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盲目の王女  作者: 結月一華
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第十二輪  螺 旋 の 血 潮

 第十二輪  螺 旋 の 血 潮



「………ヴィオレット・(ブリュック)・ハイリンリヒトに、会ってきたわ」

「っ!?」

 城内を歩き回り、考えを巡らせた末、ヴァイスの部屋へたどり着いた。本棚の前に佇んでいたヴァイスは持っていた本を滑り落とすほど動揺していた。

「あの部屋に行ったのですか!? あれだけ忠告したのに何を考えているんですか、自殺行為ですよ。あの子が起きれば………」

「シュヴァルツは来なかったわ。だからこの通り、生きてるわ……」

 もやもやした感情を抱きながら、ローゼはヴァイスとは目を合わせずに話す。

「あの《空白の部屋》にシュヴァルツが来ることを知っておきながら、どうして教えてくれなかったの?」

「………すべては契約に関わるからです。これ以上は部外者にお話しできません」

「……少し質問を変えるわ。ヴァイスは、ヴィオレットが嫌いなの?」

「あの子が、そう言ったのですか?」

 ローゼは視線を逸らしたまま頷いた。ヴァイスは「余計なことを……」と言わんばかりの溜め息を漏らしながら、落ちた本を拾って、そして昔話をゆっくりと話し始めた。

「―――――ハイリンリヒト家の血筋は少しばかり複雑なんです。兄もあの子も同じ両親から生まれたではなく、それぞれが母親も違えば父親も違い、血縁関係でもある。

 私たちの祖父、クラウス・(ラッシュディ)・ハイリンリヒトの長女フレール妃は、兄と私の実の母親です。そして養子である、Sランク魔術師ラルエ・ブリュックとの間に生まれたのがシュヴァルツ。Aランク魔術師、クルド・ジェーゲルとの間に生まれたのが私です。私たち兄弟は運良く父親の面影がないくらい母親に似ました。だからこそ祖父は異常なほど喜んだ。

 息子がいない祖父は、城の後継者をラルエさんではなく、兄のシュヴァルツに委ねると言い出しました。ラルエさんは兄の教育指導者として、私の父クルドは補佐役の執務を受け持ち、私自身も幼いながらに兄が継承することに納得していましたし、いつかは自分も兄の補佐ができるようになりたいと思っていました。兄は元々、面倒見がよくて優しい方だったので。

 でも、とある事件が起きました。実のところラルエさんと母のフレールは夫婦ではないのです。第一子が生まれるよりも前に婚約を結んでいる術師がいました。名はディアナ・ラストラー、魔術を使える珍しい鳥占術師です。詳しい理由は知りませんが、祖父はこの二人の間に子供ができることを認めませんでした。元々ラルエさんはハイリンリヒト家の養子として育った方だったので、逆らうことは許されなかった―――。しかし祖父は『男児を生み、ハイリンリヒト家の三男にする』という条件の元、子を身篭ることを了承したのです。

 ………けれども、生まれたのはあの子だったのですよ。術師の世界では契約が絶対であり、それそのものが全てです。そして契約が果たせなかった者には罰が与えられる。

 祖父が出した罰は母親ディアナを十年間追放……、それから父親ラルエには認められない子供の処分をする、という残酷なものでした…………………」

「なによそれ!」

 感情が込み上げたローゼは声を上げられずにはいられなかった。

「そ、そんなの……おかしいわ、理不尽すぎる!」

「…………それが、術師の世界ですから」

 どこか、懐かしげな雰囲気を出しながらも、ヴァイスは苦い顔で笑っていた。

「ディアナ・ラストラーの追放後、間もなくしてラルエさんは亡くなりました。平常心ではない中、高度な召喚魔法に失敗し、召喚獣に喰われたと聞きました。しかし、それは有り得ないと私は思います。………召喚魔法が扱えるのは錬金術師だけですから、行うとしても魔術師は補佐しかできません。その儀式に関わった錬金術師の名も上がらず、腑に落ちないまま真実は伏せられた」

「……………………」

 ローゼは顎に手をあて、考えに更けた。

 初めて城に来た、寒晴した日を思い出した。あの時の言動は確か―――――

「どうかしましたか?」

「…………いいえ、なんでもないわ」

「話しを戻しますが……、ラルエさんの死後も両親を失った赤子の処分準備は進められました。ですが兄だけが、処分を拒んだのです。ハイリンリヒト家の長男であり、次期後継者となった身です、祖父ですら黙るほど激しく反論をしたと聞いています。そして誰も兄に逆らえないまま、あの子は存在し続けています。外へ出ることも、人目につくことも禁じられ、薄暗い部屋の中で一生―――――」

「待って、あなたがヴィオレットを嫌う理由なんてないじゃない」

「……ローゼ様の不幸は少なからずあの子のせいなんですよ」

「どう関係があると言うのよ、今日初めて会ったのよ?」

「あの子は魔力保持者から生まれながら、魔力の欠片も持っていません。その代わりに悪夢ばかりを見る。兄はそれを利用し、悪夢をローゼ様の夢の中の夢に埋め込んだ。意味わかりますよね? すべての根源はあの…………」

「ちょっと待って、悪夢って………、ヴィオの悪夢を私に埋め込んだってどういうこと? アイツの研究って――――」

「………あの子はシュヴァルツに利用されている操り人形(マリオネット)です。幸せにもなれず、周りに不幸ばかりを齎す呪われた人間。存在をすることも、時間や愛を得ることもできず、価値のない哀れな子。だから《空白の部屋》に閉じ込められているのです。あんな悍ましい存在に関わるのは御免ですね」

「口を慎みなさい! あなたに人の価値を決める権利はないはずよ。それに血が繋がっていなくとも、あなたの妹には変わりないわ!」

「なぜ、赤の他人に同情するのですか?」

 ローゼは目を皿にし、ヴァイスと向き直った。自分自身でもわからないくらい干渉に浸っていたのだ。彼の感情はがらりと変色する。

「―――― !?」

 途端にローゼの体は膝から崩れ落ちる。

 起き上がろうと思っても、指の先から動かすことができず、冷たい石床の上に這いずった。

「ローゼ様は術師を甘く考え過ぎている。感情論ではどうにもできない事だってあるんですよ」

 ヴァイスの指先がくるりと宙を舞うと、同時にローゼの体も仰向けに回った。

「ヴァイス、やめて………」

 呼吸が荒くなったローゼは胸を大きく上下に揺らした。

「術師の世界も、秩序も、魔術も知らず、ただノウノウと生きてきたお姫様に何ができるというのですか? お人好しにも程がある」

 彼の指先が一本一本ゆっくりと反りかえすように開いた。

「………いっ」

 ローゼの左手の指が関節に逆らおうと外側へ動く。

「い、痛い……ヴァイスっ……………」

「シュヴァルツに裏切られて何か悟りませんでしたか? こんなにも安易な魔術ですら、あなたは抵抗できない。今のあなたではシュヴァルツを止めることは不可能です。魔力を持たない無力なバラが撃ってかかっても一瞬に灰にされて終わりだ。それでもあなたは―――――」

「ヴァイス!《縛りの印》を解け!」

 白銀の髪が風で揺れると、背後に人影が現れる。小型のナイフを彼の首筋に向けて。

「私に刃物を向けるなんて良い度胸だな、ベルムート」

 そこにいたのは護衛役の錬金術師ベルムートだった。険しい眼光で刃物を突き立てる。

「姫と契約を交わしたお前に逆らう権限はない」

「………人の部屋に無断で入ってくるなんて失礼だとは思わないのか?」

 噛み外れる会話をした後、ヴァイスが苛立ちげに鼻を鳴らすと、ローゼの全身は重力を失ったような身の軽さを感じた。不穏な空気をつくったままヴァイスが牙を剥く。

「別に逆らってはいないさ。事実と正論を述べたまでだ。お前も始めからわかっていただろ? シュヴァルツに歯向かっても望みなんてないってことを」

「それでも契約は交わした。無駄口を叩く暇があるなら自分の責務を果たせ」

「それで父親面のつもりか? 笑わせるのも大概にしろっ」

 聞こえるように舌打ちを残して、ヴァイスは乱暴に扉を閉めて部屋を出て行った。


「………姫、大丈夫か?」

 感情に狂ったヴァイスの後ろ姿を見送った後、ベルムートが冷静に問うた。

「あなた、気持ち悪いくらいタイミング良すぎ………」

「寝てなくていいのか? 眼の傷が癒えていないのに歩き回っては………」

「もうほとんど痛みはないわ」

 今朝の痛みを堪える素振りは過剰な演技だったと、口が滑っても言えないだろう。

「《空白の部屋》に行っていたの。そこでシュヴァルツとヴァイスの妹さんに会って来たわ」

 苦汁を飲んだかのように、ベルムートの顔が悪く歪んだ。

「どおりで………ヴァイスが狂うはずだ。姫に危害がないということは奴が現れなかったということか?」

「ええ、普通だったら来るみたいね」

 他人事のようにローゼは言った。

 忠告を無視して禁断の部屋へ出向いただけに、ベルムートは声を張って叱り付ける。

「あの部屋は奴だけの所有地だ。罠や結界が張られやすく危険な場だから姫には黙っておいたのだが……。その行動力に関心はするがあまりにも無茶過ぎる。何も起きなかったのは幸いだが、そこまでして死にたいのか?」

「………わかったから、あまり大きな声出さないで……」

 ローゼは知らなかっただけだ。シュヴァルツが出入りをしている場所だとは。

 行くなと言われれば気になって行きたくなる、という人間の心理を術師は持ち得ないのだろうか。頭をうな垂れると、長い溜め息が出た。

「姫、立てるか?」

「平気よ、自分で立てる」

 ベルムートは手を差し伸べようとローゼへ近付いた、その時―――

「来ないでっ―――――― !」

 悲鳴のような声が飛び出した。そして天を衝く速さでローゼは後退し、その勢いで剣を鞘から半分ほど抜いていた。心臓が物凄い速さで痙攣し、呼吸が乱れた彼女を見据えるベルムートの目はとても悲しい色に帯びている。彼は幾分、悩んだ様子で、静かに指を指し示した。

「姫…………」


 ―――カタカタカタカタカタ…………

 ローゼの左手に持つ鞘。右手に握る剣。それらが互いに揺れて臆するように鳴っていた。

 う、そ―――、

 弾かれたように両手をぱっと離すと、その衝動で剣が滑り、音をたてて床へ落ちる。

 その掌を見つめてローゼは初めて知るのだった。手が震えていることを。

 そして眠りから覚めるように思い出す。五年前の母親の葬儀。母親に触れた魔術師に嫌悪したことを。(おぞ)ましかったことを。あんなに優しかったシュヴァルツから裏切られた恐怖を。悲しみを。絶望を。憎悪を―――――。

 顔を塞ぎ込み、今にも膝が崩れ落ちそうなローゼの肩を咄嗟にベルムートは支えて、近くの長椅子へ誘導する。

「部屋の外にいる。落ち着いてから出てこい」

「………なら、私も出るわ。無駄にできる時間なんて、ないんだから」

「姫――――」

 呆れたような溜め息混じりの声。

 結局、ベルムートは部屋を出ることはなく、近くの壁へ寄り掛かった。ローゼの視界に入らない所にいたのも彼なりの配慮だろう。動かない二人の隙間には無音が流れる。そして息を殺したローゼの涙も絶え間なく流れ出した。

「―――もう、平気だと思っていたのに。魔術とか得体の知れないものは平気だって……」

 しかし、それは勘違いに過ぎない。どんなに努力しても術を持ち得ない一般人には、術者へ対抗することはできない。重装備で武器を構えた人間に素手で立ち向かうのと同じ無謀な行為。

 どんなに強がってもシュヴァルツから裏切られた時の恐怖感が既視して、ローゼ自身を絶え間なく震わせてしまうのだ。

 ベルムートはきっぱりと言う。

「こんな短期間で慣れるには無理があるだろ。それに慣れてしまえば人の王になれなくなるぞ」

「それでも少しは平気な素振りをしなきゃならない、こんなことで足止めしてられないの!」

「術師に関わり続けていれば感覚が紛れて遅かれ早かれ慣れてしまうものだ。俺は染まることを気にする間もなく、こちら側の人間になったから姫のその感覚が羨ましいと思うよ。そんな当たり前の気持ちすら麻痺してしまったんだ」


 ササ サ―――――………

「………!?」

 不意に、ローゼは風の流れを感じた。

 窓の閉まった屋内にいるというのに、ふんわりと毛先が宙を回った。

「なに、今の?」と説明を求めるように振り向くと、彼は困ったように薄ら笑っていた。

「俺の特性だ。ハイリンリヒトの血筋は寒さに強く《氷》に特化していることは知っているだろう。それと同じで得意分野を持つ術師もちらほらいるんだ。俺の血筋は《風》ということだ。空気の流れへ指示をして操っている」

 ベルムートは指を一本も動かさずに、部屋中に微量の風の渦を走らせた。

 あまりにも不思議な光景にローゼは目をぱちくりさせる。そして、その風たちがローゼの頬を撫でるように動くと、徐々に涙の線が乾いていった。

「ただ自然にあるものを操るだけで、術師として成り立っている奴もいるんだ。一時期、魔術師を目指したこともあったが己の性質に逆らうことには限界があって、結局俺には錬金術と《風》しかなかったんだ。―――――姫にも、姫にしかできないことがあるんじゃないか?」

「………!」

 不意にローゼは後方を見上げると、長身で背格好の良いベルムートが佇んでいた。

 カナリア色の頭を、ぽんぽんっと軽く撫でられ、下手くそながらも慰めの意が込められているように感じた。彼は床に転がった剣を拾い上げると、柄を向けてローゼへ差し出して言う。

「術師の色に染まれとは言わない。だが、今は強くなれ」





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