EPISODE2
ラジェンダテーマパークへようこそ
ここは伝説が蘇った島―――
一歩足を踏み入れると、場内アナウンスが始まる。
リュクシーとゼザは今、シェイド文明を築いたメダリア・グループの技術を凝縮したテーマパークに来ていた。
「課外研修でも来たのに。―――一度見れば十分だろう」
今回はリュクシーに呼び出され、再びこのテーマパークを訪れたゼザだったが、真面目で現実主義の彼は再来の意味をいまいち読み取れずにいた。
「大体、お前が話があると言うから―――それなのに、どうしてオレたちはこんな所にいる?」
「―――ここで話がしたいんだ」
今はそれ以上は口にしないリュクシーに、笑い事にできないような何かを感じて、ゼザも無言で後をついて来る。
ピッ。ピッ。
<イベント中は、シールドが作動しておりますので、お客様は一切イベントに触れる事ができません。万が一、故障事故その他のトラブルが発生した場合は、係員が指示を出すまでその場を動かないで下さい。―――それでは良い旅を>
身分証明書を機械に通すと女性の声が流れ、目の前にある古風で重々しい扉が、軋んだ音を立てながら開いていく。
ギギギィ―――
そしてその向こうには、メダリアによって創り出された偽りの伝説たちが潜んでいるのだ―――
ギギギィ―――バタン!
二人が扉の向こうの真っ白な空間に入ったのと同時に、背後の扉が自動的に閉まる。
「―――――っ!!」
そして光が部屋中に満ち、訪問者たちはそのあまりの眩しさに目を閉じる―――
―――ザザ―――ン―――――ザザ―――ン……
次に目を開けた時、そこは浜辺だった。岸には小さなボートがある。
ここは自分たちで次の道を考えながら進むタイプのテーマパークなのだが、一度クリアしているリュクシーたちは考える必要もなく、スタスタと次のステップを目指してボートに乗り込んだ。
「―――おい」
突然、ゼザが不機嫌な声でリュクシーを呼び付ける。
「―――ん?」
既にボートに乗り込んでいたリュクシーは、ゼザがまだボートの横に立ったままなのを見て、ようやくするべき事を思い出す。
「―――ああ、海に運ばなくちゃ漕げなかったな」
15歳の少年一人の力では、このボートを海にまで押し出すのは無理だろう。
リュクシーはヒョイと岸まで戻ると、呆れ顔のゼザと共にボートを押した。
「今度はいいだろう」
そしてようやく二人そろって乗り込むと、リュクシーが漕ぎ始めた。
「―――オレが漕ぐから貸せ」
「いや、いい。今日はこっちの都合だし、この前来た時はお前が漕いだからな」
「いいから貸せ」
ゼザは無理矢理リュクシーからオールを奪うと、自分が漕ぎ始めた。
「―――話があるんだろう。一度に一つの事しかできないような不器用な奴に漕がせていたら、いつまでたっても始まらない」
「………」
リュクシーはゼザの顔をしばらく見つめていた後、決心したように大きく息を吸い込んだが ―――やはりまだ話を切り出せないのか、静かに息を吐き出すと、そのまま下を向いてしまう。
(―――こいつは一体、何を話したいというんだ)
明朗快活、自由奔放で、人との衝突は絶えないが、それでも人に好かれる要素を持っている――― そんなリュクシーが下を向いて思い悩んでいる姿など、ゼザは見た事がなかった。
「お前でも人並みに悩みでもあるのか」
ゼザは別に嫌みで言ったわけではない―――それはリュクシーにも分かっていた。
「悩んでいるわけじゃないんだ」
リュクシーは顔を上げ、はっきりと言った。
「―――自分の答えは出ている」
「じゃあ、周囲の意見と異なっていて、実行に移せない―――そういうことか?」
「周りの目が恐いんじゃない。そういうことじゃ―――ない。いや―――そうなのかもしれないな」
「それはどんな状況でも付いて回る心境だろう。結局は、選択を迫られた時、決断する勇気があるかないかで全ては決まる。―――その時が来るまで、考えてばかりいても仕方ないだろう」
「だから―――答えは出ているんだ」
リュクシーの意図するものが伝わって来ず、ゼザは少々うんざりした声を洩らす。
「―――待て。その前に、お前の話とは何だ?話す順序がめちゃくちゃだ」
<話>の話題になると、やはりリュクシーは戸惑いを隠せないようで、再び二人の間に沈黙が流れる―――
「つまり―――私は」
ザバッ!
「!」
突然、海面から若い女の顔が現れた。
続いて両手が現れ、彼女はボートの縁に両肘を着くとニヤリと笑ってみせる。
ザバンッ!!
そして再び海中に潜る時、彼女のグロテスクで生臭い下半身が露になる―――
つい話に気取られていたせいか、<人魚>のあまりのタイミングの良さに、リュクシーは言葉の先を続けるチャンスを逃してしまったようだ。
驚きのあまり、駆け巡っている胸の鼓動を押さえつつ、リュクシーはそこかしこで泳いではこちらに視線を送って来る、人魚の海域に目をやった。
ドクンッ
銀色に輝く鱗に覆われた彼女たちの下半身は、遠目に見ると波間に光ってきれいだった。
イヤ
リュクシーの胸の鼓動は、驚いたからだけではなかった。
メダリアに創られた人工生命体―――彼らと視線を交える度、リュクシーは胸を締め付けられ、あの意識に支配されてしまうのだ。
「お前は―――何か感じないか……?」
リュクシーの真剣な瞳に、何かを必死に訴えられているのは分かるのだが、ゼザの答えはやはり同じだった。
「―――何を」
だが、リュクシーは首を横に振っただけだった。
「フフフ」
「くすくす」
遠かった人魚たちの笑い声が、いつのまにかすぐそこまで来て二人を取り囲んでいた。
彼女たちは穏やかな波間にひょっこりと顔を出しては、また海中へと消えていく。
まるで隙あらば、この二匹の獲物を、冷たく暗い海の底へと沈めてやろうと企んでいるかのように、目をギラつかせながら……
イヤダ
「十年後―――」
ドウシテ
「いや、五年後、三年後―――」
ソウジャナイ
「自分はどうなってると思う?」
ダレカ
「さあな―――捕縛士になる教育を受けているとは言っても―――」
タスケテ!
「捕縛士は知識を詰め込んだり、運動能力が優れていればなれるというわけじゃない―――」
タスケテ……
「捕縛士はメダリアから最上の生活が保証される。これからのシェイド文明を思えば、必ず必要とされる人種だ。就ければいいとは思うが―――」
ワタシハ
「現実的に考えると、オレの場合はメダリアの技術スタッフにでもなって、遺伝子研究でもしてる方が似合いかもな」
ナンナノ?
「リュクシー?」
チガウ!!
「―――ん、ああ……ちゃんと聞いてるぞ」
ゼザの話は確かに聞いていた。
もっと大きな<意志>にかき消されそうな、ゼザの声―――
「そろそろ津波が来るんじゃなかったか」
リュクシーは荒れ始めた空と海を見て、ゼザに告げる。
「津波に飲まれた後は、確か森を進むんだったな」
話を振っておきながら、上の空だったリュクシーに、ゼザは尋ねた。
「―――お前の三年後はどうなんだ」
ゼザの問いに―――リュクシーはパートナーの顔を正面から見れずに言った。
「なりたくない未来なら―――ある」
オオォォオオォ―――――
嵐の演出の中、遠くで巨獣の鳴き声が聞こえる―――
立ち込める霧の向こうに、ぼんやりと巨獣の影が浮かび上がる。
オオォォオオォ―――――
霧が裂け、巨獣がその姿を現す―――それを目した瞬間、巨獣は津波を巻き起こしながら、海中へと身を沈めた。
ドオオォォ―――――
「この津波に似てる。―――何が起こるか分かっていても・・・・・・」
ドオオォォッ―――――
「恐怖を感じる」
小船を津波が襲い、二人は呆気なく飲み込まれた。
ザザ―――ン……ザザ――
波の音を感じ、リュクシーがゆっくりと目を開けると、そこは島だった。
浜辺に流れ着いた設定なのだ―――伝説への訪問者たちは、今度はこの木々が鬱蒼と茂った森林地帯を歩かされる。
「ゼザ。―――おい、ゼザ」
リュクシーが揺さぶると、横で倒れていたゼザも目覚めた。
「―――行こうか」
そして二人は歩き出す―――奇妙な沈黙を引き連れたまま。
ダレ
ザザッ!
アナタハ
茂みの向こうには古の神獣たち―――
ワタシハ
イベントを目にする度、頭の中に響き渡る叫び―――
「お前は―――感じないか、ゼザ」
「………」
何も答えないゼザに、リュクシーは自然と歩調が早くなっていく。
―――ザザッ!
突然、茂みから一人の獣人が牙を剥いて飛び出して来た。
初めてテーマパークを訪れた時は、驚いて獣人をかわすために尻もちをついたリュクシーだったが、今回はただ、獣人の動きを目で追っただけだった。
獣人は訪問客を飛び越え、その向こうに潜んでいた獣に襲いかかった。
「グウウゥゥ!!」
「ギャウゥゥッ!!ガッ!!ギャオォウゥゥ!!」
物凄い悲鳴を上げ、イベントたちはもつれ合い、のたうち回る。
ナゼ
「今―――感じないか……?」
リュクシーはその様を見ながら、伺うようにこぼした。
「………」
だがゼザはやはり何も言わず、先へと歩を進める―――
森が深く険しくなっていき、木の上には人面鳥、泉には水の精と、至る所でイベントたちが二人に視線を集めている。
「―――あの時からだな」
突然、ゼザが言った。
「お前がその台詞を口にするようになったのは」
ゼザの言うあの時―――それは三年前のあの日の事だ。
二人で魔獣の出る管の森に行った時―――初めてあの叫びを聞いた時。
あの叫びは聞こえなくとも、それによるリュクシーの変化には、ゼザも気付いていたようだった。
「あの時―――私は理解したんだ。―――自分のレールの先の未来を」
リュクシーは立ち止まり、自分たちを取り囲む人工生命体たちを眺めた。
ココカラダシテ
「―――そして……恐怖した」
ゼザが後で絶句しているのを感じた。
「恐怖だと?」
「ああ―――恐怖を通り過ぎて疎ましくさえある。―――捕縛士になる為に、いままで過ごして来たなんて。 ―――シェイドエネルギーに生かされて来たなんて」
「お前―――何を言ってるんだ?」
ゼザの一言一言が突き刺さった。
予想していた通りの―――一番最悪な予想通りの答えだったから。
「シェイドエネルギーは、この星をこれ以上食い荒らさないために開発されたエネルギーだ。人間から生まれ、人間によって消費する。お前は外の連中のように、未だに星の資源を食らい尽くすような、身勝手で横暴な生活がしたいというのか!?」
「―――違う!そうじゃない!」
リュクシーはゼザに振り返り、ありったけの声で叫んだ。
「ただ―――耐えられないんだ。食われていく人間の叫びが―――!!」
「―――甘い考えは捨てる事だ。オレたちは食う側に生まれた。―――だが、もし食う側に生まれたとしても、その人生をまっとうするしか道はないんだ。―――人工生命体はシェイドエネルギーを生産し、オリジナルはエネルギーを利用して、この汚れた星で生き抜く。―――それがメダリアの定めた星の掟だ」
「………!!」
リュクシーがあまりにも悲痛な顔で自分を見るので、ゼザは少し罪悪感を覚える。
―――だが、他にどう言えというのだ。
シェイドを使うのは嫌だ、でもシェイドがなくては生きられない―――そんなわがままがメダリアの支配下において、許されるわけがないのだ。
「―――理屈じゃないんだ。頭では分かっているはずなのに、受け入れられないんだ――― どうしても」
「この話はオレ一人の胸に留めておく。―――お前も早く慣れてしまう事だ。奴等の声などに構っていたら、日常生活も送れない」
ゼザの言葉に、今度はリュクシーが絶句した。
「今、何て―――お前……お前も聞こえていたと言うのか―――?魔獣の―――ここにいる人工生命体たちの叫びが――― 聞こえてて、何も感じないというのか!?」
だが、ゼザは淡々と答える。
「―――オレは何度もお前に聞かれ、そして同じ問いを返したな」
その瞳は、リュクシーのように彼らの意識に一々左右されるものではなく、自身に関係のない者の 意志など、一切受け付けない強固さを秘めていた。
「奴等の声を聞き、『何を』感じろと言うんだ?―――答えは『何も』だ。奴等、人工生命体はいくつもの体験を体に染み込ませられ、シェイドにされる。―――その為に生まれてきた。奴等の叫びは、痛みに喘いでいるに過ぎない。あれは作業に伴う騒音だ。 ―――お前もあれを聞いて育っただろう?今更、何故そんなに神経質になる?」
「分かってるよ―――私の周りの連中は皆、お前と同じ事を言うってな―――おかしいのは私なんだ。彼らの声を聞き、悲しい、苦しいを思う私は、お前たちから見れば魔獣に等しいんだ!」
「―――お前は人間の腹から生まれただろう?」
「この髪の色はなんだ!光を浴びると青黒く光る!生まれつきこんな髪の人間がいるか?外での噂を知ってるか―――?メダリアが養育している子供たちは、薬害で髪が青い――― その通りだろ!?メダリアの科学者たちの研究材料に過ぎないんだ、私たちは!」
「落ち着け、リュクシー」
興奮するリュクシーに、ゼザは静かに言った。
「お前の気持ちは理解できないが、お前がどういう心境でいるかは理解した。 ―――だが、解決策が一つしかないのは解っているだろう?―――お前がどう思おうと、お前はここで今まで通りの生活をするしかない。―――仮にお前がドームを出たとして、外で生きていけるか? ―――無理だろう。お前はここ以外では生きられないんだ、リュクシー。―――慣れるしかないんだ」
ゼザの言う事は一々もっともだった。
(だけど―――もう、耐えられない!)
このラジェンダ=テーマパークに響き渡る否定の、苦痛の叫び―――
ここに来れば、ゼザも気付いてくれると思ったのに―――
ゼザは端から知っていたのだ。―――知っていながら、何も感じない。
(周りの連中もきっとそうなんだ)
耳を押さえ、しゃがみこんでしまったリュクシーに、ゼザはゆっくりと言った。
「さあ―――進んでここを出るぞ。今のお前にはここの空気はキツ過ぎるだろう」
リュクシーは―――無言で立ち上がった。
確かにゼザの言う通り―――今の自分にはそれしかできなくて。
二人は重苦しい空気のまま、森林地帯を抜け、洋館に辿り着いた。
古びた洋館の中に入れば、いくつもの扉がある―――
初めて来た時は出口を探していくつもの扉を開けたのだが、毎回入る度に出口の位置は変わるらしい。
最短ルートのつもりで前回出口だった扉を開ければ、そこには―――
ドクンッ
怪しげな呪文を唱え、黒いローブに身を包んだ背の曲がった老婆が一人、床に描かれた円形の呪詛文字の横に立っていた。
その魔法陣の中心から、黒く骨張った羽を持つ若い男の上半身が、ゆっくりと音もなく突き抜けて来る。
ドクンッ―――
それは前回は開けなかった扉だった。
美しいが、どこか壊れているような、何かが欠けているような、違和を感じる男――― 彼と目があった瞬間、リュクシーは心臓を鷲掴みにされた気がした。
(―――悪魔だ)
破壊
(え―――)
悪魔の瞳に、今までの叫びとは違う意志を感じた。
それも凍りつくような、恐ろしい意志―――
バタンッ!!
リュクシーは慌てて扉を閉めた。
あれ以上、あの瞳を見つめていたら、自分が壊れてしまうと思ったのだ。
「ゼザ―――今……今の悪魔―――!!」
「『何も』だと言ったはずだ」
「違う!今の男は―――!!」
ドカッッ!!
突然、扉を突き破って悪魔が飛び出して来た。
その衝撃に吹き飛ばされたリュクシーたちは、壁に激しく叩きつけられる。
悪魔の左手には鋭い輝きを見せる剣――― 悪魔は二人目掛けて剣を振り下ろした。
バチバチッッ!!
リュクシーたちと悪魔の間に電撃が走る―――シールドが作動したのだ。
それはこの悪魔の行動が演出ではなく、予定外のアクシデントである事を示していた。
だがその激痛に耐え、悪魔はさらに剣先をシールドの中へとめり込ませる。
シュ―――ッッ!!
悪魔の体はショートし、煙を発している―――だが彼は笑っていた。
「あ、あああ――――!!」
「リュクシー!?」
破壊!!
「アアア!!」
リュクシーは頭を抱え、何度も床に打ち付ける。
狂ってしまいそうな痛みに、リュクシーはのた打ち回った。
(イヤダ―――タスケテ!!ワタシハ―――!!)
カライ、やめろ!
おい、カライを止めるんだ!
そこの二人は人質にしろ!
こうなったら、一気に攻め落とせ!
突然現れた複数の声も、リュクシーには聞こえなかった。
今までとは違う、悪魔という一人の人間の意識が体中に流れ込んで来て―――本当に狂ってしまいそうだった。