EPISODE17
「娘の―――ヘリオンの写真か何かあるか?」
宿に着くと、保護地区から若い女を連れ出すというとんでもない計画を実行するために、リュクシーは男2人の部屋へ赴き、まずは娘の特徴を知るべく尋ねた。
「おう、ここに・・・・・・」
粗末な簡易ベッドの上に腰を下ろしたジンは、胸元からクシャクシャになった写真を取り出すと、リュクシーに向ける。
「―――本当に娘か?」
その第一声に、ジンの隣のベッドに身を投げ出していたイチシが、珍しい事に声を殺して笑っている。
「どっから見てもオレの娘だろうが!!目元なんかそっくりじゃねぇか!!」
「・・・・・・・・・」
確かに顔に面影はあるものの、何せ体のサイズが違う。
まだ6、7歳のその少女は、ジンの膝の上ではまるで人形のようだった。
「エレファ―――ヘルの母親は、なんて言うか・・・・・・あんたとは、まるで人種が違ったからな」
「―――イチシ!!余計な事はいいんだ、黙ってろ!!」
何かタブーでもあるのか、ジンはイチシを睨みつける。
「何年前の写真だ?」
「・・・・・・3年前だ。ヘルの奴ももう11か―――ちったあ大きくなったんだろうな・・・・・・」
懐かしそうに写真を見つめる姿に、ジンの娘に対する愛情のようなものが、リュクシーにも何となく感じ取れた。
ジンにとってヘリオンは、彼がリュクシーを助けようとする正義感とは比べ物にならないくらい大切であり、強い繋がりなのだろう。
(私とゼザは、違う―――)
ジンの事を知る度、自分とゼザの変わり果てた関係を照らし合わせているのに、リュクシー自身、気づかないようにしていた。
この男を見ていると、本当に2人の関係は―――脳内操作による偽りだけだったかのように思えてしまうから。
突然、あてがわれた《パートナー》―――2人の間には確かな繋がりなんて何もなかった。
「お前も一度は保護地区に収容されたと言ってたな」
「ああ、まあな。性に合わなくて、イチシと2人で追ん出て来たんだけどよ」
「―――当然、正面から出た訳ではないな?男女の確保に人さらいまでする時代に、そんな理由で出国を許すはずもないからな」
「ああ、そうだが―――今もあそこが通れるとは限らねえぞ。なあ、イチシ」
すっかり寝の態勢になっていて、2人の会話を傍観しているイチシに、ジンは同意を求めて振り返る。
「―――通れるだろ。多少の障害はあるだろうけどな」
「お前な・・・・・・せっかくこいつが協力してやるってんだ、もっと真面目に―――!!」
欠伸をかましているイチシに、ジンは怒鳴りつけるが、全く動じる気配はない。
「―――正面から入ればいい。中でヘリオンを探すのは、あんたら2人でやってくれ。オレは外から脱出経路を確保する」
「あぁ!?お前、んな事―――危険だろうが!」
「じゃあ、他に誰がやるんだよ」
イチシは上半身を起こすと、ジンに冷たく言い放つ。
「誰って―――そうだな、こいつとお前の2人で・・・・・・」
イチシがリュクシーに気があるのを知っていたから、ジンにはこの提案が解せなかったのだ。
「あんた1人でヘリオンが見つかるか?ヘリオンは女だぜ」
「ぐ―――じゃあ、オレが外に回るから、お前らで・・・・・・」
「あんたに務まるかよ。それに、あんたはヘリオンの血縁者だ―――いいから、オレにやらせとけよ。適当に迎えに行ってやるから、待ち合わせ場所だけ決めといてくれ」
「ぐぐ―――言う事はもっともだが、かわいくねぇな、お前・・・・・・」
「悪いが先に寝させてもらうぜ。中に入るあんたらと違って、こっちは体力温存させとかなきゃならないからな」
ジンをやり込めると、イチシは反対側を向いて、もう話に参加する気はないらしい。
(―――面倒臭いヤツだ)
リュクシーだって、イチシが自分に下心があるのを知っている。
そして、ジンがそれに協力してやろうと思っているのにも勘付いている。
だが、ジンの好意(余計なお節介とも言うが)を無にして、言動を理の通ったモノにする。
(―――プライドが高いのか、小心者なのか)
リュクシーを力づくで押し倒した事もあるクセに、こちらが見つめると目をそらすのだ、この男は。
理解して欲しい―――時々すがるような切実な目をするのに、自分からさらけ出すのには抵抗があるのか。
イチシを見ていると、何だかイラつく自分がいる―――――人見知り。強がり。
自分から謝れない。人の手を借りるのが嫌。素直になれない。
(そう―――まるで誰かにそっくりだ)
―――――誰かは言うまい。
「私とお前が保護地区に入る。―――それでいいんだな」
「お、おう―――ったく、1人で大丈夫なのかよ、こいつは・・・・・・」
リュクシーが確認すると、ジンは渋々と頷く。
「ヘリオンを探す方法は、イチシの言う通り中で考えるとして―――ゴデチヤの保護地区に、合流地点の目印になるような場所はあるか?ゴデチヤのドームはメダリア製ではないからな、私は構造が分からない。―――お前の記憶が頼りだ」
「実はオレもよく覚えてねぇんだよな―――」
―――しばし、2人の間に沈黙が流れる。
「何かあるだろう、1つくらい」
会話がぶち切れてしまい、リュクシーは呆れて尋ねる。
「車が多かった事は覚えてるんだけどよ―――後はもう、何が何だか」
(ゴデチヤ内の移動手段は転送機ではないのか。―――だが、車だけでは目印も何も・・・・・・)
見るからに機械物には弱そうなジンだ、ドーム内部の地理にも疎いらしい。
「話はまとまったかよ」
行き詰まってしまった2人の頭上から、突然カライの声が響く。
「部屋で待ってるんじゃなかったのか」
「―――もう《終わった》ぜ。それにオレがいないと、お前がこいつらにヤられてんじゃねーかと思ってよ、ケケケッ」
「オレがんな事するか、バカ野郎が!!」
一々怒るジンの姿に、すっかりカライの行動パターンに慣れてしまったリュクシーは軽くため息をつき――― ふと、とんでもなく目立つ目印がそばにある事に気がついた。
「そうだ―――お前がいたな」
「んあ?オレ様の存在を忘れるとはいい度胸だな、お前」
「本当にきれいさっぱり忘れられたら、すっきりするんだがな」
カライが首にしがみついて締め付けてくるが、リュクシーは振りほどく事を諦めてジンに向き直る。
「イチシにはカライが目印だと言っておけばいいだろう。―――では明朝、二手に分かれ、私たちは保護地区に入る。―――それでいいな」
「おお―――でも、こいつはどうすんだ?こんな怪しい奴、検査で通るわけねえぞ」
「・・・・・・・・・」
カライが保護地区に入る―――それはジンが心配するほど大した事ではないと解っていたが、この男にどうやって納得させるべきかを考えると、リュクシーは再びため息をつき、首回りにまとわりつくカライの顔を思わず見上げてしまう。
「―――なんだぁ?オレに向かって随分とイイ顔してんじゃねーか、お前」
嫌がっているのが嬉しいらしく、カライは調子に乗って拳を握ると、無抵抗のリュクシーの頭をグリグリと捩り回す。
―――――ドカッ!!!
「カライは私が始末を付けるから心配するな」
カライに強烈なアッパーカットを食らわせると、リュクシーは立ちあがった。
「―――明朝、迎えに来る」
そして床に転がるカライを無視して扉に近づくと、短く言い残して部屋を後にする。
―――――バタンッッ!!!
荒々しく閉められたドアを見て、ジンは呆れて言った。
「お前、何だっていつも、あいつを怒らすマネばっかすんだ?―――後が面倒だろうが」
ジンのもっともな意見に、カライはゆっくりと捩じれた体を戻し、大の字になると――― 突然、天井に向かって笑い出す。
「クッ―――――ギャハハハハハ!!!『お前・・・・・・何だっていつも、あいつを怒らすマネばっかすんだ?』 ―――ケケケケケッッッ!!」
カライはジンの声色を真似すると、腹をよじって笑い転げる。
「ギャハハハハハ!!!オメー、バッカじゃねーのかぁ!?ケケッ、ケヒャヒャヒャヒャ!!!」
「何だと!!オレが今、間違った事言ったってのか!?」
カライの言動の意味が解らず、怒鳴りつけたジンだったが、未だ笑いの波は収まらないらしく、部屋の中はカライの狂ったような笑い声で満たされる。
「だーっ!!!!うるせえ!!近所迷惑だろうが!!いい加減、笑うのを止めやがれってんだ!!!」
「ギャハハハハ!!!!『近所迷惑だろうが!!』ケヒャヒャヒャヒャ!!」
―――バタンッッ!!!
「おっ―――」
突然ドアが開き、再び現れたリュクシーを見て、この終りの見えないカライの行動にが決着がつくかと、ジンは地獄で神を見た気分になるが―――
「カライ―――」
「おっ?―――その顔は《見た》な?―――で?感想はどうよ、リュクシーちゃん♪」
「お前は―――いい加減にふざけるのをやめろ!!とにかく直せ!!!」
「っええ〜〜〜!?オレ様の最高傑作なんだぜぇ―――!?」
「いいから来い!!」
さっきまでの無言の怒りをも通り越して、相当腹の立っているらしいリュクシーは、カライの首根っこをつかむと、隣の部屋までズルズルと引きずっていく。
その様子をあっけに取られてみていたジンだったが、壁一枚の向こうから、リュクシーの怒鳴り声が聞こえてくる。
「何なんだ、この部屋は!!お前を1人にさせるとロクな事がない!!こんなくだらない悪戯をする暇があるなら、これからの事でももっと真剣に考えろ!!!」
「えー、ご説明しまぁ〜す。オレ様の行き付けの店によー、あったんだな、こーゆー部屋が。 ―――え?どーよ、こうすると女の声が出るんだぜ」
「〜〜〜〜〜そんなモノ聞きたくもない!!!もういい、勝手にしろ!!」
そして、またしても荒々しく扉を叩きつける音がすると、顔を真っ赤に染め、毛布を握り締めたリュクシーが、三度目姿を現した。
「―――部屋の隅でいい、寝かせてくれ」
「お、おう―――いや、ベッドを使えよ。オレが床で寝るから」
「いや、いい」
リュクシーは本当に床でも構わないのだ―――野宿には慣れている。
「バカ野郎、女に風邪でも引かれたら寝覚めが悪いだろうが」
「・・・・・・・・・」
いつもいつも、女だから、子供だからと気を遣うジンに、リュクシーは何か居心地の悪さのようなものを感じた。
「私を憐れむのはやめてくれ。助けてもらった事は感謝している。 ―――だが、女だからと、何もかも優遇されるのは嫌いだ」
「別にオレはそんなつもりじゃ―――ねえよ」
「優遇されるべきは、年の順だろう」
リュクシーの一言に、ジンはムッとしたように答える。
「オレを年寄り扱いすんなってんだ」
その顔を見て、リュクシーは小さく笑った。
「―――それと同じだ」
「あ?」
リュクシーは毛布に包まり、部屋の隅に腰を下ろす。
「私はそれほど弱くはない」
―――確かに、この少女は弱くはないのだろう・・・・・・だが、ジンには十分守ってやらねばならないように思えてしまうのだ。
「大して強くもねえくせに、偉そうな事言うんじゃねぇ・・・」
ジンはつぶやいたが、リュクシーは早々に寝入ってしまったようだ、何の反応も見られない。
ここ数日の間、あのシェイドとかいう力を使って来た2人だ、疲労も溜まっているのだろうか―――
ジンは立ち上がると、肩を出して寝ているイチシの毛布を直してやる。
そして、リュクシーをベッドに運ぼうかと向き直ったが―――止めておく。
リュクシーがかなりの意地っ張りであると、最近ようやく気づいたジンは、本人の気が済むのなら、好きなようにやらせておこうと考える―――
(―――でも待てよ)
―――だが、ある事に気づく。
そして、窮屈そうに体を縮こまらせて寝ているリュクシーを見て、結論を出す。
(―――オレもこいつに負けねぇくらいの意地っ張りだった)
やはりリュクシーを床に転がしていては、自分が寝た気がしない―――ジンはズカズカと大股で近づくと、リュクシーのそばに屈み込み、ヒョイと抱き上げた。
思った通り、疲れ切って深い眠りに落ちているようだ。
リュクシーはすっかり体重をジンに預けてしまっている。
(これで心配すんなってのが無理だよな)
そしてリュクシーをベッドに横たえると、これでようやく自分も寝られる―――と、ジンは部屋の隅に移動する。
「そういや、あいつは何やってんだ・・・・・・」
放っておけばいいとは思うのだが、思い付いてしまったらそれは性分だ、気になって仕方がない。
ジンは部屋の鍵を持ち、隣の部屋に何が起きたかを確かめるべく、廊下に出て鍵をかける――― もちろん、腰のベルトには使い込んだライフルを挿してある。
カライを撃とうというのではないが、宿でのトラブルは珍しい事ではないので、武器は寝る時もそばから離さない。
「おい」
―――ドンッ!!
声をかけ、ジンは扉を叩いた。
「いるんだろ?―――また何やったんだ、お前」
ノブに手を回すと―――鍵はかかっていない。
キィ―――鈍い音を立てて、扉が開く―――
「何だ?」
部屋の中の様子を見て、ジンには訳が分からない。
「オレたちの部屋と、まるっきり変わんねぇじゃねーか」
あるのは簡易ベッド2つと、所々錆びたテーブルと椅子―――ただそれだけ。
「―――おい。どこ行った?―――いねえのか?」
廊下から覗き込んだ限り、カライの姿は見えない。
「―――何だぁ?」
さっぱり分からないジンだが、さっきから騒いでいる自分たちに、廊下のあちこちから視線が集まっているのを感じていたので、部屋に戻る事にした。
―――バタン!!ガチャ。
「おっかえりー。ケケケッ!!」
「うおっっ!!―――何だ!?」
部屋の鍵を掛けた瞬間、背後からカライの声がして、ジンは死ぬほどびっくりする。
「何だ!?いつのまに入ったんだ?」
「オッサンよー、オレの事、何だと思ってるわけ?」
本気で驚いているジンに、リュクシーの横で添い寝をしていたカライは体を起こし、おどけた口調で尋ねる。
カライは望みさえすれば壁があろうがなかろうが通れるし、何だってできる、《人間》という枠にははまらない、《人間》ではない存在なのだ。
「何って―――オレが知るかよ。ただ、オレにはお前が見えるし、言葉も通じる。それ以下でも、以上でもねえ」
リュクシーの髪をいじりながら、カライはまた笑ってみせる。
「クッ―――単純でいいねぇ」
「お前な!!」
「そーだ、さっきの答え、教えてやるぜ」
ジンが怒り出すのを遮るように、カライは切り出す。
「さっきの答え?」
それについつい乗ってしまうジンを見て、カライはまた笑いを堪えきれない。
「オレ様が、何でこいつの嫌がる事ばっかすんのかって《答え》さ。 ―――正解は解ったかよ、オッサン」
「だから―――オッサンじゃねぇって言ってるだろうが・・・」
そう言って時間を稼いではみるものの、やはりカライが考えている事など分かる訳がない。
「おもしれーだろ?」
「―――何だって?」
「こいつを構うとさ」
カライがふざけてリュクシーの耳に息を吹きかけると、悪夢でも見ているのか、リュクシーの眉間にシワが寄るのが分かる。
「―――それだけ、か?」
ジンにはそれしか言う事ができない。
「分かったらアホみてーな面してねーで、年寄りはとっとと寝ろよ。明日はオッサンの娘の顔を拝みに行くんだろ?」
「寝るさ、お前に言われねーでも・・・・・・」
何だか急に脱力してしまったジンは、ヘリオンの事を茶化されても、もう怒る気もしない。
「そーそー、今夜はおもしろいモンが見れるかもしんねーぜ」
「何だと?」
「じゃーな、おやすみ」
1人釈然としないジンをそのままに、カライも狭いベッドに体を投げ出す。
「ったく―――本当にこいつといると、ただでさえ短い寿命がまた縮む気がするな・・・」
ジンもリュクシーがするようにため息をつくと、もう一度、扉の鍵を確かめ、今度こそ眠るために部屋の隅へと移動する。
(そういや、オレも疲れたな―――まさか本気であいつのせいじゃねぇだろな・・・・・・)
そして、ジンも深い眠りの世界へと落ちていく―――――リュクシーの見る夢の世界へ。