表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SHADE  作者: 青山 由梨
20/25

EPISODE20




(ドームといっても、セントクオリス製のものと違って、外界との接点も多いようだな)

ジンを迎えに行く途中、ドーム内部の構造を見て回っていたリュクシーは、シェイドを使えばドームの出入りは比較的楽に済みそうだと、検証を終えて結論を出した。


通気口や資材その他の搬入口など、外壁付近は軍が配備され密入国を監視しているようだが、人間が監視してくれていた方が、リュクシーには都合が良い。

―――機械相手では、シェイドは効かないからだ。


(イチシも、売人共の抜け道を強行突破する気なんだろうが―――)


その使い方が自虐的であるとはいえ、シェイドを操る事のできるイチシだ、心配する事はないと思うが―――何かトラブルが起きた場合を考えて、リュクシーたちも脱出経路は確保しておくに越した事はない。


「ね、君、今ヒマなの?オレらと遊びに行かない?」

「………」


まだ朝のせいか、声をかけられる回数も少なかったのだが、暇人はどこにでもいるものだ。

だが外の男共とは違い、殴り倒さなくても諦めてくれる点では、こっちの方がマシかもしれない。


―――それにリュクシーの隣には、もっとタチの悪い男がいるのだから。


「ねーっ、その羽、何で出来てんのぉー!?」

「スッゴーイ、ね、ね、触っていい?」

いつもはコートで隠している羽を、カライはわざわざ薄着をして人目を引く道具にしていた。


幸い、道行く人々は何か仮装の一種と思っているのか、注目はするものの、その異形の存在に不審を抱く者はいないようだ。

当の本人は、若い女に囲まれ得意気な顔をしている。いい気なものだ。


「ん、なに?君もあのコスプレヤロー狙いなの?―――あんなんやめとけって!ああいう化粧とかしないと女引っ掛けられない奴って、ロクなのいないぜ!」

カライを見てため息をついていたリュクシーに、男たちはそう言ったが、カライがロクでもないという点については、反論する気はなかった。


「あ、おい。―――何だよ、無視しやがって」

無言でその場を去ったリュクシーに、男たちはさっさと諦めると別の女を物色し始める。


(―――カライは放っておこう。どうせ、男が1人余るしな)


3人で行動すれば、必ず1人が別の異性と登録を行わなければならない――― ジンよりカライの方が女遊びは慣れていそうだし、したたかだ。

その分、面倒も少ないだろう。

別の意味で色々と問題を起こす可能性はあるが―――性の快楽に溺れ、人との繋がりの薄れたこの国では、そう深刻な状態にはなるまいと思ったのだ。




そう―――例えば、カライが新しい依存者を創ってしまう事。




その事に思い至り、ふと疑問が浮かび上がる。

何故―――カライはリュクシーに固執するのだろう。


死に目にそばにいたリュクシーよりも、生前のカライを知る者を見つければ、その方が人間として存在していられるだろうに。




あの時―――部屋の明かりが消え、目の前でシェイド体が具現化したあの時。


―――きっと、2人は共鳴したのだ。

ラジェンダ=テーマパークの支配から、メダリアの呪縛から、逃れようとした2人の意識が重なり、カライは現れた……


きっかけを与えたのはリュクシーだ―――でも、リュクシーは知らない。

《カライ》という人間を、リュクシーは全く知らないのだ。


(そういえば―――もう2ヶ月も一緒にいるのに、カライは自分の話をした事がない)


夢でカライの意識に汚染されたことはあったが―――あの時のカライは幼すぎて、それでも自分の運命を呪っていて。


(カライは―――昔の自分を嫌っているのかもしれない……)


だから、リュクシーでいいのかもしれない。

何も知らない、今目の前にいるカライしか知る事のできない、リュクシーがいいのかもしれない。



(―――そうかもな。自分を一番知っているのは自分自身……きっかけさえあれば、後は誰でも同じかもしれない)


それが人間と、シェイド体の違いなのか?


人間は誰かではなく、特定の者を欲し、自分を形成していく。

シェイド体は、自分を発動させる《誰か》を欲す―――


(―――何を考えているんだ、私は。そして何故、こんなにも悲しくなる……)


最近、自分が情緒不安定なのは解っていた―――これもシェイドの副作用なのか。

「おう、リュー!」


突然、頭上からジンの声が降りかかり、リュクシーは慌てて平常心を取り戻そうと歯を食いしばり、顔を上げた。


「おっはよー、リュクシーさ〜ん!覚えてる〜?カーフェだよー!」


すると、ジンの腕に昨日の少女がへばりついているのが見える。あれほど動くなと言ったのに、待ち切れなくて部屋を出て来てしまったようだ。


(まさか、あの娘も連れて行動する気じゃないだろうな)

ゴデチヤ人の少女と、すっかり仲良くなったらしいジンに冷たい視線を投げかけると、向こうも慌てて弁解を始める。


「んな顔すんなって―――ほら、カードは死守したぞ!」


カチッ。

ジンが懐からカードを出したと同時に、少女は自分のカードと連結させた。




「―――お前はバカか」

思わず、心の声をそのまま口にしてしまう。


「わ〜い、今日もよろしくね、ジン!」

「ぐっ……」


「お前、やる気があるのか?」

今日という今日は愛想が尽きたとばかりに、リュクシーはまくし立てる。


「誰の用事で私たちはここにいる?何の為だったんだ?全く―――いい加減にしてくれ」

「わ、分かってるけどよ―――こいつが……」

カーフェを引き剥がしながら、昨日と同じ言い訳をするジンに、リュクシーはますますイライラしてしまう。


「また人のせいか?お前にも学習能力はあるだろう、少しは考えろ!」

「考えろ?―――何をだよ。人に騙されることばっか考えて動けってのか?」

今度はリュクシーの言葉がジンの勘に触ったようで、2人は公道でケンカをはじめた。


「いっつも疑いながら生活しろってのか!?お前、そんな考え方じゃ性格歪むぞ!」

「うん、そーだよー、人の事は信じなくちゃダメだよー」

「大きなお世話だ、だったら国中の女に騙されて身ぐるみ剥がれて来い!!」

「えー、カーフェはそんな事しないよー」


―――睨み合う2人の間に、カーフェの呑気な声が飛び交う中、突然リュクシーが萎えた。


「バカバカしい―――」

「お、おう―――そうだな。怒鳴って悪かった」

「………」

リュクシーは意地でも謝らないつもりだったが、こうも簡単に謝罪されると、もうどうでもいいような気がしてきた。


「カーフェ、だったな」

「そーだよー」

リュクシーはジンを露骨に無視すると、少女に向き直る。


「私たちはこれから労働管理局に行って、職を斡旋してもらう。ジンを借りるぞ」

「うん、どうぞー。だって私、これから学校だもん」

有無を言わさぬ口調で言ったリュクシーに対して、カーフェの反応は非常にあっさりしたものだった。


「じゃーねー!学校終わったら、会いに行くからね〜!」

カーフェは笑顔で手を振ると、去って行った―――



「何だ、これなら昼間は自由に動けるじゃねーか」

カーフェの空気が伝染したのか、ジンまでもが呑気な事を言うので、リュクシーは思わず睨み付けてしまう。


「う―――分かったよ、オレが悪かったって」

「カライ!!」

徹底的に無視を決め込んだリュクシーは、姿の見えないカライを呼びつける。


「何だよ」


そして、唐突に背後に立っているカライに、カードを出せと合図する。


「お、何?お前、オレと連結しちゃってイイわけ?」

こうなるであろうから、カライを相手にするのは避けたかったというのに―――


「オレ様が言ってんのは、カードの話じゃないぜぇ?―――ケヒャヒャ!!」


カチッ。

リュクシーが無言でカードを連結させると、カライは笑うのを止め、珍しく真顔になる。


「知らねーぜ。後でオレ様に文句言うのはナシだぜ」

「………」


カライが何の事を言っているか、リュクシーだって十分理解しているつもりだった―――

そして思う―――カライは気づいているのではないか。


―――この体を侵しつつある変化に。

そして、リュクシーがこの想いを殺したがっている事に。


「カライ……」

何か言おうとしたのだが、その先の言葉が見つからなかった。


(私は―――)


―――無くしてしまいたかった。

リュクシーを不安にさせる想いの全てを―――


「―――まずは管理局に行こう。個人情報はある程度まで引き出せる」

今度はカライから逃げるように目を背けると、罰が悪そうに頭をかいているジンに向かって言った。


「オレは遊びに行ってるぜ」

「勝手にしろ―――」

背を向けたままのリュクシーに、カライはニヤリと笑ってみせた。


「逃がさねーからな」

その言葉に振り向くと、カライは既に消えていた。







逃がさねーからな







頭の中にカライの姿がちらついて、離れてくれなかった。


(カライ相手なら―――汚染されていると、断言できるのにな)

それはそれで侮辱に値するだろうが、カライはそれを気にする神経の持ち主ではない。


「お前よ―――いや、何でもねぇ……」

今夜のリュクシーの相手がカライと知って、何か言いたそうにしていたが、ジンは言葉を濁した。


(―――この男のこういう所が、腹が立つんだ)

中途半端な同情や優しさは、リュクシーの神経を逆撫でするだけだ。


「―――行くぞ」

短く言うと、リュクシーは歩き出した―――カライの方がいい。


汚染されていてもいい―――それが死人ならば、諦めもつく……言い訳も許される。


「お、おう―――待ってくれよ」


ゼザもどこかでリュクシーを見ているのだろうか―――そして、この胸の内に起こっている変化に気づいているのだろうか。

そして―――ゼザ自身にも、変化は起きているのだろうか?


(何も―――解らない。私に出来るのは、ただ先に進む事だけだ)







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「―――該当者はいませんね」

管理局の役人が出したのは、《ヘリオン》という11歳の少女は、ゴデチヤにはいないという答えだった。


「そんなはずねぇ!!そんな―――まさか……」

「死亡者、行方不明者の方は?」


リュクシーにしてみれば、十分予想できた事ではあったが―――取り乱すジンは放っておいて、もう1つのリストの検索を求める。


「え〜と、ちょっと待って下さいよ。え―――死亡者にはありません。で―――行方不明は…… こっちにもありませんね」

「何だって?」

―――リュクシーは思わず声を漏らした。


「一体、どういう事だ!?死亡もしてねぇ、行方不明でもねぇ―――それじゃあ、ヘルはどこにいるんだ!!」

ジンが受付に座っていた男の胸倉をつかみ上げると、ドーム育ちそのものの貧弱な作りの男は、軽々と宙に掲げられてしまう。


「うわっ―――ななな、何するんですかっ……!」

「答えろ!!」

「―――ジン」

役人を締め上げた所で、何の解決にもならない―――のだが、ジンは興奮状態でこちらの制止も聞こえていないようだ。


「ししし、知りませんよ―――データがないんですから……そ、そーだ!名前が間違ってるんじゃないですかっ?」

「娘の名前間違えるバカがどこにいるってんだ!」

「ひ、ひいいぃぃ―――!!」

「ジン」


建物内に響き渡るほどの大声で、ジンは叫んだ。

「ここの責任者を出せ!!!」

「は、はいぃぃぃ―――!!」

リュクシーはジンを黙らせる事はもはや諦めた。


「とっとと行きやがれ!!」

「は、はいぃぃぃ―――!!」

男が慌てて奥に引っ込んだ後、リュクシーは受付カウンターをひょいと乗り越えると、彼の触っていた管理用コンピューターの端末を勝手にいじり始めた。


リュクシーが探している情報は。11歳の少女を収容している教育施設や住居―――


「ジン」

「ちくしょう―――ヘル……」

必要なものだけを記憶して、端末を初期状態に戻すとジンに呼びかける。

だが、頭の中で色々と妄想してしまっているジンには、全く聞こえていないようだ。


「―――おい」

ジンの視界に無理やり割り込むと、リュクシーはいい加減に気づけとばかりに睨み付ける。


「ああ?何だ―――よ」

険しい顔をして向き直ったジンに、リュクシーは一瞬ドキリとする。

ジンでも―――こういう顔をする時があるのだ。


「ああ、悪い―――何だ、どうした?」

リュクシーを脅えさせてしまったとでも思ったか、途端にジンはいつもの穏やかな表情に戻った。


「もうここに用はない。次に行くぞ」

「次?―――もう用がないって、お前……」

「データがない以上、ここは用済みだ。―――後は足で歩いて探すんだ」


死亡者リストにも、行方不明者リストにもない―――書類上では、ヘリオンという少女はゴデチヤに存在しない。


「ヘリオンはゴデチヤにいた。―――だったら、あるはずだ」

「あるって―――何がだ?」


「―――人の記憶までは消し去れない」

データなど、その者がいた証になどなりはしない―――では、証になるのは。

唯一の証になるのは―――


「ヘリオンの知人を探しに行くんだ」


自分を知っている存在がいる―――それが証。

―――リュクシーの証、カライの証、全ての人間の証。


「お―――おう」

ジンは不思議な気持ちで、この異国の少女を見ていた―――


彼女の言葉が、時々力を持って聞こえるのは何故だろう―――死を目前にしたイチシが魅せられるのも分かる気がした。

ジンにだって感じる―――彼女に見つめられた時の、ある種の高揚感は。


異形の者さえも虜にする少女―――何かの意志を秘めた少女。

この少女と関わる事で、自分の人生はどう変わって行くのだろうか……


(何考えてんだ、オレは―――今はヘルだ。あいつを探し出してやらなけりゃ……)


まだ11歳の娘が、どんなトラブルに巻き込まれたのかも分からない。

もしかしたら―――自分より先に、逝ってしまったのかもしれない。


「考えるな」

リュクシーの声に、ジンは顔を上げた。


「悪い方向に考えるな」

悲しげな瞳で、少女は自分を見つめていた―――


「生きてるさ―――ヘリオンはきっと生きてる。生きてさえいれば―――生き続ければ」

リュクシーは自分にも言い聞かせるように、繰り返した。


「いつだって―――道はある」

そう信じる事が、きっと強さを生む―――人を動かす力になる。


「取り乱して悪かった。―――お前の言う通りだ。オレがしっかりしなきゃな」

「―――そうだな」

ようやく冷静になったらしいジンに短く答えると、リュクシーは外に向かって歩き出す。


(そうだな―――)

そして、さっきは飲み込んでしまった言葉を、心の中でもう一度つぶやいた。


(―――お前を必要としているのは、《ヘリオン》だ)





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ