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その翅広げて天空に向かえ  作者: 澄夜
第2章 輝く翅を広げ
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師の決断~思いの投影

 キューイとの修行を終えると、ディルスはすぐに自室にこもる。机の上にはインクとペン、そして紙の束が乗っている。束は二つ、すでにいっぱいに書き付けられたものと、まだ白いままのものと。そして机の左端には小さな三本足の台座のようなものが置かれ、親指の先ほどの透明な球が鎮座していた。

 ディルスが左手の指を一つ鳴らすと、玉から瑠璃色の炎が噴き出し、空中に複雑な陣を描いた。卵を二つ並べてくっつけたような形で、さらに細かい無数の陣からなっている。

 椅子にかけると、彼は白紙を一枚取って文鎮で留め、右手にはペンを、左手には瑠璃の炎を構えた。

 複雑な作業が始まった。右手はインク壺と紙との間を往復して文字と陣で紙を埋め尽くしていく。左手は瑠璃の炎で陣を調整していく。ある場所は消し、ある場所は加え、ある場所は入れ替える。

 この緻密な陣こそキューイの獣相、その基礎となるものである。キューイの体につけられた六つの結晶は輝玉と呼ばれる五輝の結晶体であり、これを通してディルスはキューイに獣相を形作る陣を打ち込んできた。師の良し悪しが弟子の獣相に大きな影響を及ぼす理由がここにある。より高度な、より緻密な陣を組める師でなければよい獣相は組めないし、弟子の望みを十分に汲める師でなければ適切な獣相は完成しない。

 ディルスにとって獣相解放を導くのは初めての経験だが、それだけに取り組む姿勢は真剣だった。それは彼の前にある詳細な記録が証拠となる。その作業は夕食の声がかかるまで続けられた。


 1対1の修行が始まって五日目。ディルスは夕食の後でセランの部屋を訪ねていた。

「先生、相談したいことがある」

「なんだ。キューイの獣相か?」

「ああ、見てくれ」

 そういってディルスはセランの部屋にもある三本足の台座に透明な球を置き、陣を展開した。

「ほう、これは」

 そうつぶやいたセランはそれきり黙って陣を凝視している。やがて陣の見分が終わった彼は顔を上げ、ディルスのほうを見た。

「やはり、こうなったか」

「大したもんだろ?」

「うむ。予想はしていたがこれほどになるとはな。やはり、お前を選んで正解だったようだ。他の者ではこうはいかなかったろう」

「褒めてもらって嬉しいんだが、問題はここだ。これを見てくれ」

 そういってディルスが指したのは左右対称の陣の中央である。そこには周囲にあるより二回りは大きな陣が三つ縦に並んでいた。

「それはわしも気づいた。お前、最初からこんな大きなものを使ったのか?」

「まさか、ここは毎日打ち換えているんだよ。問題はこの一番上のやつだ。あいつの獣相全体のバランスを考えると、もうここは完全に封じたほうがいい。でないと、一つの力に突出した極端な獣相になってしまう」

「だが惜しい、か?」

 思いを正確に反映した言葉に、ディルスは素直にうなずいた。

「ここを封じれば、あいつはすぐに一流になれるだろう。地力は強いし、教えたことをすぐに吸収するから伸びも早い。平均的な獣相であればそれだけ多方面に力を発揮できる。客観的にはそのほうがいいと思う」

「では、迷う理由は?」

 ディルスはすぐに答えず、腕を組んで一度目を閉じた。そして目を開けるとつぶやくように答えた。

「あいつが「もっと!」と叫んでる。意識しての声ではないが、打ち込まれる一撃ごとにその声が聞こえる。それに、ここで封じてしまえば、おそらく一流どまりだ。その先、伝説に残るような使い手としての可能性は消える」

「なら、迷う必要はない。獣相は思いの投影ともいう。これが彼女の望みではないのか? 本人の望むところへ、そして最高の高みに到達できるよう、導くのがお前の仕事ではないのか?」

 あっさり答えたセランに、ディルスは黙って天井を仰いだ。

「そうか。そうだな。それでいいか」

 つぶやくように言うと、ディルスは身を起こした。

「ありがとう、先生。気持ちが決まったよ」

 宙に浮かぶ瑠璃の炎の陣を消し、球を取り上げると、戸の前でディルスは肩越しに振り向いて不敵に笑った。

「どこまで行けるか、楽しみにしててくれ」


 ディルスが気持ちを定めてからさらに五日後。それが変化の日だった。


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