」
ドラセナは彼本来の冷たい瞳で、獲物を見つめた―――
獲物が罠にはまり、苦しみもがく姿を見る事だけが、ドラセナが生を実感できる時。
「そんな顔しないでよ、マディ。僕だって君を悲しませようとしてるわけじゃないんだ。僕はただ―――パートナーが欲しいだけさ。僕にふさわしい、ただ1人のパートナーがね」
「あんただって覚えているでしょう―――痛みを知っている人間が、どうして他人を平気で傷付けるの!」
マディラには少年の狂気を止める事ができない―――
だが―――マディラはどうしても……止めなくてはならない。
「まだそんな事言ってるの、マディ―――言ったはずだよ」
これはもう、マディラの手に負えるものではないのか―――彼を止める術はないのか。
「君は確かに僕の《母さん》だったけど―――そんなのもう、何の意味もないんだよ」
少年の笑い声は透明で、無機質で、まるで生気を感じない―――
「だって僕らはもう、男でも女でも―――人間でもないんだから」
「違う、ドラセナ―――あたしたちは人間なんだ。―――お前は人間なんだ!!」
人間から外れてはいけない―――人間を忘れてはいけない!
幾度となく言い聞かせて来た……だがドラセナには、もうマディラはただの遊び相手でしかないのだ。
もう手遅れなのか―――もはや最期の手段しか残されていないのか。
「ウソつきマディ―――怒りんぼマディ。僕はもう騙されないよ。僕は自分の目で確かめたんだから。 ―――僕は選ばれたんだ」
ドラセナの体の周りを炎の波が走っている―――これが彼のシェイドの属性。
少年と同じ属性を持つマディラには、この者を滅ぼす事はできない―――
「あんたは―――何がやりたいの?―――人間を滅ぼしたい?復讐をしたい?あたしを殺したい?」
「アッハハハハハ―――!!」
よほどおかしかったのか、ドラセナは声を上げて笑う。
「僕が君を殺す?―――どうしてそうなるのさ。何度も言ってるじゃないか。僕はパートナーが欲しいって。 ―――シュラウドにはソーク=デュエルがいるように。マディには……クレスト=シェトラかな?」
ドラセナがクレストの名を出したので、マディラはギクリとして顔を上げた。
「知ってるよ。―――君の事なら何だって」
その瞳を見て、マディラはようやく悟った―――
(ドラセナはもう―――《人間》を捨ててしまった……)
ドラセナが破壊行為を繰り返す度、マディラはその地で治安を安定させる為、混沌を沈める為、走り回る―――こんな事を繰り返しても、ドラセナはもう人に帰っては来ない。
「クレストじゃ役不足だね―――僕を消滅させるには」
母が自分を殺す計画を立てていたと知っても、少年は笑うだけだった。
「マディ―――さっき、復讐したいのかって聞いたね」
ドラセナの脳裏には、肉体を失った時の赤い映像が蘇る―――
「僕はもう殺されない―――《肉》なんか、セントクオリスの連中にくれてやる。僕は感謝してるくらいさ。《肉》を失ったおかげで、僕は力を手に入れ、永遠の存在になったんだから」
「違う、ドラセナ―――あたしらだって永久に生きられやしない。人が変わり、土地が変わり、記憶が薄れていく――― あたしたちは、いつまでも《自分》を保てやしない」
「いいんだよ、マディ―――人間が死滅する瞬間まで存在できれば満足さ。それくらいの寿命なら、十分あるだろう?」
「それが……あんたが命を奪う理由なの?」
「アハハ……ねえ、マディ。もう1つあるんだよ。僕が君に会いに来た理由―――報告したい事がね」
ドラセナは新しく見つけた獲物の顔を思い出し、また笑い出した。
「僕もあの時、あそこにいたんだよ―――そして見つけた。おもしろい素材をね」
あの時―――?
ドラセナが何を言っているのか読み取れず、マディラは顔を顰めた。
「港で船が沈んだろ?―――何日前かは忘れたけどね」
(あの子たちの事か―――)
カライという名のシェイド体を引き連れた少女たち―――ドラセナに魅入られたのは、果たして誰なのか。
「一目見て気に入ったよ―――きっと素敵なパートナーになる。だから、今のうちから僕の手で育てておこうと思ってさ」
「………」
「ランドクレスの方は後回しになっちゃうけど―――彼らの行き先も同じ方向らしいから、あせる事もないか」
マディラには、どうする事もできなかった―――ドラセナが一度興味を持ってしまえば、相手を手に入れるか破壊するまで、追求を止めはしない。
「あんたのパートナー候補は誰なの」
「知りたい?―――そうだね、ヒントをあげる。彼はきっと従順な奴隷になるに違いないよ」
彼―――その言葉に当てはまらないのは、あのリュクシーだけだ。
《育てる》という言葉から、カライであるとも考えにくい。あのシティアラ人のシェイド体もだ。
それでは―――
「ダメだよ、マディ。僕が手に入れる前に処分しようなんて考えちゃ。親子の時は、おもちゃを与えてくれた事なんて、一度もなかったんだ―――今くらい、僕の好きにさせてくれてもいいんじゃない?」
「あんたはいつだって好き放題やってきた―――これからもそうだろう。止めても無駄なことは解っている。それでも―――」
マディラはドラセナを見つめた―――怪物へと変貌してしまった、子供の残像を見つめた。
「ドラセナ―――人の命を奪っちゃいけない。人の心を忘れちゃいけない」
「もう聞き飽きたよ―――何だか懐かしいな。抵抗できない子供を殴りつけて、言う事を聞かせる。そんなエネルギーに溢れてた君はどこに行ったんだろう?あの頃のようにしてみたら?―――もしかして、君の子供が仕返しに現れるかもよ?」
「ドラセナ―――あの頃の事なら、いくらでも謝る。いくらだってやり返せばいい……だから、関係ない人たちを傷付けるのは止めるんだ!あたしを殺したいなら、殺せばいい!!」
マディラが叫べば叫ぶほど、ドラセナは快感を覚えるようだった―――
憎しみなどない―――目の前に在る者の顔を見て、沸き上げるのは快感のみ。
今更頭痛でもするというのか―――頭を抱え、脇にあった本棚にもたれ掛かったマディラへ近づくと、ドラセナは彼女の耳元で囁いた。
「だから言ったじゃないか―――僕は君を殺すつもりなんかないよ。生きてればいいじゃない。その目で、僕のする事を見続けて、苦しんで生きていればいいんだよ」
ドラセナは薄く笑うと、窓辺へと歩き出す―――
「じゃあね、《お母さん》」
次にマディラが顔を上げた時、ドラセナの姿は既に消えていた。
(ドラセナ―――あたしはもう、迷いは捨てる。あんたを消す事を第一に考える……)
それが―――あの者をこの世に呼び込んでしまったマディラの責任。
(あの子を……ちゃんと愛してやれなかった、あたしの償い……)
―――マディラは前を見据えた。
ドラセナを滅するとすれば―――それができる者を、マディラは1人しか知らない。
(まさか―――あいつに物を頼むはめになるなんてね……)
その者は、メダリアにいる―――マディラが憎み続ける、あのシュラウドのそばに。
(―――どういう事!?)
マディラの部屋の前で盗み聞きをしていたホーリーは、困惑していた。
2人の話の内容が全て聞こえたわけではない―――耳に届いたのは、少年の笑い声と、マディラが彼を怒鳴りつける声。
(―――ドラセナ?まさか……《ドラセナ=ロナス》?)
捕縛士を志す者ならば、知らぬ者などいない―――シュラウドが認める最高の捕縛士たち。
(あんな―――子供が!?)
あの発育途中の体型といい、どう見てもホーリーと同じくらいか、下手をすれば年下―――
(どういう事よ!)
幼い頃より憧れてきた特級捕縛士が、何故あんな年端もいかない少年なのだ―――?
しかも、彼の髪は―――淡い金髪だった。
メダリアの施設で創られた捕縛士ではない。
相変わらず、何も見えていない奴だ
突然、あのリュクシーの言葉を思い出す―――メダリアを裏切ったリュクシー。
(あいつ―――まさか何か知ってる?)
リュクシーが答えを知っていると結び付けてしまうのは、あまりにも安直な気もしたが、一度心に染み付いた疑問は消えてはくれなかった。
(何よ―――何なのよ)
今までホーリーを支えてきた、自分の根底とも言えるべきメダリアへの忠誠心が、グラグラと揺らいでいるのが解る―――
(ただ一つ言えるのは―――あたしたち一介の捕縛士に与えられていた情報は、デタラメだったって事?そうね―――全部が全部、シュラウド様の部下と認められるわけじゃない。あたしたちに極秘情報を教える必要は全くないわ)
ホーリーは何とか自己を損なわない解釈を見つけ出すと、納得しにかかった。
「あれ、ホーリー?掃除してたんじゃなかったのか?」
―――と、タイミングの悪い事に、ちょうど外回りから戻って来たらしいジラルドが、ホーリーを見つけ声をかけてくる。
「………」
「ど、どうしたんだよ」
すごい顔で睨み付けるホーリーに、何かマズい事をしたのだろうかと、思わず後ずさりしてしまう。
「バッカじゃないの!?」
ホーリーのこの口癖が出た瞬間、ジラルドは反射的に目を瞑ってしまう。
この台詞の後には、必ずものすごい癇癪を起こされるからだ―――
「ホント、あんたってどうしようもないわね!!」
―――が、意外な事にホーリーはそれだけ残して、その場から逃げるように駆け出した。
「ホ、ホーリー?どうしちゃったんだよ……?」
怒鳴られずに済んだ事よりも、いつもと反応の違うホーリーを見て、不気味に思うのが先に来る。
「おい、ホーリー!」
そして後を追う―――あの気の強いホーリーが、何も言わずに去るなんて……このままにしておいたら気味が悪い。
(ットに―――バッカじゃない!?前から解ってたけど、タイミング最悪なんだから!)
ホーリーは走りながら、己のパートナーの間抜けさに毒づいていた。
ジラルドのせいで、盗み聞きしていたのがバレてしまっただろう―――なにせ、この建物は隙間風が吹きまくるオンボロなのだから。
ガチャッ―――バタン!!!
そして、ホーリーたちにあてがわれた一室に飛び込むと、そのまま扉を叩きつけた。
力を入れ過ぎたせいで蝶番が弾け飛んだが、ホーリーにはそんな事に構う余裕はない。
(あたしの掃除なんか、どうでもいいってのよ―――問題は……そう、問題は!)
頭の中を駆け巡る疑問の数々―――何から手を付けたらいい?
何を信じたらいい―――?
「うわっ、また怒られるぞ。ドア壊しちゃって―――」
「うるさい!!」
人が考え事をしている時に、またもや最悪のタイミングで現れたジラルドに振り返り一喝すると、ホーリーは窓辺へと移動する。
「っ―――ご、ごめん……」
これ以上口を開くと、災いしか呼ばない事が分かったのか、ジラルドは小さくつぶやくと、部屋の隅へと移動する。
(まず―――まず、そうよ。私は何を信じるか)
答えは決まっている―――ホーリーはシュラウドを信じる。
(シュラウド様の考えはきっと、あたしら一端の捕縛士には理解できない、大きなモノなんだわ。そして――― それに近づいた者だけが、あの方に認められるのよ)
マディラもドラセナも、シュラウドに認められたのだ―――だから彼らは、外界で特殊な任務に就いている。
メダリアの中でも、シュラウドは実力主義だった―――異端児でしかなかったリュクシーも、実力があったからこそあの場に残る事ができたのだ。
ドラセナ=ロナスの年齢が若かったのも、そう考えれば納得の行かない事もない。
(実際、ドラセナ=ロナスからはものすごく特殊なシェイドを感じたわ―――え?)
似たような感覚を―――ホーリーは知っている気がした。
(―――どこで……)
ドクンッ
「あれは―――」
まるで自分が飲み込まれてしまうかのようなシェイドの渦―――思い出しただけで、心臓がえぐり取られるかのような衝撃を伴う記憶。
それはリュクシーのそばにいた、黒ずくめの羽男の姿。
ホーリーたち訓練された捕縛士を、一瞬で気絶させた男―――
(何よ―――どうして、何を考えても結局あいつに行き着くわけ?何であいつの言葉が、こんなに気になるわけ?)
リュクシーの事を考えるのは、はっきり言って気分が悪かった。
ホーリーがどんなに頑張っても、気を引く事すらできないシュラウド―――
それをあの女は、パートナーと共にメダリアを出て、相棒に魔獣による傷を負わせるという《違法行為》によって、シュラウドの興味を集めた。
ホーリーだって、型にはまった生き方でシュラウドに認められようとは思わない。
だがリュクシーの行動は、ホーリーから見てあまりあるものだった。
「―――ジラルド」
「なっ、何?」
ホーリーは静かに呼びかけたにも関わらず、ジラルドはおどおど答える。
何故なら、ジラルドはホーリーの性格をよく知っているから―――彼女が普段は格下扱いしている自分に真面目に話しかける時は、頼み事をする場合が多い。
「あんた、どうせ暇でしょ?」
しかも、ホーリーはいつだって限りなく強引なのだ。
「あいつがどこにいるか調べて」
「あいつ?」
「あいつって言ったら、あいつよ」
ここでまた聞き返したら、また怒鳴られそうなので、ジラルドは言葉を飲み込んだ。
「―――あたしは知りたい」
シュラウドが求める者―――それに近づく為に。
(知らなくちゃならない―――)
この世にあるのは混沌と、それに飲まれるしかない者の悲鳴ばかり―――
そこから救い出してくれたシュラウド、そして彼が教えてくれた力。
だが、ホーリーにはまだ足りない―――シュラウドの元にたどり着くまでには、何かが足りないのだ。
「ちょっと、そこの2人。集合よ」
―――壊れた扉の向こうで、テラが立っていた。
「マディラ様が、大事な話があるって」
マディラの話―――それは一体、何なのか。
「マディラ様が?―――っていうか、オレたちも?」
「そうよ。じゃ、伝えたからね」
ホーリーの事がいけ好かないらしいテラは、用件だけ簡潔に伝えると、さっさと行ってしまう。
「行こう、マディラ様待たしちゃマズいよ」
「―――フン」
突然ホーリーがふんぞり返るので、また癇癪でも起こす気かと身構えてしまう。
(―――話?いいわよ、聞いてやろうじゃないの)
ドラセナ=ロナスを見てしまったホーリーに釘を刺すつもりなのか、それとも―――
「何グズッてんのよ、行くわよ」
自分の顔を見て平然と言うホーリーに、ジラルドは腹の底から深いため息をついた。
彼女の口調にはもう慣れっこだから、それについてはとやかく言うつもりはないが―――もう少し、自分を同格に見てほしいと思うこの頃だった。