瑠璃の炎は導く
獣相を解放したら修行の質が変わる、キューイはそう言われたことがある。そして、それは事実だった。獣相開放以来、彼女の術剣士としての修業はディルスが指導することになっていた。一方、術の師は変わらすセランである。彼女にとっては師が二人に増えたことになる。
もっとも、ディルスは兄弟子であるとの態度を変えようとせず、師としての礼儀も、先生という呼び名も受けようとはしなかった。
剣の稽古、術の修業、剣と術を連携させて活用する稽古、そのすべての教えに課題が伴い、加えて日々の術学の仕事がある。キューイの一日は目の回るような忙しさだった。
「おまえ、何やってんだよ」
そうディルスから叱責されたのも無理はない。その日、彼女は課題のほとんどをこなせず、しかも、術学の仕事もいつも通りには終わらせず、午後一番のはずの修行に顔を出したのは、そろそろ日が傾き始める時間だったからだ。
「やる気ないんならやめろ。お前」
待ちくたびれた風情のディルスにそう言われても反論はできない。しかし、それを無視する友がキューイにはいた。
「ディルス! それはないんじゃないですか!」
「なにがだ」
銀髪を振り乱して抗議するレイジーにディルスは冷ややかに返す。
「わたしも見せてもらいましたけど、ディルスもセラン先生もすごい量の課題を出しているじゃないですか! あんなに出して、しかも術学の仕事もして、キューイがどれだけ疲れているかわからないんですか!?」
「うるさい。お前には聞いてない」
「なっ!」
さらに怒りを募らせるレイジーを無視し、ディルスはキューイに向き直った。藍色の瞳が冷たい圧力を伴ってキューイを見下ろす。
「この際だ。キューイ、一つ確認しておきたいんだがな」
「なんでしょうか」
「おまえ、術剣士志望だったよな」
「はい、そうですが」
「おまえの言う術剣士ってのは自衛の程度には剣が使える術士か、それとも、剣士同士なら有利になれる程度の術を使う剣士か」
「それは……」
「それとも、術において術士に並び、剣において剣士に並び、それらを合わせて妖魔とも対等に戦える術剣士か」
「もちろん、それです! 高みを目指さない術剣士なんて……!」
キューイの全身から萌黄の光の粒が沸き上がる。疲れを宿していた目に力が宿り、高みを目指す意思が輝く。
瑠璃の五輝、青く輝く目、瑠璃の炎、そして大翼。あの日見た憧れと目標が彼女の思いに戻ってきた。そして、その目標たる存在が告げる。
「ならば、人の三倍修行するべきだ。剣士として修業し、術士として修業し、術剣士として修業する。それができないなら、やめろ」
たったそれだけのやり取りで、キューイに力が戻ってきた。二人の師が目指していたものに気付き、過酷な修行の意図を知り、迷いは去った。今、彼女の目に映るのははるか先の目標、術剣士としての高み。それは獣相を解放した日、はるか彼方を見据えて極限まで加速したキューイの姿そのままだった。
その日以来、彼女は修行のきつさについて一言も愚痴を漏らすことはなくなった。時に疲れた顔をすることはあっても、「三倍」とつぶやき、彼方を見つめて力を入れなおすのが常となった。
「うまくいったようだな」
「ああ、ちょろいもんだ」
「お主も同じだったな」
「うるせえな。昔の事だろ」
「さて、これで課題を適切な量に戻せるな。やりすぎると逆に講義の進みが悪いのだよ」
「悪かったな、先生。無理言って」
「なんの、術剣士の修行がきついのは当たり前。この程度の小細工でそれを教えられるのなら安いものさ」
二人の師匠があえて過酷な修行を課していたことをキューイが知るのは自分も「師」と呼ばれる立場になってからの事だった。




