EPISODE20
(ドームといっても、セントクオリス製のものと違って、外界との接点も多いようだな)
ジンを迎えに行く途中、ドーム内部の構造を見て回っていたリュクシーは、シェイドを使えばドームの出入りは比較的楽に済みそうだと、検証を終えて結論を出した。
通気口や資材その他の搬入口など、外壁付近は軍が配備され密入国を監視しているようだが、人間が監視してくれていた方が、リュクシーには都合が良い。
―――機械相手では、シェイドは効かないからだ。
(イチシも、売人共の抜け道を強行突破する気なんだろうが―――)
その使い方が自虐的であるとはいえ、シェイドを操る事のできるイチシだ、心配する事はないと思うが―――何かトラブルが起きた場合を考えて、リュクシーたちも脱出経路は確保しておくに越した事はない。
「ね、君、今ヒマなの?オレらと遊びに行かない?」
「………」
まだ朝のせいか、声をかけられる回数も少なかったのだが、暇人はどこにでもいるものだ。
だが外の男共とは違い、殴り倒さなくても諦めてくれる点では、こっちの方がマシかもしれない。
―――それにリュクシーの隣には、もっとタチの悪い男がいるのだから。
「ねーっ、その羽、何で出来てんのぉー!?」
「スッゴーイ、ね、ね、触っていい?」
いつもはコートで隠している羽を、カライはわざわざ薄着をして人目を引く道具にしていた。
幸い、道行く人々は何か仮装の一種と思っているのか、注目はするものの、その異形の存在に不審を抱く者はいないようだ。
当の本人は、若い女に囲まれ得意気な顔をしている。いい気なものだ。
「ん、なに?君もあのコスプレヤロー狙いなの?―――あんなんやめとけって!ああいう化粧とかしないと女引っ掛けられない奴って、ロクなのいないぜ!」
カライを見てため息をついていたリュクシーに、男たちはそう言ったが、カライがロクでもないという点については、反論する気はなかった。
「あ、おい。―――何だよ、無視しやがって」
無言でその場を去ったリュクシーに、男たちはさっさと諦めると別の女を物色し始める。
(―――カライは放っておこう。どうせ、男が1人余るしな)
3人で行動すれば、必ず1人が別の異性と登録を行わなければならない――― ジンよりカライの方が女遊びは慣れていそうだし、したたかだ。
その分、面倒も少ないだろう。
別の意味で色々と問題を起こす可能性はあるが―――性の快楽に溺れ、人との繋がりの薄れたこの国では、そう深刻な状態にはなるまいと思ったのだ。
そう―――例えば、カライが新しい依存者を創ってしまう事。
その事に思い至り、ふと疑問が浮かび上がる。
何故―――カライはリュクシーに固執するのだろう。
死に目にそばにいたリュクシーよりも、生前のカライを知る者を見つければ、その方が人間として存在していられるだろうに。
あの時―――部屋の明かりが消え、目の前でシェイド体が具現化したあの時。
―――きっと、2人は共鳴したのだ。
ラジェンダ=テーマパークの支配から、メダリアの呪縛から、逃れようとした2人の意識が重なり、カライは現れた……
きっかけを与えたのはリュクシーだ―――でも、リュクシーは知らない。
《カライ》という人間を、リュクシーは全く知らないのだ。
(そういえば―――もう2ヶ月も一緒にいるのに、カライは自分の話をした事がない)
夢でカライの意識に汚染されたことはあったが―――あの時のカライは幼すぎて、それでも自分の運命を呪っていて。
(カライは―――昔の自分を嫌っているのかもしれない……)
だから、リュクシーでいいのかもしれない。
何も知らない、今目の前にいるカライしか知る事のできない、リュクシーがいいのかもしれない。
(―――そうかもな。自分を一番知っているのは自分自身……きっかけさえあれば、後は誰でも同じかもしれない)
それが人間と、シェイド体の違いなのか?
人間は誰かではなく、特定の者を欲し、自分を形成していく。
シェイド体は、自分を発動させる《誰か》を欲す―――
(―――何を考えているんだ、私は。そして何故、こんなにも悲しくなる……)
最近、自分が情緒不安定なのは解っていた―――これもシェイドの副作用なのか。
「おう、リュー!」
突然、頭上からジンの声が降りかかり、リュクシーは慌てて平常心を取り戻そうと歯を食いしばり、顔を上げた。
「おっはよー、リュクシーさ〜ん!覚えてる〜?カーフェだよー!」
すると、ジンの腕に昨日の少女がへばりついているのが見える。あれほど動くなと言ったのに、待ち切れなくて部屋を出て来てしまったようだ。
(まさか、あの娘も連れて行動する気じゃないだろうな)
ゴデチヤ人の少女と、すっかり仲良くなったらしいジンに冷たい視線を投げかけると、向こうも慌てて弁解を始める。
「んな顔すんなって―――ほら、カードは死守したぞ!」
カチッ。
ジンが懐からカードを出したと同時に、少女は自分のカードと連結させた。
「―――お前はバカか」
思わず、心の声をそのまま口にしてしまう。
「わ〜い、今日もよろしくね、ジン!」
「ぐっ……」
「お前、やる気があるのか?」
今日という今日は愛想が尽きたとばかりに、リュクシーはまくし立てる。
「誰の用事で私たちはここにいる?何の為だったんだ?全く―――いい加減にしてくれ」
「わ、分かってるけどよ―――こいつが……」
カーフェを引き剥がしながら、昨日と同じ言い訳をするジンに、リュクシーはますますイライラしてしまう。
「また人のせいか?お前にも学習能力はあるだろう、少しは考えろ!」
「考えろ?―――何をだよ。人に騙されることばっか考えて動けってのか?」
今度はリュクシーの言葉がジンの勘に触ったようで、2人は公道でケンカをはじめた。
「いっつも疑いながら生活しろってのか!?お前、そんな考え方じゃ性格歪むぞ!」
「うん、そーだよー、人の事は信じなくちゃダメだよー」
「大きなお世話だ、だったら国中の女に騙されて身ぐるみ剥がれて来い!!」
「えー、カーフェはそんな事しないよー」
―――睨み合う2人の間に、カーフェの呑気な声が飛び交う中、突然リュクシーが萎えた。
「バカバカしい―――」
「お、おう―――そうだな。怒鳴って悪かった」
「………」
リュクシーは意地でも謝らないつもりだったが、こうも簡単に謝罪されると、もうどうでもいいような気がしてきた。
「カーフェ、だったな」
「そーだよー」
リュクシーはジンを露骨に無視すると、少女に向き直る。
「私たちはこれから労働管理局に行って、職を斡旋してもらう。ジンを借りるぞ」
「うん、どうぞー。だって私、これから学校だもん」
有無を言わさぬ口調で言ったリュクシーに対して、カーフェの反応は非常にあっさりしたものだった。
「じゃーねー!学校終わったら、会いに行くからね〜!」
カーフェは笑顔で手を振ると、去って行った―――
「何だ、これなら昼間は自由に動けるじゃねーか」
カーフェの空気が伝染したのか、ジンまでもが呑気な事を言うので、リュクシーは思わず睨み付けてしまう。
「う―――分かったよ、オレが悪かったって」
「カライ!!」
徹底的に無視を決め込んだリュクシーは、姿の見えないカライを呼びつける。
「何だよ」
そして、唐突に背後に立っているカライに、カードを出せと合図する。
「お、何?お前、オレと連結しちゃってイイわけ?」
こうなるであろうから、カライを相手にするのは避けたかったというのに―――
「オレ様が言ってんのは、カードの話じゃないぜぇ?―――ケヒャヒャ!!」
カチッ。
リュクシーが無言でカードを連結させると、カライは笑うのを止め、珍しく真顔になる。
「知らねーぜ。後でオレ様に文句言うのはナシだぜ」
「………」
カライが何の事を言っているか、リュクシーだって十分理解しているつもりだった―――
そして思う―――カライは気づいているのではないか。
―――この体を侵しつつある変化に。
そして、リュクシーがこの想いを殺したがっている事に。
「カライ……」
何か言おうとしたのだが、その先の言葉が見つからなかった。
(私は―――)
―――無くしてしまいたかった。
リュクシーを不安にさせる想いの全てを―――
「―――まずは管理局に行こう。個人情報はある程度まで引き出せる」
今度はカライから逃げるように目を背けると、罰が悪そうに頭をかいているジンに向かって言った。
「オレは遊びに行ってるぜ」
「勝手にしろ―――」
背を向けたままのリュクシーに、カライはニヤリと笑ってみせた。
「逃がさねーからな」
その言葉に振り向くと、カライは既に消えていた。
逃がさねーからな
頭の中にカライの姿がちらついて、離れてくれなかった。
(カライ相手なら―――汚染されていると、断言できるのにな)
それはそれで侮辱に値するだろうが、カライはそれを気にする神経の持ち主ではない。
「お前よ―――いや、何でもねぇ……」
今夜のリュクシーの相手がカライと知って、何か言いたそうにしていたが、ジンは言葉を濁した。
(―――この男のこういう所が、腹が立つんだ)
中途半端な同情や優しさは、リュクシーの神経を逆撫でするだけだ。
「―――行くぞ」
短く言うと、リュクシーは歩き出した―――カライの方がいい。
汚染されていてもいい―――それが死人ならば、諦めもつく……言い訳も許される。
「お、おう―――待ってくれよ」
ゼザもどこかでリュクシーを見ているのだろうか―――そして、この胸の内に起こっている変化に気づいているのだろうか。
そして―――ゼザ自身にも、変化は起きているのだろうか?
(何も―――解らない。私に出来るのは、ただ先に進む事だけだ)
―――――◆―――――◆―――――◆―――――
「―――該当者はいませんね」
管理局の役人が出したのは、《ヘリオン》という11歳の少女は、ゴデチヤにはいないという答えだった。
「そんなはずねぇ!!そんな―――まさか……」
「死亡者、行方不明者の方は?」
リュクシーにしてみれば、十分予想できた事ではあったが―――取り乱すジンは放っておいて、もう1つのリストの検索を求める。
「え〜と、ちょっと待って下さいよ。え―――死亡者にはありません。で―――行方不明は…… こっちにもありませんね」
「何だって?」
―――リュクシーは思わず声を漏らした。
「一体、どういう事だ!?死亡もしてねぇ、行方不明でもねぇ―――それじゃあ、ヘルはどこにいるんだ!!」
ジンが受付に座っていた男の胸倉をつかみ上げると、ドーム育ちそのものの貧弱な作りの男は、軽々と宙に掲げられてしまう。
「うわっ―――ななな、何するんですかっ……!」
「答えろ!!」
「―――ジン」
役人を締め上げた所で、何の解決にもならない―――のだが、ジンは興奮状態でこちらの制止も聞こえていないようだ。
「ししし、知りませんよ―――データがないんですから……そ、そーだ!名前が間違ってるんじゃないですかっ?」
「娘の名前間違えるバカがどこにいるってんだ!」
「ひ、ひいいぃぃ―――!!」
「ジン」
建物内に響き渡るほどの大声で、ジンは叫んだ。
「ここの責任者を出せ!!!」
「は、はいぃぃぃ―――!!」
リュクシーはジンを黙らせる事はもはや諦めた。
「とっとと行きやがれ!!」
「は、はいぃぃぃ―――!!」
男が慌てて奥に引っ込んだ後、リュクシーは受付カウンターをひょいと乗り越えると、彼の触っていた管理用コンピューターの端末を勝手にいじり始めた。
リュクシーが探している情報は。11歳の少女を収容している教育施設や住居―――
「ジン」
「ちくしょう―――ヘル……」
必要なものだけを記憶して、端末を初期状態に戻すとジンに呼びかける。
だが、頭の中で色々と妄想してしまっているジンには、全く聞こえていないようだ。
「―――おい」
ジンの視界に無理やり割り込むと、リュクシーはいい加減に気づけとばかりに睨み付ける。
「ああ?何だ―――よ」
険しい顔をして向き直ったジンに、リュクシーは一瞬ドキリとする。
ジンでも―――こういう顔をする時があるのだ。
「ああ、悪い―――何だ、どうした?」
リュクシーを脅えさせてしまったとでも思ったか、途端にジンはいつもの穏やかな表情に戻った。
「もうここに用はない。次に行くぞ」
「次?―――もう用がないって、お前……」
「データがない以上、ここは用済みだ。―――後は足で歩いて探すんだ」
死亡者リストにも、行方不明者リストにもない―――書類上では、ヘリオンという少女はゴデチヤに存在しない。
「ヘリオンはゴデチヤにいた。―――だったら、あるはずだ」
「あるって―――何がだ?」
「―――人の記憶までは消し去れない」
データなど、その者がいた証になどなりはしない―――では、証になるのは。
唯一の証になるのは―――
「ヘリオンの知人を探しに行くんだ」
自分を知っている存在がいる―――それが証。
―――リュクシーの証、カライの証、全ての人間の証。
「お―――おう」
ジンは不思議な気持ちで、この異国の少女を見ていた―――
彼女の言葉が、時々力を持って聞こえるのは何故だろう―――死を目前にしたイチシが魅せられるのも分かる気がした。
ジンにだって感じる―――彼女に見つめられた時の、ある種の高揚感は。
異形の者さえも虜にする少女―――何かの意志を秘めた少女。
この少女と関わる事で、自分の人生はどう変わって行くのだろうか……
(何考えてんだ、オレは―――今はヘルだ。あいつを探し出してやらなけりゃ……)
まだ11歳の娘が、どんなトラブルに巻き込まれたのかも分からない。
もしかしたら―――自分より先に、逝ってしまったのかもしれない。
「考えるな」
リュクシーの声に、ジンは顔を上げた。
「悪い方向に考えるな」
悲しげな瞳で、少女は自分を見つめていた―――
「生きてるさ―――ヘリオンはきっと生きてる。生きてさえいれば―――生き続ければ」
リュクシーは自分にも言い聞かせるように、繰り返した。
「いつだって―――道はある」
そう信じる事が、きっと強さを生む―――人を動かす力になる。
「取り乱して悪かった。―――お前の言う通りだ。オレがしっかりしなきゃな」
「―――そうだな」
ようやく冷静になったらしいジンに短く答えると、リュクシーは外に向かって歩き出す。
(そうだな―――)
そして、さっきは飲み込んでしまった言葉を、心の中でもう一度つぶやいた。
(―――お前を必要としているのは、《ヘリオン》だ)