差し伸べた手をとり
三人の術の使い手がそれぞれに動けないでいる間に、彼らの周囲では気絶した盗賊たちが一人残らず縄で縛られ、意識のないまま引きずられていく。町にある牢では足りないため、牢に入れるのはスニウスや術の使えるものたちで、残りの盗賊は空き家に鍵をかけて閉じ込めておくらしい。
喧騒が去っていくと三人は街道の真ん中に取り残された。
「さて、まだやることがあるな」
椅子を借りて一息入れていたセランがそう言って立ち上がる。きょとんとした顔をしているキューイはあまり理解していないようだが、セランがこれからすることはディルスには聞くまでもないことだった。
それは盗賊たちを術をもって拘束することである。仮に獣相を得ているような術士をただの牢に入れてもそれは閉じ込めることにはならない。「切断」や「爆炎」の術が発動できれば牢を破壊して出てくることはたやすいし、先ほどディルスが使ったような「雷撃」の術が使えれば兵士の十人やそこらは倒せる。無論、その程度のことはすでに常識の範囲であり、どこの牢にも術を封じる道具は備えてある。とはいえ、数には限りがある。盗賊たちのうち、誰が術を使えるかがわからない以上、全員を拘束する必要がある。それゆえ、セランが動くのだ。
簡単に説明してから盗賊たちを閉じ込めた空き家のほうへ向かう師を見送り、ディルスはキューイのほうを向いた。
「キューイ」
ビクリと妹弟子が身をすくませる。
「昨日の件は俺が悪かった。怒っているだろうが、力を貸して欲しい。この状態では歩いて帰ることもできないんだ」
キューイの肩から少し力が抜ける。そして、彼のほうをむいた顔には、今朝までのとげとげしさはなくなっていた。
「分かりました。で、何をすればいいですか?」
「五輝を体内で加速したまま、全力で打ち込んでくれ」
思わずキューイは首を傾げた。それはセランから絶対にしてはいけないと言われていることである。
「ああ、先生が禁止していることは知っている。じゃあ、それがなぜかは知っているか」
「はい。内部への衝撃が強いから、と聞いています」
「そうだ。だが、この場合はそれが必要なんだ。その衝撃が俺の五輝を動かしてくれる。その分、お前には耐えてもらわなければならないが。頼めるかな? 三回だけでいい」
キューイは立ち上がり、剣を抜きながら答えた。
「喜んで」
五輝の加速と活性化は似ているが厳密には異なる。キューイは自分のうちに五輝を感じる目を向けた。力が見えるが、そこに動きはほとんどない。当然である。今見えている五輝は彼女の肉体を構成するものである。そこに周囲の空間に満ちる五輝を取り込む。全身を球に例え、右から左、上から下、左から右、下から上、五輝を流す速度を上げていく。その五輝につられるように物質化して肉体を構成する五輝までもが流れに沿って動き出し、さらに流れる五輝が増大する。
これが加速である。この加速を維持したまま、肉体を構成する五輝とのつながりを絶ち、肉体以外の五輝だけでの加速のことを活性化と呼ぶのである。
いわば、五輝を加速し、術が使える状態にしつつも、肉体への影響はない状態に保つことを活性化と呼ぶのである。
ディルスが今キューイに求めたのはその逆のことである。理由はキューイにもわかる。肉体を構成する膨大な量の五輝の加速こそが、ディルスの五輝を加速するのに役立つのだろう。
キューイは全身の五輝を加速していく。肉体の一部であった五輝が流れに乗り、活性化した五輝の量を爆発的に増加させる。彼女の周りに萌黄の光の粒が現れては漂い、消えることを繰り返す。
全身に萌黄の光の粒をまとわりつかせながらキューイは剣を抜いた。それを見て、ディルスもゆっくりと立ち上がると、剣を抜いて構えた。