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その翅広げて天空に向かえ  作者: 澄夜
第1章 風は炎と出会い
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彼女の真価

 一撃は迅速だった。自分でも気づかないうちに発動した術に乗り、キューイは風すら断つような勢いで剣を振り下ろした。もしディルスが受け損なえば、そのまま彼の頭部を打ち砕いていただろう。萌黄の光の粒が勢いよく剣を介してディルスに流れ込む。わずかな間を置き、今度は瑠璃の炎が激しく燃え立った。

「きゃん!」

 子犬のような悲鳴をあげて倒れたのはキューイのほうだった。肉体的な痛みはないし、覚悟もしていた。だが、五輝を加速したまま打ち込んだ衝撃は予想以上だった。

 意識が根こそぎ押し流されるような感覚とともに目の前が真っ白になる。

 光に塗りつぶされた視界が回復し、自分の体勢が理解できた時、キューイは地面に尻餅をついてへたり込んだ状態だった。

 大きく息を吐いて視線を持ち上げる。大きく息を吸い、ゆっくり吐くと眩暈も急速に収まっていった。

 立ち上がって剣を構え、五輝を加速する。

「あと二回ですね」

「大丈夫か」

「やります」

 短いやり取りを交え、再び向かい合う。その過程で、キューイの思考は最大限の速度で動いていた。

 萌黄の光の粒をまとい、再びキューイの剣がディルスに迫る。それを受け止め、瑠璃の炎が燃え立つ。

 だが、一回目と同じだったのはそこまでだった。反動を受けたはずのキューイだが、悲鳴を上げることも倒れこむこともなく、ひざが崩れかけただけで踏みとどまったのだ。


 最初の一歩はささやかな疑問だった。加速したままの一撃はディルスにも大きな衝撃になったはずである。だが、ディルスは平然としている。その衝撃がディルスの五輝の加速、そして活性化をもたらすとすれば、なぜキューイにはそれがおきなかったのか。

 双方の力量、必要性、知識の差、獣相の有無、そのすべてをまとめて無視し、キューイは疑問に思う。その疑問の解明に挑む。その手がかりは先ほどの激突の瞬間、加速した五輝を通してディルスの中での五輝の動きを感じ取れたことである。

 それはキューイが抱える強烈なまでの向上心の片鱗だった。決して思考を停滞させない術剣士としての資質だった。

 それを持ってキューイは二撃目を打ち込み、そして見た。自分が打ち込んだ五輝の衝撃とぶつかり合うのではなく、その衝撃に乗るディルスの五輝を。見極め、そして驚くべきことに彼女はそれを真似してみた。

 とっさのことだったが、衝撃を緩和する程度の役には立った。わずか二回目でこれほどのことをなしたキューイに、ディルスが驚いたのも無理はない。キューイがディルスの行った操作を知りえたように、ディルスもキューイの挑戦に気づいたからである。


「三回目、いきます」

 一度、ゆっくりと息を吸い、そして吐いて、キューイはすぐに五輝を加速した。

 -まずいな―ディルスは内心でそうつぶやく。キューイの成長がこれほど早いとは彼も、そしてセランも思っていなかった。それでも、今は彼女の力が必要だった。獣相を取り戻さなければ話にならない。ディルスは剣を構え、キューイの剣を待った。

 萌黄の光の粒が湧き上がり、これまでで最大の波となって剣とともにディルスにたたきつけられる。剣を受け止め、光の粒を受け入れ、その衝撃を利用して自分の中の五輝を加速する。一瞬だけ増加した五輝が瑠璃の炎の顕現となってあふれる。余計な手間がかかるため先ほどはしなかった小細工をする。自分を持ち上げてくれた五輝の波をもう少し引き寄せ、キューイに戻っていく分を減らす。その手を逃れた五輝の波がキューイのほうにぶつかっていく。

 -さっきより少ない-ディルスに当たって帰ってくる五輝の波を感じてキューイは率直にそう思った。それでも一回目のように正面から当たれば同じような衝撃があるだろう。もちろんそんなことはしない。ディルスがどのように五輝の流れに乗るかはしっかり見た。それを真似する。五輝の衝撃が一瞬だけ、彼女の力をかつてないほどの高みまで持ち上げる。萌黄の光の粒がキューイの全身を取り囲んだ。


 静穏が戻った。ディルスとキューイは剣を打ち合わせた姿のまま静止していた。二人は同時に動いて剣を収めた。ディルスの足はしっかりと地面を踏み、疲れた表情に消耗の名残こそあるものの、先ほどまでの倒れそうな様子はなくなっていた。

「ありがとう」

 礼を言ってディルスは背を向けた。

「これで当面は大丈夫だ。できれば明日の朝も頼みたい」

「わかりました」

 背中越しのディルスの言葉にキューイは答えた。その声には怒りも反感も完全に失せていた。


「とんでもねえ娘だぜ」

「向上心が強いからの。成長は早いと思ったが、それほどとはな」

「先生が俺を呼んだのもわかるよ」

「あの時点で手紙を出してよかった。ここまで強くなってしまうと、もうワシでは手に負えん」

「だろうな。まだ固まっちゃいないが、あの獣相、育て方次第で、一面においては俺をしのぐぞ」

「ほう、どの面だ」

「そいつは解放までの楽しみにしてもらおうか。観客は黙って見るもんだぜ」

「一人前の口をきくようになったな。では、後は任せるとしようか」

「ああ、任せてくれ。問題はあと二日。俺が回復するまでもつかだな。先生、明日は座学中心にしておいてくれ」

「わかった。そうしよう」

 師の了解を受け、ディルスは酒の器を乾した。

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