EPISODE18
「ハアッ、ハアッ、ハアッ―――!!今回はオレの勝ちだな」
「―――本当にしつこい奴だな」
ちょうど給水所で水を手にしていたリュクシーは、得意げな顔をしているクラウに言った。
「負け惜しみか?」
「大体、勝手に割り込んで来たくせに」
競技場で一人走り込んでいたリュクシーを見つけ、またいつものように対抗心を燃やして勝手に並んで走り出したクラウは、相手が走るのを止めてからさらに、トラック一周を全力疾走して戻って来たのだった。
「まあ、そう言うなよ。オレと張り合えるのなんて、お前しかいないんだからさ」
「誉め言葉なのか、それ?」
リュクシーは苦笑した。
「誰だよ、あのガキ」
「―――カライか・・・?」
己の過去の映像を、夢の中で漠然と見ていたリュクシーは、カライの声で霧のようだった現在の15歳の自分が、具現化していくのが分かった。
2人は競技場の片隅で、少年少女がじゃれ合う姿を見ているのだ。
「あいつじゃねーんだな」
カライの言う《あいつ》とは、ゼザの事だろう―――
「ゼザの事は―――名前しか知らなかったんだ、10の時まで」
懐かしい―――ただ懐かしさを覚える映像に、リュクシーは目を細めた。
「これはいくつの時だよ?背ばかり高いガキだなー、お前」
カライは競技場を見渡す―――
ここが一般人には公開される事のないメダリア・ドームの内部―――夢の中とはいえ、中々鮮明な光景だ。
リュクシーについて回れば、色々な場所を視察できるかもしれない―――
「10になる一週間ほど前か―――ここでは数人まとめて、同じ日に年を取るんだ」
「ハッ、養豚場のブタ並みだな」
「中には―――自分の誕生日を覚えている奴もいたぞ。別に・・・・・・だからどうという事もないがな」
―――リュクシーは覚えていなかった。だから困ったという記憶もなかったが。
「クラウは好きだったな―――そういうイベントが」
リュクシーたちの目を、笑顔で駆け抜けていく2人―――
(どうして今更思い出すのか―――こんな・・・・・・)
ゼザを知る前―――メダリアの制約が、未だ人間関係にまで及んでいない時の事。
「ところで―――出て行ってくれないか」
人の夢の中に入り込み、あちこち物色しているカライに向かって言ったのだが、本人はまるで聞こえていない。
「―――あ?オレに言ってんのか」
本当は最初から聞こえているのではないか―――そうは思うが、リュクシーは無言の視線を投げかけた。
「他に誰がいる」
短く言うと、カライはニヤニヤと笑ってみせる。
「見られてマズい事でもあんのかぁ?ケケケッ!!」
「―――まあいい。その代わり、私のそばを離れるなよ」
カライが夢の中に侵入して来たという事は、リュクシーの意識と同化、または同調しているという事。
―――カライに意識を乗っ取られるのではという危惧があったが、こうして向き合い会話をしている分には、却って自身の存在がカライとは別個であると認識できるので、カライを無理に追い出すよりも、注意を引きつけておく方法を選ぶ事にした。
「どこ行くんだ、あいつら?」
競技場を後にする2人の背中を見て、カライがおもしろそうに言う。
「―――見ていれば分かる。ここは―――私が見ている夢の中なのだから」
リュクシーの記憶は過去へと溯り始める―――無理やり忘れて来た様々な想いと共に。
「おい、クラウ!!こないだの筆記試験の結果、張り出されてるぜ!!お前―――ひっでーのな!!ケツだぜ、ケツ!!!」
廊下を歩く2人の背中に、クラスメイトが、実技試験だけはいつも主席を争っているクラウに野次を飛ばす。
「誰だ!!騒いでいるのは!!」
「ヤベッ―――」
教官に怒鳴りつけられ、クラウをからかおうとしていたワールは慌てて身を隠す。
「ハハッ、ノムラに目ぇ付けられてんの、アイツ」
「―――また白紙か?」
リュクシーが尋ねるが、クラウは全く気落ちしていない様子で、
「いいじゃん、別に。オレ、実技で及第点採ってるし。オレは捕縛士になるのが目標だけど、それがダメなら体使う仕事に就くつもりだし。あんな紙っ切れ相手にすんのは、勉強組の奴らでいいんだよ」
「フッ―――単に出来ないだけだろ。勝負好きのお前が、ペーパーの方で挑んで来ないのはどうしてだよ?」
リュクシーがクスクス笑うと、クラウはバツが悪そうに頭をかいた。
「出来ないんじゃなくて、やってないの!!やればあんなの簡単だぜ?オレに不可能はないかんな!!」
「へーえ?」
「あっ、お前今、バカにしただろ!!」
クラウはリュクシーの首に腕を回すと、ふざけて軽く締め付けた。
「そーいうお前はどうなんだよ!!」
「お前よりは上だろ」
「そりゃそーだけど・・・・・・」
2人はじゃれ合いながら教室に入ると、デスクに座りコンピューターを起動させる。
「コード入れるから見るなよ」
「早くしろよ、お前も赤点だったら笑うぜ」
「いつまで、こんっっっなママゴト見てなきゃなんねーの?」
「嫌なら出て行ったらどうだ」
「あれっ、なぁ〜んかご機嫌ナナメだねぇ、リュクシーちゃん♪」
正直、クラウの事などすっかり忘れていた―――何故、こんなにきれいに忘れていたのだろう・・・
クラウの存在の事ではない、忘れていたのは―――幼い時に抱いていた淡い想い・・・・・・
(私はいつから、どうやって―――ゼザの事を受け入れたのだったか・・・)
「おいっ、リュクシー!―――リュクシーッ!!」
夜も更け、既に寝入っていたリュクシーは、クラウの声でゆっくりと重い瞼を開く―――
「外行こーぜ、外!!」
「外―――?なんで」
「流星群だよ、流星群!!見に行こーぜ、ほら早くしろよ!!」
無理やりリュクシーをベッドから引っ張り出すと、上にコートを羽織らせる。
「何時だと思ってるんだよ―――」
「いいから、早く!!さっきからノムラが巡回してんだよ、見つかっちまうだろ」
2人で抜け出す事はしばしばあったが、それも事前に約束があっての事で、今晩のように突然のクラウの訪問は初めてだ―――何か話でもあるのだろうか。
2人は気配を悟られないように、闇に身を隠して移動する―――もっともノムラ教官は勉学の指導員、そう緊張しないでも見つかる事はなかっただろうが。
(流星群なんて来る予定だったか、今日は―――)
いくら日々、捕縛士になるために精進しているとはいっても、どんな事にも興味を持つ物はいるものだ。
誰かがウワサしていても良さそうなものだが―――2人はいつもの通気ダクトへの通路へと侵入する。
よくここへ来ては、朝まで話し合ったものだ―――うっすらと覚えている外界の事。
自分を売ったのか、捨てたのか、この世界のどこかにいるかもしれない産みの親の事。
捕縛士になったら。なれなかったら。
将来の事。もっと近い未来の事―――
バンッ!!
クラウは勢いよく、扉を開いた。
ブワッ―――!!
―――風がリュクシーの髪をさらっていく。
「いい風だ」
クラウの髪も流れている―――周囲のドームに照らされて、銀髪に青みを帯びた不思議な淡い輝きを見せながら。
「ちょっと寒いけどな」
そう言って、クラウは鼻をこする。
「―――来いよ」
リュクシーが上着を広げると、少し躊躇したものの、クラウもコートの中に飛び込んだ。
「座ろうぜ」
2人はドームの外に足を投げ出し、座り込む―――そして、そのままお互いの体温を感じながら、静寂に身をまかせていた。
「―――流星群なんてないんだろ?」
「ハハッ、バレてたか。オレさ―――聞いちゃったんだ」
「何を?」
ドームの上層部は風が強く冷たい―――リュクシーは白い息を吐きながら尋ねた。
「明日、発表するってさ」
―――クラウは短くそう言った。
10歳になる彼等にとって、一番重要な発表とは1つしかない―――
「そうか」
リュクシーも短く言った。
それきり沈黙が訪れる―――――そして、負けたのはクラウの方だった。
「でも、相性が最っっ高に合う奴同士がパートナーになるんだもんな。きっと、オレたちだって―――」
「もう何も言うな」
信じた方がいいのか、期待しない方がいいのか―――それはリュクシーにも分からなかった。
「明日になれば―――分かるさ」
―――だから今は、何も考えたくなかった。
今のまま、ただこうしていたかった。
「オレたちにそれぞれ―――別のパートナーが出来たら・・・・・・オレたちってどうなるのかな」
「別に―――新しい事が増えるだけだ、きっと。私たちは変わらない・・・」
「―――そうだよな。きっと―――そうだよ」
「あぁ!?何だよ、お前の初体験でも拝めんのかと思ったら、これで終わりかぁ!?」
「ご期待に添えなくて残念だ」
リュクシーの返事は無感情だった。
蘇っていく思い出たち―――もうすぐゼザに会える。
―――2人の原点が見える。
発表する
パートナーの発表は、至って簡単に行われた。
―――教官が名前と番号を読み上げるだけ。ただそれだけ。
「ゼザ=シアターだ」
機械的に差し出された左手―――リュクシーは利き腕の右手で握手に応えようとしたが、ふと気づき、左手に変えた。
「―――左利きなんだな」
リュクシーはゼザに言ったが、彼は顔の筋肉を動かす事すらしなかった。
「他に何か気になる所でも?」
声にも感情がこもっていない気がする―――ゼザの問いに、リュクシーはぼんやりと思う。
「いや―――何も」
―――ゼザ=シアター。
リュクシーやクラウたち、外から連れて来られた者よりも青が色濃いその髪――― それは、彼がメダリア施設内で人口授精された試験管ベビーである事を表している。
いつも筆記試験では上位に名を残し、彼のレポートは講義中に参考資料として扱われる事もある――― 実技試験は中の上。
リュクシーとはまるで正反対の―――今まで口をきいた事すらない・・・・・・
何を尋ねればいいのか、できる事なら誰かに教えてもらいたいくらい、リュクシーは彼の事を知らなかった。
「オレはこれから研究棟に用がある。―――今後の事で話し合うのなら、明日以降でもいいな」
握手をしたまま離そうとしないリュクシーの手を振りきり、ゼザは脇に抱えた資料を持ち直すと事務的に告げる。
「オレは大抵、研究棟の研究室、資料室、自習室のどれかにいる。用がある時は直接来てくれ。通信機の類は、研究棟のあるエリア内では使えない。まあ、それくらいは知っていると思うが」
「―――他に教え足りない事は?」
パートナーという対等な存在であるはずの自分に、用がある時はそっちが赴けというゼザの言い方に、少々腹を立てていたリュクシーは、怒りの表情を悟られまいと、静かに言ってみせる。
「できれば―――」
「できれば?」
まだ何か言いたいのかと、リュクシーは眉間にシワを寄せたが、ゼザにはそんな事はどうでもいいようだ。
「いや、いい。続きは明日にしよう」
そしてゼザは背を向け、さっさとこの場から立ち去ってしまう―――
「―――そう、第一印象は最悪だった」
―――リュクシーはつぶやいた。
5年前の自分が、言いようのない苛立ちを、物に当たって収めようとしているのを見ながら、2人の出会いをもう一度思い返してみる。
「無表情で、まるで人形みたいな奴だと―――こいつとパートナーなんて嘘だと思ったな」
「その通りだったんじゃねーの?ケケッ」
カライは茶化すように言ったが、あながち外れた答えでもない。
現にこうして、2人は正反対の道を歩んでいるのだから―――
「クラウのパートナーもやはり、勉学の優秀な頭脳派の女だった。そうだ―――こっそり見に行ったな・・・・・・金髪で華奢な、白人の女の子だった」
「教官、納得できません」
クラウはパートナー、ガリソン=ベルナをまえにして、教官に尋ねる。
「こんな会った事もない、知らない子が、どうしてオレのパートナーなんですか!!」
「クラウ、黙れ!!それ以上言えば、懲罰を食らうぞ!!」
「オレの質問に答えて下さい!!―――どうして彼女なんですか!!オレは―――オレたちは!!いつだって2人で最高の成績を残してきた!!リュクシーがいたから、オレは強くなったんだ!!あいつと2人、いつも競い合って―――なのに何で!!」
「クラウ、前言撤回しなさい!!シュラウド氏の決定に逆らえば、どうなるか!!今すぐ言った事を改めるんだ!!」
教官は周囲にある監視カメラを気にして、クラウを落ち着かせようとするが、少年の激情は止まらない。
「いやだ!!―――納得のいく説明を、いや、そんなのはいらない!!シュラウド様に、シュラウド様に会わせろ!!直接認めさせてやる!!」
ガッッ!!!
暴れるクラウの後頭部に、鈍い衝撃が走る―――
「クラウ!!」
思わず叫んでしまったリュクシーは、クラウを背後から殴り付けた教官と目が合ってしまう。
「そこ!!リュクシー=シンガプーラだな!?―――ちょうどいい、お前も来い!!二人まとめて指導し直してやる!!」
「ケッ―――マジで養豚場だな」
「否定はしない」
リュクシーとクラウは、研究棟内にある指導室へ―――生徒間では《独房》と呼ばれる場所へと引きずられていく。
「う―――」
リュクシーはベッドから身を起こしたものの、頭痛に顔を歪ませた。
昨日は1日独房で、精神安定剤やら何やら、色々な治療を施された―――定期検診や独房帰りはいつもこうだ ―――頭が割れるように痛い。
(頭が痛い―――寝ていたい)
リュクシーは痛みに耐えかねて、もう一度ベッドに体を投げ出し、毛布を頭から被る。
(今日は止めだ)
捕縛士養成を目的に集められた子供たちは、授業や試験に関しては、自己管理をまかされている。
1日中、寝ていた所で、誰にも咎められはしない。
彼らが強制される事といえば、パートナーについてと捕縛士になる事のみだ。
(でも―――何で強制なんだ)
自分にあてがわれたパートナーの顔を思い出し、リュクシーは布団の中で考えた。
(他は何だって自由なのに。―――何でパートナーだけ決められてしまうんだろう。自分で学び取るのが捕縛士のはずなのに―――どうして自分が選んだパートナーじゃいけないんだろう)
リュクシーは息苦しくなって毛布をはねのけた。
(―――痛い)
ピピッ。
ゴロゴロしていたリュクシーだが、着信が入った音を聞き、デスクの上にあるモニターに目をやる。
(誰だ―――?)
仕方なくベッドから抜け出ると、リュクシーはモニターと向き合った。
《あ、リュクシー。まだ寝てたか?》
「―――クラウ」
向こうも昨夜はそのまま着替えもしないでベッドに入ったようで、しわくちゃの制服姿のクラウが、やはり頭痛持ちの顔をしていモニターに映し出される。
《大丈夫か?その―――悪かったな、オレの巻き添え食っちゃってさ》
「仕方ないさ」
リュクシーはうっとうしく垂れ下がる髪の毛をかきあげながら、画面の向こうにいるクラウを見据えた。
「私も―――お前と同じ気持ちだから」
《リュクシー・・・・・・》
お互いの気持ちが通じ合っても―――幼い2人には、それを実現する方法が分からない。
重苦しい沈黙が2人の間に流れる―――
「―――でも」
今度はリュクシーが負けた。
今、クラウの顔を見ているのは辛かった。
「―――今までの全てが変わってしまうわけじゃない。消えるわけじゃない。パートナーと行動する時間が増えるからって、会えなくなるわけじゃない・・・・・・」
何だか目眩がする―――リュクシーはフラつく体を何とか真っ直ぐ保とうと、デスクにもたれかかった。
《―――そーだよな。捕縛士になる事が最終目的じゃない。オレたちが目指すものはもっと先にあるんだ。それまで―――その時まで・・・》
会話の途中で、クラウがモニターから消えた。
ドスンと音がした所をみると、後ろにひっくり返ったらしい。
《いって・・・・・・あー、今すっごいクラクラ来たぜ》
「私も・・・・・・今日はダメだ」
リュクシーも視界が揺らいで仕方がないので、手探りで椅子を引き寄せると、ドサリと座り込む。
《オレも今日はサボる―――》
《ゲストです》
モニターにクラウの姿はなく、部屋の扉が映っていたが、クラウの声と重なるように訪問者を知らせる機械音声が入る。
《誰だよ―――悪い、ちょっと待っててくれ》
クラウがだるそうに立ち上がり、ドアに歩いて行くのが見える―――
《誰?―――あっ・・・・・・》
訪問者が誰だか分かった途端、クラウの声が小さくなり、モニターの向こうにいるリュクシーには聞き取れなくなる。
《―――・・・・・・》
《心配で―――》
女の声―――そして、途切れ途切れに聞こえる会話の内容から、それがクラウのパートナーのものであると直感する。
《ちょ―――待っててくれよ》
ガリソン(姿は映っていないが、リュクシーは既に確信していた)を玄関で待たせると、クラウはこちらに戻って来る。
《悪い―――後でかけ直すよ》
「ああ」
クラウはまだ何か言いたげな顔をしていたが、リュクシーはブツリとモニターを切った。
そして、そのまましばらく動かない―――
いや、正確には動けないのだ―――頭がガンガンと音を立てていて。
(あ―――治まってきた)
目を開けると、無機質な部屋の天井が見える―――
(全てが変わるわけじゃない。―――本当に?)
シュラウドが決めたパートナー。
彼の言う事が正しいのならば、2人はいつか互いの約束を忘れ、ゼザと、ガリソンと、同じ未来を目指していくのだろうか―――
(―――そんなはずない。シュラウド様ならきっと分かってくれる―――あの人は、自分の意志で決断できない人間は価値がないと言ったんだ。―――シュラウド様に会おう。そして、2人で言うんだ)
それでも―――許可が下りなければ。
(クラウの言う通り、一人前の捕縛士になって、自分で仕事も選べるようになるまで・・・・・・)
捕縛士になって1、2年もすれば、自分で任務を志願する事もできる。
パートナーをどういう状態で形成していくかも、自身らで決める事ができる。
でも―――もし、捕縛士になれなかったら?
(その時は、別の生き方を―――)
メダリアを出て、クラウと自由に生きる―――
(―――自由に生きる?)
だが、リュクシーにはそれがどんなものなのか、想像もつかない。
今のリュクシーを造っているのは、メダリア・ドームが全てなのだから。
(また―――頭が痛む・・・)
再び痛み出した頭を抱え、リュクシーは何も考えない事にした。
今いくら考えた所で、何も答えは出ない―――
(捕縛士になればいい―――なるしかない。それしか―――考えられない)
「―――なんか、こうやって見てるとよ」
カライが言おうとしている事は察しがついていた。
こうして自分で見ていても、感じる疑問がある。
「思いっっきり、薬のせいじゃねぇか?」
クラウと向き合うと、捕縛士を否定すると起きた頭痛―――
クラウを忘れていた自分。メダリアを離れ、素直に疑問を吐き出せるようになった自分。
「薬は―――確かに効いていたんだろうな・・・・・・」
青く染まる髪。年を経る毎に、治療を受ける毎に青く染まる髪―――
「でも―――ゼザを好きになったのは、私自身であったと信じたい」
今でも―――メダリアを離れた今も、リュクシーはゼザを忘れられない・・・・・・
「続きを見りゃー、分かるこったろ。・・・・・・た〜だ、そろそろ飽きて来たけどなぁ」
カライは欠伸をしながら言ったが―――リュクシーは正直、これ以上は見たくなかった。
見なくても知っているはずなのだ―――自分の過去なのだから。
だが、夢はまだ続いていくようだ―――
約束(一方的だったが)した日をサボッてしまい、ゼザの所に行くに行けなくなってしまったリュクシーは、あれから三日経つにも関わらず、パートナーと接触していなかった。
―――本当は他に理由があるのだが。
独房帰りのリュクシーに、ガリソンのように見舞いに来いとまでは言わないが、連絡の一つもよこさなかったゼザの所へ、自分から出向くのが癪だったのだ。
あのゼザという少年は、パートナーのプレイベートについては全く興味がないらしい。
クラウの姿も何故か見当たらず、部屋に戻っても何の連絡もないまま、リュクシーは落ち着かない気分を隠して、訓練に励んでいたのだが―――訓練場に似合わぬ姿の少女が入って来たと思えば、それは緊張した面持ちのガリソンだった。
戦闘訓練をしていた者たちは、彼女の目指す先にいる人物を見て、おもしろいものが見れるとばかりに視線を集中させる。
ガリソンはリュクシーのそばまで来ると、リュクシーの訓練プログラムを強制終了させてしまう。
―――――ヴオォォンンン―――――
「!!」
突然プログラムが解除され、視界が真っ暗になったリュクシーは、体勢を崩して尻もちをついてしまう。
「誰だ、邪魔するのは―――」
そう言ってゴーグルを外したリュクシーは、彼女と目が合って黙り込んだ。
「ちょっと―――いいかな?あなたに話があるの」
「―――もう、あまり会わないでほしいの」
休憩室に移動してすぐ、ガリソンは言った。
「―――私、クラウの事ずっと見てた。―――だから、一緒にいたあなたの事も」
おとなしくて勉強ができるだけかと思っていたガリソンだが、今日はいつになく強気な瞳でリュクシーに話し掛ける。
「私、あなたの事うらやましかった。私は―――クラウと一緒に戦うなんて事、できないと思ってたから」
ガリソンは長椅子に腰掛けながら、リュクシーを見上げる。
だが、リュクシーは彼女の隣に座ろうとは思わない―――彼女はリュクシーの《敵》なのだから。
「だから―――パートナーの発表の時、信じられないくらい嬉しかった。シュラウド様は、クラウのパートナーに私を選んで下さった。彼には―――私が相応しいと」
リュクシーが座らないのが分かると、少しでも対等な目線になろうと、ガリソンも立ち上がる。
「だから―――シュラウド様の期待を裏切らないよう、私は頑張るつもりよ。 ―――クラウにも認めてもらう。私がクラウのパートナーだって・・・・・・」
「だったら、裏で私に手を回すなんて姑息なマネはしないで、正々堂々とパートナーになったらどうだ」
奇麗事を並べ立てる割には、リュクシーにクラウと会うなと釘を刺しに来たガリソンに、リュクシーは嫌悪の表情を浮かべた。
「それは―――そうだけど・・・・・・あなたにも知っておいてもらいたかったから」
リュクシーの機嫌が悪いのに少し脅えているのか、ガリソンも堅い表情になる。
「―――お前の指図は受けない」
「指図なんてしてないわ!!ただ―――私は、私の気持ちを伝えたかっただけ」
自分の言った台詞に責任を持っていないのか、数分前に言った事を忘れてしまっているのか――― ガリソンのこの一言で、リュクシーの堪忍袋の尾が切れた。
「―――指図してない?『会うな』と言ったのはお前だろう!!―――その言葉が、どれだけ私に対しての攻撃になるか、分かってて言ったんじゃないのか!?―――笑わせるな!!私をクラウの前から消したいなら、抹殺するのも辞さない覚悟を決めてから来い!!私の視線に脅えて口篭もるくらいなら、最初から現れるな!!」
リュクシーがあまりに大きな声を張り上げたので、休憩室中の視線が一気に2人に集まってしまう。
「そ―――そんな事・・・・・・誰もが出来ると思わないでよ・・・・・・私はあなたじゃない・・・・・・」
しかも、限りなくうっとうしい事に、ガリソンは瞳を一気に潤ませると、鳴咽を堪えながらも確実に、泣き始めた。
「何やってんだよ、お前ら―――ガリソン、どうかしたのか?」
泣いているガリソンの周りには、いつのまにか人だかりが出来ていた。
(―――まるで私だけが悪者だな)
ガリソンを泣かせたリュクシーは、すっかり敵意の視線の真っ只中に放り出される。
「泣ける女は随分と得だな。―――私にはできない芸当だ」
泣くという行為によって戦線離脱を図ったガリソンに、もはや言うべき言葉もない。
「おい、お前!!ガリソンに謝れよ!!」
何も知らないくせに余計な口を挟んだ上級生を睨みつけると、リュクシーは休憩室を後にする―――
ドンッッ!!!
「悪い、よそ見をして―――」
休憩室を出た所で人にぶつかったリュクシーは、自分も不注意を詫びようと顔を上げる。
「・・・・・・」
―――が、途端に言葉を失ってしまう。
ぶつかったのは、リュクシーのもう1つの憂鬱の種、ゼザだったのだ。
「何だ、お前か」
ゼザは謝って損したとでも思ったのか、そのまま行ってしまおうとする―――
何て最低の再会の図だろう―――リュクシーはそう思った。
廊下ですれ違っただけ―――これが、リュクシーがこの先を共に過ごして行くパートナーの在り方なのか。
「待てよ!!」
リュクシーは堪らずにゼザを呼び止めた。
「―――何だ」
立ち止まり、ゆっくりと振り返ったゼザは、淡々と言った。
「お前は《私》に、他に言う事はないのか!?」
「一体、お前に何を言えと言うんだ?―――オレはバカじゃない」
いつもいつも物静かで、まるでアンドロイドのように的確に課題をこなしていく、滅多に感情を表に出さないはずの少年が、リュクシーの顔を見た瞬間、不快の表情を見せる。
「お前を相手に、オレ一人でパートナーごっこをしろ、と?オレはお前の付属品じゃない。オレは自分の為に、捕縛士になる為に、ここにいるんだ」
少ししゃべり過ぎたと思ったのか―――ゼザは急に口を閉ざした。
「―――これ以上、お前と話す理由はない」
リュクシーは何も反論できず、その場に立ち尽くして、ゼザの背中を見送った。
―――あのゼザという少年は、外向的な性格ではないが、おとなしいわけでもないらしい。
正直、あんなにキツい口調で言い返されるとは思っていなかった。
「―――・・・・・・」
何とも言えず、不快だった。
―――ガリソンには釘を刺され、ゼザにも責められた。
(『オレ一人で―――パートナーごっこを?オレはバカじゃない』か・・・・・・)
ゼザの言う事はもっともなのは分かっていた―――やっと発表されたパートナーがよそを向いていては、2人の間には信頼も何も生まれやしない。
(そんなに―――いけないことなのか?クラウ・・・私たちは―――)
―――何故、クラウはリュクシーの前に姿を見せない・・・?
クラウはもう幼い想いは捨てて、ガリソンと共に大人になることにしたのか?
(大人に―――捕縛士になるために、私たちはこんなに大切なものを封じ込めなければならないのか―――?)
「一体、何のマネだ?」
書庫で文献を探していたゼザは、うんざりとして言った。
普段はこんな所にはあまり寄り付かないはずのリュクシーが、突然現れたかと思うと、ゼザの隣で本を物色し始めたのだから。
「―――あれから考えた」
―――自分にとって何を一番優先すべきかを。何の為に、自分はここにいるのかを。
「そして、お前が怒るのは無理もないと思った」
ゼザを見据えてリュクシーは言った。
リュクシーは本来の、人を射抜くような真っ直ぐな瞳を取り戻そうとしていた。
「―――だけど、謝りはしない」
「・・・・・・」
その言葉にまた不快を感じたのか、ゼザはリュクシーを残し、移動しようとする。
「また逃げるのか?」
「―――《また》?」
「そうだ」
自分が言葉を発する度に、ゼザの感情が高ぶっていくのが解った。
「確かに私は、クラウに自分を預け過ぎていたと思う。―――捕縛士になるという目標も見失うくらいに。パートナーを理解しようともせず、むしろお前のせいにしてた」
クラウとパートナーになれないのは、ゼザがいるから。ガリソンがいるから。
だから2人は引き離された―――
「でも、お前も同じだ。そんな目を覚まそうとするのではなく、無視した。 ―――お前は戦わずして、クラウに勝ちを譲ったんだ」
「―――つまり、お前が脇道に逸れていたのは、オレの責任だと?」
ゼザは呆れたように言った。
「いや、行動の責任はそれぞれにある。私が言いたいのは―――お前が私のパートナーなら、奪い取るくらいの器を見せてみろってことだ」
リュクシーは宣戦布告をしに来たのだ―――
「パートナーと認めていないのはお互い様だ。でも―――このままでは何も変わらない。何もしないで、負けを認める事はしたくない。―――お前を理解しないうちに、この関係を終わりにしたくない。―――だから私はここに来た。お前を理解するために」
「とりあえず理解しようなど、オレには迷惑な話だ」
「お前はそうやって人を遠ざけるのか?」
「―――オレを知った風に解釈するな」
「憶測されるのが嫌なら、自分の口で何か言ってみろよ」
リュクシーは挑発し続ける―――と、突然、皮肉めいたものではあったが、ゼザが笑みを浮かべた。
「勝手にすればいい」
「許可をどうも。じゃあ、勝手にする」
ゼザは足早に書庫を後にする―――残ったリュクシーは一人肩を竦めてみせた。
ようやく向き合った―――この時ようやくリュクシーとゼザは、お互いの存在を消す事なく、認めたのだった。
「この日から、私はゼザを追いかけ回して、自分の訓練をする時はゼザを連れ回した。理解しようとずっとそばにいて―――いつのまにか、クラウとは廊下で会ってもぎこちない挨拶をするだけになった。―――クラウも、ガリソンに圧されたんだろうな」
「―――ま、ガキなんざ、隣にいりゃすぐにホレちまう分かりやすい生き物だからな。しっかし、ガキのくせにすんげー執念の戦いだったな、お前」
「《外》でもそういうものなのか?―――心変わりしたのは、薬のせいではないのか?」
「お前なぁ―――オレ様に言わせりゃ、心変わりしねーモンなんてあるかよ。それはそれでかなりうさん臭いぜぇ?」
「・・・・・・」
夢の中の風景は目まぐるしく変化していく―――――パートナー同士の実習、2人で過ごした日々。
そして―――リュクシーは再び、あの日に戻る。
魔獣と出逢ったあの日へ―――
「リュクシー、危ない!!」
「―――ゼザ!!」
襲いかかる恐怖―――沸き上がる疑心。
ソーク=デュエルの力を見せつけられたあの瞬間―――
左足を赤く染めたゼザを抱えていた3年前のリュクシーは、自分が転送機の中にいる事に気づく。
腕の中にいたはずのゼザは、シェイドの武器を手にし、リュクシーに向かってゆっくりと構える。
「実際―――こんな日が来る予感も、半々くらいはあったのかもな」
決別した二人―――メダリアを、ゼザを捨てたリュクシー。
それでも、リュクシーの心は―――
(―――お前が好きだ)
あの頃、一度でもこう言っていれば―――リュクシーたちは変わっていたか?
(勝負を捨てたのは私だ―――結果の見えている勝負を捨てた)
ゼザの無表情な顔が、リュクシーには何故か悲しげに見えた。
―――――裏切ったのは私だ―――――