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SHADE  作者: 青山 由梨
19/25

EPISODE19




「確かこの先に、性別検査用の建物があったはずだ。あの時はそっから入ったぜ。そこで色々検査されてから、保護地区に入れられたんだ」

イチシと別れた後、3人は保護地区に侵入するべく、ジンの案内の元にゴデチヤの通りを歩いていた。


リュクシーはいつ飛び出すともしれないカライの腕を、ガッチリとつかまえていたが、本人は腕を組んでいるとでも思っているのか、上機嫌の様子だった。


「保護地区ねぇ―――女が山ほどいんだろ?」


(そういう事か―――)

カライの上機嫌の理由がはっきりして、リュクシーは一人静かに納得していた。


「本当に大丈夫なのか、こいつは―――」

「・・・・・・」


カライが検査で《男》と判断される事はないだろう。

―――それならば、検査を受けなければいい。簡単な事だ。


「―――待て、ジン」

施設が見え始めた時、何者かの気配を感じ、リュクシーはジンを呼び止めた。


「ああ、やっぱり―――すんなり行かせてはくれねーか」

ジンもライフルに手をかける―――路地から、屈強そうな男たちが現れたからだ。


「気を付けろよ、リュー。―――じゃねぇのか、リュクシー。奴等は人買いだぞ。お前を狙ってる」

「予想はしていたさ。男女の横流しが、外で一番手早く儲ける手段だ」

リュクシーはカライから離れると、ジンの前に出た。


「―――血を流す事はない。ここは私がやろう」

「お、おい・・・・・・お前が使うあの力、体に悪いんじゃねえのか。いつも使った後は、死んだように眠っちまうだろ」


「だからといって―――その古びた銃では、この数は相手にできないだろう」

「お前―――分かってんのか?こいつらに手加減なんてモンは通用しねえんだぞ。こいつらは女子供を食い物にする、悪党なんだからな」


ふと、ジンの言葉に一瞬苦笑いを浮かべるカライの姿が視界に映り、何かひっかかる――― そういえば、カライはあのビレイラ・ドームでどんな生活を送っていたのだろう。

前に、共鳴して見た夢でのカライは、あまりにも幼い――― あの後すぐ、ラジェンダ=テーマパークに売られたのだろうか?


「何ボケッとしてる、本当に大丈夫か?」

ジンの言葉に、リュクシーは軽くため息をつく。

「シェイドの力の前に、肉体の強弱は関係ない」


「何ゴチャゴチャ言ってんだ、お姉ちゃん?どこ行くのかな?」

その言葉に人買い達に向き直ると、いつのまにか囲まれていた。


(そう―――私にはこれしかない)

リュクシーは心を静めて、構えた。


(私の武器は―――自身の《魂》だけなんだ)


シェイドエネルギーの消費―――それはジンの言う通り、寿命を縮めるものだ。

だが、今の時代、50まで生きる事は稀―――一般人に輪をかけて、《長生きする》という概念を元より持ち合わせていないのだ、リュクシーたち捕縛士は。


(戦えなくなったその時は―――死ぬしかない。戦えなくなるまで・・・・・・生きればいいんだ)


そう―――その先はいらない。

カライのように、生の残像に捕らわれ、終わりの見えない戦いに身を投じたくはない・・・・・・






―――――◆―――――◆―――――◆―――――





「あたしはベリーネよ。あんたをきれいな女の子に変身させてあげる―――――って、なーに、この子!!変っっな臭いがするわーっっ!!すっぱい!すっぱいじゃない!?すっぱいのよっ!!」


無事、性別検査を受け、保護地区での居住権を手に入れたリュクシーとジンだったが、検査結果が出た後、2人は別々のコースに通された。

そしてリュクシーは今、大きな鏡や無数の衣装のある部屋にいるのだ。


「あたしが請け負ってきた女の子の中で、あんたが一番クッサイわ!!一体、外でどんな生活してたのよ、もうっ!!」

そしてリュクシーの前に現れた女訛りな口調のこの男―――ベリーネは、悲鳴に近い甲高い声を浴びせる。


「ちょっと!!あんた、この子を念入りに洗ってきて!!こんなんじゃ、あたしがメイクしてやるどころじゃないわ!!ほら、とっとと付いて行きなさいよ、早く!そんで、その臭いを落としてらっしゃい!!」

どうやら彼は、新しい居住者をきれいに飾り立てるのが仕事らしいが――― 今は鼻をつまんでいて、それどころではないらしい。


(そんなに―――臭いか?)


確かにしばらく―――メダリアを出てから風呂には入れずにいたし、服を着替える余裕もなかった。

加えて、船では力仕事でたくさん汗をかいた―――


(―――臭くないわけがない、か)


自分ではあまり気づかなかったが―――ずっと一緒にいたカライは嗅覚があるわけでもないし、ジンやイチシに関しては、リュクシーと同等か、それ以上の臭いを発していたに違いない。

保護地区の、滅菌されたドーム内で生きている人間には、耐え難いほどの臭いであるようだが、外の人間にとっては、ただの《人の臭い》に過ぎないのだ。


今まで姿格好に気を遣う余裕もなかったリュクシーだが、とはいえ、ここまで臭い臭いと連呼されると、少し恥ずかしい気はした。


「ちょっと、空気入れ替えてちょうだい!あたしにまであの子の臭いが移る気がするわ!!」


ベリーネに散々に言われて、思わず眉間に皺が寄ったリュクシーだが、風呂に入れるという事なので、大人しく助手の女性の後ろを付いて行く。

(ジンも―――今頃は同じパターンか)

男女別にされたが、過程は同じだろう―――


(まだカライは呼べないな)

カライを外で待たせ、保護地区に入ったら呼び寄せようと考えていたリュクシーだが、市街地に出るまでは待った方が無難だった。


「あたしはキリよ、よろしくね。―――さ、ここで服脱いで。その服は捨てちゃうわよ。大丈夫、国から服も支給されるから。ここできれいにしてもらった後、説明があるんだけど――― 仕事も家も、ちゃんと政府が用意してくれるのよ」

キリと名乗るその女性は、新設に色々と保護地区内での生活のアドバイスをしてくれる。


(それにしても―――カライの奴、随分あっさりと引き下がったな。また、何か企んでいなければ良いが・・・・・・)

それを上の空で聞きながら、リュクシーはカライの事を思い返す。






「お前は外で待っていろ。無事入ったら呼ぶ。―――ドームの壁をすり抜けて入って来い」

「オレ様を厄介払いとはいい度胸だな。―――まぁ、いっか。オレもたまには1人で遊びに行きてーしな」






(シェイド体の生態など、私に分かるはずもないが―――カライは理解し始めているらしいな)


「まー、リュクシーってば、スタイル良くてうらやましいわー。私チビだから、背の高い女の人に憧れちゃう。15歳だっけ?まだ、もうちょっとは伸びそうねー」

裸になったリュクシーを見てそう言ったキリの視線は、あるものに定まる。


「あら―――その刺青。あなた、シティアラ出身なの?」

リュクシーの胸元に刻まれた神紋を見て、キリは当たり前のようにそう言った。


「シティアラ?シティアラ人を知っているのか?」

シティアラの民は、門外不出の少数民族ではなかったか。

ゴデチヤの一般市民が知る存在ではないはずだ―――


「じゃあ、やっぱりそうなんだ?―――だって、この国にもいるわよ、元シティアラ人は」

「―――元?」

「あたしの知り合いにも1人いるけどね―――彼曰く、彼の先祖のシティアラ人は、《追放》されたんですって。何だか思想が合わなかったとか何とか・・・・・・それ以来、流浪の民として各地に散って行ったって話よ。でも、あいつの言う事はどこまで本当か分からないけどねー。・・・・・・あら?って事は、リュクシーは本家本元のシティアラ人なの?」

キリの言葉に、自分もシティアラの民という枠から外れた異端者だと思い出す。


「いや―――ただ、私の他にもいるとは知らなかった」

「その内会う事になると思うわよ。シティアラ人って、何となく雰囲気があるから、すぐ分かっちゃうのよね。 ―――あ、使い方分かる?そこの蛇口をひねるとお湯が出るから。これ、石鹸ね。これで洗うの」

リュクシーの汚らしい風貌からして、文明利器に疎いだろうと思ったのか、キリは事細かくシャワールームの使用法を指導してくれる。


「大丈夫だ。分かる」

「そう?じゃあ、終わったら呼んでね。―――あ、分からないことがあっても、ね」

「―――ああ」

そして、ようやくキリを遠ざけて1人になると、リュクシーは深いため息をついた。



サァァ――――――――



熱いシャワーを浴びて、リュクシーは瞳を閉じる。


《中》の人間と接するのは久しぶりだ―――


ベリーネもキリも、保護地区に守られた、この地に定住する者。

でも、リュクシーは違う―――もう、違うのだ。


(私に安住の地はない―――進むしかないんだ)

それがリュクシーへの罰―――裏切りに対する償い・・・


負けられない―――押し潰されている暇はない。

今、この場で旅の汚れと共に、洗い流してしまえばいい―――罪悪感や、漠然とした恐怖は。




「何か静かだけど、大丈夫ー?」

「・・・・・・」


「滑って転んで頭打ったりしてないよねー?」

「・・・・・・」


どうやらキリは、かなりのお節介のようだった。





―――――◆―――――◆―――――◆―――――





「連れの男がいたはずなんだが―――」


保護地区での生活について話を聞かされた後、色々と手続きを済ませたリュクシーは、公務員らしき男にジンの行方を尋ねた。


「さあ―――身支度は女の方が長いしな。もう、先に出てるんじゃないか?」

「そうか。では、自分で探そう」

「使い方は覚えたか?そのカードで男女の検索、現在地表示も可能だぞ」

男はそう言ったが、リュクシーは既に配給された身分IDのカード型機械を操作していた。


(確かメダリアにもサンプルが置いてあったな。私が触ったのよりは、バージョンアップしているようだが)


「無くすなよ、悪用されるからな」

「ああ、大体想像はつく」

「そうか―――ところで」

「まだ何か?」

リュクシーは男性検索を続けながら、短く答える。


「ここからは仕事抜きの話だが―――あんた、きれいだな。今夜遊びに行かないか?」

「断る」

簡潔に、だが有無を言わさぬ口調でリュクシーは切り捨てた。


「私の相手はもう決まっている」

「《連れの男》か?―――保護地区での男女のルールを教えてやろう。それはな、早い者勝ちってヤツだ」

そして男は隙をついて、リュクシーのカードと自分のを連結させようとしたが――― リュクシーはひょいとかわした。


「保護地区の男共は、こうして女を騙すのか」


保護地区では、一部の例外を除いて、毎日異性の相手を見つけ、登録しなければならない。

―――つまり露骨に言ってしまえば、性の相手を毎晩用意しろという事なのだ。


生殖機能を持つ人間の確保―――それを理由に、大抵の保護地区では一夫一婦制という概念が存在しない。

また、子供の養育は《親》ではなく、《国》に責任がある。


ゴデチヤでは、カード同士を連結させ、国のコンピューターにその晩の男女を登録し、仮に相手が見つけられなかった場合は、特に理由がない場合は処罰も課せられるようだ。

相手を見つける為の施設も用意されているようだが―――保護地区に入ったのは、ジンの娘を探す為、リュクシーには関係のない事だった。


「オレは最近、外から来たばかりの粗削りな女にはまっててね。どうだ?オレなら色々と案内できるぜ」

「今度は口からでまかせか?悪いが遊んでいる時間はないんだ―――さよならだ」

「ちぇっ―――じゃあ、サービスでもう1つ教えてやるよ。女を騙すってのは、こんな甘っちょろい手口を言うんじゃないぜ」

「ご忠告、どうも」


リュクシーは部屋を出ると、ドームの市街地を目指して歩き出す。

―――ピピッ。


―――タイミング良く検索が終わったらしい。

ジンの現在地がカードに表示される―――まずは合流しなくては。






―――――◆―――――◆―――――◆―――――





「・・・・・・」

「どうした、何を大口開けている」


ようやく人込みの中からジンのバカデカい図体を発見し、声をかけたはいいが――― ジンはリュクシーを見るなり絶句し、そのまま硬直してしまっている。


「まるで別人だな。―――一瞬、誰かと思ったぞ」

「それは私のセリフだ」

ジンも体を洗い、ボサボサだった髪を切り、新しい服に身を包み―――まるで別人だった。


「女は化けるとはよく言ったもんだな―――お前、やっぱり女だったんだな」

自分で切った不揃いの髪もあのベリーネにカットしてもらい、着飾られてしまったリュクシーは、確かにひどく落ち着かない気分ではあるのだが。


大体、メダリア・ドームにいた時も、制服や男物のズボンばかりを愛用して来たリュクシーに、こんなヒラヒラした服がしっくりくるはずがないのだ。


「そんなに―――変わったか?」

ジンが感嘆のため息ばかりを漏らしているので、リュクシーはますます落ち着かない。


「変わっただろ、頭も服も―――って、お前!!その服、破けてんじゃねーのか!?」

「バカか!!これはスリットだ!こういう服なんだ!!」


「そ、そうか―――しかしよ、落ち着かねーな。もっと別の格好の方が・・・・・・それにおい!!保護地区でそんな格好してたら、男探してると思われるぜ」

「着替えられるものなら、とっくに着替えてるさ」


ベリーネがこんな男を挑発するような服をリュクシーに着せたのは、保護地区では至極当然の事だった。

保護地区の人間たちは、男は女を、女は男を引き付けるために、あれやこれやと外見に手を加えるものなのだから。


事実、ジンを発見するまでの間に、大勢の男に声をかけられてしまったリュクシーだが、指定された住居まで行かなければ他の服はないし、今日の所は住居に到着するまで我慢するしかない。


とはいえ、カードがチェック済みならば、異性につきまとわれる事もないのだが―――

「それより―――さっさとカードチェックを済ませよう」


「そ、それがよ―――」

「何だ」

ジンが差し出したカードには―――既にチェック済みの赤いマークが点灯していた。


「はーい、今日のジンのパートナーはカーフェで〜す」

その時初めて、ジンの後ろに立っていた少女を、リュクシーは認識する。


「ねえねえ、この人、ジンの知り合い?」

彼女は自分のカードをわざとらしくリュクシーに向けて見せる―――そのカードも、既にチェック済みである。


「あ・・・・・・っとだな。こいつがいきなり―――」

「こいつじゃないもん!カーフェだよ!!」


―――リュクシーは呆れた顔をするしかなかった。


(どうしてこういう所で間抜けなんだ―――)

外では多少は頼り甲斐のありそうに見えたジンだが、中では機械に疎くてこんな少女に出し抜かれてしまう。


「―――分かった。今夜は別行動だ。ヘリオンを探すのは明日だな。―――カードで検索すれば、かなり絞り込めるだろう。それと現在地表示は消しておけ。そんなもの付けておくから、騙されるんだ。朝に私が迎えに行くから、お前はカードを死守していろ」

「現在地表示―――何だ、どうやるんだ?」


「説明を受けただろうが・・・・・・」

「一回聞いて覚えられりゃー、こんな奴にまとわりつかれたりしねえさ」

「ひっどーい!今日はカーフェと一緒にいるんだよ!!もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃない!!」

ジンにしがみつき、甘えた声を出すカーフェは、よっぽどこの大男を気に入っているらしい。


まあ、確かに―――保護地区の男のように、ひょろひょろと軟弱そうな男ではないが・・・・・・。


「分かった。お前はもうカードに触れるな。機能は今のままにしておけ。ただ、他人に見られないようにしておくんだな」

「お、おう―――じゃあ、もう触らねえよ。明日はいよいよヘルを探すんだな」


「お話は終わったー?じゃー、デートしよう、ジン!!」


「お、お前な!!オレはそんな事をしてるほど暇人じゃ―――」

「えーん、ひどい!!ジンならあたしの事、大事にしてくれると思ったのに〜!!」

「一体、何を勝手に―――おい、リュー!!」

すっかり取り込み中のジンを置いて、とりあえず自分の住居の位置を確かめに行こうと背を向けたリュクシーは、助けを求めるジンに軽く手を上げて応えただけだった。


(あれほど名前を変えるなと言っているのに―――)

いつのまにか《リュー》に戻っている事に気づき脱力したが、もう訂正する気もなかった。


(さてと―――)

そろそろカライを呼び寄せるかと、人気のない路地に入り込み、リュクシーは大きく息を吸い込んだ―――


「おい、そこの女!!」

突然、怒鳴り声が降りかかり、リュクシーは路地の奥に目を凝らした。


「危ねーだろ!!若い女が1人で路地裏なんかに入るなよ!!」

どうやら警官らしい―――制服に身を包んだその男は、警棒を振り回すとこちらに駆け寄って来る。


「・・・・・・」

カライを呼び損ねたリュクシーは、少々うんざりしながらその場に立っていた。


(また大声男か―――最近、こんなのばかりだな)

思えば、クラウも結構騒がしい性格だったと思うが―――ゼザの静かな物腰に慣れていたらしいリュクシーは、昔の男友達に囲まれていた頃に戻ったようだと感じた。


「・・・・・・!?」

「ほら、オレが表通りまで送ってやっから、そこで待ってろよ!」

男の肌は浅黒く―――彼の首筋には、何かの刺青があった。


(シティアラの民?―――こんなに早く出会うとはな・・・)

その内会う事もあるかもと聞かされていたが、まさかこんなに早くその時が来るとは思わなかった。


「おお?―――マジで若いな。っとに、考えて行動しろよ。で―――名前は」

「何故」

「ん?女の子と出会ったら、フツー、名前を聞くだろ。それに―――お前もシティアラ出身か、もしかして?珍しいな、ゴデチヤで―――オレもそうだけど」

リュクシーは相手の男を物色した。


確かに―――キリの言っていた通り、独特の雰囲気がある。

肌の色、そして制服の襟首から飛び出した神紋―――似たくっきりとした顔立ち、リュクシーに通ずるものがある―――異なるのは、その髪。


リュクシーの黒髪は薬害によって青みを帯びているが、男の髪は燃えるような赤だった。

どう見ても、人工的に手を加えているのだろうが―――


「何だ、大人しいな。―――まあ、いいや。とにかく大通りに戻るぞ」

男は馴れ馴れしく肩を抱こうとしたが、リュクシーはスッとかわした。


「ん、何だよ?何でそんなにオレの事、拒絶するわけ?」

(普通、会って1分の人間に触られるのは気持ち悪いと思うが)


―――ピピッ。


「登録日が今日―――なんだ、新入りか?ふぅん、リュクシーね―――15!?15にしちゃ、デカいな」

カードでリュクシーの情報を勝手に引き出すと、男はリュクシーと見比べる。


「まあ、新入りじゃ無理もないか。中の男は、外と違って女に乱暴したりしねーから安心しろよ」

男は検索を終えると、顔を上げた。


ピピッ。


自分だけ情報が筒抜けなのは気分が悪いので、リュクシーも相手の男の検索をかけてみたが―――やはり、ブロックされた。

リュクシーも情報が漏れないように設定しているのだが―――向こうは警官用の特殊なモノらしい。


「ああ、アレはアルカ、19歳。職業は警官。さ、分かったら行くぞ」

「・・・・・・」

名前、年、職業―――そんなモノを聞いた所で相手を信用する材料には足りやしない。

しかも、どれも真実であるかは確かめようがないのだから。


(まあ、保護地区には保護地区のルールがある―――ここで押し問答しても仕方ない)

女一人でうろつくと危険な路地裏で、この男は一体何をしていたのか―――という疑いを微塵も見せずに、リュクシーはアルカの後ろをついて歩き出す。


(この男からは―――あのハガルのような強いシェイドは感じない)

海上で遭遇したシティアラの長とは違い、アルカは普通の人間のようだった。


本来、人間の持つシェイドに優劣はないのだろうが―――それでも、相手に強くシェイドを体感させるという人物というのはいる。

それは相性によるものなのか―――未だ、不明な点は多いが。


「お前はシティアラの民の話を知っているか?」

鼻歌混じりのアルカの背中に、リュクシーの方から問い掛ける。


「話って?」

「伝説とか、昔語りとか―――そういったものだ」

シティアラの民なら、シェイドエネルギーについて何か知っているかもしれない、という淡い期待があったが、アルカの次の言葉にそれはアッサリと砕かれる。


「さあ?―――オレ、これでも半分以上はゴデチヤ人の血だしな。でも、何でそんなもん知りたがるんだ?何の役にも立ちゃしねーぜ?」


「それがそうでもない」

「ん?何だって?」


「いや・・・・・・」

アルカの軽い口調に、リュクシーはふと1つの疑問が浮かぶ。


「お前―――キリという女性の知り合いがいないか?」

「キリ?―――どのキリだよ」


「検査局で新移住者の世話をしている」

「あれ、お前の担当、キリだったの?―――ますますオレたちって縁があるよな」

「そうか?」


会話の端々でリュクシーにモーションをかけてくるアルカだが、リュクシーの反応は至って冷たい。


「お前、反応薄過ぎない?そんなんじゃ男が逃げてくぜ。せっかく美人なんだから、もうちっと愛想良くすりゃいいのに」

「悪いが、これが地だ」


相手を選別し、見返りを期待して、愛想を振り撒くのは、リュクシーの最も苦手な事だった。

要領良く生き抜くには必要な事だとは分かっているが―――得意でないのは仕方ない。




「じゃあ―――相手をしてくれるか?今夜の相手が決まっていないんだ」

だが、ふと思う所があり、アルカと交渉してみる事にする。


「お?何だ、早く素直になりゃいいのに。オレも仕事柄、困ってる人と女の子は放っておけないしよ、人助けなら喜んでやるぜ」


―――この男、明らかにうさん臭いと見たリュクシーは、敢えてアルカを今夜の相手に選ぶ事にした。

ただの一般市民と接触を持つよりは、特殊職の者に探りを入れた方が収穫もあろう。


「じゃ、契約成立だな」

アルカが、個人用のカードを懐から出す―――


カチッ。ピピッ。


2人はカードを連結させた。


「じゃー、オレはまだ仕事が残ってっから、お前は自分の部屋までちゃんと行き着いとけよ。 ―――チッ、後3時間もあるなぁ・・・ま、お楽しみはとっとくか」

「―――迎えに来てくれるのか?」


「ああ。そしたら、どっかにメシでも食いに行こーぜ。いつもだとクラブとか行くんだけど、新入りじゃな―――ま、今夜は部屋でオレが色々と教えてやるよ」

「分かった。部屋で待っている」


歩きながら話していると、大通りまで戻って来た。

アルカは辺りを見回すと、リュクシーにそばに来いと手招きする。


「じゃー、後でな」


チュッッ!!


「!」

素直に近づいたのがマズかった―――頬にアルカの口付けを受けたリュクシーは、後悔したが既に遅かった。


笑顔で手を振り、去って行くアルカを見ながら、リュクシーは眉間にシワを寄せた。




(―――分からん。保護地区の連中は、よく見知らぬ相手にこういう行為を許すな)


リュクシーとて、ドーム内で生活していた身だ―――こういう浅くて軽い性関係が存在する事は知っている。


だが、メダリア・ドームという特殊な空間で、《パートナー》という存在に対し、貞操観念に近い感情を教えられていたリュクシーには理解しがたい現象だった。


(相手の外見、性格―――そういうモノは問題ではないんだな、こういうのは)


《見知らぬ人間に触れられる事》が気色悪い―――この国では、それこそが理解されない、受け入れられない感情なのかもしれないが。


ため息を吐きながら、アルカと接触した左頬をゴシゴシとこする。

まあ、これで今日の所は男にからまれる事もないだろう。その点は改善された訳だ。



(そうだ、カライを呼ぶか―――いや。着替えてからの方がいいか)


やりかけの仕事を思い出すが、やはり考え直す―――カライに今の服装に関してゴチャゴチャ言われるのは、勘弁して欲しい。


―――まずは、住居に行き、服を着替えよう。カライを呼ぶのはそれからだ。







―――――◆―――――◆―――――◆―――――







「マディラ様、臓器の保存は完了しました。各政府から買い取りの通信が入ってます」

「―――そう。―――なに、まだ何かあんの」


報告をした後、部屋の入り口で突っ立ったままのクィンに、マディラは背を向けたまま尋ねる。


この人は、時々背中に目が付いているみたいだ―――と思ったクィンだが、別室で起きている騒ぎをどう報告すべきかと、一瞬考え込んでしまう。


「はい、あの―――例の2人が目を覚まして、その・・・・・・」

「はっきり言いな、はっきり」


「―――す、すごいんですよ。女の方が、テラとケンカ始めちゃって・・・・・・」



昨日の港での騒ぎが、新入りの過失でもあると聞いたクィンのパートナーのテラは、ホーリーとジラルドに説教を始めたのだが―――


「マディラ様ならともかく、何であんたにそんな事言われなくちゃなんないのよ」


―――このホーリーの一言で、テラは切れた。



また、この2組の捕縛士たちは、両方とも女の方が強いようで、わめき立てるパートナーの横で、クィンとジラルドは顔を見合わせ、お互いの苦労を想像して、密やかな連帯感を味わっていたのだった。


「テメーのパートナーはテメーで管理するんだな」

マディラは振り返りもせず、ピシリと言い捨てる。


普段から放任主義で、シュラウドから勝手に派遣されて来る部下が逃げ出しても気にも留めないマディラが、たかが子供のケンカに割って入るわけがないのだ。


「マディラ様〜、そんな次元じゃないんですよ〜」

確かに、別室からは物凄い物音が聞こえていたが、それでもやはり、マディラが動く気配はなかった。


「次元もクソもないだろ。―――建物だってボロいんだ、ケンカすんのは勝手だけど、ほどほどにさせとけよ。―――用が済んだら、とっとと出な。あたしは考え事がしたいんだから」


クィンがすごすごと部屋を出て行くと、マディラはため息を吐いた―――


「―――で?」








「あんたはあたしに何の用なワケ?」

マディラはゆっくりと振り返る―――先刻までクィンが立っていた場所には、別の人物の姿があった。



「随分とうれしそうじゃねーかよ」

浮遊していたカライは、床に軽く降り立つと、ニヤリと笑って見せる。


「そりゃあね」

正直、この男の訪問を予想はしていたが―――だからといって、歓迎するはずもない。


「まったく、女って生き物はどいつも素直じゃねーよな」

「早く用件を言えってのよ。―――無駄話は嫌いなんだ」


イライラした口調のマディラにも、カライは余裕の表情を浮かべる。


「―――ケケッ、無駄話すっと、妙な関わり持っちまうかもしれねーしなぁ?」

「何が言いたいのよ」


本題をほのめかせてみたが、マディラにも動じる気配はない。


カライも、いくら同じ《捕縛士》とはいえ、リュクシーとは格が違うと思ったのか、下手な小細工は止める事にした―――


表情とは裏腹に、マディラと向き合ったカライに、余裕なんてモノは存在していなかった。






「オメー、オレと《同じ》だろ?」





「あたしの何が、あんたと同じだって?」

「・・・・・・」

カライは、目の前にいる女を、上から下まで眺めた。


「オメー、キレイ過ぎるんだよ」


リュクシーを見ていたから分かる―――保護され、物質的な枯渇を味わった事のない者が、囲いの外に出て、どれだけ汚くなったか。

―――どれほど、体に変調を来たしたか。


マディラの肌は白い―――透き通るほど美しい肌だ。




「試してみるか?―――たまには焼けてみるのもイイかもしんねーぜ!!」


カライは大きく息を吸い込むと、増幅させた電撃を一気に解放する。

電撃はマディラに向かって一直線に突き進む―――




―――――バサッッ!!!!!




だが、マディラは白衣の裾を払う動作だけで、カライの死の攻撃を打ち払う。


「大サービスよ」

そして、マディラは右手を高く掲げる―――







ゴオオオオオッッッ!!!







部屋中を業火が包み、カライは一瞬にして呼吸が出来なくなる―――


(―――何だ!?息ができねぇ・・・・・・!!)

カライは既に呼吸などしていないのに―――これはまさしく、シェイドによる疑似体験だ。


(喉が熔ける―――熱い!!!息が・・・・・・!!!)




「どう?―――このまま灼け死んでみる?」

その言葉とは裏腹に、マディラは自身のシェイドを収めた。


―――生身の体であれば、シェイドを浴びた後遺症もあろうが、カライの場合に限り、攻撃が止んだと同時に、何もなかったかのように正常の状態に戻った。


「あたしにケンカ売ろうなんて、百万年早いわね」



「クッ―――ヘヘッ。何だぁ?オレ様に手の内見せていーのかよ?」

カライに懲りた様子がないのを見て、マディラは再びため息を吐いた。


「見たらどうだってんだ。―――あんたごときに、あたしの寝首をかけるって?」

「まあ、それは保留にしとこうぜ。オレはオメーと交渉しに来たんだからな」


「交渉?―――分かってんのか?交渉ってのは、交換条件があって成立すんだ」

「ねえよ、そんなモン」


「バカじゃないの、アンタ」

いい加減、カライの相手にも飽きてきたところだが、だからといって気を抜いていい相手でもない。


「オレ様流だと、交渉ってのは、相手の弱みを握る所から始まるのさ」

「じゃあ、あたしの弱みってのを聞こうじゃないか。まったく―――無駄口なかり叩きやがって」




「その前にまず―――オメーも《あのヤロウ》の犬かよ?」


―――マディラはカライの敵か?先ずはそれからだ。




「そんな質問は無意味だな。―――あたしの正体に気づいてるなら、解るはずだ」

「敵でも味方でもねぇ・・・・・・そういう事か?」


「そう思いたけりゃ、そうしな」

同じ特級捕縛士と呼ばれるクレストの口癖を思い出し―――マディラは言った。







オレたちにとって、思い込む事が全てさ。―――それ以外はない。







「―――おい」

「今度は何さ」


そして最大の疑惑―――おそらくは、あのリュクシーさえも知らないであろう事実―――


「シュラウドとかいうメダリアの親玉も―――《同じ》か?特級捕縛士ってーのは・・・・・・」


マディラは何も応えなかったが、彼女の瞳が真実を語っていた。


「あんたの目的が復讐だけなら―――それ相応の結末しかないわよ。それをよく考えるのね」

「オメーに言われたかねーな―――オメーの《終わり》もまだ分かんねーくせによ」


カライは笑った―――《生き証人》を見つけたのだ。

それは、この呪われた身を肯定されたと考えてしまうのも当然だろう。


「どっちが本物なんだ?」

「あ?」


―――逆にマディラが質問をぶつけて来たが、意味がよく解らない。



「あの子の前でのあんたと、今あたしの前のあんたと」

「・・・・・・」



―――確かに、それは別人とも言えた。

マディラの前では、いつのまにか虚勢も建前も無くなっていたカライだが―――リュクシーは違う。


見栄を張って、カッコつけて、いつもいつも変わりゆく自分に脅えて―――


「見せる相手、間違えてんじゃないわよ」

―――カライは苦笑するしかなかった。


「あんなのただの小娘だろ。あいつの寄生虫で終わるオレ様じゃねーんだよ」


リュクシー無しでは存在できない―――そんな自分がもどかしくて、カライは生き延びる方法を求めていた。

そして見つけた《前例》を―――利用しない手があろうか。


「―――人は皆、寄生虫さ。誰かと共生せずに、人間は生きられやしない」


「じゃ、オメーは誰に寄生してんだよ」

「・・・・・・」


マディラが初めて感情を見せた―――あれだけの炎の残像を、顔色一つ変えずに、再現した同じ人間が。


「―――失せな。今のあんたにこれ以上話す事はないね」

「そうはいくかよ、オレは―――」


食い下がろうとしたカライは、ふと体が引っ張られるような感覚を感じた―――







カライ





カライ、どこだ








―――――◆―――――◆―――――◆―――――





「チッ―――」

「何だ」


呼んですぐに現れたのはいいが、かなり不機嫌な顔をしているカライを見て、リュクシーはあまり聞きたくはなかったが、その理由を尋ねた。


「―――――・・・・・・」

だがカライは答えず、先程マディラにしたように、リュクシーを上から下まで物色する。

体を洗い、服も着替えたリュクシーは、いつもよりかなり女らしく見える。


カライがニヤリと笑うので、限りなく嫌な予感のしたリュクシーだった。


(やはり、カライを呼ぶ前に着替えて正解だったな―――)


住居に用意してあった衣服の中で、露出度の低いもの―――と、ズボンを選んだリュクシーだったが、今までの制服姿を思えば、男の目を引くものには違いない。


「邪魔された礼は、しっかりもらわねーとなぁ・・・・・・ケケッ」

「一体、何の話―――触るな!!」


案の定、からんできたカライをどうにか引き剥がそうとするリュクシーだったが――― 今日の嫌がらせは度が過ぎていた。


(邪魔?―――何をして来たというんだ)


カライはリュクシーに隠しているつもりらしいが―――

このアルガン港隣接の保護地区で、カライが興味を示すモノといえば、この男が恨み続けるあのセントクオリスの関係者―――マディラ=キャナリーくらいしか思い浮かばない。


「おお?―――お前、寄せて上げてんな!?男の夢をブチ壊す悪魔の所業だな、ケケケッ!!」

「いい加減、離れろ!!」


リュクシーはカライの腕をねじ上げたが、痛みを感じていないらしく、逆に足をかけられて床に倒れ込んでしまう。


「いーい体勢だな―――今日こそヤッちまうか?―――ん?」

リュクシーにのしかかった状態で、ふとカライは部屋の隅に転がっているものに気づく。


「見てんじゃねーぞ、コラ」

「―――オレを見た第一声がソレかよ」



カライが突然現れた大分前から、何故か体が硬直して動けなくなっていたアルカは、もうどうでも良くなって、小さくボヤいた。


「いいから、どけ!!」

アルカに気を奪われた一瞬の隙に、カライの下から這い出たリュクシーは、衣服の乱れを直し、立ち上がる。


「まったく―――遊びに来たわけじゃないんだ、悪ふざけもいい加減にしろ!!」

「じゃー、そこでオレらの逢い引きを覗き見してる悪趣味ヤローは何なんだぁ?」


「この保護地区は、人間を《カード》で管理しているんだ」

ようやくカライの興味が他所に移ったのをいい事に、説明を始める。


「逆を言えば、カードさえ所持していれば、その存在を疑われる事はない」


リュクシーはアルカから拝借したカード―――それは既に、無断で情報の書き換えが行われていた――― をカライに向かって放り投げる。


「お前のカードだ」


「くそー、今頃はお楽しみのはずだったのに―――リュクシーちゃん、止めとけって。警官のカードなんて悪用したら、とんでもない事になるぜ」


リュクシーによって呪縛のシェイドをかけられ、一時的に体が麻痺した状態のアルカは、ため息混じりにそう言ったが、素直に忠告を聞きいれるはずもない。


「お前用に情報を変更しておいた。だが、使用はできないぞ。お前は声紋照合ができないからな。所持しているだけでいい」

「面倒くせ」


「いいから、持ってろ」

カライのズボンのウエストに、カードを無理矢理差し込む―――だが、本人に所持の意識がなければ、床に抜け落ちるだけだろう。


「おーい、オレの話聞けって〜」

無視されて、アルカは情けない声を上げる。


「悪いが、2、3日我慢してもらう」

「2、3日!?その間、オレってずっとこのまんま!?」

床に転がされたまま、アルカは叫ぶ―――


「今、治してやる」

リュクシーは、アルカに対し、呪縛解除のシェイドを放った。


「お、治った?」

アルカは恐る恐る立ち上がり―――ドアに向かって一気に走り出す。

そして、外へ逃げようとドアノブに手をかけたが―――何故か、びくともしなかった。


「拘束はしないが、この部屋の中で生活してもらう」

「ドアが開かねー!?くそっ、どうなってんだよ!!」


ガンガンと叩きつけたり、蹴ったりを繰り返していたアルカだが、やがて諦めたようにその場に座り込んだ。


「妙な力、使いやがって―――あー、くそっ!!警官のオレがカード悪用されちまったら、減給どころじゃねーだろーな・・・・・・」


「副収入があるだろう?」

ボヤいていたアルカに、リュクシーはズバリと疑惑の確信に触れる。


「な、何の話だよ―――」

内心ギクリとしたようだが、アルカは平静を装っている。


「今日、あの路地で何をしていた?」

「何って―――巡回に決まってんだろ」


「普通、危険を伴う仕事の場合、1人での単独行動はしない。かならず複数の人間でするはずだ」

「き、危険たって、外壁付近は軍人が警備してんだしさ。オレらの仕事なんて、チンピラ同士のケンカの仲裁とか―――そんなレベルだって」


「ケンカの仲裁―――同レベルとすれば、人身売買人の検挙とかか?」

「・・・・・・」


アルカがリュクシーを物色した時の眼差し―――まるで品定めをされているような感覚に抱いた疑問。


この男は―――人身売買人の類ではないか?

それならば、あの路地をうろついていたのも頷ける。



隔離されたメダリア・ドームで育ったリュクシーだが、他のドームへの外出は自由だったし、自分自身、幼い頃に(その時は自力で解決したが)、密売人にさらわれそうになった事もあった。


そして学んだ事は、我が身がかわいければ、人通りのない路地には入るなという事だ。


「なんだよ―――お前、どっかの国のスパイか何か?」


髪が青いままならば、所在がバレたかもしれないが―――あのベリーネに髪をカットしてもらった時、ついでに黒く染めてもらっていたから大丈夫だろう。

化学薬品の類はあまり好きではないのだが、セントクオリスの人間と間違えられて、面倒を起こすよりはいい。


「別にお前に危害を加える気はない」

「加えてんじゃねーか、拉致、監禁・・・」


「拉致はしてない。監禁はするが」

さらっと言ってのける少女を前にして、アルカはしばし沈黙する―――



「あーあ・・・・・・こんな失態、バレたら殺されちまうよ。―――で?どうすれば、オレを解放してくれるワケ?」

この時点で誤魔化すのは諦めたようで、アルカは協力的な態度に変わる。


「今はまだ、お前に用はない。そのうち聞きたい事がある」


男女の密売をしている者ならば、裏の出入り口なるモノを知っているだろう。

アルカから聞き出したいのは、保護地区脱出の際の情報だ。


―――だが、今それをアルカに教えておく必要はない。


「は〜っ。何で社会の末端で生きてるオレにばっかり、こう不幸が降りかかるかな〜」

「悪党が同情を誘おうとするな」

泣き言を並べるアルカだったが、やはりリュクシーの反応は冷たかった。


「《悪党》ってな!!オレにはオレの事情ってモンが―――」

「ほう、事情があるのか。ならば言ってみろ」


「そ、それは―――まあ何だ、日々の恋人に対しての奉仕によってだな―――色々と必要なモンってのがあるんすよ」

「女遊びで借金か?―――同情の余地は全くないな」

「ひでーっ!最後まで聞いてくれよ!」



グイッ―――――リュクシーはアルカの胸倉をつかんで引き上げた。



「な、何だよ」

「外の女がどういう扱いを受けているか、知ってるか?」



リュクシー自身、つい数ヶ月前まで、話に聞いただけだった―――だが、セントクオリスを飛び出してからというもの、嫌というほど現実を見てきた。


「お前の遊びは、何人もの一生を越えるほど、価値のあるものか?」

「ちょっ―――待てよ。オレんトコは、女限定で扱ってるわけじゃないぜ」


リュクシーの怒りが尋常でないと感じたのか、アルカはペラペラと自分の組織の内情を話し出す。


「―――臓器目当てか」


一部の富豪連中には、自分と同じ遺伝子を持つ人間を探しておき、もしもの時は大金を叩いて強制的に取り寄せる者もいる。

拉致された人間は、自分が他人の為に殺されるとは知らずに―――


(私にアルカを責める資格なんて―――ないな)


自分がどんな環境にいたか―――それを思い出したリュクシーは、何も言えなくなってその手を離した。



「―――ケケケッ!!おい、見てみろよ、コレ!!」

重い空気の中、突然カライの声が部屋中に響き渡る。


どうも静かだと思っていたら、寝室に入って衣装ケースの中を漁っていたらしい。

ほとんどヒモのような女物の下着を、リュクシーに向かって次々と放って来る。


「お前、今どんなん付けてんだ?ケケケッ―――コレなんかどーよ?」


頭に引っかかった下着を払いのけると、リュクシーはため息すら出なかった。


「そんなに気に入ったなら、お前が付けろ」

「ケケッ、それもいーかもな」



「・・・・・・」



思わず気持ち悪いものを想像してしまったリュクシーは、しばし沈黙する。


「いや〜ん、てか!?何想像してんだ、このドスケベ女がぁ!」

「何でもない―――」



―――別の意味で、アルカがいて良かったかもしれない。

人の目があれば、カライもいくらか大人しいであろうから。


―――もっとも、この男に常識など通用しないのだが。


「明日、ジンと合流して行動を始める。うまくいけば、1日で終わるだろう」


2、3日の内に見つからないとなると―――その時は、《ヘリオンはいない》のだろう。

アルカのような連中に外に売られたか、あるいは―――発病して隔離、死亡したか。


ジンは何の疑いもなく、娘との再会を信じているようだが―――ジンは25という年齢まで発病していないものの、娘も同じだけ生きるとは限らない。


(―――何だ?)

リュクシーはふと、自分が何を考えているのか解らなくなる。


(私は―――《ヘリオン》を殺そうとしている・・・・・・)

ジンの娘を発見できない場合の事ばかりに頭が行く自分が、不可解だった。


(《ヘリオン》の為に、こんな面倒な事をしているのに)


だが―――写真で見ただけの幼い少女の為かと問われると、それも違う気がした。


(私は―――何を・・・・・・)

最近、自分がおかしい事には薄々気づいてはいたが―――その原因を突き詰める事はしたくなかった。







変わらねーモンなんてあるかよ







突然、夢の中でのカライの言葉を思い出す―――

でも、これ以上は―――これ以上、ゼザを裏切れば、自分が自分でなくなってしまう気がした。



リュクシーは怖いのだ―――

クラウを忘れたのも、ゼザを好きになったのも、今この胸に芽生えかけている気持ちも――― 全てが薬のせいだと認めてしまうのが。


ゼザに対しても、こんな侮辱があるだろうか―――


「お前の考えてるコト、当ててやろーか」

―――突然、カライが言うので、ギクリとして顔を上げた。


カタイは度々、リュクシーと共鳴し、互いの意識に入り込む事があるが―――今も覗かれてしまったのだろうか。


「こんなんじゃハミ出ちゃうワ!!―――だろ!?ケケケッ!!!」


「・・・・・・」

未だ、下着ネタで笑っているカライの姿に、この時ばかりはホッとしたリュクシーだった。


心の奥の他人に見せたくない、複雑なモノ―――無防備な自分をさらけ出してしまうのには抵抗があるものだ。


(でも―――いつかは認めなくてはいけない日が来るのかもな・・・・・・)

逃げる事は止めようと決心したリュクシーだったが、この問題ばかりは時間を置きたかった。


(―――止めよう。今はそれどころじゃない)

カライの事は無視する事に決め、リュクシーはアルカに向き直った。


「私は明日に備えて休む。―――だが、妙な気は起こさない事だ。お前はこの部屋から出られないし、私に危害を加える事もできない」


言葉にシェイドを忍ばせ、アルカに暗示を与える―――本当の所、アルカは逃げようと思えばいつでも逃げられるし、ドアもひねれば簡単に開くのだった。

ただし、リュクシーを超える《意志》を持っていればの話だが。


「じゃ、オレらはベッドで続きをしよーぜぇ」

「・・・・・・」


カライも居間に閉じ込めようかと、リュクシーは本気で思ったが、今はもうため息を吐くだけだった。





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