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盲目の王女  作者: 結月一華
17/19

第十六輪  別 れ の 雨

 第十六輪  別 れ の 雨



     † 1 †


 紅い、葡萄酒のように、なんて紅いのだろう………。

 視界の先にあるものは赤一面の景色だった。そして「生きている……」とローゼは思った。

 血と見紛うほど紅い絨毯の上で、ローゼは目を覚ました。軋む体を起き上がらせたそこは初めて訪れる場所だった。城の回廊だろうか、天井は高く幅の広い長い通路にいた。その絨毯の行く末には、首を伸ばして見上げてしまうほど一直線に伸びた大階段が待ち構え、その頂上まで真紅の道は続いた。まるで、登って来いとでも促されるように。衣擦れ以外の音はなく、世界の溝に幽閉されたような沈黙。ローゼ以外誰もいなかった。尋常ではない孤独感が心音を揺らがせ、自然と吐息を出すことにも抵抗感を覚える。

 夢の中、もしくは夢の中の悪夢の中にいる―――、俯瞰しているのではなく、己の足で地面を踏んでいる。つまり夢を見ているのではなく、ローゼ自身が夢の中へ入っているといえた。それは今までの感覚が物語っていること。

 今さら驚きや恐怖はなかった。《夢》の中なら、ただ時間が過ぎ行くのを待ち、朝陽が昇り、小鳥のさえずりを聞きながら目覚めるのを待てばいい。けれどもあの《悪夢》の中にいるのならば、生きて還るために戦わなければならない。


 ―――――?

 不意に背後を見る。違和感に似た気配があったから。

 そこには、黒と灰を混ぜた艶のある毛並みに、優美な姿勢で座る、彼女がいた。

 使い魔のテュルキス。

「どうしてここに……?」

 愚問だった。訊くまでもなく彼女がいるということは、その主が近くにいるということ。

 彼女はローゼの足元まで来ると、愛猫が飼い主に(じゃ)れるように頭を擦り付けて、空色の宝石で飾った目でローゼを見上げる。

「私が起きるまで待っていてくれたのね、あなたは賢くて優しい子だものね……」

 久方ぶりの再会に、ローゼも彼女の頭を撫でてから、首元へ腕を回した。柔らかい毛質が頬をくすぐり、彼女の体温が孤独感を和らげてくれる気がした。

「あなたの主人の所まで案内してくれる? 私はあの人を止めなければならないの。きっとテュルキスが怒っても仕方ないことをするわ。でも私は自分の正しいと思うことを貫きたい」

 最後に謝罪を述べると、彼女は是非も無く沈黙が流れる。しばしの間を置いて、シュヴァルツの所へ向かおうと思い、ローゼが立ち上がった、その刹那――――

「…………テュルキス?」

 彼女の全毛が逆立った。硝子細工のように透き通った瞳がローゼを凝視して動かない。何かを訴えている。そして異変は瞬く間に続いた。

「……………!」

 息を呑むローゼの目の前で、彼女の体躯は溶け始めたのだ。銀色の砂へと溶解して、あっという間に絨毯の上に鎮座して広がった。『消滅』という言葉が正しいだろうか。砂塵(さじん)の上に残ったのは、目元に飾られた空色の宝石のみ。絶句し、唖然とするローゼ。……彼女は姿を眩ませただけなのか、それとも死んだのか。あまりにも唐突で、瞬く間に凛々しい姿は消えた。

 使い魔が消える―――とはどういう意味なのか。

 ローゼは砂に紛れた宝石を拾うと、立ち上がって左手で鞘を抱いて大階段を上がった。

 迷いや躊躇いを見せず。

 この場で決着がつけば、すべてを終わらせることができる。一刻も早く、終わらさなければならない。大階段を上がりきると縦に長い豪奢な扉が待ち構えた。

 突如、心拍が加速し、右目の奥が脈打つように痺れる。

 夢の中では感覚は存在しない。実現能力によって作られた《固有結界》の中だからこその疲労と倦怠。緊迫した状況に胸の奥が疼く。

 この感覚こそ、間違えなく、夢の中の《悪夢》にいるということ。

 そして、息を整えたローゼは、音を立てぬよう慎重に扉を開けた。



     † 2 †


 彼女は死んだ。

 自身が生き抜く為に突き飛ばした。

 共に協力して歩んできた人を。

 崖の外へ。

 自分の手で崖の外側へ。

 共に生き抜こうと誓った人を。

 自分の右手で、自分の左手で。

 数時間という短い時間だった。

 それでも、愛してしまった。

 傍で寄り添い歩んで生きたい。

 そのちっぽけな夢を抱いていた。

 それでも、愛してしまった人。

 自分の手で殺した。


「嗚呼―――――――」

 005209番の男は息を漏らす。しかしその溜め息に意味は持たない。

 がむしゃらに生を求め続けた彼は遭遇する魔物達を蹴散らして、ついに灰色の城壁の前に佇んでいた。身体には手傷を負い、衣服と同じように心もボロボロに破れて、今にも途絶えてしまいそうだ。―――だが、しかし彼の強い眼光だけが勢いを増して強く険しくなっている。

 城壁を乗り越えると中には魔物がいた。例えるなら狼が一番近いだろうか。しかし眼球はひとつだけで頭部の中央から浮き出ていた。道中に出くわした奴らよりも小柄だったものの数が多い。空腹に飢えていたのだろうか、ひとつの目で彼を凝視して唾液を垂らす。

 異常なほど冷静に思考が巡った彼には察しが付く、ここで死ぬ………と。

 一人でこの数を乗り越えられる可能性は零。もう逃げ道はない。奴等は着々と数を増やす。


 突然、勇ましい声がした。

「伏せろ!」と。

 無意識で瞬発的に体が動いた。彼は地面へうずくまるように身を低くする。

 すると竜巻のような突風が背中を掠めて駆け抜けた。両手で頭を覆いつつ目線を上げると、体躯の小さい魔物は宙へ舞って飛ばされた。

 奴等に再び立ち上がらせないだけの致命傷を与えたわけではないが、皮膚表面に切り傷を負っている。運が悪かった奴は脚の骨ごと切られて皮だけで脚がぶら下がっている。魔物達の周りには黒い体液が殺伐と広がっていた。インクのように重々しく真っ黒な血。腐ったような臭いが鼻を指して、気分が悪い。

「大丈夫か!」と風が吹いた方角から数名、武器を身に付けた男達が駆け寄る。

 奴隷ではない。彼は訝しく凝視し、男達の首に爆薬入りの首輪がないことを確認する。

 一番始めに彼に近付いた男がいた。目の下に古傷を付けた大柄な男。その男は手を差しのべて彼を立たせた。不思議なことに男の回りには風がまとわりついている、気がした。

 人肌の温もりを感じたのは久しぶりだった。奴隷以外にも魔物と戦う者がいたとは知り得ず、ましては首輪の恐怖を持ち得ていないだろう男達は何を目的としているのか。

 彼は訊ねたいことを訊ねようとしたが、そんな暇はなかった。

 ―――――――地面が揺らいだ。

 狼に似た魔物達は狂ったように地を駆け回る。

 ――――――――、一際巨大な黒い影が来たからだ……………


 

    † 3 †


 大階段の先の豪奢な扉。ローゼはドアノブを捻った。

「…………っ」

 隙間から漏れ出した煌々とした光に眉を寄せる。白い大理石で敷き詰められた空虚な広間。

 縦長の窓から降り注がれる太陽光が木漏れ陽のように大理石の床で反射していた。色素の薄い、穏やかな朝の光源を連想する、静寂とした空間。左右の壁際には武装した甲冑達が隊列をつくり、広間の中央には短い階段。宮殿にも似たような場所があったとローゼは思う。社交ダンスや仮面舞踏会(マスカレード)で大勢の客人を招待する時に使用する一室。国王や王妃達はいつも壇上から宴の様子を楽しんでいた。その王たる者が鎮座するに相応しい壇上には、巨大な(さかずき)が六つ、円を描くように仰々しく並んでいた。その真横には天井の先まで聳え立つ螺旋階段。

 この美しすぎる朝の光が夢でなければどんなに良いだろうか。惜しくもそう思ってしまう。


「―――――――――――」

 ローゼが目を細めた、その刹那。息が止まる。

 素早く剣を抜き、ローゼは走った。広間中央の階段へ。

 朝陽の翳りに紛れるように横たわる人影。黒い服に際立った髪色は………

「シュヴァルツ!」

 憎しみ溢れた悲鳴に似た声を荒立たせ、奴の傍へ近付く。その者は動かない。

 何故―――――

「……シュヴァルツ……………?」

 シュヴァルツは階段の途中で(うつぶ)せになって地を這っていた。

 駆け寄ったローゼは顔を覗き込み、そして、もう一度、名前を呼ぶが返答はなかった。

 一ミリも動かない細身の身体。瞳孔の定まらない左眼。黒衣に絡まる赤黒い血。

「―――――――――っ!」


 既に、シュヴァルツは死んでいた。


 肺が痙攣するローゼは、恐る恐る手を伸ばす。まだ死後硬直は進んではないが氷の塊を触っているような冷たい皮膚。おそらく刺殺、または出血死。刃物で刺された傷は両手の甲に一刺しずつ、胸部に複数。大理石の床には、もがいてつくられたような血の線が無残なまでに描かれ、まだ湿っけを残していた。彼の表情は見たこともないほど悲痛に歪んで、……死んでいた。

 ローゼは自分の手を紅く染め、血が服へ侵食しながらも、シュヴァルツの身体を仰向けにして、両手を祈るように組ませ、そして彼の片瞼を閉じた。

 人の終焉(さいご)を目の当たりにするのは、これが三回目であった。

 国民を救う為ならシュヴァルツを殺す。心の中で決意は固まっていた。シュヴァルツはこの手で殺すのだ、と。

 人の世に不変や永遠など存在できず、人の命だって影が薄れるように終りを迎えることをローゼは知っていた。幼くして母親を失ったローゼには痛いほどわかっていたはずだった。

「それなのに……、どうしてなの――――」

 喉元を両手で押さえ、息苦しく胸を締め付けられる痛みにたえる。

「………私を牢屋から助けてくれて、愛してくれて……利用して、裏切って、眼を奪って、国民を殺して………、すべてを壊したのに、なんで……………なんでなのよ………」

 いつしか涙が込み上げた。思いがけないその感情の結晶にローゼは奥歯を噛んで苛立つ。

「私に愛してるって言ったのは嘘だったの? 優しく抱いてくれたのは利用する為だったの?」

《嘘》という言葉を望んでいた。そうすれば、感情が自分を奮い立たせる原動力になると思ったから。けれどもシュヴァルツが与えてくれた他愛のない普通の生活が嘘だったとは認めたくなかった。ローゼが諦めていた遠い夢。血統に縛られることなく、好きな時に好きな人の傍にいられるということ―――――。

 その記憶が大切な思い出になってしまったからこそ、ローゼは息苦しいほど締め付けられる。

「私も、あなたを愛していたのに………!」

 涙は、シュヴァルツの頬へと、途絶えることなく落ちる。

「死ぬってなに? たとえ恨んでいたとしても、誰かが死ぬって……涙は必ず流れるものなの? ねぇ、答えてよ! シュヴァルツ!」

 ローゼは大理石の床へ拳を叩き付けた。歯痒い気持ちをすべて込めて。小指の指輪が食い込んでじりじり痛むその手で顔を擦ると、無理やり涙を止めた。泣いている時間が惜しかった。この場に及んでローゼの私情など挟んでいる余地はない。

 ――まだ、悪夢の世界は続いているのだから。


 複雑化していく出来事に考えを巡らせる。

 何故、悪夢の世界を作り上げた主犯人物が死んでいるのか。

 死んでもなお、この世界が維持されている原因はなにか。

 シュヴァルツが殺される夢をヴィオレットは見たと言っていた。なら彼女も実現能力を――、だがそれは違う。手駒が近くにあったのなら、わざわざローゼの眼を使う必要などないからだ。ヴィオレットのあの予知夢のような夢は偶然に過ぎないのだろうか。

 それでは誰が、この世界を維持して、操っているのだろうか―――――

 シュヴァルツに背を向けるように立ち上がり、ローゼは辺りを見渡す。

 そして、ふと巨大な六つの杯へ近付くと、脳内を貫くような苦痛に似た既視感に襲われた。

「―――え、どういうこと……………?」

 直径一米(メートル)ぐらいの(さかずき)の中には液体がすれすれまで溜まっていた。そして、月が水面に冴えるような景色が映っていた。ローゼが夢の中で見た奴隷達。延々と続く錯覚を起こす鬱蒼とした森の中。《神の力が宿る宝石》が眠っている巨大な城と五つの塔。それらの景色をローゼは俯瞰して見たことがある。その五つの風景それぞれが五つの杯に流れていた。

 手前にある残りの杯にはインクのような液体が……。中には風景ではなく、覗き込んだローゼ自身の顔が鮮明に映った。一見ただ水に反映しただけかと勘違いしそうだが、確かに違和感があった。鏡に映る姿とは異なったから。その証拠に右目を覆う包帯が反転していた。

 ―――そして思い出す。ブレイラント国王薨去の埋葬儀礼に参列した時と同じだ、と。

 左目の視界に映るものが黒い液と連動していたのだ………。


「……――――――ローゼ」

 不意に綿雪が舞い落ちるように、ふわりと軽やかな声が舞い降りた。

 懐かしくて、耳に馴染む、優しさのこもった男声(テノール)。ローゼの心拍数が駆け足になる。

 記憶の底、昔から、いつもそうだった。ローゼがまだちっぽけで弱かった頃、いつもこの声が囁く度に勇気をもらった。そして、また頑張ろうと思えた。

 この声が名前を呼んでくれるから、自分の名前が好きになれた。

 この声の持ち主がいるから、今の自分が在る。

 偶然、丘の上の教会で初めて会った時も、最初にバラという名を呼んで――――


「ローゼ、久しぶりだね。ずっと君に会えるのを待っていたよ」

「………どう……し…て…………………」

 息が詰まる中、やっとの思いで言葉を紡ぐ。しかしそれ以上の言葉が思いつかない。

「おいで。せっかく再会できたんだ、もっと近くへ来てよ」

 その者は一歩、また一歩とゆっくり階段を下りて、光降る広間へ現れた。

 ローゼは後退さることしかできない。それ以上の思考が役に立たないから。

「俺が突然いなくなったことに怒ってる? それとも待たせ過ぎたことに? ごめんね、本当は此処へ来てくれた時に直ぐにでも会いたかったんだけど、服が汚れてしまったから着替えに行っていたんだ」

 落ち着いた声が地に着くと同時に、ローゼは彼の異変に気付く。

 ………その者の手や首筋には血を拭き取った跡があった。


 そして、ローゼは徐に唇を開く……

「あなたなの? すべてを壊した犯人は――――――」と。

 淡い青に雪の紋章が描かれた服装。襟足の長いブロンドの髪に、笑顔がとても似合うひと。

 微笑んだ眼差しは一直線にローゼへ降り注がれた。

「真意を答えて………………レーゲン」

「よく此処まで導き出せたね。さすが一国のお姫様だ」

 小莫迦にするように、彼の者―――レーゲン・マージェスは言った。

「真意なんて今は必要ないだろう。恋人との再会なんだ、それを喜び合おう」

 手を差し出すレーゲンにローゼは応えない。そして、血濡れたシュヴァルツを見下ろした。

「どうして、シュヴァルツが………?」

「……へぇ、君が彼を気にかけるなんて意外だなぁ。ずっと恨んでいたんだろう?」

 困ったような笑みを浮かべてレーゲンは溜め息を吐く。ローゼは怪訝そうに彼を見据えた。

「〝もし此処まで辿り着いたら、ローゼには死んでもらう〟そう彼に言ったのさ」

 軽々しく冷淡な声に、ローゼの白く透き通った肌が粟立つ。

「そうしたら彼、怒っちゃってね。俺も驚いたよ。過度な演技だと思っていたら本当に君を愛していたのだからね……。『ローゼを殺す』と言った俺に歯向かおうとしたんだ。魔術を使われたら勝ち目はないからね、十分に働いてもらったし彼には死んでもらったのさ。

 本当は彼の体を媒体にしてこの世界を築こうと思ったんだけど、自己犠牲にしてでも計画を進めたことがやっぱり正解だったね。彼からも反対されて、痛みに苦労したんだけど……」

 袖を捲って露にした彼の腕には、シュヴァルツの刺青に似た魔術文字が無骨なまでに、皮膚を覆い尽くすように刻まれていた。

「………………………」

「でも、彼には感謝しているよ。機械のように言うとおりに働いてくれた。自分の眼を売ってまで計画を完璧に成し遂げるとは思ってもみなかった。けど、最後は自分を犯人だと思い込んでいる女を庇おうとして死ぬとはな………、本当に哀れな奴……………」

 シュヴァルツが、自分の眼を売る――?

 レーゲンの言葉には不可解なことが多かった。

「私の知っているレーゲンはそんな酷い人じゃなかったわ、どうして、いつから、変わってしまったの!」

「俺は変わってないよ」

「嘘よ! 嘘に決まっている………。あなたが自分から手を汚す、なんて………」

「うーん……、もし全部変わっているのなら彼に君の両目を取ってくるように命じたと思う」

 夕日が沈んでしまう時に感じるような、どこか名残惜しいような苦い笑みを彼はつくる。

「両目を奪えば君を無力にできただろうね。でも、男は未練がましいんだよ。綺麗な君から、君の綺麗な(もの)を奪ってしまうのはあまりにも惜しい………。それに杯から君の行動を見ていたかったんだ。君は俺にとって特別で、愛おしい人だからね………」

「……どうして、こんな酷い事を? 国民の命を奪うような………。あなたはこんな残酷な方法をしてでも神になりたかったの? そんなの、あなたらしくないわ!」

「俺は普通の人間だよ。人間は人智を越えて神にはなれない」

 彼は六つの杯へ歩み寄ると、中をくまなく観察しながら言う。

「確かに、このやり方は回りくどい。でもシュヴァルツの妹さんが見た《悪夢》だから、作り変えることもできなかったんだ。言ったでしょ、神にはなれないって。それに彼の妹が《神の宝石》なんて存在しない幻想をしなければ俺はここまで想大な計画を思い付かなかったさ。

 シュヴァルツと約束をしたんだ、妹さんの《悪夢》を提供して、この計画に協力する対価として、〝家族が一緒に生きていける世界をつくる〟と。…………彼は優しい性格だからね」

 胸を抉られたような苦渋の顔をしてローゼは視線を落として横たわる人を見つめる。

 ハイリンリヒト家に生まれて、父ラルエを亡くし、母ディアナを追放され、妹ヴィオレットを空白にされ、孤独となったシュヴァルツ。彼が次期党首の責務を果たしながらも、ハイリンリヒト家を恨み続けていることを、ローゼは薄々気付いていた。彼は優しすぎて、自我を抑え殺しすぎていたのだ。

「……でも、あなたはシュヴァルツを――――」

「裏切ったよ。彼の私情で計画を破綻させるつもりはなかったから。彼の使い魔が離れるのを見計らって死んでもらったんだ」

 背後から胸を一刺しし、《回復魔術》を使われる前に地面へ押し倒して両手を貫き、再び腹部を幾度か刺して殺した――。反撃されることを恐れたけど思ったより呆気なかった――。まるで日常会話のようにレーゲンは残酷なことを丁寧に説明していた。

「シュヴァルツは……シュヴァルツはあなたを慕っていたのよ! レーゲンを信じていたから力を貸したのでしょう! それなのに、人を殺してでも、そんなに《神の力》が欲しいというの! あなたは医学者でしょ、今まで多くの人々を救って来たのに、『クライン・ダート帝国を癒すために努めたい』って言葉を私は覚えているわ。レーゲンはいるも他者の為に働いてきた。正義を務め続けて、この国を継ぐ為に積み重ねてきた事はなんだったと言うの!」

 悲鳴に似たローゼの訴え。悔しさが勢いあまって目尻に涙が浮かんだ。

 しかし、それとは対照的にレーゲンは静かに笑いながら息を吐く。

「―――正義なんて偽善だろ」

「…………………………………………」

 一瞬、息をすることを忘れた。それから鳥肌が全身を巡る。

「俺はね、正義になりたいんじゃない。………君には話したことなかったけど君に出会う前、俺は別の国で戦場医師をして働いていたんだ。君と同じ十六歳くらいから既に戦禍の中にいたんだ。よく戦争を仕掛けたがるほど軍力に優れた大国でね、兵士や無関係な市民、幼い子供達の死体を散々見てきた。大勢の怪我人が途絶えることなく運ばれてきて、薬だけがどんどん減っていった。泣き叫ぶ声や痛みに喘ぐ声、順番を待てずにすがり付いてくる人々、終止符の見えない戦争と惨劇――――。国は己を正義とし、相手国を悪と見成して闘っていたけど、逆から見れば、相手国だって自国を守る為の正義として戦争に挑んでくる。愚かなほど正義と正義のぶつかり合いだった。

 自分の限界を悟ったのは二十五歳の時、医者としての正義心が崩壊寸前の時、俺は国から逃亡した。己の心が壊れるのを恐れて―――。その国の人々の命を捨てたんだ。人を助けたいという思いから医者になったけど、綺麗事など紙屑同然だと知った時には色々と失っていたよ。そして、流離い続けて辿り着いたのがクライン・ダート帝国だった。戦争を知らない平和な国だった――――」

「この国は戦争を起こさない! ブレイラントの家訓はずっと受け継がれてきたわ!」

 きっぱりと言う。紛れもない事実を。

「あなたはこの国で正義を全うしてきたじゃない。『上医』を目指す姿を、私はずっと見守ってきたわ!」

「言ったとおりだよ、正義は愚かだ。―――でも、俺は〝幸福〟というものに執着して考えてきた。自分だけじゃない、ひとつの地域、ひとつの国に限らず、すべての人々が幸福になれる方法はないかをずっと考えてきた。しかし多くの本を読んでも、深く考えを巡らせてもそれは不可能だ。俺自身に権利や力はないし、各々の価値観、幸福論が同一ではないから。

―――ただ、可能なことがひとつだけあった。俺の導き出せた唯一の答えだった。


 命の時間を延ばせばいい ってね――――――――――


 人を作った神は人間に不平等な時間を与えた。人は本能的に時間の終わり……つまり死というものを恐れる。恐怖の絶頂とも言い例えられる『死』の概念さえなければ、人間はこの上なく幸せになれるだろうに、ね………。

 生きる時間が長いということは、幸福へ近付くための猶予が生じる。愛し合う者と多くの日々を過ごせる――。多くの景色を目に焼き付けることができる――。選択肢が増えて望んだことができる――。何より、未来に希望が持てる―――――。しかし、時間を与えられるのは神のみだ。人間には真似できない。施術が発展すれば《延命術》が向上するだろうが、世界中に施術師が知れ渡っていないし、このブレイラントの国のように術師を受け入れる環境を整えることも大きな問題だ。………なら、どうすれば良いのか。別の方法を考える。どうすれば命の時間を増やし、どうすれば幸福の時間を増やせるか。以外にもその答えは簡単なものだったよ。

〝無駄に死ぬことをなくせばいい〟のだから。寿命や不慮の事故はどうにもし難い。できることは、人間の行為によって時間を削ることをなくせばいい。―――戦争っていう無差別な虐殺行為を見続けた結果、導き出した答えだよ」

 ローゼは知らない。レーゲンが目の当たりにして来た場景を。考えることも想像することも、何もできない無知者。ただ……ここで理解できた事は、ローゼの知っているレーゲンは遥か遠くへ行ってしまったという事実だけだった。


「―――神になれないのなら、せめて、人間の上に立てればいい」


 遥か地の果てを見据えるような、その双眸は薄暗く澱んでいた。

「クライン・ダート帝国だけではない、神が作った配下すべての人類の上へ立てればいい。自分が抑止力の存在になって、争いを防げるのなら。神の出来損ないと蔑まされたって構わない。争いを起こす者に罰を与えられれば、恐れられる存在になれればいい。それで、人の時間が増えるのなら………!」

 長い長い思想演説のなれの果て、彼は問うた。彼特有の飾らない優しい口調で。

「―――ローゼ、君はどう思う? 俺のつくる世界の在り方を」

「…………………………」

「もしも君が賛同してくれるのなら、この世界作りに協力してもらいたい。君には人々を先導する素質がある。―――新しい世界を作って、それからその世界で結婚しよう」

「……っ!」

 ローゼは自身の胸ぐらを掴む。遠い日に誓った言葉。帝国の為に、ローゼの為に結婚しよう。

 誓い合った日、ローゼはまだ幼く無邪気に笑って言った。結婚をしたら毎日が楽しくなるわね! あなたの為に私は綺麗な女性になるわ! 子供は何人ほしい? きっとお母様も天国で喜んでくれるわね! それから、それからね――――……

 その懐かしさが今では息苦しい。歯軋りしながらも、ローゼは問う。

「……クライン・ダート帝国の国民を犠牲にしたのは何故? 人々の幸福を願っているはずなのに大きく矛盾しているわ。あなた自身の行為によって大勢の命は奪われてきたのよ!」

「驚いたなぁ……君は気付かないのかい? 世界の至るところでは戦争は絶えず起きている。この国の人達はそんなことも知らずに暮らしてきた。平凡に、幸福に、外のことには目も向けず、―――――平和に麻痺した、その報いだよ」

「―――――― !」

 身体中の毛が逆立つのを感じた。ブレイラント家が受け継いできたものに、泥水を塗られて、叩き潰されたような……。硝子の破片が散らばった境界線が引かれたように、心の奥底からの拒絶。ローゼは静かに息をして腰から剣を抜き、愛していた恋人へ刃を向ける。

「……私は国民を助ける為にここまで来たの。私達ブレイラント家が宝物のように守り続けてきた『国民』と『平和』の為に。それにシュヴァルツの死を無駄にしたくないわ!」

 それがプロポーズの返事だった。

 薄らレーゲンは目を細める。小莫迦にするような笑みのまま。

「君は俺を殺して正義になるつもりかい? この計画を壊して、残り少ない生存者を助けて英雄だと謳われたいのかい? その代償に《神の宝石》が消滅して、理不尽な世界の秩序を継続させ、悪化させることになっても、君は俺を止めると言うのかい?」

 話し合いでの解決は不可能だった。業を犯してでも幸福を祈り続ける正義と、守る為に怯まず戦い続ける正義―――――、誰も望まない、愚かなぶつかり合い。


「―――――レーゲン、決着をつけましょう、夢を終わらせるために!」



     † 4 †


 018048の番号の若い男。彼は『Ⅳ』の門を潜った者だった。

 彼は灰色の城へ辿り着いた時、確信した。宝石はここにある―――、と。

 逃げて、逃げて、逃げて……、塔内へ入った瞬間、黒い魔物達は建物内部へ入ることを拒んでいた。それは、つまり入れない理由が此処にあるからだ。

 高く聳える塔は、凄まじく長い階段が渦巻いていた。決して無傷とは言えない彼は、無駄な武器を剥ぎ捨てて、一段一段と、途方もない思いで足を持ち上げる。

 彼は一人だった。同じ道のりを歩んだ者達は死んだ。助けようともせず、彼は見捨てるように走って、走って、此処まで生存し続けたのだ。運が良く、逃げ足が早かっただけだ。

 彼は――、罪を重ね過ぎた。そして、心を破壊し過ぎた。

 感情は既に〝無〟に達していた。しかし足を止めることなく、涙を拭うことなく進む。

 ただ、生存するが為に――――――――――



     † 5 †


 杯の中の水鏡を見つめてレーゲンは言う。

「『Ⅳ』の奴隷が見付けたみたいだ。――――そこを通してくれるかい?」

 その会話を機会に、二人の争いは幕を開けた。

 光降る、白く美しい場所で、剣と剣が激しくぶつかり合う音が、甲高く響き鳴る。

「前にも言ったよね? 俺には魔力がないって、」

 レーゲンはローゼが知らぬほど、剣の扱いに慣れていた。会話する余裕があるほどに。

「だから力を欲したんだ、この気持ち、君なら共感してくれると思ったんだけどね!」

 キーンっ! キーン!


「それでも、私はっ…………、負けられないわっ………!」

 ローゼの息切れは早く、レーゲンの振り下ろされる刃を防ぐことで精一杯だった。

 今でも覚えていた。ローゼはまだ幼かったけど、初めてレーゲンがクライン・ダート帝国へ訪れた日のことを。皆が歓喜して待ち望んだ医学者。その偉大な存在で、尚且つ愛してしまった人を、ローゼは殺める為にがむしゃらに剣を振るう。

「あぁっ―――― !」

 後退していたローゼは中央の階段で足を踏み外すと、不安定になった彼女の剣をレーゲンはかっ飛ばすように薙ぎ払った。その衝撃でローゼは尻餅を付き、カナリア色の髪が乱れる。

 手から放れた蒼バラが刻まれた剣は、鈍い音を立てて運悪く遠い場所に落下した。

 この時点で無力となった。勝ち目を失った。おわりだった。

「まだ俺を殺るかい?」と、頭上から降り注がれるレーゲンの穏やかな問い掛けに、ローゼは何も答えられない。大理石の地面に無力な両手を付けて俯くことしかできなかった。

「――――そう、無様だな……。君の剣は記念に貰ってあげるよ。君の血をべったり塗り付けて《宝石》の御膳に手向けてあげよう。……………死ぬ前に少しでも神に祈るといいさ」

 嘲笑する彼は、もう以前のように恋人の名を呼ぼうとはしない。

 脱力するローゼの傍らを通って、レーゲンは蒼バラの剣を拾いに行く。拾って戻って来た時がローゼの最後だ。


 どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ―――――


 心臓が加速する。息を小刻みにしか吸えない。全身が凍て付き、視界が絶望色に濁っていく。

 ―――恐怖の絶頂に抗えない自分がいた。無知で無能で無力な背中が陽の光に照らされる。

 生まれながらに異様な眼の力を持ち、愛護されながらも忌み嫌われ続けた存在。

 悪夢の中の奴隷達を思う。どれだけの恐怖と絶望を味わったのだろうか…………

 自分のせいで。自分のせいで。自分のせいで。何人、死没した――――?

 レーゲンの言う《神》に何を祈ればいい?

 自分は《神》に祈祷する資格もない愚か者だというのに。

 多くの時間を、多くの人を、多くの想いを、多くの希望を――――無駄にした愚者だ。

「……………………………………」

 目の前の、階段の下に横たわる、愛してしまった、彼の命も、無にしてしまった。

 自分のせいで――。こんなにも境遇の似ている人に出会ったのは初めてだった。

 だから、魔法に惑わされたように、惹かれ合ったのだと思う。

「………シュヴァルツ、ごめんなさい。それから、あ―――――――――― !」


 ―――ありがとう、と言おうとした時だった。

 ローゼは紅い瞳を見開く。血が沸騰するかのように湧き上がる感覚。思わず叫びそうだった。

 霧が晴れた瞬間のように視界が鮮明に、シュヴァルツの姿がはっきりと映る。

 ローゼが閉じたはずの、シュヴァルツの瞼が開いてローゼを見つめていたのだ。

「――――――― !」

 ローゼはすかさず彼に近寄って、彼の上着を乱暴に剥いだ。

 こつ、こつ、こつ―――と、剣を拾ったレーゲンが優雅に戻って来る。ローゼの真後ろまで。

「ローゼ、お祈りは済んだかい?」

 名を呼ばれて、ローゼは震えながら首を後ろへ回して、その者を見上げる。

「最後に礼を言わせてもらうよ、この世界を実現してくれて」

 怯えて顔を歪ませるローゼに、レーゲンは楽しそうな笑顔をつくって剣を振り上げる。

「ありがとう、愛おしいローゼ。――――――――――――さようなら」


 いやあああああああああああああああああああああああああ―――――――――バンっ!



       6


『 ――――夜は、本当の自分を、露わにできる、貴重な時間ですよ 』


 ………わたしにとって、星々が煌く夜よりも、あなたと過ごす時間の方が大切だった

 春の陽射しのように、柔らかく温かい、あなたの視線が向けられているだけで、幸せだった


 あなたの隣にいても良いと知った時、自分の居場所が在ると気付いた時、

 上手く言葉が出せなくて、涙が零れて、嬉しかった

 それなのに、わたしは、あなたを―――――――

 あなたとの思い出が、砕け落ちてしまった、気がした

 もう、わたしの心の中に温度はない

 あなたに与えてもらった熱はどこかへ消えて、失ってしまった


 あなたがいない世界で、わたしは生きていけるのかな―――

 わたしは―――――――――――――――



     † 7 †


「…………ゴホっ、ゲッホっ……………ぐぁっ……!」


 咳き込む音が、静寂(しじま)を破壊する。

 それから、蒼バラの剣が石床へ落ちる音が、空闊とした空間に響く。

 苦い火薬の臭いが鼻腔をくすぐり、目の前で熱の篭った血がぼたぼたと流れ落ちる。

 転倒したのは―――――レーゲン・マージェスだった。

 ローゼの腕は大きく震える。そして両手で強く握り締めていた物は、細身の銃だった。

「………………」

 とある晩餐のひと時、シュヴァルツは嘘を言いながらもレーゲンのことを語っていた。決して安全とはいえないハイリンリヒト領土へ立ち入る彼に贈ったという護身用の銃。同様にシュヴァルツも衣服の下に常備していることを、この刹那ローゼは思い出したのだ。そして剣が振り下ろされる寸前に銃口をレーゲンに向けて、獣のように絶叫をあげながら発砲した―――。

 幸か不幸か、忠実に虚偽を演じたシュヴァルツの行動がレーゲンの仇となるとは誰が予測できただろうか。痛みに嗚咽しながらレーゲンはローゼが握る銃を見て息を漏らす。

「嗚呼―――――、」

 皮肉にも「自分が渡した銃だ」ということを思い出す。

 体の中心に火傷の何倍もの熱さを感じ、血の赤い水溜りができる。

「―――――――――ひっ!」

 数秒の間をおいて、我に返ったローゼは悲鳴と共に銃を投げ捨てる。両手は制御できないまでに震えていた。

 人を………………? ………どうして………………………

 人を、殺す………? ――なぜ、不幸な道を選ばなければならないのか………

 人を、殺す………? ――なぜ、自分がやらなければならなかったのか………

「人を、殺す………?」――なぜ、大切な人でなければならなかったのか………

 己に問い詰め、追い詰め、責める言葉が駆け巡る。


「いっ……いやああああああああああっ!」

 大粒の涙が溢れた。今までに経験したことのないほど豪雨のように降り続く。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…………!」

 頭を抱えて激しく咆哮するローゼ。

 たぶんローゼの放った弾丸はレーゲンの胃の辺りに命中した。血を嘔吐しながら悲痛な声が鳴る。どう間違っても彼のものとは思えない声色。

「……どうして謝る……んだ、い? その銃………、やっと俺は、……君を、守れたんだね」

 辛辣な皮肉。この上ないほどに。

「…………宝石、が………か、みの…………必要………………なん、だ……っ!」

 レーゲンは今にも絶息しそうな成りをして地を這って動く。出口の扉を目指して、匍匐(ほふく)しながら。退廃的な白い空間で赤い血痕を鮮やかに塗りたくって―――


 ―――――――ピキッ……、ギギッ………

 硝子に罅が入る音がした。初めは小音で徐々に地滑りの轟音を引き立てながら、世界に亀裂が生じる。そして硝子破片の雨が降り注ぎ、ついに《悪夢》から目覚める刻が来た―――。

 お天気雨に似た、木漏れ陽に反射する雨雫は形容し難いほどに幻想的だとローゼは思う。しかし、とめどない雨は引っ掻くように、その場にいる者へ容赦なく襲い降る。

 ローゼはシュヴァルツへ向き直ると、そっと囁くように頬へキスをして、自分の黒い外套を彼に覆い被せた。深傷を負った彼に、これ以上傷付いてほしくなかったから。


「………ロー……ゼ、ロ……………ゼ………」

 血の軌跡を伝うと、レーゲンは扉の前まで辿り着いていた。しかし彼に残された力は少なく、その手はドアノブの高さに到底届かない。バラの名を呼ぶ声はまるで泣いているようだった。

 ローゼは蒼バラの剣を拾うと、レーゲンの元まで駆け寄って血濡れた彼の手を握った。

「レーゲン、お願い、もう……………」

 もうやめて、そう言いたかったが彼を止める権限はない。けれども彼の痛々しい渾身の祈りを、見て見ぬ振りができなかった。レーゲンは重々しい手つきでローゼの肩を掴むと、()し掛かるようにして細い体を抱き締めた。硝子の雨は次々と降り続き彼の背中に直撃する。

「……ロー、ゼ……、―――――――――――」

 最後の会話はあまりにも短く、きっともうローゼが喋っても届かないだろう。

 彼から温度が消え始めた。脱力して鉛のような身体が重たかった。

 この雨が止んだら決別する。もう二度と会うことはない。

 雨が止んでほしくないと思った。だからといって、降り続いてほしくもない。

 ローゼは願う、もう彼の体を傷付けないでほしいと。他者を想うあまり、心がズタズタに引き裂かれてしまった彼を、これ以上………、これ以上、もう………………

「―――――レーゲンっ!」





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