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その翅広げて天空に向かえ  作者: 澄夜
第1章 風は炎と出会い
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覚悟の代償

 ディルスの全身を瑠璃の炎が包み、激しく吹き上がり、その背中に収束する。その背に現れたものを見たとき、セランを除く周囲の全員から二重の驚きの声が上がった。

 瑠璃の炎でできた大きな翼、それがディルスの獣相だった。長さはおよそ5フルト(1フルトはおよそ50センチ)幅は一番長いところで2フルトもある。人の身の丈を越える見事な獣相だった。

 しかし、それは左だけだった。右の翼は無残にも根元から失われていたのだ。キューイは言葉を失った。獣相が傷ついている、と聞いてはいても、この事態は想像を絶した。しかし、それを勝機と見た者もいる。

「見誤った? 何がだ。そんな獣相で、この俺に勝てるとでも思っているのか!」

 しかし、駆け出そうとしたその足は朱色の雷が足元を襲うことで留められた。

「そうだ。信頼できる先生に後ろを任せ、町の人と妹弟子が見つめるこの状況で」

 ディルスのその言葉とともに朱色の輝きを帯びた剣がまっすぐ掲げられる。その全身から放たれる尋常ではない迫力にスニウスは思わず一歩下がった。そして、それがすべてを決定付けた。

「覚悟を決められない俺だと思うな!」

 剣が一閃した。前ではなく、背中に沿って。ディルスの背中、そこに広がる瑠璃の炎の大翼をその間にとらえて。

 キューイは息を呑んだ。なぜディルスが最高位の「切断」を要求したのか、このとき初めて理解した。すなわち、獣相を断つためである。

 獣相は見た目の通り、きわめて高密度の顕現の集合体である。特にディルスの持つような大型の獣相を切り離せば、瞬間的に大量の顕現を得ることができる。無論、その代償はきわめて大きい。それでも、この瞬間、ディルスはそれを必要とした。それを求めた。すなわち、多数の敵を一瞬で撃破できる強力な力を。

 切り離されて宙に舞う大翼をディルスは掴んだ。そのままであれば散って雲散霧消するはずの顕現が体に流れ込む。

 体内の五輝が回復しめまいが治まる。のみならず、強力な術を使うだけの力まで回復していた。力を持って見据えた瞳がスニウスをとらえる。

 刹那、ディルスの周囲で三つの術が発動していた。一つ目はセランによって剣に与えられた「切断」の術である。朱色の顕現で構成された力にディルスの五輝が流れ込み、いっそうの輝きを放つ。

 今一つはディルスの全身を包む「機動」の術である。単なる「飛翔」ではなく、速度と軽快さをも強化し、一気に敵を撃つための高度な術である。

 宙を踏み、空を蹴ってディルスはスニウスの目の前に侵入する。事態の急転と人間では不可能な速度、動きにスニウスは驚愕しか返せない。そして、朱色の輝きをまとった剣が水平になぎ払われる。獣相をも切り裂く最高位の「切断」。その軌跡にスニウスの熊の頭を捉えて。

 苦痛の悲鳴が上がった。ディルスの剣によって半分にされたスニウスの獣相が粉々に吹き飛び、スニウス本来の顔がそこに戻ってくる。その顔には傷一つついていない。傷ついたのは彼の力。

 獣相の損傷による気力の減衰を味わい、息をするのもやっとの様子でスニウスがひざをつく。

 その背後で盗賊たちの中央に降り立ったディルスから無数の瑠璃の炎が飛び散り、三つ目の術の発動準備を整える。

 三つ目の術、それは雷撃の術だった。スニウスが連れてきた二十余名の手下、その間に散らばった瑠璃の炎が誘導となり、ディルスの周囲、盗賊たちの全員を含む範囲に瑠璃の雷が広がり、一人の例外もなく打ち倒した。

「捕縛を!」

 誰にというわけではなく声を張ってディルスは身を起こした。まっすぐに上げた目に力の代償が降りかかる。手が力を失い、剣が滑り落ちた。

「いかん。キューイ、鞘を取れ!」

 想像すらできなかったディルスの戦い方に呆然と見ていることしかできなかったキューイだが、師のその一言で自分を取り戻した。弾かれたように身を起こし、さっきディルスが投げ捨てた剣の鞘を拾い上げる。

「奴に渡せ! 剣を鞘に収めて握らせろ!」

 セランは目を見張った。彼が放った指示に答えようと踏み込んだキューイの足の下にこの場では彼だけに分かる形で術が発動したのである。

 自身、そうとは知らないキューイは師の言葉に従い、地面に転がったディルスの剣を拾い上げ、鞘に収めるとディルスの手に押し付けた。ディルスはすでに意識を保つのも難しい様子である。それでも意思の最後の一かけらが促すのか、単なる痙攣か、掌に押し付けられた剣を握るような動きを見せた。

「先生! もうだめです!」

「落ち着きなさい。獣相は失ってもすぐに死ぬものではない」

 ディルスに近づいたセランは杖を持ったままの右の拳をディルスの肩に押し当て、術を発動した。セランの持つ杖は長さが4フルト(1フルトはおよそ50センチ)ほどの木製で、全面に細かな紋様が彫り込まれている。その杖全体を取り巻くように朱色の雷が現れた。

 朱色の雷はセランの腕を伝ってディルスに流れ込んだ。ディルスの体がびくりと大きく震え、剣を強く握る。すると今度は剣を取り巻くように瑠璃の炎が表れ、ディルスの体に流れ込んだ。

 同じ動きをさらに二回繰り返すと、ディルスの体が緩やかに動き、大きく息を吐く音がした。

 ディルスはゆっくり目を開いた。目の前に淡い金髪に覆われた端正な顔がある。紫の瞳が心配そうに彼を見つめていた。

 右手に暖かな感触がある。見れば、彼の手に剣を握らせ、その上からキューイが手を重ねて剣が落ちないように包み込んでいた。体内の五輝が激減しているため、そのわずかな接触から五輝が彼に流れ込み、キューイの体温以上に暖かいものを与えていた。その支えを受けて、剣に五輝を打ち込む。このような緊急時用の陣が力を得、打ち込まれた五輝を加速、増幅して打ち返す。剣からディルスの右腕を一瞬だけ瑠璃の炎が取り巻いて消える。

 それをさらに数回繰り返し、ようやくディルスは大きく息を吐いた。

「最低限のところまでは回復したかな?」

「ええ、助かりました。ありがとうございます」

「間に合ってよかった。わしももう限界だ。年はとりたくないな」

 つぶやくセランに近くの家から運ばれてきた椅子が勧められる。

 ディルスはゆっくりと身を起こし、座りなおした。何しろ獣相をほぼ完全に失ったのだ。まだ立つのは辛い。緊張が抜けたのか、手は放したものの、キューイもその横でへたり込んだままだった。

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