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SHADE  作者: 青山 由梨
15/25

EPISODE15



「そこの2匹!!何、こそこそ話してんだ、女みたいに―――ん?」


マディラが近づくにつれ、リュクシーよりも少し背が高い事が解る。

保護地区にいる痩せぎす女たちとは明らかに違う、肉付きの良い体をしていた。


(―――バカな事を。相手は捕縛士だぞ)


ふいに、マディラに親近感を覚えていた自分を、リュクシーは戒めた。

ソーク=デュエルのように、冷たい人間を想像していたからだ―――




「―――何だ、1匹は娘じゃないか。それに、その髪・・・・・・」


マディラは辺りを見回し、気絶している連中の中に、青い髪の2人がいるのを確認する。


「あんた、今年の卒業生ね?そろそろ着く頃だとは思ってたけど、こんな大騒ぎを起こしてくれるとはね ―――名前は」


「リュクシー」

ホーリーの名を騙るのは得策ではない。







バシッ







「ほら、手伝うんだよ!!いいか、海水浴びた奴には直接触るんじゃないよ!!力使って、シェイド浴びて転がってんのと分けな!!」


リュクシーの頭を張り飛ばすと、マディラは怪我人の状態を見て回る。


「そこのデカいの!!横の坊主連れてこっち来な!!」



何てずさんなのだろう―――リュクシーは呆れるしかなかった。



新入りの捕縛士がゴデチヤに配属される事は知っているようだが、その2人の顔も名前も認識していない。

青髪の知らない顔が《奇数》この場にいるというのに、マディラは何も聞こうとしない。



「デカいのはビルバーの親父んトコで、車借りて来な!!そんで坊主共は―――ん!?」


呼び付けられて、素直に彼女の元へ行ったのは、ジンだけだった。


カライは、マディラにやり込められて、それでも一応怪我人の救助に手を貸しているリュクシーの横で野次を飛ばし、イチシは疑心に満ちた目でマディラを一瞥しただけだった。


「お前ら!!あたしの言う事、聞かないっての!!とっとと来い!!」


「―――おい」

さすがというか、またかというか、ジンは平然とマディラに声をかける。


「デカい図体だけあって、動作も鈍いね!!とっとと行け!!」

「ギャアギャア喚かれても、そのビルバーって奴はどこにいるんだ?」


「何!?―――あんた、よそ者!?どうして、どいつもこいつも役立たずばっかり―――」




ビュッ―――――





ドスンッッッ!!!





「分けたぞ」

最近、シェイドを使い過ぎであると自覚していたリュクシーは、手早く作業を終える。


旋風に巻き上げられた怪我人たちは、リュクシーが狙った位置に、2ヶ所に分かれて着地する。

まるで死体が山積みにされているようで、外観は良くないが―――そこまで気を遣ってもいられない。



「―――ふぅん・・・・・・」


まさか、これしきの力で特級捕縛士が感心しているわけでもあるまいに、マディラはリュクシーを値踏みするかのように、上から下まで眺めている。


「今年のは随分と粋がいいじゃない―――おっと」


腕にあるメダリア製の通信機から小さな機械音が発せられ、マディラは耳元に携帯していたマイクを引き伸ばす。


「クィン?―――どこにいる、早く港に来い!!ああ、それとビルの親父のトコ寄ってからだ! ―――ん?ああ、人手は足りる。到着したばかりの新入りがいるからな。手術の準備だけさせとけ」



(―――手術?この人数全員に皮膚移植でも?―――いや、それは無理だ・・・)


どんな施設があるのかは知らないが、保護地区ならともかく、ここでは―――汚水を浴びたら、外では死ぬしか方法がない・・・・・・


「さて―――メドがついた所で・・・・・・どうしてこんな事態になったか、説明してもらおうじゃないの?長話は嫌いよ、手短にね」


確かに医療施設に運ぶまでは、応急処置も延命処置もしようがないが、せめて体を洗ってやるくらいはできると思ったのだろう、マディラの言葉にジンは声を荒くした。


「お前、捕縛士なんだろ!?だったら無駄話してねえで、こいつらを早くどうにかしろ!!死んじまうぞ!?せめて水ぶっかけて洗い流すくれーは・・・・・・」


仲間たちのうめき声に、ジンは必死に訴えるが、マディラは至って冷静だった。


「―――外は水に余裕がないのよ。保護地区の残り水が流れてくるだけなんでね。それにもう、手遅れだ」


「手遅れって―――おい!!《捕縛士》さんは何でも出来るんじゃねえのか!!」


「うるさいね、デカいの!!ここのどこにセントクオリスのような最新設備があるって!?目ん玉腐ってなかったら、よく見てみな!!」


食ってかかったジンの胸倉をつかむと、マディラは睨みをきかせた。


「安心しな、既に痛みは感じちゃいない。―――だろ、リュクシー」

リュクシーに同意を求めると、マディラは手を離した。


「そ―――そうなのかよ、リュー」


リュクシーは頷いた。


1週間と短い間だったが、同じ船上で生活していた連中だ、苦痛の中で死なせるのも寝覚めが悪いと思ったリュクシーは、被害者を分けた時、彼等の痛覚を麻痺させておいた。


「だったら、一思いに殺してやったらどうなんだ?」

イチシもマディラに何か特別なものでも感じるのか、少し距離を置いた位置から意見する。


「中身は使うんだ、新鮮な方がいいだろ」



「―――何だと!?」

その言葉の意味が一瞬分からなかったのか、ジンは間を置いてから、再びマディラを怒鳴り付けた。


「てめえ、こいつらの体バラすってのか!!―――ふざけんな!!こいつらを受け取る資格があるのは、こいつらの家族だけだ!!髪の毛1本、セントクオリスの実験には使わせねえ!!」

「やめろ、ジン!!!」


静かな性格とも思えないマディラだ、怒りが引き金となって、シェイドを発動させる恐れもある。

もっとも、特級捕縛士ともなれば、シェイドの自制は効くはずだが・・・・・・


「てめえに許してもらわなくても、こいつらの臓器で助かる人間も大勢いるんだよ!!あんたが死んだら、あたしがバラしてやるから安心しな!!その毛の生えた心臓なら、大いに役に立つだろうよ!!」


「てめえら人間を何だと思ってやがる!!人間は―――人間はなぁ!!!」

今度は逆に、ジンがマディラの胸倉をつかむ。


「何だ、言ってみな!!」

「取り替えのきくロボットじゃねえ!!てめえら力掲げるなら、1人1人の命繋げる方法を考えやがれ!!くだらねえ武器や決まりばかり作りやがって、目が腐ってんのはてめえらの方だ!!《外》の奴等は、《中》のために生きてるんじゃねえ―――自分のために生きてんだ!!!捕縛士だろうと、こいつらの人生狂わせる権利なんかねえぞ!!!」



―――ジンの言葉には、彼が経験したであろう何かの、切実な想いが込められている気がした。



「中々言うじゃないの。―――言うだけなら、容易いけどね」

険しかったマディラの顔は一変して穏やかになり、自分に伸びているジンの太い右腕に触れた。




「―――あんた、よく見たら結構いい男だね」



急に甘い声を出したマディラに、ジンは彼女の胸元が覗けてしまう状況に気づき、ギョッとして手を離した。



「―――フッ、ばーか、何考えてんだ。あたしが、あんたみたいのを相手にするわけないだろ」



ジンと言い合うのにも飽きたらしいマディラは、リュクシーにここへ来いと合図する。


別に、従う理由はないのだが―――特級捕縛士に対する服従を擦り込まれて来たリュクシーは、反射的に反応してしまった。



「デカいののおかげで話がそれたけど―――で?騒ぎの原因は何なんだ」



―――マディラと目を合わせても、ソーク=デュエルの時のように、射竦められる感覚はない。

同じ捕縛士でも、こうも違うものか・・・・・・




「―――港で帆船が沈没する珍事を聞きつけ、偶然にも逃亡者を発見。・・・・・・メダリアに連行するため、捕獲を強行。その際に、一般民を多数巻き込んだ」


―――嘘は言っていない。

多少、言葉は足りないのは確信的だったが。


だが、マディラに深く尋ねられたら、その時はありのままを話すつもりでいた。



「―――逃亡者?それって、シュラウドの奴から逃げて来たってコトなわけ?」


呆れた様子のマディラに、リュクシーは頷いてみせた。






「あっはっはっは!!!!」






突然、マディラは大声で笑い始めた。



「やーっと出てきたか。シュラウドをコケにするだけの度量のある奴が!!あの野郎、本気で人間を飼いきれると思ってるから、お笑いだね!!」





―――リュクシーは困惑するしかなかった。



シュラウドは、捕縛士を統括する最高権威者ではなかったか。

それをマディラは、《あの野郎》呼ばわりし、実験体に寝首をかかれた事を笑い飛ばす。


リュクシーたちに絶対的な定義を植え付けた割には、彼等は何て曖昧な関係なのだろう。



「―――気に入った!!はははっ!!!」



明るく豪快に笑うマディラの姿に、リュクシーはやはり親しみを覚えている自分に気づく―――




(そう、だな―――《権威》や《力》だけが、捕縛士の資質ではない・・・)




―――人を魅き付ける《何か》。それこそが捕縛士に必要なモノ。




シュラウドはその頭脳が、ソーク=デュエルはその力が、そしてマディラは――― この人柄こそが、彼等を捕縛士とさせているのだろう。



「あー、久々にこんなに笑ったわ。―――で?」

マディラは整った口の端に笑みを浮かべ、リュクシーに尋ねた。


「あんた、行く当てはあんの?」


マディラの言葉に、やはり自分の正体に気づいていたのだと、リュクシーは一人で納得する。

そして、目の前にいるのが逃亡者と知っても、彼女は何か罰する気はないらしい。


「―――当てなどない」


「ふぅん―――まあ、定住できるとも思えないね。あいつに目ぇ付けられて」


「・・・・・・」

それは―――やはり、メダリアから逃れる方法はないと言いたいのか。




「1つ聞きたい」


「何よ」

マディラは笑い終えると、助手と交信しているのか、耳元の通信機をカチカチといじっている。




「メダリアの―――シュラウドの目的は何だ。子供を隔離して捕縛士として育て―――シェイドエネルギーのような大きな力を、本気で支配できると考えているのか」


カライ1人を制御するのもままならないというのに、シュラウドはあれだけの人々の生活をシェイドエネルギーで補っているのだ。


リュクシーが過ごした10年間、どうして大きな事故もなく、あの巨大なドームは動いていたのか。


それとも、熟練された捕縛士になら、それをも可能だというのか―――




「シュラウドの考えてる事なんて、知った事じゃないね」




だが、マディラの答えは全く予想に反したものだった。


「あたしはあたしのやるべき事をやってる。たったそれだけの事よ。シュラウドのやる事に興味はないわ。―――ただ、あいつがあたしの邪魔をしたら、全面対決するだけの話。今はお互いに干渉していないだけ?・・・・・・そんなトコね。あんたの質問の答えにはならないわね」


「シェイドのために人間を狩る事が、メダリアの正義なのか。 ―――干渉しないのは、シュラウドのやる事があなたの目的とは対極にはなく・・・似通っているという事なのか」



リュクシーの言葉に、今度は自嘲的な笑みを浮かべ、マディラは皮肉っぽく言った。



「あはは、正義?―――この腐った世の中にどんな正義があるって?―――ふぅん、それじゃ、あんたは自分の《正義》って奴を持ってるってわけ?」


マディラはリュクシーの周りを一周して、上から下まで見回すと、


「1つ忠告してあげるわ。―――あんたの胸にある《正義》なんてモノで、誰の腹も膨れないし、そんなのは生きるのに邪魔な絵空事だってね。―――もっと自分の奥を見つめてごらん。あんたを突き動かしてるのは、そんな奇麗事じゃない。 ―――あんたをメダリアから突き動かした《想い》を正しく捕まえるんだよ」





「メダリアを出て―――未だ何の目的も見出せていない・・・・・・こんな私に、己の内の《正義》を語る資格なんてない・・・」




―――リュクシーの中に、周りを変えるだけの《正義》なんてない。

ゼザが過去の汚点とし、排除しようとするのも無理からぬ、ただの臆病者に過ぎないのかもしれない。



―――マディラは、リュクシーのわずかな表情の変化も見逃さなかった。

過去に捕らわれ、未来に脅え、前には進もうとするが、全く道の見えていないリュクシーの表情を。



「―――あたしのやろうとしてる事は、確かにシュラウドと対極にない。対極じゃなく―――平行線なのよ。あいつとあたしは、もしかしたら同じ方向を目指しているのかもしれない ―――でも、交わる事は決してない。―――今までも、これから先も絶対にね」




マディラの言葉の中に、怒りに似たものを感じ取ったリュクシーは、彼女を取り巻くシェイドを見る―――






赤のイメージ―――・・・・・・


(これは―――血?それとも・・・・・・)









クルシイ―――――




イ・キ・ガ・デ・キ・ナ・イ!!!










(飲まれるな―――――!!!)




ほんの一瞬現れただけの、マディラのシェイドに取り込まれそうになったリュクシーは、慌てて自制心を取り戻そうとする―――


「おい―――大丈夫か?」


様子のおかしいリュクシーの肩に、ジンの手が力を込める―――その痛みに、リュクシーは完全に現実に戻ってくる事ができた。



「・・・ああ」

リュクシーの今すべきは、体中を駆け巡ったあの映像を忘れること―――



(だが―――今のは・・・・・・)

カライの死の体感にも劣らない衝撃を、リュクシーは感じた。


やはりソークと並ぶほどの捕縛士ならば、シェイドの容量も違うものなのか?



「―――どうやら感受性が強いみたいね。まあ、そこら辺がシュラウドに見込まれた原因なんだろうけど。 ―――何してんだ、とっとと行きな」


自分の過去を盗み見た事に気づいたのだろう―――それが彼女の優しさなのか、マディラはリュクシーに行けと合図する。


「あたしらから逃げるんだろ?そこの2人が目ぇ覚ます前に、とっとと行っちまったらどう? ―――こいつらが何しようと、あたしには関係ないからね」



マディラの口調は相変わらずきつかったが、リュクシーには《悩むより先に進め》という叱咤に聞こえた。




「カライ―――行こう」

「んあ?―――もう終わりかよ、つまんねえ」


促すと、カライはとぼけた口調でそう言ったが―――背を向け、その場を離れようとしているリュクシーには、マディラに向かって一瞬みせた、カライの鋭い眼差しに気づかなかった。




「―――フッ」


マディラも真っ向から見据え、どうやら彼女の悪癖らしい人を見透かすような視線をカライに返す。



「カライ、行くぞ」



再び呼ばれると、カライはマディラから目を離し、自分の糧となる少女の後ろを追う。




「フン―――シュラウドの奴、どっちを狙ってるんだか・・・・・・」


町に消え行く2人の背中を見ながら、マディラはつぶやいた。



(娘の方はともかく―――あの男は・・・・・・)


マディラに向けた眼差し―――あれは憎悪と呼ぶべきものだった。



(娘次第ってコトか。どっちにしろ―――あんたの結末は厳しそうよ、リュクシー)



「―――おい、お前」


リュクシーたちの後を追おうとしたイチシだが、ジンは先に行けと合図して振り返ると、マディラを呼び付けた。



「まだ何か用なの、あんた」


「本当に―――こいつらの命が・・・外も内もない、誰かの命を・・・・・・救うんだな?」




「―――あんたがどの捕縛士を見たのかは知らないけど」






マディラの言葉に、ジンの脳裏には1人の人間の姿が蘇る―――



(人間―――あいつが?―――オレらと同じ、人間だと・・・?)


―――ジンは拳を強く握る。

忘れもしない、あの顔―――そして、記憶から薄れていく愛する者の姿・・・・・・






「あたしの《正義》にかけて、こいつらの命は無駄にしない。―――信じる信じないはあんたの勝手だ」


―――ジンはマディラの瞳の奥を見た。



あのリュクシーやイチシのように、特殊な力はなくとも、ジンにだって人を見抜く目はついている―――



「・・・信じたぞ。―――オレの信頼なんかより、こいつらの命を裏切るんじゃないぞ」


「フン、何を偉そうに」

マディラは小さく笑みを浮かべる。


「あとは―――頼んだ・・・」


―――ジンは仲間たちを見上げた。


短い間とはいえ、夢を共に過ごした仲間たち―――人が死ぬのは・・・周りの者たちが死んでいくのは珍しくもないが・・・・・・それでもジンの胸は痛む。



「―――生きるんだよ、あんたらは。生きてこそ、強くなれる。―――あの娘にも、そう言っとくんだね」



マディラの言葉の終わりを聞くと、ジンも後を追って走り出す―――









「―――マディラ様!!!」


ジンの姿が角を曲がって見えなくなろうかという時、背後から青髪の青年が収容車を伴って現れる。



「ああ、やっと来たか―――すぐ運べ、テラは?」

「テラは既に帰還、フェンディと共に待機、手術の準備は完了しました、いつでも始められます」



「船が沈没とか言ってたな―――目撃者は・・・っと。全部、気ぃ失ってんのか。クィン、1人叩き起こして調書。―――それと、そこで伸びてる新入りの回収も、一応忘れんじゃないよ」

「はい」



クィンと手分けして、後処理にかかろうとしたマディラは―――ふと、自分の目の前に立ちはだかっている1人の男の足が視界に入った。



「・・・・・・」



マディラの視線はゆっくりと上がっていく―――


彩豊かな衣装に身を包み、帯剣した男―――その褐色のたくましい腕は、先刻向き合った少女の色とよく似ていた。



《―――光の者よ》



目が合った瞬間、男はそう言った。

口を動かさずとも、彼にはマディラに意志を伝える事が、マディラは彼の意志を聞く事ができる―――




《今は何も言うまい―――あの娘の答えを見るまでは》


《フン―――なんなら、今お相手してあげても構わないよ、優男》




「マディラ様?」

シェイドを増幅させ、何もない空間を睨み付けているマディラに、クィンは不安を隠せずつぶやいた。




《趣味じゃないけど、死人の相手は慣れてるんでね》




男は小さく笑うと、空気に霧散していった―――




「・・・マディラ様?」

クィンはマディラに近づくと、その顔を見上げる。



「―――ああ、クソおもしろくない!!!なんだ、クィン!!さっさと行け、こいつらくたばっちまうだろ!!いちいち指図されなくても動きな、ノロマ!!」


そんなクィンに八つ当たりするが、それでイライラの元が消えるわけではなかった。


「す、すいません、今すぐ―――」

「ちょっと待ちな」


これ以上とばっちりを受けない内に、この場から退散しようと背を向けたクィンの襟首と、マディラは力任せに引っ張った。


「お前―――《リュクシー》って名に聞き覚えはある?」


「え、リュ・・・?《リュクシー》って、リュクシー=シンガプーラの事ですか?ああ、覚えてますよ・・・3つ下の―――確か、随分とムラのある・・・色々と問題もあったみたいですよ」

「お前だってムラだらけだろうが、生意気言ってんじゃないよ。―――で?パートナーの名前は」


「パートナーは・・・確か《ゼザ》とか」


「ふぅん・・・・・・そう。―――――じゃあ、執刀はフェンディとテラで。あんたは臓器待ちの状況調べ!手早くやれ、鮮度が命なんだ!!」

「は、はい!」


クィンを追い立てると、マディラは腕組して船が沈んだという辺りを見回した。


海面には木切れや積み荷の一部が、所在なさげに漂っている―――






「なんっっっだ、これはぁ!!!オレの船はどこに消えた!!?」






そして今度は、突然現れたバカでかい声に、マディラは露骨に嫌な顔をした。


「どこのどいつだ、バカでかい声出しやがるのは!!!」


マディラが負けじと苛立った声を張り上げると、どうやら沈んだ船の持ち主らしい――― ユライフはその女の姿を見つけて、大股で歩み寄って来る。



「おい、女!!ここにあったオレの船はどうした!?船員は!!積み荷は!!」



「うっるさいねえ!!あたしが繊細な頭で考え事してるって時に、バカみたく大声でまくし立てるんじゃないよ!!」


「バカ女の相手してる暇はねえ!!これはどういう事なのか、説明しやがれってんだ!!!」


「てめえの船だろ、あたしに聞かないで自分の胸に聞いたらどうなんだい!?―――ん・・・って事は、あんたが船長?」


怒鳴っているうちに冷静さを取り戻してきたのか、マディラはユライフの価値にふと気づいた。


「オレの船だって言ってんだろうが!!」

「―――じゃあ、肌の浅黒い民族衣装の男に心当たりはないか?」


「ああん!?そういや―――ジンの奴が何か言ってたような・・・・・・そんな事ぁいい、船だ!!いや、それより中身だ!!船員と積み荷は!!!」



「船員は―――そうね、ざっと24、5はいたか・・・・・・一緒に海に落ちた奴は死んじまったよ。今、ちょうど運んだところさ。積み荷は―――周りに停泊してる連中たちのが詳しいだろ」


海水が浸水していなければ、十分に価値のある積み荷は、港をうろつく浮浪者や同業者たちの手によって既に引き上げられてしまったようだ。

―――その手に戻る事はないだろう。


「なにぃぃ!!?25死んだ!?大体、何で急に沈―――っ」



ユライフはつい3日前の、あのナスタチューム海峡での出来事を思い出す―――



「ちくしょう、あの亡霊共が原因か!?しかし、何だって今更・・・・・・」


「詳しく話しな」

「いや、そんなのは後だ!!生きてる奴はどれだけいんだ!?確認しなけりゃ―――」


「みっともないねぇ、デカい男がおろおろしやがって。ここで待ってりゃ、その内集まって来んだろ。それと、身元確認する気なら早めにしな。原形なんか残りゃしないんだから」


「な、なに!?―――よし解った、とにかく案内しろ。上陸してた野郎たちは後で探す」

「ったく、一々うるさい―――じゃあ、ついて来な」


ユライフを先導しながら、マディラは先刻出逢った者たちを思い返す―――




《力》を持った者たち―――だが、マディラの望む者は違う。

そして―――恐らくは、シュラウドが創ろうとしている者も。


欲しいのは―――《力》ではなく、《意志》を持つ者たち。


(あの中で―――一体、何人が残るのかしらね・・・・・・)


―――それはマディラにも解らない。

自身がどうして選ばれたのかもさえも―――



(―――まあ、いいわ。あたしはあたしのやるべき事をする。今、あいつと敵対するのは良策じゃない)



そう―――マディラのやるべき事は山ほどあるのだ・・・・・・







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