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SHADE  作者: 青山 由梨
2/25

EPISODE2





ラジェンダテーマパークへようこそ

ここは伝説が蘇った島―――







一歩足を踏み入れると、場内アナウンスが始まる。

リュクシーとゼザは今、シェイド文明を築いたメダリア・グループの技術を凝縮したテーマパークに来ていた。


「課外研修でも来たのに。―――一度見れば十分だろう」

今回はリュクシーに呼び出され、再びこのテーマパークを訪れたゼザだったが、真面目で現実主義の彼は再来の意味をいまいち読み取れずにいた。


「大体、お前が話があると言うから―――それなのに、どうしてオレたちはこんな所にいる?」

「―――ここで話がしたいんだ」

今はそれ以上は口にしないリュクシーに、笑い事にできないような何かを感じて、ゼザも無言で後をついて来る。


ピッ。ピッ。



<イベント中は、シールドが作動しておりますので、お客様は一切イベントに触れる事ができません。万が一、故障事故その他のトラブルが発生した場合は、係員が指示を出すまでその場を動かないで下さい。―――それでは良い旅を>




身分証明書を機械に通すと女性の声が流れ、目の前にある古風で重々しい扉が、軋んだ音を立てながら開いていく。




ギギギィ―――




そしてその向こうには、メダリアによって創り出された偽りの伝説たちが潜んでいるのだ―――




ギギギィ―――バタン!


二人が扉の向こうの真っ白な空間に入ったのと同時に、背後の扉が自動的に閉まる。


「―――――っ!!」

そして光が部屋中に満ち、訪問者たちはそのあまりの眩しさに目を閉じる―――






―――ザザ―――ン―――――ザザ―――ン……



次に目を開けた時、そこは浜辺だった。岸には小さなボートがある。

ここは自分たちで次の道を考えながら進むタイプのテーマパークなのだが、一度クリアしているリュクシーたちは考える必要もなく、スタスタと次のステップを目指してボートに乗り込んだ。


「―――おい」

突然、ゼザが不機嫌な声でリュクシーを呼び付ける。


「―――ん?」

既にボートに乗り込んでいたリュクシーは、ゼザがまだボートの横に立ったままなのを見て、ようやくするべき事を思い出す。


「―――ああ、海に運ばなくちゃ漕げなかったな」

15歳の少年一人の力では、このボートを海にまで押し出すのは無理だろう。

リュクシーはヒョイと岸まで戻ると、呆れ顔のゼザと共にボートを押した。


「今度はいいだろう」

そしてようやく二人そろって乗り込むと、リュクシーが漕ぎ始めた。


「―――オレが漕ぐから貸せ」

「いや、いい。今日はこっちの都合だし、この前来た時はお前が漕いだからな」

「いいから貸せ」

ゼザは無理矢理リュクシーからオールを奪うと、自分が漕ぎ始めた。


「―――話があるんだろう。一度に一つの事しかできないような不器用な奴に漕がせていたら、いつまでたっても始まらない」

「………」

リュクシーはゼザの顔をしばらく見つめていた後、決心したように大きく息を吸い込んだが ―――やはりまだ話を切り出せないのか、静かに息を吐き出すと、そのまま下を向いてしまう。




(―――こいつは一体、何を話したいというんだ)


明朗快活、自由奔放で、人との衝突は絶えないが、それでも人に好かれる要素を持っている――― そんなリュクシーが下を向いて思い悩んでいる姿など、ゼザは見た事がなかった。


「お前でも人並みに悩みでもあるのか」

ゼザは別に嫌みで言ったわけではない―――それはリュクシーにも分かっていた。

「悩んでいるわけじゃないんだ」


リュクシーは顔を上げ、はっきりと言った。

「―――自分の答えは出ている」


「じゃあ、周囲の意見と異なっていて、実行に移せない―――そういうことか?」

「周りの目が恐いんじゃない。そういうことじゃ―――ない。いや―――そうなのかもしれないな」

「それはどんな状況でも付いて回る心境だろう。結局は、選択を迫られた時、決断する勇気があるかないかで全ては決まる。―――その時が来るまで、考えてばかりいても仕方ないだろう」


「だから―――答えは出ているんだ」

リュクシーの意図するものが伝わって来ず、ゼザは少々うんざりした声を洩らす。

「―――待て。その前に、お前の話とは何だ?話す順序がめちゃくちゃだ」

<話>の話題になると、やはりリュクシーは戸惑いを隠せないようで、再び二人の間に沈黙が流れる―――




「つまり―――私は」





ザバッ!





「!」

突然、海面から若い女の顔が現れた。

続いて両手が現れ、彼女はボートの縁に両肘を着くとニヤリと笑ってみせる。




ザバンッ!!


そして再び海中に潜る時、彼女のグロテスクで生臭い下半身が露になる―――

つい話に気取られていたせいか、<人魚>のあまりのタイミングの良さに、リュクシーは言葉の先を続けるチャンスを逃してしまったようだ。


驚きのあまり、駆け巡っている胸の鼓動を押さえつつ、リュクシーはそこかしこで泳いではこちらに視線を送って来る、人魚の海域に目をやった。





ドクンッ





銀色に輝く鱗に覆われた彼女たちの下半身は、遠目に見ると波間に光ってきれいだった。







イヤ







リュクシーの胸の鼓動は、驚いたからだけではなかった。

メダリアに創られた人工生命体―――彼らと視線を交える度、リュクシーは胸を締め付けられ、あの意識に支配されてしまうのだ。


「お前は―――何か感じないか……?」

リュクシーの真剣な瞳に、何かを必死に訴えられているのは分かるのだが、ゼザの答えはやはり同じだった。


「―――何を」

だが、リュクシーは首を横に振っただけだった。




「フフフ」

「くすくす」


遠かった人魚たちの笑い声が、いつのまにかすぐそこまで来て二人を取り囲んでいた。

彼女たちは穏やかな波間にひょっこりと顔を出しては、また海中へと消えていく。

まるで隙あらば、この二匹の獲物を、冷たく暗い海の底へと沈めてやろうと企んでいるかのように、目をギラつかせながら……







イヤダ







「十年後―――」







ドウシテ







「いや、五年後、三年後―――」







ソウジャナイ







「自分はどうなってると思う?」







ダレカ







「さあな―――捕縛士になる教育を受けているとは言っても―――」







タスケテ!







「捕縛士は知識を詰め込んだり、運動能力が優れていればなれるというわけじゃない―――」







タスケテ……







「捕縛士はメダリアから最上の生活が保証される。これからのシェイド文明を思えば、必ず必要とされる人種だ。就ければいいとは思うが―――」







ワタシハ







「現実的に考えると、オレの場合はメダリアの技術スタッフにでもなって、遺伝子研究でもしてる方が似合いかもな」







ナンナノ?







「リュクシー?」







チガウ!!







「―――ん、ああ……ちゃんと聞いてるぞ」

ゼザの話は確かに聞いていた。

もっと大きな<意志>にかき消されそうな、ゼザの声―――


「そろそろ津波が来るんじゃなかったか」

リュクシーは荒れ始めた空と海を見て、ゼザに告げる。

「津波に飲まれた後は、確か森を進むんだったな」


話を振っておきながら、上の空だったリュクシーに、ゼザは尋ねた。

「―――お前の三年後はどうなんだ」


ゼザの問いに―――リュクシーはパートナーの顔を正面から見れずに言った。

「なりたくない未来なら―――ある」




オオォォオオォ―――――


嵐の演出の中、遠くで巨獣の鳴き声が聞こえる―――

立ち込める霧の向こうに、ぼんやりと巨獣の影が浮かび上がる。







オオォォオオォ―――――







霧が裂け、巨獣がその姿を現す―――それを目した瞬間、巨獣は津波を巻き起こしながら、海中へと身を沈めた。







ドオオォォ―――――







「この津波に似てる。―――何が起こるか分かっていても・・・・・・」







ドオオォォッ―――――







「恐怖を感じる」

小船を津波が襲い、二人は呆気なく飲み込まれた。












ザザ―――ン……ザザ――



波の音を感じ、リュクシーがゆっくりと目を開けると、そこは島だった。


浜辺に流れ着いた設定なのだ―――伝説への訪問者たちは、今度はこの木々が鬱蒼と茂った森林地帯を歩かされる。


「ゼザ。―――おい、ゼザ」

リュクシーが揺さぶると、横で倒れていたゼザも目覚めた。




「―――行こうか」

そして二人は歩き出す―――奇妙な沈黙を引き連れたまま。







ダレ






ザザッ!







アナタハ






茂みの向こうには古の神獣たち―――







ワタシハ






イベントを目にする度、頭の中に響き渡る叫び―――


「お前は―――感じないか、ゼザ」

「………」

何も答えないゼザに、リュクシーは自然と歩調が早くなっていく。




―――ザザッ!

突然、茂みから一人の獣人が牙を剥いて飛び出して来た。


初めてテーマパークを訪れた時は、驚いて獣人をかわすために尻もちをついたリュクシーだったが、今回はただ、獣人の動きを目で追っただけだった。


獣人は訪問客を飛び越え、その向こうに潜んでいた獣に襲いかかった。


「グウウゥゥ!!」

「ギャウゥゥッ!!ガッ!!ギャオォウゥゥ!!」

物凄い悲鳴を上げ、イベントたちはもつれ合い、のたうち回る。







ナゼ






「今―――感じないか……?」

リュクシーはその様を見ながら、伺うようにこぼした。


「………」

だがゼザはやはり何も言わず、先へと歩を進める―――


森が深く険しくなっていき、木の上には人面鳥、泉には水の精と、至る所でイベントたちが二人に視線を集めている。




「―――あの時からだな」

突然、ゼザが言った。


「お前がその台詞を口にするようになったのは」


ゼザの言うあの時―――それは三年前のあの日の事だ。

二人で魔獣の出る管の森に行った時―――初めてあの叫びを聞いた時。


あの叫びは聞こえなくとも、それによるリュクシーの変化には、ゼザも気付いていたようだった。


「あの時―――私は理解したんだ。―――自分のレールの先の未来を」

リュクシーは立ち止まり、自分たちを取り囲む人工生命体たちを眺めた。







ココカラダシテ







「―――そして……恐怖した」

ゼザが後で絶句しているのを感じた。


「恐怖だと?」

「ああ―――恐怖を通り過ぎて疎ましくさえある。―――捕縛士になる為に、いままで過ごして来たなんて。 ―――シェイドエネルギーに生かされて来たなんて」


「お前―――何を言ってるんだ?」

ゼザの一言一言が突き刺さった。

予想していた通りの―――一番最悪な予想通りの答えだったから。


「シェイドエネルギーは、この星をこれ以上食い荒らさないために開発されたエネルギーだ。人間から生まれ、人間によって消費する。お前は外の連中のように、未だに星の資源を食らい尽くすような、身勝手で横暴な生活がしたいというのか!?」

「―――違う!そうじゃない!」

リュクシーはゼザに振り返り、ありったけの声で叫んだ。


「ただ―――耐えられないんだ。食われていく人間の叫びが―――!!」


「―――甘い考えは捨てる事だ。オレたちは食う側に生まれた。―――だが、もし食う側に生まれたとしても、その人生をまっとうするしか道はないんだ。―――人工生命体はシェイドエネルギーを生産し、オリジナルはエネルギーを利用して、この汚れた星で生き抜く。―――それがメダリアの定めた星の掟だ」

「………!!」

リュクシーがあまりにも悲痛な顔で自分を見るので、ゼザは少し罪悪感を覚える。


―――だが、他にどう言えというのだ。

シェイドを使うのは嫌だ、でもシェイドがなくては生きられない―――そんなわがままがメダリアの支配下において、許されるわけがないのだ。


「―――理屈じゃないんだ。頭では分かっているはずなのに、受け入れられないんだ――― どうしても」

「この話はオレ一人の胸に留めておく。―――お前も早く慣れてしまう事だ。奴等の声などに構っていたら、日常生活も送れない」

ゼザの言葉に、今度はリュクシーが絶句した。




「今、何て―――お前……お前も聞こえていたと言うのか―――?魔獣の―――ここにいる人工生命体たちの叫びが――― 聞こえてて、何も感じないというのか!?」

だが、ゼザは淡々と答える。


「―――オレは何度もお前に聞かれ、そして同じ問いを返したな」


その瞳は、リュクシーのように彼らの意識に一々左右されるものではなく、自身に関係のない者の 意志など、一切受け付けない強固さを秘めていた。


「奴等の声を聞き、『何を』感じろと言うんだ?―――答えは『何も』だ。奴等、人工生命体はいくつもの体験を体に染み込ませられ、シェイドにされる。―――その為に生まれてきた。奴等の叫びは、痛みに喘いでいるに過ぎない。あれは作業に伴う騒音だ。 ―――お前もあれを聞いて育っただろう?今更、何故そんなに神経質になる?」


「分かってるよ―――私の周りの連中は皆、お前と同じ事を言うってな―――おかしいのは私なんだ。彼らの声を聞き、悲しい、苦しいを思う私は、お前たちから見れば魔獣に等しいんだ!」


「―――お前は人間の腹から生まれただろう?」

「この髪の色はなんだ!光を浴びると青黒く光る!生まれつきこんな髪の人間がいるか?外での噂を知ってるか―――?メダリアが養育している子供たちは、薬害で髪が青い――― その通りだろ!?メダリアの科学者たちの研究材料に過ぎないんだ、私たちは!」


「落ち着け、リュクシー」

興奮するリュクシーに、ゼザは静かに言った。


「お前の気持ちは理解できないが、お前がどういう心境でいるかは理解した。 ―――だが、解決策が一つしかないのは解っているだろう?―――お前がどう思おうと、お前はここで今まで通りの生活をするしかない。―――仮にお前がドームを出たとして、外で生きていけるか? ―――無理だろう。お前はここ以外では生きられないんだ、リュクシー。―――慣れるしかないんだ」

ゼザの言う事は一々もっともだった。


(だけど―――もう、耐えられない!)


このラジェンダ=テーマパークに響き渡る否定の、苦痛の叫び―――


ここに来れば、ゼザも気付いてくれると思ったのに―――

ゼザは端から知っていたのだ。―――知っていながら、何も感じない。


(周りの連中もきっとそうなんだ)


耳を押さえ、しゃがみこんでしまったリュクシーに、ゼザはゆっくりと言った。

「さあ―――進んでここを出るぞ。今のお前にはここの空気はキツ過ぎるだろう」


リュクシーは―――無言で立ち上がった。

確かにゼザの言う通り―――今の自分にはそれしかできなくて。

二人は重苦しい空気のまま、森林地帯を抜け、洋館に辿り着いた。

古びた洋館の中に入れば、いくつもの扉がある―――

初めて来た時は出口を探していくつもの扉を開けたのだが、毎回入る度に出口の位置は変わるらしい。

最短ルートのつもりで前回出口だった扉を開ければ、そこには―――







ドクンッ







怪しげな呪文を唱え、黒いローブに身を包んだ背の曲がった老婆が一人、床に描かれた円形の呪詛文字の横に立っていた。

その魔法陣の中心から、黒く骨張った羽を持つ若い男の上半身が、ゆっくりと音もなく突き抜けて来る。







ドクンッ―――







それは前回は開けなかった扉だった。


美しいが、どこか壊れているような、何かが欠けているような、違和を感じる男――― 彼と目があった瞬間、リュクシーは心臓を鷲掴みにされた気がした。




(―――悪魔だ)







破壊







(え―――)


悪魔の瞳に、今までの叫びとは違う意志を感じた。

それも凍りつくような、恐ろしい意志―――




バタンッ!!


リュクシーは慌てて扉を閉めた。

あれ以上、あの瞳を見つめていたら、自分が壊れてしまうと思ったのだ。


「ゼザ―――今……今の悪魔―――!!」


「『何も』だと言ったはずだ」

「違う!今の男は―――!!」




ドカッッ!!


突然、扉を突き破って悪魔が飛び出して来た。

その衝撃に吹き飛ばされたリュクシーたちは、壁に激しく叩きつけられる。


悪魔の左手には鋭い輝きを見せる剣――― 悪魔は二人目掛けて剣を振り下ろした。





バチバチッッ!!





リュクシーたちと悪魔の間に電撃が走る―――シールドが作動したのだ。

それはこの悪魔の行動が演出ではなく、予定外のアクシデントである事を示していた。


だがその激痛に耐え、悪魔はさらに剣先をシールドの中へとめり込ませる。





シュ―――ッッ!!


悪魔の体はショートし、煙を発している―――だが彼は笑っていた。


「あ、あああ――――!!」

「リュクシー!?」






破壊!!






「アアア!!」

リュクシーは頭を抱え、何度も床に打ち付ける。


狂ってしまいそうな痛みに、リュクシーはのた打ち回った。


(イヤダ―――タスケテ!!ワタシハ―――!!)







カライ、やめろ!

おい、カライを止めるんだ!

そこの二人は人質にしろ!

こうなったら、一気に攻め落とせ!







突然現れた複数の声も、リュクシーには聞こえなかった。

今までとは違う、悪魔という一人の人間の意識が体中に流れ込んで来て―――本当に狂ってしまいそうだった。




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